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蜜月京都旅行編
1
結婚式から1ヶ月。
私と桐嶋はモメている。
「ダメ」
「何で?」
「何ででも」
「それじゃ分かんないってば!」
「何でお前はそこんとこだけ鈍感なんだよ。バカ」
「冬馬のケチ!変態!」
「変態っておまっ、こら、待て!」
桐嶋が引き留めるのも無視して自分の部屋に逃げ込んだ。
この喧嘩は、数時間前の父からのこんな電話が発端で。
「依子か?私だ。今週末な、うちの事務所の社員旅行で二泊三日で京都に行くんだが事務員が一人行けなくなってな。キャンセル料払うくらいなら誰か...と思って。お前、行くか?」
ちょうど週末桐嶋は出張で、私は特に予定もなかったし、父も急いでるみたいだったので二つ返事で「行来ます!」と答えた。
早速会社に旅行最終日の月曜日だけ有給休暇の申請をして、夜帰って報告したら最初のやり取りになってしまったのだ。
京都ですよ、京都。
私が行きたくないわけないじゃない。
何で分からないのよ桐嶋。
実は中学の修学旅行以来だし。
寺社仏閣よりも町家、町家を見たい。
あぁ、二泊三日とは言わずに1ヶ月滞在したいくらい。
いや、無理なのは分かってます。
とにもかくにも部屋の奥からスーツケースを引っ張り出してきて、浮かれ気分でできるところまで荷造りをした。
翌朝の桐嶋はいつもどおりで、特に昨夜のことには触れて来ない。
許してくれたことにして過ごしていたら、あっという間に週末になっていた。
当日の朝私は旅行への、桐嶋は出張への準備でバタついていた。
うちの父なんかは靴下の在処も分からないようなタイプだけど、桐嶋は基本自分の事は自分でやるスタンスなので楽でいい。
「...いい旦那さんだなぁ」
小さめのスーツケースの蓋を閉めながら思った事をポソリと素直に口から出すと、支度を終えて換気扇の下でタバコを吸ってた桐嶋が、思い切りむせた。
「...そんなんで旅行の件許したと思うなよ」
いやいや、口許、弛みまくってますよー。
ていうかやっぱり許してくれてなかったか。
よ!さすが粘着質っ!
いや。でも、この調子ならあと一押しで気持ちよく旅行に行かせてくれそう!
何か喜びそうなこと言ってみよ。
そう思って口を開きかけた時、インターフォンが鳴った。
タイミング悪いな、と思いながら
「はいはーい」
と、解錠して引き戸を開けると、そこに立っていたのは大地先輩だった。
「お、ハヨウゴザイマス?」
「おはよう、依子。迎えに来たよ」
「な?、な、んで?」
「なに言ってるんだよ?事務所の旅行なんだから俺も行くに決まってるだろ。駅まで一緒に行こう」
ごめんなさい。
完っ全に忘れてました。大地先輩のこと。
「結婚式、招待してもらってたのに行かなくてごめん。依子の写真だけ原田さんに見せてもらったよ。キレイだっ」
「人んちの玄関先で人の嫁口説くのやめてもらえませんかね」
大地先輩の言葉を遮って私の前に壁のように立ちはだかる桐嶋。
「結婚したのに相変わらず余裕ないねぇ、桐嶋くん」
「うっせーな。依子に手ぇ出したら即弁護士会に懲戒請求してやっからな」
「依子、荷物これだけ?相変わらず少ないね」
桐嶋の相手が面倒になった大地先輩が私の荷物を持ち上げようとすると、すかさず桐嶋がその手をはたき落とす。
「誰がお前なんかの車に乗せるか」
「え、冬馬。私駅まで荷物持って歩きたくないよ?」
最初は駅まで歩いて行く気だったけど、送ってもらえるって頭になったら途端に面倒くさくなってしまった。
「俺が送ってく」
「や、冬馬はもうギリギリじゃない?」
「遅れてもいい」
「ダメだって。神田くん担当のとこでしょ。やめてあげて」
「じゃあ車ブッ飛ばす」
「危ないでしょっ!」
「…タクシー呼べよ」
「近すぎて嫌がられるってば」
私たちが言い合ってるうちに大地先輩はいつの間にか私の荷物を持ってさっさと真っ白いBMに乗り込んでしまった。
「お土産、何がいい?」
「…」
「行ってくるね?」
