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第12話 出発
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「さーて。それじゃ出発しましょうか」
治癒術士のエミーさんが号令をかけた。
野営のあとしまつをテキパキとこなし、備品の整理もサクッと終えた二人は、あっという間に出立の準備を整えてしまっていた。旅慣れている……。
片づけのとき「僕も何か……」と手伝おうとしたら、「む。大丈夫だぞ?」「慣れてますからねー?」とやんわり暗に座っててと言われて、僕は二人の立ちい振るまいをぼんやりと眺めているだけの存在になってしまった。
確かに今手伝っても、旅慣れてない——というか人間として慣れていない僕が何かしようとしたら、逆に迷惑をかけてしまうかもしれない。
それからもう一つ理由があって——
「よし、では、わたしにどうぞ」
と獣人リーシアさんが言えば、
「っ! いえいえ、私にどうぞ」
エミーさんも同じようなセリフを。
「何言っているのですか? わたしが適任です。さあ、わたしの背に」
「いえいえ、ここは私の背に」
二人が僕に背を向けてしゃがみ、「自分の背に来い」と主張しあっている。
別に痴情のもつれとか、そんなではない。
「治癒術士が、殿方を背負って運ぶ? 肉体労働をしている? それで道を歩く? 隣に力の強いお供がいるのに? ダメです。ヒーラーはヒーラーらしく、いつも涼しい顔をして、いつも軽やかに、笑顔を絶やさず、です。ついでに箸より重いものは持ってはなりませんっ」
リーシアさんがしぶい顔をすると、
「いーやーでーすーぅー! 私にだって、おんぶに抱っこにキャッキャウフフとかする権利があると思うんですけどー!」
とエミーさんが駄々をこねている。
「はーん、そうですかそうですか。やるべき仕事もすぐサボって抜け出して、あっちこっちの酒場でキャッキャウフフしていたことを、わたしが知らないとでも?」
「……ぐはぁっ!(吐血)」
「とにかく彼を背負うのはわたしです! アスト殿、さあ!」
「い、いいえ、それとこれとは話が別です。おまかせするわけにはいきません! アストさん、さあ!」
おたがいゆずらない……。
「あ、あのー……。たぶん僕一人でもなんとかなる、と思うんですけど——」
「「ならないでしょ!」」
はい、すみません……。
そうなのだった。僕は彼女たちのうち、どちらかの背を借りなければならない。
というのも、足腰が立たないことに気づいたのは、起きてから割と早かった。
くっつきあって寝床にいた真っ裸の三人だが、ずっとそのままというわけにもいかない。女性二人は顔を赤らめつつ、服を手にそそくさと茂みのかげに向かう。そのとき二人の裸のお尻が丸見えで、それがすっごくきれいで……まあいいや、それで僕も立ち上がろうとしたときに——
「あれ?」
自分の足が思うように動かないことに気づいた。
着ていた服はボロボロだったらしく、すでにない。とりあえず寝床代わりに敷いてあった大判の布で局所的な部分を隠していると、先に服を着たリーシアさんが戻ってきた。彼女は僕の態度をけげんに思った様子で、すっとしゃがんで、顔を近づけてきた。
「どうしました?」
薄灰緑のきれいな瞳にたずねられて、ドキドキしつつ僕はもう一度立とうと試みて——やっぱり立てなかった。
「もしかして……足が?」
「はい、そのようです」
「それは……以前からそういう感じで? それとも今?」
以前……は人間じゃなかったので、今だ。
「今、です。たぶん……」
「たぶん……?」
たぶん、という言葉にひっかかったのか妙な顔をされたけど、とにかく足がきかないことは重大案件だ。近くに人家はないようだし、そのへんをモンスターがうろうろしている世界。旅の途中で足が動かなくなれば、それは即、生死の問題に直結することくらいは僕にもわかる。
「完治していない? 治癒がうまくいかなかった……?」
リーシアさんがつぶやく。おくれてやってきたエミーさんが、
「もしかしてまだ毒が?」
「そんなはずは……。しかし……」
二人の会話の歯切れが悪い。
