運命の落とし穴

恩田璃星

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 ある程度予想はしていたのに、矢吹の言葉のチョイスにみぞおちを抉られるほどの衝撃ダメージを与えられた。

 言われなくたって、羽立くんが私のことを愛してくれないのは、分かっている。

 天使のような屈託のない笑顔で私にくれるのは、いつも「大好きです」で、「愛してる」だったことは一度もない。

 でも、そんなこと今はどうでもいい。

 私が羽立くんの隣にいられるのは、彼がゲイであることを世間から隠すためだということを忘れてはならない。

 それに、カマをかけられているということだってある。

 簡単に認めるわけにはいかない。

 これは、初めて訪れた本当の意味で羽立くんの婚約者として自覚を持った振る舞いが求められている場面。

 何としても羽立くんを守り通さなければ。

 渾身の力で矢吹の身体を押し、今度こそ腕の中から逃れ、身を守るように腕組みして矢吹を睨みあげる。

 「羽立くんがゲイって、何それ?そんな訳ないじゃない。私、一緒に暮らしてるんだよ?し、寝室も同じだし…」

 「寝室が同じ…?なら尚更だろ」

 私のとっておきの反論に、矢吹は眉一つ動かさなかった。

 簡単にこちらが動揺させられてしまう。

 「尚更ってどういう…」

 「羽立が奏音を抱いてないことが、アイツがゲイである何よりの証拠だろう?」

 「抱いてな…っ!?よ、よくもそんなデタラメ…!」

 「デタラメじゃない。俺、当てるの得意なんだ」

 「あ、当てるって何を!?」

 「抱く前に、相手が処女か非処女か」

 大真面目な顔をして言い切った矢吹に、果てしなくドン引いた。

 「そんな、数人の話…単なる偶然でしょ?」

 「自慢じゃないけど、両手と両足じゃ足りない人数だ。的中率90%くらいかな。でも、奏音が処女なのはほぼ100%間違いないって思ってる」

 さっき地の果てまでドン引いたはずなのに、それ以上に引いた。

 そういえば、円香が『女遊び激しくて。取引先の女の子食い散らかしたりして、評判最悪』と言ってたっけ。

 「矢吹、どうしちゃったの?高校の時はそんなキャラじゃなかった。いつもあの可愛い彼女、ちゃんと大事にしてたじゃん」

 「…俺だってなんでこんなことになってんのか分かんねーよ」

 矢吹の呟きは小さすぎて、ほとんど私の耳に届かなかった。

 「え?今なんて?」

 「…俺のことはどうでもいい。今は奏音と羽立の話だ」

 不自然に話を元に戻されてしまった。

 「とにかく、羽立昴はゲイなんだ!このままアイツと結婚したら、奏音は一生愛してもらえない。女としての幸せは望めないんだぞ。いくら奏音が優しいからって、好きな女が家のために人生棒に振るのを黙って見てるなんて、俺にはできない」

 いつも見ないよう、考えないようにしている現実を、矢吹が言葉の刃となって私の心を斬り刻む。

 痛くて、苦しい。

 「…勝手に決めつけないで。それでも羽立くんの側にいるって決めたのは、私なんだから」

 震える唇から何とか声を絞り出したのと同時に、矢吹を真っ直ぐ見据えた目から涙が溢れて頬を伝った。
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