上 下
8 / 53
夏目さんのUnknown

しおりを挟む
  見知らぬ車。
 この期に及んでナンパとかだったらどうしよう。
 追い払う気力も体力も残っていないのに。

 そんな心配をよそに、運転席の窓が下ると、顔を出したのは夏目さんだった。

 「はっ?何でこんなところに!?」

 「今はそんなことどうでもいいから早く乗れ!」

 正直、天の助け。
 でも、夏目さんの車には乗らないと思い切り拒否したのは、つい先週のことだ。
 おまけにあのときは現場用の社用車だったけど、今日の車は車体もタイヤも一回り大きく、雨の中、車に疎い私でも高級車と分かるソレ。
 ずぶ濡れの私が乗った確実に車内を濡らしてしまう。

 なんてウダウダと考えていたら─

 「さっさとしろ!!」

 痺れを切らして車から降りて来た夏目さんに雷を落とされ、助手席に押し込まれてしまった。

 夏目さんは即座に運転席に滑り込むと、後部座席からふわふわのタオルを取り出し、私の頭を拭き始めた。

 「わ、ちょ、自分でできますから」

 髪が短いお陰か、夏目さんのタオルの吸水性が良いのか、あっという間に拭き終わると、ポイッと膝上に何かが飛んできた。
 続いて車内灯が点けられる。

 「夏目仁希、2月18日生まれ、27歳、AB型。他に何か知りたいことは?」

 膝の上の「何か」は免許証だった。
 今より少しだけ若い夏目さんが写っている。

 「…いえ、別に」

 「じゃ、『よく知らない人』じゃなくなったな。車、出すぞ」

 夏目さんはそう言ってハザードランプを消すと、ゆっくりと車を走らせ始めた。
 

 「あの…夏目さんは何でこんな時間にこんな所に?ドライブですか?」

 「そんなわけあるか!山下から、今日の工事は中止になったのに、凛と連絡が取れないって聞いて、すっ飛んできたんだよ!」

 急いでカバンからスマホを引っ張り出す。

 雨と雷の音で全然気づかなかった。
 確かに山下さんからの不在着信が何度か残っている。
 でも、それを埋もれさせる勢いで、夏目さんからの着歴も残っていた。

 ここまで来てくれたところを見ると、純粋に心配してくれているらしい。
 この人がこんなに責任感が強いなんて、意外だった。
 もしそうなら、先週のことも、悪いことをしてしまったかもしれない。

 「大体、何俺に黙って勝手に現場変えてるんだよ?」

 「勝手にって…ちゃんと担当者山下さん通してますよ?」

 さすがの私も、”あなたに会いたくなかったので”とは言えずにはぐらかす。

 「そう、それも。俺の電話無視しといて、山下には連絡入れてるってどういうことだよ」

 「あー、いや、あの。夜間の方が時給いいんで」

 「…前から気になってたけど、凛は何でそんなに金が必要なんだ?」

 心なしか、今日はいつもよりさらにグイグイくるような。
 いつもだったら「ウザい」と一蹴するところだけれど、今そんなことをして置き去りにされたら洒落にならない。

 「…年の離れた弟の学費のため、です」

 誤魔化さずに、本当のことを打ち明けた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

妹に婚約者を奪われたけど、婚約者の兄に拾われて幸せになる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:624pt お気に入り:342

無敵チートで悠々自適な異世界暮らし始めました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:397pt お気に入り:2,518

【完結】真実の愛はおいしいですか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,552pt お気に入り:207

気づいたら転生悪役令嬢だったので、メイドにお仕置きしてもらいます!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:759pt お気に入り:7

【R18】体に100の性器を持つ女

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:376pt お気に入り:2

【完結】聖女と共に暴れます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:422

処理中です...