エミーさんの杖を借りて、それでどうにか立ってみようとしたけれど——ダメだった。
「どうにも困りましたね……」
エミーさんの声のあと、しばらく沈黙がおりた。
「…………」
リーシアさんはそれからもしばらく考えているようだったけど、
「まあ、背負っていけばいいでしょう。この先にクリファムの村があります。ちょうど目指していたところですし」
「そう……ですね。そこまで行って、それからのことはまた後で考えましょう」
二人には何か目的があるようだ。あてのない旅というわけではなさそう。
それでどちらかが背負ってくれることになったんだけど、どちらが背負うかで意見がわかれて——
今にいたる。
背負われる側の僕がいうのもなんだけど、僧侶的な出で立ちのエミーさんに背負われるのは気がひけるなあ。力仕事をするイメージがないし。反対に獣人のリーシアさんの方は、たぶん力も強いだろうし、そちらが適任ではないかと思う。ただ、リーシアさんは護衛役とのことなので、動きづらくなるかもだ。今後、とっさの対応が必要なとき、動作がおくれる可能性もある。僕のせいで二人の旅を危険にさらしたくはない。
けれど僕には選択肢がなかった。ここに残されたままだと、どうにもならない。二人に助けてもらうしか方法はないのだ。
結局リーシアさんの背をお借りすることになって、
「はい、じゃあわたしの背に」
「よ、よろしく……です」
目の前にある細っそりとした背を見て、少々躊躇してしまった。
(あらためて見るとリーシアさん、華奢だなあ……。大丈夫かな)
けれど彼女の肩に手をのばしたところで、
「はい、もっと体を密着させて! 覆いかぶさるように!」
と言われて、もたれかかり、
「はい、腰ももっとくっつけて!」
と言われて腰をリーシアさんにくっつけたら、ガッシと足を抱えられた。
そして急にフッと視界が高くなって、驚く。彼女は僕を軽々とした感じで抱え上げていたのだ。ついでに自身の背嚢を体の前で固定している。前に荷物。後ろに僕。それでいけるのかぁ。力あるなあ……。
「大丈夫ですか?」
エミーさんからの問いかけにも、
「ん? 問題なしですね」
いたって平気な様子。
そんなこんなで準備が整って、僕らは出発することになった。
治癒術士のエミーさんが号令をかけた。
野営のあとしまつをテキパキとこなし、備品の整理もサクッと終えた二人は、あっという間に出立の準備を整えてしまっていた。旅慣れている……。
片づけのとき「僕も何か……」と手伝おうとしたら、「む。大丈夫だぞ?」「慣れてますからねー?」とやんわり暗に座っててと言われて、僕は二人の立ちい振るまいをぼんやりと眺めているだけの存在になってしまった。
確かに今手伝っても、旅慣れてない——というか人間として慣れていない僕が何かしようとしたら、逆に迷惑をかけてしまうかもしれない。
それからもう一つ理由があって——
「よし、では、わたしにどうぞ」
と獣人リーシアさんが言えば、
「っ! いえいえ、私にどうぞ」
エミーさんも同じようなセリフを。
「何言っているのですか? わたしが適任です。さあ、わたしの背に」
「いえいえ、ここは私の背に」
二人が僕に背を向けてしゃがみ、「自分の背に来い」と主張しあっている。
別に痴情のもつれとか、そんなではない。
「治癒術士が、殿方を背負って運ぶ? 肉体労働をしている? それで道を歩く? 隣に力の強いお供がいるのに? ダメです。ヒーラーはヒーラーらしく、いつも涼しい顔をして、いつも軽やかに、笑顔を絶やさず、です。ついでに箸より重いものは持ってはなりませんっ」
リーシアさんがしぶい顔をすると、
「いーやーでーすーぅー! 私にだって、おんぶに抱っこにキャッキャウフフとかする権利があると思うんですけどー!」
とエミーさんが駄々をこねている。
「はーん、そうですかそうですか。やるべき仕事もすぐサボって抜け出して、あっちこっちの酒場でキャッキャウフフしていたことを、わたしが知らないとでも?」
「……ぐはぁっ!(吐血)」
「とにかく彼を背負うのはわたしです! アスト殿、さあ!」
「い、いいえ、それとこれとは話が別です。おまかせするわけにはいきません! アストさん、さあ!」
おたがいゆずらない……。
