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馬蹄橋の七灯篭――『四天王寺ロダンの挨拶』より
その35
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(35)
ぼうと燃え上がる音が聞こえた気がした。それはもしかすると、老人のこころの中で未だに燻り続ける不審火が大きく火の粉を上げて燃え上がった音かもしれない。
「勿論、僕は『たこべぇ』にそれを知ってるなんか言いません。唯。ぽかぁんとしていたんですよ?分かります?こんなことあるのかなと?僕はね、ちょっとした劇団の練習の合間を見て、電車に乗り明石まで来た。唯、それだけなのに、何故、これほどまでの多くの情報を一度に拾えるのか…それもピンポイントに…まるで時間という扉を塞いでいた強力なボンドが経年劣化して剥がれ落ちて行く…まるで時間の重さに耐えられず、落ちて…」
「煩い!!うるさい!!」
老人がけたたましく叫ぶ。誰もいない南河内の奥深い石造りの橋に並ぶ七つの灯篭に老人の声が反響する。
「何やというんや、オマェ!!ほんまに何をそんなに調べよるんや。何を好き好んでそんなに深入りしよる?何がお前に得をさせる?何が…!!」
「性分なんでさぁ」
僕は相手の言葉の間を切る。いや正確には息の間を切る、と言った方が良いかもしれない。
息を継ごうと肺に空気を入れた瞬間。相手の先を抑える。それで相手の肺を空気一杯に満たして、膨らんだままにしてしまう。相手は唯河豚のように膨らんで何もできない。
「性分なんですよ。どこか執拗に何事かを追い求めてしまう。少しでも埃なんかがあったらそれを箒で払わなきゃ気が済まない。そんな性分なんですよ。でもね、そうそう…」
僕は河豚に言う。
「こんなにピンポイントに明石の雲竜寺とか、向かいの中華そば屋とかまるで狙ったように行けるなんて可笑しいに決まってる。ええ、そう思うでしょう。そうそれはその通りですよ。何故ならば僕には情報提供者がいるんですから」
「東珠子やろが!!」
「いいえ」
僕は間一髪入れず言う。
「何?!」
老人は般若の様そうで河豚の眼差しで睨む。
「ちゃいますよ」
「誰や!!」
僕は般若に言う。
「誰って言っても…分かりませんか?このあなたの一連のサークルの中で誰ならば一番このことを知っているのが誰かと考えればあなたたでも分かる筈でしょう?猪子部さん」
老人は般若の眉毛を動かして首を動かした。思案して、思案してその先に誰かが浮かんだのか、老人は凄い形相で僕を見た。まるで不審火の青白い炎が遂に紅蓮の炎になった瞬間を見届けた眼で。
「…ある筈がない!!」
そう、それは最も不可能な『解』なのだ。
だから老人は言った。
「あいつは、あいつはお前に語れない!」
僕は至極当然に頷く。そうそれが一般的な常識的な『解』なのだから。
「そうでしょうか?」
僕は毅然という。
「猪子部さん、僕は言いましたよね。本当の『悪魔』をあなたは知っている筈だと。そうそうもう一つ『たこべぇ』が息子を演じる僕に言ったんですよ。
――親父さんは元気かい?数年会ってないし、まぁここには近寄ってないからなってね
だから僕は写真を見せてやったんですよ。そしたらね、開口一番、こいつは違うだろう?て言いました。でもね、是は僕の親父ですって何回も言ったんですがね『たこべぇ』 はついぞ首を振らず、言うんですよ
――言いたくはないが、親父さんは年とってもこんな俳優になりそうな美青年じゃない。確かにハンサムだったがどちらかっていうとこれは銀造兄貴の弟に似てるって」
――弟
老人はこの時、まさに地獄の業火に焼かれた。そう、まさにその一言。
――これは弟。
「そう、何を隠そう僕が『たこべぇ』に見せたのは病院で入院している「田中竜二」の写真です。あとそれからあなたが言った通り…『語れない』というその一言」
老人はまじりとも動かない。
「あれは長年彼が生きる為に貫き通した演技ですよ、彼自身は…聾唖者なんかじゃない。それこそ兄への恐怖に支配されて生まれた『悪魔』なんです」
僕の言葉を聞いた時、老人は立ち上がりそして僕に振り返った。般若の様相のままで自分の想像を超える存在『悪魔』に出会った衝撃とは本当にこれほどまでとは僕は予想だにしなかった。
そして僕は言ったのだ。
「そう、『双竜』とはあなたの弟達、つまり竜二と竜一です。そしてあなたは戸川瀧子の腹から生まれた三つ子の一番上の兄。違いますか?」
僕は続ける。
「僕の情報提供者、それこそ病院に居る『田中竜二』です。彼は遂に自分の人生の最後に於いて、僕に吐き出すように話し出したんですよ。彼はね、喋れないんじゃない」
「何だと?」
衝撃を受けた老人は吹き飛ばされんばかりの眼鏡を抑えて言う。
「喋れる?だと!!」
僕は『はい』とも『いいえ』ともいわない。
「僕の見立てが正しければ。あなたはピストル強奪事件もその後に続く連続婦女強姦事件、火野龍平襲撃事件も背負わせて――そう今は『ある人物』といいましょう、その人物を殺した。そう、不審火と称して家ごと焼き殺したんです。しかしながらですがその事件にはそれぞれの性格的傾斜が深くかかわっているです。一つは『竜一』そして『竜二』、そして最後はあなた、銀造さん、あなたが有している性癖的傾斜」
