82 / 106
馬蹄橋の七灯篭――『四天王寺ロダンの挨拶』より
その14
しおりを挟む
(14)
プリンターの動くモータ音が消えると印刷された用紙を手に取って、佐竹は枚数を数えた。五十枚近く印字された用紙。それはまるで短編小説原稿程の枚数。佐竹は席に戻り、それを読み始めた。
誰もいないオフィスで紙を捲る音だけが響く。
印字された文字はデジタルで変換された工業規格。そこに人間の個性何てこれっぽっちも浮かび上がらず、勿論文字の筆跡から書いた個人の個性なんぞ読みとることはできない。
しかしながら、彼はそれを読み込んでゆくにつれ、その内容に吸い込まれてゆく自分を感じないではいられない。
それは初めて老人に会った時に感じた興味を、また彼女から感じた不合理な違和感を平たく押しなべてゆき、読み進むにつれ未知を既知へと変換させ、やがて佐竹の知識的平衡感覚を戻してゆく。
読み進めた彼は、大きく椅子に反り返った。それからビルのライトの届かぬ闇を見見つめ、呟く。
「…東京オリンピックか…」
まだこの小説の物語を全て読み終えているわけではないが、思うことが心に青い炎として纏わりつく感覚がある。それを端的に呟く。
「青春を奪い去る暗くて青き情念の炎、嫉妬、それに肉体に宿る性への渇望…」
自分で何を言っているのか。佐竹は勿論それを理解している。頭脳はしっかりと回転している。不明確さではない答えを知って、その答えの先に何かを掴みたくなる感じなのだ。この小説の物語はまだ始まったばかりだというのに。
『彼』が彼女にしたためた報告書。
いや、と首を振る佐竹。
これは短編小説かもしれない、そう思った佐竹が、また首を振る。
――違う、
小説ではなくまるで小さな劇の脚本と言ってもいいかもしれない。
佐竹は腕を頭に組んだ。組むと目を閉じた。彼女はやはり女優西条未希だった。この中にそれははっきりとではないが、『彼』が『みきちゃん』と書いていることからそれは推し量られる。
佐竹が読み始めて分かったことは沢山あった。そしてそれは既に事件は『彼』の手元で解決されており、もう過去の時間へと押しやられているという事だった。
佐竹は時計を見た。午後十一時を指そうとしている。佐竹はそれから立ち上がると鞄を肩に下げ、パソコンの電源を落とした。それから辺りを見回し、同僚たちの作業机から明かりが消えているのを確認すると足早にオフィスを出ようとして部屋の電源を切った。
急がねばならない。いくら御堂筋の終電が遅いとは言え、乗り換えが上手くいかなければ自宅には着かない。
事件の顛末については自分の部屋でウイスキーでも飲みながら考えれば良い。
佐竹はエレベータのボタンを押すとフロアの表示板を見た。上がって来るエレベータを待つ時間、佐竹は不意に呟いた。
「…『彼』か…」
そしてその呟きを切って残す様に佐竹は開いたエレベータのドアに滑り込み、やがて階下へと降りて行った。明日、またそこに残る『彼』に会う事を信じて。
プリンターの動くモータ音が消えると印刷された用紙を手に取って、佐竹は枚数を数えた。五十枚近く印字された用紙。それはまるで短編小説原稿程の枚数。佐竹は席に戻り、それを読み始めた。
誰もいないオフィスで紙を捲る音だけが響く。
印字された文字はデジタルで変換された工業規格。そこに人間の個性何てこれっぽっちも浮かび上がらず、勿論文字の筆跡から書いた個人の個性なんぞ読みとることはできない。
しかしながら、彼はそれを読み込んでゆくにつれ、その内容に吸い込まれてゆく自分を感じないではいられない。
それは初めて老人に会った時に感じた興味を、また彼女から感じた不合理な違和感を平たく押しなべてゆき、読み進むにつれ未知を既知へと変換させ、やがて佐竹の知識的平衡感覚を戻してゆく。
読み進めた彼は、大きく椅子に反り返った。それからビルのライトの届かぬ闇を見見つめ、呟く。
「…東京オリンピックか…」
まだこの小説の物語を全て読み終えているわけではないが、思うことが心に青い炎として纏わりつく感覚がある。それを端的に呟く。
「青春を奪い去る暗くて青き情念の炎、嫉妬、それに肉体に宿る性への渇望…」
自分で何を言っているのか。佐竹は勿論それを理解している。頭脳はしっかりと回転している。不明確さではない答えを知って、その答えの先に何かを掴みたくなる感じなのだ。この小説の物語はまだ始まったばかりだというのに。
『彼』が彼女にしたためた報告書。
いや、と首を振る佐竹。
これは短編小説かもしれない、そう思った佐竹が、また首を振る。
――違う、
小説ではなくまるで小さな劇の脚本と言ってもいいかもしれない。
佐竹は腕を頭に組んだ。組むと目を閉じた。彼女はやはり女優西条未希だった。この中にそれははっきりとではないが、『彼』が『みきちゃん』と書いていることからそれは推し量られる。
佐竹が読み始めて分かったことは沢山あった。そしてそれは既に事件は『彼』の手元で解決されており、もう過去の時間へと押しやられているという事だった。
佐竹は時計を見た。午後十一時を指そうとしている。佐竹はそれから立ち上がると鞄を肩に下げ、パソコンの電源を落とした。それから辺りを見回し、同僚たちの作業机から明かりが消えているのを確認すると足早にオフィスを出ようとして部屋の電源を切った。
急がねばならない。いくら御堂筋の終電が遅いとは言え、乗り換えが上手くいかなければ自宅には着かない。
事件の顛末については自分の部屋でウイスキーでも飲みながら考えれば良い。
佐竹はエレベータのボタンを押すとフロアの表示板を見た。上がって来るエレベータを待つ時間、佐竹は不意に呟いた。
「…『彼』か…」
そしてその呟きを切って残す様に佐竹は開いたエレベータのドアに滑り込み、やがて階下へと降りて行った。明日、またそこに残る『彼』に会う事を信じて。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる