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馬蹄橋の七灯篭――『四天王寺ロダンの挨拶』より
その24
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(24)
――母親は誰なのか?
僕は一拍の間を置く。それは言葉と言葉の間にある律を整えるためではない。自分の頭の中で整理している事柄を時系列に背列するための、最後の確認のためだ。
「田中竜二、つまり彼は思春期に誰もが感じ得る若者としての発芽以上に、いや異常に強く顕著に出てしまった。それは実は性的衝動だけじゃなく、『恋』…そうしてまさに青い炎とでも言うべきでしょうか、『執念』というか」
僕は頭を掻く。ぼりぼりと掻いて首筋をぴしゃりと音を立て叩く。
「…しかしですよ、しかし…そのぉ何ですか、これから彼がしでかしたことをつらつら僕は話そうと思いますが…実は僕はですね彼についてとてもある側面から見れば、何というか、非常に深い精神構造の中である意識が強い人物だったのではないかと評価をしないではいられないのですよ」
「ある側面?」
老人が地面をコツコツと杖を叩いて鳴らす。
「何や、それは?そんなんが竜二にあるんか?」
ええ…。僕は首を撫でながら言う。
「そのぉ、つまり哲学的側面として」
「哲学的側面?」
老人が眉間に皺寄せる。なんだそれは?という言葉を眉間に挟んでいる。
「プラトンです」
「プラトン?」
顔を上げる老人。
眼鏡奥の瞼が僅かに大きく見開いているように見えた。
「ええ、プラトン。プラトンです。僕は田中竜二の行動にはまるでソクラテスとディオティマとの会話に中にあるある言葉が全てではないかと思ったのです」
僕の言葉に意味を探る老人の目がうごっく。
「…それは?」
「つまり『恋』」
僕は答える。
「『恋』やと」
「ええ、そう『恋』です。間違ってはいけないですが、エロティシズム
とは違いますよ。哲学における『恋』、つまり『美』のイデア」
静かに黙るこむ老人。
そんな老人を突き放す様に僕は語り出す。
「そう、僕が読んだ本にはこう書かれていたんです。 ――『恋』とはつまり、善きもの、美しいものが永遠に自分の物であることを願う欲求のことである。するとでは、それは「いかなる仕方で」これを追求するのか。このソクラテスの問いに対してディオティマは言う。「つまりそれは、肉体的にも、精神的にも美しいものの中で出産することなのです」”」
僕の唇の動きを止めるのを待っていたかのように老人が唾を地面に吐く。
その唾の中に何が混じっているかを推し量る技量は自分にはない。自分にはないが、老人の次の言葉に僕は十分それを推し量ることができた。
「何がプラトン、『恋(エロス)』や!!あいつは唯の色気違い!!色気違いやで!!君は何でそんな美化するんや?!あ?なぁ!!?」
老人の激昂ともいえる剣幕が、不思議だが僕を非常に冷静にさせた。
稀に犯罪者を称賛したくなるような心理が働くことが、犯罪に関わった正義の側でもあるのではないだろうか、と僕は思う。つまり僕はこの田中竜二をある側面では正しくこうして評価してしまった。それが老人の剣幕、つまり正常ともいえる精神によって頬を平手ではたかれたのだ。
だから冷静になれた、というよりも幾分か心の内に湧き上がる興味的野心の熱を下げ、常識的判断に戻ることができた。
「そうですね、そうです、そうです」
自分に言い聞かせるように強く三度言って頷いた。
「田中竜二、彼は『色気違い』でまた強く自己欲求的な執拗さと異常があった。確かに彼にそれ以上の評価は出来ませんね。だからこそ、そうした彼独自の性格の傾斜がここで『事件』を起こしたのです。その事件こそ、それこそ世間に大きく取り上げられるようなものではなかったのですが、しかしながら東珠子と火野龍平、――特に火野龍平にとっては人生の開かれた輝かしい未来から急に人生の崖底に落とされたのですから」
――母親は誰なのか?
