25 / 53
究極の選択
2
しおりを挟む
翌朝、夏目さんを見送った後、私もバイト先へと向かった。
「じゃあ今日は夏目社長はいないのかい?」
「はい。だから、久々にアパートに帰ろうと思って」
久しぶりに一緒になった川瀬さんと、現場の詰所で休憩時間にお茶を飲みながらおしゃべりを楽しむ。
「えっ!?大丈夫なの?確か、不審者が出るから夏目さんちに身を寄せてたんじゃなかったっけ?」
「大丈夫ですよ。そもそも不審者だったかどうかも怪しかったし。仮に本当に不審者だったとしても、あれから随分時間も経ってるし。ずっと留守にしてたから諦めてるでしょう」
「止めておいた方がいいと思うけどなぁ」
「慌てて出て来たから、色々心配で。ちょっとくらい空気の入れ替えしておかないと、うち古いから変なキノコとか生えてそうで…」
「せめて夏目さんに言っておいた方がいいと思うよ?」
「そうですね」
と、返事をしたものの、言うつもりはない。
言ったら絶対反対されるから。
夏目さんは、「凛はずっと俺の家にいればいい」と言って、常々私に早くアパートを解約するように迫っているくらいだから。
だけど、夏目さんとの別れがいつ訪れるか分からないのに、そんなことできるわけない。
住むところは確保しておくに越したことはない。
「そろそろ行きましょうか」
立ちあがろうとしたとき、詰所の入り口にいたスーツ姿の男と目が合った。
信じられない光景に足が竦む。
「清永凛さん、ちょっと」
声をかけて来たのは、壱哉だった。
「凛ちゃん、誰だい?」
「…夏目さんのお兄さんです」
「じゃ、じゃあ、夏目グループの次の!?」
「そうですよ」
ヒソヒソ話しているうちに、痺れを切らした壱哉が詰所の中まで入ってきてしまった。
「お疲れ様です。川瀬さん、でしたっけ?」
「ひっ、ひぃっ!な、何でワシの名を!?」
「夏目グループを支えてくださってる方全員のお顔とお名前くらいは把握してますよ。いつもありがとうございます」
優しい笑顔に柔らかな物腰。
川瀬さんはすっかり骨抜きにされ、「なんと有難い」と壱哉に手を合わせている。
「弟のことで大事な話があるので、清永さんをお借りしますね。現場の方には少し遅れると僕から伝えてありますので」
「ははははははいっ、どうぞどうぞ」
川瀬さんは人間に見つかったゴキブリみたいな動きでカサカサと逃げて行ってしまった。
「…何でこんなところにいるのよ!?」
「今日凛が入ってる現場の元請は夏目の本社だよ。何もおかしくないだろう」
付き合っていた時は一度も顔を出したことなんてなかった癖に。
正体を隠していたんだから、当然だけど。
思い出すと余計に腹が立ってくる。
「…私はあなたと話すことなんて何もない。仁希さんのことなら仁希さんに直接聞く。迷惑だから、職権濫用してバイト先に押し掛けたりしないで!」
言い捨てて、その場から猛ダッシュで立ち去った。
現場まで壱哉が追って来たらどうしようと心配していたけれど、何のトラブルもないまま、アルバイトの終了時間を迎えた。
「じゃあ、川瀬さん、お先に失礼します」
「凛ちゃん、本当に気をつけるんだよ」
「大丈夫ですってば」
途中のコンビニで、缶ビールとお好み焼きを買って、久々の我が家へと急ぐ。
アパートの階段を昇る前、念の為、不審者がいないか周囲を注意深く見回した。
「…って、誰もいるわけないよね。もう、みんな心配性なんだから」
独り言を言いながらドアを開け、念の為すぐに鍵をかけた。
そして、電気を点けた瞬間、今日二度目の信じられない光景に、お好み焼きと缶ビールの入った服を落としてしまった。
「…おかえり、凛」
キッチンに壱哉が立っていたのだ。
しかも、部屋の中がめちゃくちゃに荒らされている。
「な…んで、どうやってここに?この部屋、あなたが?」
恐怖で声が震えて、うまく喋れない。
「どうやってって、コレで。まだ返してなかったから」
壱哉がポケットから取り出して見せたのは、以前渡した合鍵だった。
「部屋を荒らしたのは俺じゃない。空き巣にでも入られたんだろうから、一応警察に通報しとけば?まあ、凛の部屋には盗む価値のあるものなんてないだろうけど」
余計な一言に、ついカッとなる。
「言われなくても通報するわよ。もちろんあなたのこともね」
「…そんなことしたら、仁希の人生も終わるけど?」
悔しい…。
こんなやつ、仁希さんのお兄さんでさえなければ!
