運命の落とし穴

それぞれの準備１

　夜明け前。

　羽立くんに抱きしめられた熱を、自分の部屋で持て余していると、シャワーの水音が聞こえてきた。

　今なら羽立くんと顔を合わせずに家を出られる！

　家を飛び出した私は、土地勘も行く当てもなく、とりあえず目についたカフェに入り、注文しようとしたらー

　「常盤奏音？」

　お店の人に不意に名前を呼ばれて顔を上げると、宮本くんだった。

　「何でこんな時間にこんな所に…って、本当にもう昴んちに引っ越して来たんだ？」

　「あ…うん」

　ちょっと後ろめたい気持ちになるのは、宮本くんが羽立くんの元カレだからだ。

　「宮本くんこそ、何でここに？」

　「見ての通りバイトだよ。つっても、モデル本業軌道に乗ってきたから今月までだけど」

　もしかして、羽立くんと出会ったのもこのお店だったりするのだろうか。

　ずっと好きで、やっと付き合えたって言ってたもんね。

　勇気出して、レシートと一緒にこっそり連絡先とか渡したのかな？

　それから二人は付き合うようになって、キスも、セックスもーーーー

　「オイ」

　

　「痛いたっ！！」

　いきなり私のおでこに手刀が落ちてきて現実に引き戻された。

　「ちょっと！宮本くん！？私、一応お客なんだけど！？」

　「眉間にシワ寄せてレジでボーッとしてるからだろ」

　確かにそうだけど。

　店内にお客さんほとんどいないし、私の後ろに誰も並んでないし！

　「昴と何かあった？」

　「べ、別に何も」

　「嘘つけ。何もなきゃ引っ越し早々、夜明け前にこんな所に一人で来るわけないだろ？だからやめとけって言ったのに」

　それってやっぱり。

　所詮女の私には羽立くんを満足させられないって意味だったんだろうか。

　でも、折角羽立くんが私に欲情してくれたんだ。

　万に一つでも可能性があるのなら、できる限り頑張りたい。

　まずは情報収集をー

　「オイ」

　「痛いたっ！！」

　ここがレジ前ということを忘れ、これからしなきゃいけないことを頭の中で整理していたら、また宮本くんにチョップをかまされてしまった。

　「俺もうすぐ上がりだから、話くらい聞いてやるよ。うち、コーヒーショップだけどココアが美味いからそれでも飲んで待ってろ」

　もっと嫌味を言われると思っていたから、予想外の言葉に面食らう。　

　私だったら、自分の恋人を奪った相手にそんな優しいこと言えるだろうか。

　「…宮本くんって、お人好しだね」

　「あんたにだけは言われたくねーよ」

　手際よく淹れられたココアを受け取り、窓際の席で宮本くんを待っていると、いつの間にか夜が明けていた。