四天王寺ロダンの冒険

ヒナタウヲ

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馬蹄橋の七灯篭――『四天王寺ロダンの挨拶』より

その37

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(37)

 ――なんだ、なんだ
  何があいつに在って
  何が俺に足りないんだ?

  時間か?時間なら確かにあいつの方が俺より沢山あるだろう、若さとはそんなものだ。
  しかし過去には戻れねぇ
  俺の過去は俺だけが支配する絶対的王国の領土。誰も足を踏み入れる事なんぞでねぇんだ。
  俺は俺の人生を完全にした。
  何も失敗は無い。
  炎すらも自分の支配にいて、俺は今まさに老境に居るのに、
  なのに、なのに
  何故、こいつは
  こうも簡単に俺の世界を披見させるんだ。
  それも俺が知らない母親の事についてもだ!!
 

 ここはどこだ?
 ここは馬蹄橋、七つの灯篭が立つ大阪の南河内の僻地とも入れる山間地。この土地は根来動眼という修験者が開いた温泉地。今じゃこんなところを訪れる客何て今を持て余した余人だけだ。
 そう、此処は根来動眼開いた土地。若き頃シルクロードを旅した動眼が東の小邦に楼蘭の夜を起こす為に開いた遊郭楼だ。
 そう。俺達は此処に縁を持つ縁深き者だ。
 猪子部銀造
 東珠子
 火野龍平
 田中竜二
 そして俺の愛しき竜一

 …ああ、それが何か分からない天秤でいま揺れ動かされている。それもだ、目の前に立つ縮れ毛の背高い若者にだ。

 お前は何者だ?
 一体?

 老人は忌々し気に僕を見た。
「何を知っている?何故、動眼が関係する?儂が供物だと?何の為に?えっ?時代の犠牲と、オメェが言うが、何だというんだ?ええ??」
 僕は深く頷く。頷いて言う。
「…でしょうね?全く何のことかあなたには分からないのかもしれないですね。今非常に混乱しているでしょう?僕もですよ、最初未希ちゃん、いやある人からこの話を聞いた時、この事件は一つの時代のサークルで行われたものとして考えたんですよ。でもね、それではその事件の背景と仕組みは解けても、何故そうした事がここで必然的に発生したのかという事実が分からなかったんですよ」
「必然的事実だと?」
 老人が鎌首を上げる。まるで今の彼は蛇のように鋭い眼光を見せている。
「ええ、あなたは僕が田中竜一と言った時、驚いたでしょう?何故なら、それが『双竜』であるとあなたは理解していたし、それが極めつけのあなたのこの世に対する最大の詐術だった訳ですし、ですがね、その双竜はもう一つあるべきなんですよ。でなければこの土地に仕掛けれた戸川瀧子の呪いは解けないのですよ」
「呪い?だと」
 僕は頷く。
「あなたの御実家は雲竜寺という寺ですね。では何故戸川瀧子は何故そこに嫁ぐことができたのでしょう?」
 老人は眉間に深い皺を寄せる。寄せる皺には何が挟まるというのか?それは不明だという事実かもしれない。
「それは雲竜寺で動眼が修行をしたからですよ、修験道のね」
 眉間の皺が開かれる。不明が知古を知った様に。
「…動眼が?」
「まぁ知らなくてもいいのかもしれませんね、なんせ、古すぎる話だし、日露戦争もかくやと言う古い時代の頃です」
「何故、断定できる?」
「分かりませんか?」
 老人は押し黙る。老人は記憶を探る。探る先に何か見つけようと懸命になる。
「ここに張ったりは在りませんよ」 
 僕は頭を掻いた。掻いて指を掻き鳴らす。相手に十分な時間を与える。しかしながら老人はどうやら不明の谷底に落ちて這いあがれない様子だった。
 僕は手を差し伸べる時間が来たと感じた。
「…あなたはある種の事に対しては高い主注力と頭脳をお持ちの様ですが、しかしながら身近な事には全く頭が働かないようですね。まるで灯台下暗しですね」
 僕は笑って老人に言った。
「簡単じゃないですか、この先の根来にある修験寺Xの末寺は、明石の雲竜寺でしょう?そうなれば答えは至極簡単」
 老人は歯を剝き出しで言う。
「そんなことは分かっとるわ!!。分からんのは何故動眼と戸川瀧子が雲竜寺で関連するんかがわからんのだ!!」
「簡単ですよ」
「何?」
「つまり戸川瀧子は動眼の娘で、中国の奉天で生まれた。そして動眼を追って日本に来て、やがて雲竜寺のあなたの御実家、猪子部家に輿入れした、動眼の口添えで」
 老人は不意に手を口元にやった。まるでそこから出て来る驚きを抑え込むように。
「……ほんま…か?」
 僕は首筋を叩く。
「ほんまかどうかも、あなたは何も母親の事を知らないのですね。実の母親の事を」
 僕は嗤う。
「不思議だ、不思議だ。実にあなたは不思議だ、精神の構造においても。僕がはじめにあなた言ったこと覚えていますか?――あなたは血縁間で伝播していく何かがあるというお考えはお持ちですか?と言ったことを」
 老人は眦を動かさず僕を見ている。
「僕はね、この言葉に大きな謎を含めていたんです。それはですね、性的趣向のみならず妊娠における受胎性、それから精神的破壊性等、それらは全てを含んで僕は問いました。あなたは性的趣向性については興味を持って答えた。なぜならばそれがあなたの人生そのものを覆う天幕のような物で、それが故にあなたの人生は出来ているからです。だけど、受胎性や精神的破壊性については答えなかった。これらもまたあなた方に付きまとうものなんですよ」
 僕は話を続ける。
「それらの全ては動眼から出て娘の戸川瀧子に受けつがれた。それはあなた方自身にそれぞれ受け継がれていくのですが、残念ながらそれらは、血が分けられた為か濃度の濃さが生じたんでしょうね」
 僕は指を五本立てる。それそれに誰が誰かは僕には分かっている。
「まぁついでに言えばあなたもご自身が御実家の家とは 血の繋がりが無いことは御存じだったでしょうね?だからこそ、若い時分はかなり暴れまわった。だがあなたは不思議に一人いる弟、竜一は溺愛した。いや溺愛したというレベルじゃない、話すことができない弟を自分の生的趣向の相手にした。彼はね、喋れないんじゃない、喋ろうとしなかった。それはあなたからの呪縛に耐える為にね、その方が竜一は生きやすかった。多くの秘密を抱えることができた、つまり『証の竜』として」
 僕は言う。
「戸川瀧子とはなんという深い呪いをこの地に産み落としたのだろう」
 僕の言葉に振り向く影が見えた。

 ――だからこそ

 僕は言う。

「戸川瀧子について話しましょう」

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