四天王寺ロダンの冒険

ヒナタウヲ

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馬蹄橋の七灯篭――『四天王寺ロダンの挨拶』より

その18

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(18)

 小さな咳払いの音。
 老人が手で口を覆う。覆うと隠した唇が動く。
「しかし、まぁよく、君は私の場所が分かったもんだ。余程、何かを執拗に調べたのか、はたまた頭脳が明晰というのか」
 僕は慌てて手を振る。
「僕は何もあなたがいま言われたようなことなんて一片の欠片もない人間ですよ。確かに他の人よりか幾分だけ行動力があるのは認めますが、ただ分かることは地道にひとつづつ後を追ってゆくことが大事なんです」
 頭を掻いて、それから首筋をぴしゃりと叩く。
「まぁ棲み処が分かったのは、明石に出向いてからですよ。明石であなたの御生母の戸川瀧子のお墓に参った時なんです。ほらあそこのお寺…なんといいいましたけね…ほら」
「雲竜寺やろが。まぁ忘れた振りなんかせんでもいい。あそこは私の実家なんやからな」
「まぁそこに行けば自然とあなたの棲み処なんてわかっちゃう。なんせ、あなたはごく普通の市井のひとり。今でもちゃんとご先祖の供養には顔を出しているのですから」
 そこで僕は首筋から手を戻す。戻して言う。
 ――ただし、
「猪子部銀造としてですがね」
 老人が反応する。帽子の鍔が作る翳の中で眼鏡の奥の瞳が爛と輝いたように見えた。
「まぁ猪子部銀造にとっては血の繋がりはない実家。なんせ瀧子さんは腹に別の人の種を宿して、嫁いだわけですから」
  老人は覆った手をゆっくりと下ろす。下ろすと唇が紫色をしている。その紫は何を意味しているのか。
 その意味を僕は彼に問うたのかもしれない。だから血の色は紫に変わり、代わって唇が変色して震えているのだ。
 それは僅かばかりに驚きと共に。
 老人は上着のポケットに手を入れると、白い封筒を取り出した。それは僕には十分見覚えがあった。
「これが…君が私に送った封書だね」
 言って中から便箋を取り出す。
「…これにはこう書かれている。――昭和の初めに起きた『警察官ピストル強奪事件』『連続婦女暴行事件』について、お話を伺いたく。沙羅双樹ならぬ「双竜」を知るあなたに馬蹄橋の七灯篭で今週の土曜までお待ちしています。万一来られなければ飛ぶ鳥の羽音があなたを悩まし続ける事でしょう――」
 老人は皺のある細い指で丁寧に便箋を折り畳むと白い封筒に入れた。
「見事だといいたい。これらの事を簡潔にこの書面で全て補完してる。だからこそ今君が言った言葉は正に…『双竜』の事すらも既に知り得ているのだと私は思う」
 いやいやと首を僕は振った。
「いまね、僕がそこに書いたのは全くはったりのでまかせで根拠のないことですよ。唯あなたのまえでいっちょ噛ましてみただけです」
「はったりやと?」
 老人の唇の口角が上がる。
「ええ、はったりもはったり。テキヤ商売ならではのはったりでさぁ」
 僕は笑う。
 笑うが嘲られた老人の態度で僕は正に今確証を得た。だからこそ自信を隠しつつも、しかしながら核心に触れるように言う。
 それは長饒舌に。
「ですがね…もうこれで僕は最後のラストピースを手に入れました。これで事件の全ては僕のこの縮れ毛ぼうぼうの頭の中で完成しました。それでご老人、いかがですか。ほらあそこあの屋号のかかった看板が見えるでしょう?『田中屋』と書いてある。ああ…そうでした、もう今は田中家の所有じゃなかったですね。別の若いご夫婦が温泉を維持して小さな旅館をしています。まぁそこは今の僕の宿泊先ですがね。…で、丁度、その玄関先にある灯篭の側に石のベンチがあるでしょう。そこでお話をしませんか?あそこからだと馬蹄橋と七灯篭を見渡すにはもってこいの場所です。それであのベンチですがね、何でもあの夏祭りの時から一寸も動いていないそうです。七灯篭の側にあるベンチは平和裏に夏を愉しむカップルや温泉を訪れた客人達の為に設置されたそうですが、しかしながらそれが火野龍平の障害事件と絡んでくるなんて誰も思わなかったでしょうね。おそらくそれを実行した犯人にとっては格好の射撃場所でしたんでしょうが」





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