「私はあなたと話すことなんてないって言ったわよね?合鍵まで使って、今更一体何の用だっていうのよ!?」
「じゃあ今日は夏目社長はいないのかい?」
「はい。だから、久々にアパートに帰ろうと思って」
久しぶりに一緒になった川瀬さんと、現場の詰所で休憩時間にお茶を飲みながらおしゃべりを楽しむ。
「えっ!?大丈夫なの?確か、不審者が出るから夏目さんちに身を寄せてたんじゃなかったっけ?」
「大丈夫ですよ。そもそも不審者だったかどうかも怪しかったし。仮に本当に不審者だったとしても、あれから随分時間も経ってるし。ずっと留守にしてたから諦めてるでしょう」
「止めておいた方がいいと思うけどなぁ」
「慌てて出て来たから、色々心配で。ちょっとくらい空気の入れ替えしておかないと、うち古いから変なキノコとか生えてそうで…」
「せめて夏目さんに言っておいた方がいいと思うよ?」
「そうですね」
と、返事をしたものの、言うつもりはない。
言ったら絶対反対されるから。
夏目さんは、「凛はずっと俺の家にいればいい」と言って、常々私に早くアパートを解約するように迫っているくらいだから。
だけど、夏目さんとの別れがいつ訪れるか分からないのに、そんなことできるわけない。
住むところは確保しておくに越したことはない。
「そろそろ行きましょうか」
立ちあがろうとしたとき、詰所の入り口にいたスーツ姿の男と目が合った。
信じられない光景に足が竦む。
「清永凛さん、ちょっと」
声をかけて来たのは、壱哉だった。
「凛ちゃん、誰だい?」
「…夏目さんのお兄さんです」
「じゃ、じゃあ、夏目グループの次の!?」
「そうですよ」
ヒソヒソ話しているうちに、痺れを切らした壱哉が詰所の中まで入ってきてしまった。
「お疲れ様です。川瀬さん、でしたっけ?」
「ひっ、ひぃっ!な、何でワシの名を!?」
「夏目グループを支えてくださってる方全員のお顔とお名前くらいは把握してますよ。いつもありがとうございます」
優しい笑顔に柔らかな物腰。
川瀬さんはすっかり骨抜きにされ、「なんと有難い」と壱哉に手を合わせている。
「弟のことで大事な話があるので、清永さんをお借りしますね。現場の方には少し遅れると僕から伝えてありますので」
「ははははははいっ、どうぞどうぞ」
川瀬さんは人間に見つかったゴキブリみたいな動きでカサカサと逃げて行ってしまった。
「…何でこんなところにいるのよ!?」
「今日凛が入ってる現場の元請は夏目の本社だよ。何もおかしくないだろう」
付き合っていた時は一度も顔を出したことなんてなかった癖に。
正体を隠していたんだから、当然だけど。
思い出すと余計に腹が立ってくる。
「…私はあなたと話すことなんて何もない。仁希さんのことなら仁希さんに直接聞く。迷惑だから、職権濫用してバイト先に押し掛けたりしないで!」
言い捨てて、その場から猛ダッシュで立ち去った。
現場まで壱哉が追って来たらどうしようと心配していたけれど、何のトラブルもないまま、アルバイトの終了時間を迎えた。
「じゃあ、川瀬さん、お先に失礼します」
「凛ちゃん、本当に気をつけるんだよ」
「大丈夫ですってば」
途中のコンビニで、缶ビールとお好み焼きを買って、久々の我が家へと急ぐ。
アパートの階段を昇る前、念の為、不審者がいないか周囲を注意深く見回した。
「…って、誰もいるわけないよね。もう、みんな心配性なんだから」
独り言を言いながらドアを開け、念の為すぐに鍵をかけた。
そして、電気を点けた瞬間、今日二度目の信じられない光景に、お好み焼きと缶ビールの入った服を落としてしまった。
「…おかえり、凛」
キッチンに壱哉が立っていたのだ。
しかも、部屋の中がめちゃくちゃに荒らされている。
「な…んで、どうやってここに?この部屋、あなたが?」
恐怖で声が震えて、うまく喋れない。
「どうやってって、コレで。まだ返してなかったから」
壱哉がポケットから取り出して見せたのは、以前渡した合鍵だった。
「部屋を荒らしたのは俺じゃない。空き巣にでも入られたんだろうから、一応警察に通報しとけば?まあ、凛の部屋には盗む価値のあるものなんてないだろうけど」
余計な一言に、ついカッとなる。
「言われなくても通報するわよ。もちろんあなたのこともね」
「…そんなことしたら、仁希の人生も終わるけど?」
悔しい…。
こんなやつ、仁希さんのお兄さんでさえなければ!
