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対峙(仁希Side)
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強く握りしめた手に爪が食い込む。
我慢、我慢。
「…何で凛とのこと黙ってた?」
「何でって…凛が仁希に言ってないみたいだったし?それに、俺と凛のことであって、仁希には関係ないだろう」
今まで敵意を向けられたことがなかったから知らなかったが、こんなにいちいち癇に障る言い方をする奴だったとは。
「名前も職業も偽って、三年も付き合っていた罪悪感からじゃなくて?」
「…ああ、俺のせいで随分落ち込んだって言ってたな。仁希と違って、簡単に素性を明かせない身とは言え、悪いことをしたとは思ってる」
耐えに耐えて、やっと一つ欲しかった言葉を引き出した、と思ったら。
「でも、今回は大丈夫だろう。幸い、仁希とは付き合ってまだ日も浅いし、俺との結婚も決まってるしね」
思い切り横っ面を張られた。
「けっ…こん?凛と、兄さん…が?」
「あれ?これも凛に聞いてない?仁希がずっと探してた相手と結ばれる邪魔をしないでくれって頼んだら、『壱哉が結婚してくれるなら』って。驚いたけど、大事な弟のためなら仕方がない」
絶対に、あり得ない。
真っ赤な嘘だ。
凛はこの男のことを『壱哉』と呼んだりしない。
これまでの会話で十分分かっていたつもりだったが、ここまでだったとは。
「そう言えば、凛、仁希と結婚するつもりはないって言ってたもんな。仁希に近づいたのは、俺とよりを戻すためだったのかもな」
言いたい放題の挑発的なセリフに、俺のこめかみの毛細血管は、すでに数本切れている。
凛が家柄を気にして俺のプロポーズを受けなかったのは、全部こいつのせいなのに。
それにしても、この男は一体凛をどうしたいのだろうか。
完璧に正体を隠して三年もの間弄び、一方的に手酷く捨てたくせに。
弟の恋人になったことを知った途端のこのこと姿を現わし、俺に別の女をあてがった挙句、今度は自分が凛と結婚─!?
考えれば考えるほど分からない。
何か大事なことを見落としているような気がするが、怒りと焦りで考えがまとまらない。
そう。
大丈夫だと分かっていても、一秒でも早く凛の無事を確かめたい。
「で。俺の結婚相手はどこの誰?」
「まだ、言わない」
あ。
やばい。
今度は太い血管がブチ切れそう。
「勿体ぶるなよ」
「来週末が顔合わせだ。今まで20年近く我慢できたんだ。あと一週間くらい待てるだろう」
あと、一週間?
そんなの、絶対に無理だ。
これ以上は、もう我慢ならなかった。
胸ぐらを掴んで思い切り威圧した。
「そんな悠長なこと言ってられるかよ!凛が誘拐されたんだ!!」
「…誘拐?」
途端、ずっと余裕綽々だった兄の表情が、初めて崩れた。
「いつ?どこで!?」
いつも冷静な兄が初めて見せた動揺する姿に、やっと思い出した。
分かっていたのに、忘れていた。
そうだ。
どんなに貶めるようなことを言っても、やはり兄は本気で凛を好きだったんだ。
それなら─
「さっき。凛のアパートの近くで」
「お前がついていながら何で…!?」
「例の話をして、ちょっと色々あって。凛が部屋を飛び出したんだ。その直後、車に引き摺り込まれて…」
「車種は!?ナンバーは!!?」
「黒塗りのセダン。暗がりで、車種は分からなかった。ナンバーも見えないよう、細工してあった」
「警察に通報は!?」
首を横に振ると、兄が俺の胸ぐらを掴み返した。
「何でだよ!?何やってる!?」
「心当たりがあるんだ!」
「じゃあこんなところで油売ってないでさっさと助けに行けよ!」
「だから!心当たりはあるけど、それがどこか分からないからさっきから訊いてるんだよ!!」
「まさか…真壁家が凛を誘拐したって言うのか?」