「…」
わぁ。完全にヘソまげていらっしゃる。
「依子、そろそろ行くぞー」
車を玄関前に付けていた大地先輩が、窓を下げて急かしてくる。
仕方なくスニーカーを履いていると、後ろから桐嶋が覆いかぶさってきてキュッと抱き締められた。
「あいつに指一本も触れさせんなよ」
「大丈夫だよ。駅に着いたら他のみんなも居るし」
意を決して私は右肩に乗っていた桐嶋の頭を右手で少し引き寄せ、自分の顎をくっと上げた。
ちゅっ。
桐嶋の頬に付けた私の唇は、予想より大きい音を立てた。
改めて「行ってきます」と言おうと口を開きかけた時
今度は桐嶋がぐっと私の顔を引いて唇の間から舌を割り込ませた。
タバコの苦味が口の中に一気に広がると、それを中和するかのように私の唾液が分泌される。
「ん、んっ」
「何で...て…んだよ」
「んんっ?」
パーーーーーーーーーーッ
二人の邪魔をするかのように大地先輩の車からクラクションの音がする。
慌てて桐嶋を押し戻す。
玄関開けっぱなし。
大地先輩の車は左ハンドルだからバッチリ見られてるな。
「くそ、うるせー!!」
あ、まずい。
私はともかく桐嶋は本当に遅刻する。
「冬馬、もう時間!こっちの鍵閉めとくから!行ってらっしゃい!」
すっごく不本意そうな桐嶋がガレージに向かうのを見届けてから、私も大地先輩の車に乗り込んだ。
「…大変だね、いつもあんな感じ?」
「大地先輩が煽るからでしょ?」
「あ、バレた?」
「バレますよっ!」
「確認してるんだけど、一応」
「確認?」
「アイツが依子のことちゃんと大切にしてるかどうか」
「…それはどーも。でもご心配なく。ちゃんと大事にしてもらってますから」
「なーんだ、残念」
大地先輩がさり気なく私の頭にポンと手を置こうとするのを、ペシッと払いのけた。
「へ?…依子…?」
「一応冬馬と約束したんで。大地先輩には触らせないって」
「…夫婦って、段々似てくるって本当なんだな」
駅までの車中、寂しそうな大地先輩の呟きを華麗にスルーして無言で過ごした。
私と桐嶋はモメている。
「ダメ」
「何で?」
「何ででも」
「それじゃ分かんないってば!」
「何でお前はそこんとこだけ鈍感なんだよ。バカ」
「冬馬のケチ!変態!」
「変態っておまっ、こら、待て!」
桐嶋が引き留めるのも無視して自分の部屋に逃げ込んだ。
この喧嘩は、数時間前の父からのこんな電話が発端で。
「依子か?私だ。今週末な、うちの事務所の社員旅行で二泊三日で京都に行くんだが事務員が一人行けなくなってな。キャンセル料払うくらいなら誰か...と思って。お前、行くか?」
ちょうど週末桐嶋は出張で、私は特に予定もなかったし、父も急いでるみたいだったので二つ返事で「行来ます!」と答えた。
早速会社に旅行最終日の月曜日だけ有給休暇の申請をして、夜帰って報告したら最初のやり取りになってしまったのだ。
京都ですよ、京都。
私が行きたくないわけないじゃない。
何で分からないのよ桐嶋。
実は中学の修学旅行以来だし。
寺社仏閣よりも町家、町家を見たい。
あぁ、二泊三日とは言わずに1ヶ月滞在したいくらい。
いや、無理なのは分かってます。
とにもかくにも部屋の奥からスーツケースを引っ張り出してきて、浮かれ気分でできるところまで荷造りをした。
翌朝の桐嶋はいつもどおりで、特に昨夜のことには触れて来ない。
許してくれたことにして過ごしていたら、あっという間に週末になっていた。
当日の朝私は旅行への、桐嶋は出張への準備でバタついていた。
うちの父なんかは靴下の在処も分からないようなタイプだけど、桐嶋は基本自分の事は自分でやるスタンスなので楽でいい。
「...いい旦那さんだなぁ」
小さめのスーツケースの蓋を閉めながら思った事をポソリと素直に口から出すと、支度を終えて換気扇の下でタバコを吸ってた桐嶋が、思い切りむせた。
「...そんなんで旅行の件許したと思うなよ」
いやいや、口許、弛みまくってますよー。
ていうかやっぱり許してくれてなかったか。
よ!さすが粘着質っ!