「あ、あのー……。たぶん僕一人でもなんとかなる、と思うんですけど——」
「「ならないでしょ!」」
はい、すみません……。
そうなのだった。僕は彼女たちのうち、どちらかの背を借りなければならない。
というのも、足腰が立たないことに気づいたのは、起きてから割と早かった。
くっつきあって寝床にいた真っ裸の三人だが、ずっとそのままというわけにもいかない。女性二人は顔を赤らめつつ、服を手にそそくさと茂みのかげに向かう。そのとき二人の裸のお尻が丸見えで、それがすっごくきれいで……まあいいや、それで僕も立ち上がろうとしたときに——
「あれ?」
自分の足が思うように動かないことに気づいた。
着ていた服はボロボロだったらしく、すでにない。とりあえず寝床代わりに敷いてあった大判の布で局所的な部分を隠していると、先に服を着たリーシアさんが戻ってきた。彼女は僕の態度をけげんに思った様子で、すっとしゃがんで、顔を近づけてきた。
「どうしました?」
薄灰緑のきれいな瞳にたずねられて、ドキドキしつつ僕はもう一度立とうと試みて——やっぱり立てなかった。
「もしかして……足が?」
「はい、そのようです」
「それは……以前からそういう感じで? それとも今?」
以前……は人間じゃなかったので、今だ。
「今、です。たぶん……」
「たぶん……?」
たぶん、という言葉にひっかかったのか妙な顔をされたけど、とにかく足がきかないことは重大案件だ。近くに人家はないようだし、そのへんをモンスターがうろうろしている世界。旅の途中で足が動かなくなれば、それは即、生死の問題に直結することくらいは僕にもわかる。
「完治していない? 治癒がうまくいかなかった……?」
リーシアさんがつぶやく。おくれてやってきたエミーさんが、
「もしかしてまだ毒が?」
「そんなはずは……。しかし……」
二人の会話の歯切れが悪い。
エミーさんの杖を借りて、それでどうにか立ってみようとしたけれど——ダメだった。
「どうにも困りましたね……」
エミーさんの声のあと、しばらく沈黙がおりた。
「…………」
リーシアさんはそれからもしばらく考えているようだったけど、
「まあ、背負っていけばいいでしょう。この先にクリファムの村があります。ちょうど目指していたところですし」
「そう……ですね。そこまで行って、それからのことはまた後で考えましょう」
二人には何か目的があるようだ。あてのない旅というわけではなさそう。
それでどちらかが背負ってくれることになったんだけど、どちらが背負うかで意見がわかれて——
今にいたる。
背負われる側の僕がいうのもなんだけど、僧侶的な出で立ちのエミーさんに背負われるのは気がひけるなあ。力仕事をするイメージがないし。反対に獣人のリーシアさんの方は、たぶん力も強いだろうし、そちらが適任ではないかと思う。ただ、リーシアさんは護衛役とのことなので、動きづらくなるかもだ。今後、とっさの対応が必要なとき、動作がおくれる可能性もある。僕のせいで二人の旅を危険にさらしたくはない。
けれど僕には選択肢がなかった。ここに残されたままだと、どうにもならない。二人に助けてもらうしか方法はないのだ。
結局リーシアさんの背をお借りすることになって、
「はい、じゃあわたしの背に」
「よ、よろしく……です」
目の前にある細っそりとした背を見て、少々躊躇してしまった。
(あらためて見るとリーシアさん、華奢だなあ……。大丈夫かな)
けれど彼女の肩に手をのばしたところで、
「はい、もっと体を密着させて! 覆いかぶさるように!」
と言われて、もたれかかり、
「はい、腰ももっとくっつけて!」
と言われて腰をリーシアさんにくっつけたら、ガッシと足を抱えられた。
そして急にフッと視界が高くなって、驚く。彼女は僕を軽々とした感じで抱え上げていたのだ。ついでに自身の背嚢を体の前で固定している。前に荷物。後ろに僕。それでいけるのかぁ。力あるなあ……。
「大丈夫ですか?」
エミーさんからの問いかけにも、
「ん? 問題なしですね」
いたって平気な様子。
そんなこんなで準備が整って、僕らは出発することになった。
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