俺の首を絞そうな勢いで胸ぐらを掴んでいた手から、すっと力が抜けた。
我慢、我慢。
「…何で凛とのこと黙ってた?」
「何でって…凛が仁希に言ってないみたいだったし?それに、俺と凛のことであって、仁希には関係ないだろう」
今まで敵意を向けられたことがなかったから知らなかったが、こんなにいちいち癇に障る言い方をする奴だったとは。
「名前も職業も偽って、三年も付き合っていた罪悪感からじゃなくて?」
「…ああ、俺のせいで随分落ち込んだって言ってたな。仁希と違って、簡単に素性を明かせない身とは言え、悪いことをしたとは思ってる」
耐えに耐えて、やっと一つ欲しかった言葉を引き出した、と思ったら。
「でも、今回は大丈夫だろう。幸い、仁希とは付き合ってまだ日も浅いし、俺との結婚も決まってるしね」
思い切り横っ面を張られた。
「けっ…こん?凛と、兄さん…が?」
「あれ?これも凛に聞いてない?仁希がずっと探してた相手と結ばれる邪魔をしないでくれって頼んだら、『壱哉が結婚してくれるなら』って。驚いたけど、大事な弟のためなら仕方がない」
絶対に、あり得ない。
真っ赤な嘘だ。
凛はこの男のことを『壱哉』と呼んだりしない。
これまでの会話で十分分かっていたつもりだったが、ここまでだったとは。
「そう言えば、凛、仁希と結婚するつもりはないって言ってたもんな。仁希に近づいたのは、俺とよりを戻すためだったのかもな」
言いたい放題の挑発的なセリフに、俺のこめかみの毛細血管は、すでに数本切れている。
凛が家柄を気にして俺のプロポーズを受けなかったのは、全部こいつのせいなのに。
それにしても、この男は一体凛をどうしたいのだろうか。
完璧に正体を隠して三年もの間弄び、一方的に手酷く捨てたくせに。
弟の恋人になったことを知った途端のこのこと姿を現わし、俺に別の女をあてがった挙句、今度は自分が凛と結婚─!?
考えれば考えるほど分からない。
何か大事なことを見落としているような気がするが、怒りと焦りで考えがまとまらない。
そう。
大丈夫だと分かっていても、一秒でも早く凛の無事を確かめたい。
「で。俺の結婚相手はどこの誰?」
「まだ、言わない」
あ。
やばい。
今度は太い血管がブチ切れそう。
「勿体ぶるなよ」
「来週末が顔合わせだ。今まで20年近く我慢できたんだ。あと一週間くらい待てるだろう」
あと、一週間?
そんなの、絶対に無理だ。
これ以上は、もう我慢ならなかった。
胸ぐらを掴んで思い切り威圧した。
「そんな悠長なこと言ってられるかよ!凛が誘拐されたんだ!!」
「…誘拐?」
途端、ずっと余裕綽々だった兄の表情が、初めて崩れた。
「いつ?どこで!?」
いつも冷静な兄が初めて見せた動揺する姿に、やっと思い出した。
分かっていたのに、忘れていた。
そうだ。
どんなに貶めるようなことを言っても、やはり兄は本気で凛を好きだったんだ。
それなら─
「さっき。凛のアパートの近くで」
「お前がついていながら何で…!?」
「例の話をして、ちょっと色々あって。凛が部屋を飛び出したんだ。その直後、車に引き摺り込まれて…」
「車種は!?ナンバーは!!?」
「黒塗りのセダン。暗がりで、車種は分からなかった。ナンバーも見えないよう、細工してあった」
「警察に通報は!?」
首を横に振ると、兄が俺の胸ぐらを掴み返した。
「何でだよ!?何やってる!?」
「心当たりがあるんだ!」
「じゃあこんなところで油売ってないでさっさと助けに行けよ!」
「だから!心当たりはあるけど、それがどこか分からないからさっきから訊いてるんだよ!!」
「まさか…真壁家が凛を誘拐したって言うのか?」
俺の首を絞そうな勢いで胸ぐらを掴んでいた手から、すっと力が抜けた。
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