いや。でも、この調子ならあと一押しで気持ちよく旅行に行かせてくれそう!
何か喜びそうなこと言ってみよ。
そう思って口を開きかけた時、インターフォンが鳴った。
タイミング悪いな、と思いながら
「はいはーい」
と、解錠して引き戸を開けると、そこに立っていたのは大地先輩だった。
「お、ハヨウゴザイマス?」
「おはよう、依子。迎えに来たよ」
「な?、な、んで?」
「なに言ってるんだよ?事務所の旅行なんだから俺も行くに決まってるだろ。駅まで一緒に行こう」
ごめんなさい。
完っ全に忘れてました。大地先輩のこと。
「結婚式、招待してもらってたのに行かなくてごめん。依子の写真だけ原田さんに見せてもらったよ。キレイだっ」
「人んちの玄関先で人の嫁口説くのやめてもらえませんかね」
大地先輩の言葉を遮って私の前に壁のように立ちはだかる桐嶋。
「結婚したのに相変わらず余裕ないねぇ、桐嶋くん」
「うっせーな。依子に手ぇ出したら即弁護士会に懲戒請求してやっからな」
「依子、荷物これだけ?相変わらず少ないね」
桐嶋の相手が面倒になった大地先輩が私の荷物を持ち上げようとすると、すかさず桐嶋がその手をはたき落とす。
「誰がお前なんかの車に乗せるか」
「え、冬馬。私駅まで荷物持って歩きたくないよ?」
最初は駅まで歩いて行く気だったけど、送ってもらえるって頭になったら途端に面倒くさくなってしまった。
「俺が送ってく」
「や、冬馬はもうギリギリじゃない?」
「遅れてもいい」
「ダメだって。神田くん担当のとこでしょ。やめてあげて」
「じゃあ車ブッ飛ばす」
「危ないでしょっ!」
「…タクシー呼べよ」
「近すぎて嫌がられるってば」
私たちが言い合ってるうちに大地先輩はいつの間にか私の荷物を持ってさっさと真っ白いBMに乗り込んでしまった。
「お土産、何がいい?」
「…」
「行ってくるね?」
「…」
わぁ。完全にヘソまげていらっしゃる。
「依子、そろそろ行くぞー」
車を玄関前に付けていた大地先輩が、窓を下げて急かしてくる。
仕方なくスニーカーを履いていると、後ろから桐嶋が覆いかぶさってきてキュッと抱き締められた。
「あいつに指一本も触れさせんなよ」
「大丈夫だよ。駅に着いたら他のみんなも居るし」
意を決して私は右肩に乗っていた桐嶋の頭を右手で少し引き寄せ、自分の顎をくっと上げた。
ちゅっ。
桐嶋の頬に付けた私の唇は、予想より大きい音を立てた。
改めて「行ってきます」と言おうと口を開きかけた時
今度は桐嶋がぐっと私の顔を引いて唇の間から舌を割り込ませた。
タバコの苦味が口の中に一気に広がると、それを中和するかのように私の唾液が分泌される。
「ん、んっ」
「何で...て…んだよ」
「んんっ?」
パーーーーーーーーーーッ
二人の邪魔をするかのように大地先輩の車からクラクションの音がする。
慌てて桐嶋を押し戻す。
玄関開けっぱなし。
大地先輩の車は左ハンドルだからバッチリ見られてるな。
「くそ、うるせー!!」
あ、まずい。
私はともかく桐嶋は本当に遅刻する。
「冬馬、もう時間!こっちの鍵閉めとくから!行ってらっしゃい!」
すっごく不本意そうな桐嶋がガレージに向かうのを見届けてから、私も大地先輩の車に乗り込んだ。
「…大変だね、いつもあんな感じ?」
「大地先輩が煽るからでしょ?」
「あ、バレた?」
「バレますよっ!」
「確認してるんだけど、一応」
「確認?」
「アイツが依子のことちゃんと大切にしてるかどうか」
「…それはどーも。でもご心配なく。ちゃんと大事にしてもらってますから」
「なーんだ、残念」
大地先輩がさり気なく私の頭にポンと手を置こうとするのを、ペシッと払いのけた。
「へ?…依子…?」
「一応冬馬と約束したんで。大地先輩には触らせないって」
「…夫婦って、段々似てくるって本当なんだな」
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