僕は一拍の間を置く。それは言葉と言葉の間にある律を整えるためではない。自分の頭の中で整理している事柄を時系列に背列するための、最後の確認のためだ。
「田中竜二、つまり彼は思春期に誰もが感じ得る若者としての発芽以上に、いや異常に強く顕著に出てしまった。それは実は性的衝動だけじゃなく、『恋』…そうしてまさに青い炎とでも言うべきでしょうか、『執念』というか」
僕は頭を掻く。ぼりぼりと掻いて首筋をぴしゃりと音を立て叩く。
「…しかしですよ、しかし…そのぉ何ですか、これから彼がしでかしたことをつらつら僕は話そうと思いますが…実は僕はですね彼についてとてもある側面から見れば、何というか、非常に深い精神構造の中である意識が強い人物だったのではないかと評価をしないではいられないのですよ」
「ある側面?」
老人が地面をコツコツと杖を叩いて鳴らす。
「何や、それは?そんなんが竜二にあるんか?」
ええ…。僕は首を撫でながら言う。
「そのぉ、つまり哲学的側面として」
「哲学的側面?」
老人が眉間に皺寄せる。なんだそれは?という言葉を眉間に挟んでいる。
「プラトンです」
「プラトン?」
顔を上げる老人。
眼鏡奥の瞼が僅かに大きく見開いているように見えた。
「ええ、プラトン。プラトンです。僕は田中竜二の行動にはまるでソクラテスとディオティマとの会話に中にあるある言葉が全てではないかと思ったのです」
僕の言葉に意味を探る老人の目がうごっく。
「…それは?」
「つまり『恋』」
僕は答える。
「『恋』やと」
「ええ、そう『恋』です。間違ってはいけないですが、エロティシズム
とは違いますよ。哲学における『恋』、つまり『美』のイデア」
静かに黙るこむ老人。
そんな老人を突き放す様に僕は語り出す。
「そう、僕が読んだ本にはこう書かれていたんです。 ――『恋』とはつまり、善きもの、美しいものが永遠に自分の物であることを願う欲求のことである。するとでは、それは「いかなる仕方で」これを追求するのか。このソクラテスの問いに対してディオティマは言う。「つまりそれは、肉体的にも、精神的にも美しいものの中で出産することなのです」”」
僕の唇の動きを止めるのを待っていたかのように老人が唾を地面に吐く。
その唾の中に何が混じっているかを推し量る技量は自分にはない。自分にはないが、老人の次の言葉に僕は十分それを推し量ることができた。
「何がプラトン、『恋(エロス)』や!!あいつは唯の色気違い!!色気違いやで!!君は何でそんな美化するんや?!あ?なぁ!!?」
老人の激昂ともいえる剣幕が、不思議だが僕を非常に冷静にさせた。
稀に犯罪者を称賛したくなるような心理が働くことが、犯罪に関わった正義の側でもあるのではないだろうか、と僕は思う。つまり僕はこの田中竜二をある側面では正しくこうして評価してしまった。それが老人の剣幕、つまり正常ともいえる精神によって頬を平手ではたかれたのだ。
だから冷静になれた、というよりも幾分か心の内に湧き上がる興味的野心の熱を下げ、常識的判断に戻ることができた。
「そうですね、そうです、そうです」
自分に言い聞かせるように強く三度言って頷いた。
「田中竜二、彼は『色気違い』でまた強く自己欲求的な執拗さと異常があった。確かに彼にそれ以上の評価は出来ませんね。だからこそ、そうした彼独自の性格の傾斜がここで『事件』を起こしたのです。その事件こそ、それこそ世間に大きく取り上げられるようなものではなかったのですが、しかしながら東珠子と火野龍平、――特に火野龍平にとっては人生の開かれた輝かしい未来から急に人生の崖底に落とされたのですから」
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