「私はあなたと話すことなんてないって言ったわよね?合鍵まで使って、今更一体何の用だっていうのよ!?」
0
あなたにおすすめの小説
社長の×××
恩田璃星
恋愛
真田葵26歳。
ある日突然異動が命じられた。
異動先である秘書課の課長天澤唯人が社長の愛人という噂は、社内では公然の秘密。
不倫が原因で辛い過去を持つ葵は、二人のただならぬ関係を確信し、課長に不倫を止めるよう説得する。
そんな葵に課長は
「社長との関係を止めさせたいなら、俺を誘惑してみて?」
と持ちかける。
決して結ばれることのない、同居人に想いを寄せる葵は、男の人を誘惑するどころかまともに付き合ったこともない。
果たして課長の不倫を止めることができるのか!?
*他サイト掲載作品を、若干修正、公開しております*
元遊び人の彼に狂わされた私の慎ましい人生計画
イセヤ レキ
恋愛
「先輩、私をダシに使わないで下さい」
「何のこと?俺は柚子ちゃんと話したかったから席を立ったんだよ?」
「‥‥あんな美人に言い寄られてるのに、勿体ない」
「こんなイイ男にアピールされてるのは、勿体なくないのか?」
「‥‥下(しも)が緩い男は、大嫌いです」
「やだなぁ、それって噂でしょ!」
「本当の話ではないとでも?」
「いや、去年まではホント♪」
「‥‥近づかないで下さい、ケダモノ」
☆☆☆
「気になってる程度なら、そのまま引き下がって下さい」
「じゃあ、好きだよ?」
「疑問系になる位の告白は要りません」
「好きだ!」
「疑問系じゃなくても要りません」
「どうしたら、信じてくれるの?」
「信じるも信じないもないんですけど‥‥そうですね、私の好きなところを400字詰め原稿用紙5枚に纏めて、1週間以内に提出したら信じます」
☆☆☆
そんな二人が織り成す物語
ギャグ(一部シリアス)/女主人公/現代/日常/ハッピーエンド/オフィスラブ/社会人/オンラインゲーム/ヤンデレ
【本編、番外編完結】血の繋がらない叔父にひたすら片思いしていたいのに、婚約者で幼馴染なアイツが放っておいてくれません
恩田璃星
恋愛
蓮見千歳(はすみちとせ)は、血の繋がりのない叔父、遼平に少しでも女性として見てもらいと、幼い頃から努力を続けてきた。
そして、大学卒業を果たし千歳は、念願叶って遼平の会社で働き始めるが、そこには幼馴染の晴臣(はるおみ)も居た。
千歳が遼平に近づくにつれ、『一途な想い』が複雑に交錯していく。
第14回恋愛小説対象にエントリーしています。
※別タイトルで他サイト様掲載作品になります。
番外編は現時点でアルファポリス様限定で掲載しております。
禁断溺愛
流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。
ハイスペミュージシャンは女神(ミューズ)を手放さない!
汐瀬うに
恋愛
雫は失恋し、単身オーストリア旅行へ。そこで素性を隠した男:隆介と出会う。意気投合したふたりは数日を共にしたが、最終日、隆介は雫を残してひと足先にった。スマホのない雫に番号を書いたメモを残したが、それを別れの言葉だと思った雫は連絡せずに日本へ帰国。日本で再会したふたりの恋はすぐに再燃するが、そこには様々な障害が…
互いに惹かれ合う大人の溺愛×運命のラブストーリーです。
※ムーンライトノベルス・アルファポリス・Nola・Berry'scafeで同時掲載しています
龍の腕に咲く華
沙夜
恋愛
どうして私ばかり、いつも変な人に絡まれるんだろう。
そんな毎日から抜け出したくて貼った、たった一枚のタトゥーシール。それが、本物の獣を呼び寄せてしまった。
彼の名前は、檜山湊。極道の若頭。
恐怖から始まったのは、200万円の借金のカタとして課せられた「添い寝」という奇妙な契約。
支配的なのに、時折見せる不器用な優しさ。恐怖と安らぎの間で揺れ動く心。これはただの気まぐれか、それとも――。
一度は逃げ出したはずの豪華な鳥籠へ、なぜ私は再び戻ろうとするのか。
偽りの強さを捨てた少女が、自らの意志で愛に生きる覚悟を決めるまでの、危険で甘いラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる