四天王寺ロダンの冒険

ヒナタウヲ

文字の大きさ
14 / 106
四天王寺ロダンの足音がする『四天王寺ロダンの挨拶』より

その14

しおりを挟む
(14)


「ロダン君…、それで口座の残高を確認できたのかい?」 
 言うと彼はまた中腰になってポケットから四つ折りにした紙を出した。
 それを丁寧に畳の上で広げると僕に向かって言った。
「ええ…残金確認できたんですよ。金額は1,381円」
「1,381円?」
「ですね」
「何だいそれは…」
 僕はうーんと呟く。呟きに応えるように彼が言う。
「いやぁ本当に全くわかりませんよね。しかしながら、残金があると言うことはおそらく内縁の妻である『女』は、守銭奴らしからぬところがあっても、結局、通帳を再発行することもなく、そのまま残金を手につけなかったということだけははっきりしたわけです」
「と、いうことだよね…」
 ロダンが頷く。
「まぁ通帳を再発行して記帳でもすれば、X氏が言うように不倫相手の名前が分かると言うことなんですよねぇ」
「でもどういう風に振り込めば名前が分かるかなんて、そんなこと君さぁ、いくらなんでも直ぐに思いつくかい?」
 僕は彼を見ながら言う。
 彼は僕の視線を避けるようにして手元にビールを引き寄せグラスになみなみと注ぐ。それからそれをぐいっと喉に流す。
 喉が動いて、やがてそれが止ると彼はイカのあたりめを手に取り「そこです」と言った。
「そこなんです…田中さん。そこまで来ると僕はあの銀行のカード番号が『3460(さんしろう)』の宛て数字だった事と、この数字も何か関連して意味があるのではないかと思いましてね…」
 黙って彼の話を聞いている。月が窓辺に見える。
 それは輝いている。
 僕等の頭上で。
「つまり…この残高も何かそうした意味ありげということかい?」
 僕の質問に彼がイカのあたりめを口に加えてクチャと音を鳴らした。 
「そう仮定したとします。それで言いますが、じゃぁこの残高の数字は何の名前を仮定したということになりますよね」
「その通りだけど…」
 僕も手元にビールを引き寄せて缶を開ける。音がして泡がこぼれ出てくるのをグラスでこぼさないように注いでいく。
 彼は『三四郎』開く。
「ここでその謎を解くヒントがこの『三四郎』にありましたね。確か195ページです。あっ…あった、有った。こうですよ。
 ――預金通帳は焼き捨てました。
 銀行のカード番号はこの本のどこかに分かるようにしてあります。
 やはり妻に感づかれるのが恐ろしい。
 あの女は預金通帳を再発行するかもしれないが、数回に分けられた入金額の意味を内縁の妻であるお前がわかるか、今の私では分からない。これは賭けでもある」
 そこまで言うと彼は辺りを見回して何か床に転がっているものを見つけると手早くそれに手を伸ばして、先程の四つ折りの紙を丁寧に伸ばした。
「つまりですよ。通帳は足し算とか引き算できますよね。足し算は「振り込み」引き算は「引き出し」ですね、でもX氏は引き出しをなんかしちゃいない。それは書いてます。つまり振り込みを数回しただけですよね。そこでですが…もし田中さんが『三四郎』と言う名前をゲームのように分かりやすく相手に銀行の通帳機能を使って暗号のように伝えようとすればどうしますか?」
 話題の中で唐突に僕への質問がされて、口元に引き寄せたビールをそのままにして動くことができず、彼を見た。
「あ、これはすません。そいつを飲んでから答えてもらいましょう」
 彼が笑う。
 僕は一気にビールを飲み干すとグラスを畳の上に置き、腕を組んだ。
 それから数秒、何も言わず無言でいたが、やがて「そうだねぇ…」と呟くと彼に言った。
「まぁ、こうなのはどうだろう。僕なら一回で振り込むよ。3,460円。そうすれば通帳にその数字が印刷されるだろう。それで…よ…」
 言いながら最後の方になると彼が真面目な表情で僕を見ているので、思わず言葉が途切れそうになった。
 そう彼は凄く深い眼差しで僕を見ているのである。
 それから彼はゆっくりと深い眼差しをゆっくりと笑顔にして拍手をしながら言った。
「いやぁ、田中さん、ご名答。まるで事実を知っている犯人みたいな素晴らしい明快な回答です。まさしく、そうなんです。田中さん、それがこの数字の答えなんです」
 僕は眼を丸くして、彼に言う。
「えっ!じゃぁ君はこれも解いたって言いうのかい?」
 彼は鼻下を拭いて、「です」と短く言った。
 驚きで僕はのけぞった。
「何ちゅうこった…」
 感嘆する。
「それでどういう風に解いたの?」
 彼は僕の言葉を聞くなりアフロヘアを揺らし、畳の上で紙に鉛筆を走らせた。
 それは三桁の数字で上下二段に並べて、こう書かれていた。

 ――461

 ――920

 それを見て僕は言う。
「何だい…これは」
 彼が顔を上げる。
「田中さん、ほら、『三四郎』に丸囲みされていた数字覚えていますか?」
「ああ、あの数字だね。あれは確か…19、46、20…」
 言いながら僕はぎょっとする。目だけをぎょろりと動かす。
 紙の上に書かれた三桁の数字を見る。
「じゃぁ…あの数字がここでも?」
 彼が頷く。
「そうなんですよ。でもこの謎が解けるまで丸二日かかりました。何となくそこまでわかって1,381円を逆算しながらどんな数字を当てはめればその振り込みが何かの当て数字になるのかを、頭がキンキンに破裂しそうになるのを抑えながら幾通りも考えたのですからねぇ」
「すごいよ、君は。謎が分かったというのだから」
 彼は頷きながら、紙を引き寄せる。
 それからその三桁の数字を愛おしそうに指でなぞる。
「やっと水曜日の晩、悩み悩んだ末に『そうか!』と突然閃いたんです。あの『三四郎』のページの丸囲みはひょっとして銀行のカード番号だけへの誘導だけではなく、この銀行の振込の数字の謎、つまりX氏の妻の不倫相手の名前にも関係しているアナグラムなんではないかとね。それからは簡単でした。分かっているいくつかの数字を並べるだけですから」
「それがこの数字…『461』『920』…」
「そうです」
 言ってから彼は二つの数字の下に横線を引いて、1,381と書いた。
 僕は何も言わず彼を見た。そう彼が答えるべきなのである。何故ならこれは彼が解いたの答えなのだから…
「ですね。二回に分けて振り込まれたんですよ。一回目は『461円』、そして二回目は『920円』…その合計が…」
 彼はあたりめに手を伸ばし、珍しく歯で噛み切ると言った。

「1, 381円です」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...