運命の落とし穴

恩田璃星

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奏太の落とし穴4

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 キスされる!?と思っても、マスカラ塗りたてなので目を閉じるわけにはいかない。

 無意識に息を止めて待っていると、羽立くんの人差し指がちょいッと頬骨のあたりを払った。

 「まつ毛付いてましたよ」

 だよねーーーー。

 羽立くんはドレスアップしたになんて興味ないって、今思ったばかりなのに。

 止めていた息をため息に変えたとき―

 セットしたばかりの襟足を梳かれたかと思うと、羽立くんが私の唇を啄んだ。

 「綺麗です。奏音さん」

 「なっ!なっ?なっ!?」

 不意打ち、久々、素面シラフでのキスに、私の顔は一気に火を噴いた。

 「ご両親を安心させたいんでしょ?今日は俺が奏音さんにベタ惚れって設定でいきますから」

 羽立くんは、そう言うと極上スマイルを惜しみなく私に向けた。

 親を安心させるどころか、二人の目の前で心臓麻痺で死んでしまうかもしれない。



 ガレージに三台駐めてあった車の中から、一番コンパクトなものに乗り込んで実家に向かった。

 地元が同じ私達は目的地に近づくにつれ、一緒に過ごした頃とは部分的に変わってしまった景色を見つけては思い出話に花を咲かせた。

 あの頃の私には、10年後、こんな風に羽立くんとこの町をドライブするなんて想像もできなかった。

 嬉しくて、私はすっかり話に夢中になっていたのに、羽立くんは一切迷うことなく私の家に向かって車を走らせ、家の前の角を曲がった。

 目に飛び込んできたのは、見慣れた我が家の前に立っている、父と母

 …だけじゃない。

 羽立くんが車を駐めるまで我慢できず、窓を開けて叫んだ。

   「奏太!?あんたここで何やってんの!?前期試験は!!?」

 お正月ぶりに会った姉の説教を完全にスルーした奏太は、車から下りてきた私達…いや、羽立くんを、腕組みしたまま睨み上げた。

 睨み上げるとは言っても、奏太も180センチは優に超える背丈なので、羽立くんと大差はない。

 羽立くんも穏やかに見えて実は結構荒い気性のせいか、すっかり応戦モードらしく、微動だにせず奏太と対峙している。

 長身の男二人が睨み合っている図はすごい迫力だ。

 あまりに険悪な雰囲気に、道端に母を引っ張って行き、状況を聞こうとすれば、こっちはこっちでぽわーっと羽立くんに見惚れている。

 「ちょっと!お母さん!!一体どうなってんのよ!?何で奏太がここに?」

 「あ、ああ…それがね、あんたに言われたとおり、奏太には借金のことは言わずに、あんたが結婚することになったことだけ伝えたのよ?でも、そしたら、『28年間一度も彼氏なんていたことのない奏音がいきなり結婚だなんて、騙されてるか、何か裏があるに決まってる』って言い出して…今朝突然帰ってきたのよ」

 ところどころ引っかかる言い回しはあるものの、奏太は基本的に姉思いの優しい弟だ。

 今回の結婚の発端が、父の会社の苦境と知ったら、「大学辞めて働く」とか言い出すに違いない。
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