僕は唇を拭いた。
「つまり弟竜一への深い男色愛ですよ」
ぼうと燃え上がる音が聞こえた気がした。それはもしかすると、老人のこころの中で未だに燻り続ける不審火が大きく火の粉を上げて燃え上がった音かもしれない。
「勿論、僕は『たこべぇ』にそれを知ってるなんか言いません。唯。ぽかぁんとしていたんですよ?分かります?こんなことあるのかなと?僕はね、ちょっとした劇団の練習の合間を見て、電車に乗り明石まで来た。唯、それだけなのに、何故、これほどまでの多くの情報を一度に拾えるのか…それもピンポイントに…まるで時間という扉を塞いでいた強力なボンドが経年劣化して剥がれ落ちて行く…まるで時間の重さに耐えられず、落ちて…」
「煩い!!うるさい!!」
老人がけたたましく叫ぶ。誰もいない南河内の奥深い石造りの橋に並ぶ七つの灯篭に老人の声が反響する。
「何やというんや、オマェ!!ほんまに何をそんなに調べよるんや。何を好き好んでそんなに深入りしよる?何がお前に得をさせる?何が…!!」
「性分なんでさぁ」
僕は相手の言葉の間を切る。いや正確には息の間を切る、と言った方が良いかもしれない。
息を継ごうと肺に空気を入れた瞬間。相手の先を抑える。それで相手の肺を空気一杯に満たして、膨らんだままにしてしまう。相手は唯河豚のように膨らんで何もできない。
「性分なんですよ。どこか執拗に何事かを追い求めてしまう。少しでも埃なんかがあったらそれを箒で払わなきゃ気が済まない。そんな性分なんですよ。でもね、そうそう…」
僕は河豚に言う。
「こんなにピンポイントに明石の雲竜寺とか、向かいの中華そば屋とかまるで狙ったように行けるなんて可笑しいに決まってる。ええ、そう思うでしょう。そうそれはその通りですよ。何故ならば僕には情報提供者がいるんですから」
「東珠子やろが!!」
「いいえ」
僕は間一髪入れず言う。
「何?!」
老人は般若の様そうで河豚の眼差しで睨む。
「ちゃいますよ」
「誰や!!」
僕は般若に言う。
「誰って言っても…分かりませんか?このあなたの一連のサークルの中で誰ならば一番このことを知っているのが誰かと考えればあなたたでも分かる筈でしょう?猪子部さん」
老人は般若の眉毛を動かして首を動かした。思案して、思案してその先に誰かが浮かんだのか、老人は凄い形相で僕を見た。まるで不審火の青白い炎が遂に紅蓮の炎になった瞬間を見届けた眼で。
「…ある筈がない!!」
そう、それは最も不可能な『解』なのだ。
だから老人は言った。
「あいつは、あいつはお前に語れない!」
僕は至極当然に頷く。そうそれが一般的な常識的な『解』なのだから。
「そうでしょうか?」
僕は毅然という。
「猪子部さん、僕は言いましたよね。本当の『悪魔』をあなたは知っている筈だと。そうそうもう一つ『たこべぇ』が息子を演じる僕に言ったんですよ。
――親父さんは元気かい?数年会ってないし、まぁここには近寄ってないからなってね
だから僕は写真を見せてやったんですよ。そしたらね、開口一番、こいつは違うだろう?て言いました。でもね、是は僕の親父ですって何回も言ったんですがね『たこべぇ』 はついぞ首を振らず、言うんですよ
――言いたくはないが、親父さんは年とってもこんな俳優になりそうな美青年じゃない。確かにハンサムだったがどちらかっていうとこれは銀造兄貴の弟に似てるって」
――弟
老人はこの時、まさに地獄の業火に焼かれた。そう、まさにその一言。
――これは弟。
「そう、何を隠そう僕が『たこべぇ』に見せたのは病院で入院している「田中竜二」の写真です。あとそれからあなたが言った通り…『語れない』というその一言」
老人はまじりとも動かない。
「あれは長年彼が生きる為に貫き通した演技ですよ、彼自身は…聾唖者なんかじゃない。それこそ兄への恐怖に支配されて生まれた『悪魔』なんです」
僕の言葉を聞いた時、老人は立ち上がりそして僕に振り返った。般若の様相のままで自分の想像を超える存在『悪魔』に出会った衝撃とは本当にこれほどまでとは僕は予想だにしなかった。
そして僕は言ったのだ。
「そう、『双竜』とはあなたの弟達、つまり竜二と竜一です。そしてあなたは戸川瀧子の腹から生まれた三つ子の一番上の兄。違いますか?」
僕は続ける。
「僕の情報提供者、それこそ病院に居る『田中竜二』です。彼は遂に自分の人生の最後に於いて、僕に吐き出すように話し出したんですよ。彼はね、喋れないんじゃない」
「何だと?」
衝撃を受けた老人は吹き飛ばされんばかりの眼鏡を抑えて言う。
「喋れる?だと!!」
僕は『はい』とも『いいえ』ともいわない。
「僕の見立てが正しければ。あなたはピストル強奪事件もその後に続く連続婦女強姦事件、火野龍平襲撃事件も背負わせて――そう今は『ある人物』といいましょう、その人物を殺した。そう、不審火と称して家ごと焼き殺したんです。しかしながらですがその事件にはそれぞれの性格的傾斜が深くかかわっているです。一つは『竜一』そして『竜二』、そして最後はあなた、銀造さん、あなたが有している性癖的傾斜」
僕は唇を拭いた。
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