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不存在

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 こちらから結果を聞くより早く、険しい表情をした夏目さんがゆっくりと首を左右に振って見せた。

 ああ、やっぱり。

 「念のためテクノ・サービスだけじゃなく、夏目の本社から子会社まで当たってみたけど、秋本一哉という男は存在しなかった」

 全身から、一気に力が抜ける。

 「SNSでも一通り検索してみたけど、それらしき人間にヒットしないってことは…何もかも嘘…だったんだろうな」

 「そんな…それじゃあ、凛ちゃんは最初から…!」

 失言だと気づいて口をつぐんだ優しい川瀬さんの代わりに私の口が勝手に動く。

 「本当にずっと、騙されてたんですねぇ」


 自分でも驚くほど、感情のない声。
 ショックを受けるどころか、最早何も感じなかった。

 それなのに、二人はこの世の終わりのような顔をしている。

 「そ、そんな顔しないでくださいよ。夏目さんのお陰で、一哉が…あの人が存在しない人間だったって、こんなに早く分かったんですから。ありがとうございます。さすが夏目建設の社長の息子さんですね!川瀬さんもありがとうございます。川瀬さんが夏目さんにあの人のこと話してくれなかったら、私、自分が本当に騙されてたのかさえ分からなかったかもしれないので!!」

 できるだけ明るく言ってみたものの、二人のお通夜のような表情は変わらない。
 一気にまくしたてたせいか、今頃になって酔いが回ってきた。
 これ以上何を言えば良いのか、何も思いつかない。

 「あの、私、飲み過ぎたみたいなので、ちょっと失礼します」

 そそくさとトイレの個室に逃げ込み、用を足しながら考える。

 …何で私があの二人のフォローしてるんだっけ?
 
 ああ、そうだ。
 それもこれも全部、”一哉”を演じていた男のせいだ。

 あの男は一体、三年もの間、どんな気持ちで私のこと騙していたんだろう?

 止めよう。
 どうせもう知る由もない。

 考えを打ち消すように洗浄ボタンを押した。
 
 抱えているやり切れなさも、今までの偽物の思い出も、全部トイレに流してやった。

 「あれっ?川瀬さんは?」

 私が席に戻ると、夏目さんが一人で山芋の鉄板焼きを食べている。

 「なんか、奥さんが家でご飯作って待ってるからって帰ってった」

 ってことは、夏目さんと二人きり?

 「じゃあ、私も帰ります」

 今日のことがあって、前ほど夏目さんのことは嫌いじゃなくなった。
 だからこそ、誰かに見られて変な噂が立ったら夏目さんにも相手の人にも申し訳ない。

 そう思って言ったのに。

 「は?何でだよ!?前から思ってたけど、凛、川瀬さんのこと好きすぎだろう?お前枯れ専か!?もしかして例の男も…」

 前言撤回。
 やっぱりこの人デリカシーなさ過ぎる!!

 川瀬さんのことは、おじいちゃんみたいに思ってるだけなのに。


 「違いますって!人がせっかくトイレに流してきたのに、蒸し返さないでくださいよ!!」

 「ああ、悪い…それにしても切り替え早いな」

 「あそこまで虚仮こけにされればね。顔しか分からないひと引きずっててもしょうがないですし。もちろん、どこかで見つけたら三発ぐらい殴りますけど!」

 てっきり、『それでこそ凛!』とか言って、いつものように茶化されるのかと思っていたら。

 「顔しか分からないヒト引きずってもしょうがない…か。確かにな」

 夏目さんは、妙にしみじみと言ったかと思ったら急に立ち上がり、私の腕を引いた。

 「帰ろうか」
 
 「ごちそうさまでした」

 深々と頭を下げると、夏目さんは、

 「家まで送って行く」

 なんて言いながら、またしてもナチュラルに私の腕を引いた。

 「いえ、そこまでしてもらうわけには」

 丁重にお断りすると、

 「遠慮するなよ。さっき飲み過ぎたって言ってただろ?」

と、譲らない。

 そういう問題じゃないんだけど。

 「いいから乗れって。話したい事があるんだ」

 話って何?
 何だか急に、いつも以上に強引な感じがしてちょっと怖い。
 忘れてたけど、この人もお金持ち一哉と同じだった。

 「わ、私、子どもの頃に誘拐されたことがあって、知らない人の車には乗らないことにしてるんです!」

 「は?何わけ分かんないこと言ってるんだよ。さっき俺の車に乗ってここまで来ただろう!?」

 「来る時は川瀬さんもいたし…それに、夏目さん、すっごく美人で素敵なご令嬢の婚約者がいるんでしょう?」

 そう言った途端、それまで私の腕を強く掴んでいた手が、パッと離れた。

 「何で凛がそのこと…」

 知らなかったらどうしてたの?
 私の味方のふりをして、やっぱりつもりだったんだ。
 
 一哉も夏目さんも、お金持ちは私みたいな庶民なら、何をしたっていいとでも思ってるんだろうか。

 「…しばらく恋愛はいいやと思ってたけど…こんなんじゃ恋愛どころか人間不信になる!」

 言い捨てて、逃げるように駅の方向へ走った。
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