1 / 1
1
しおりを挟む
息を吸った瞬間、胸の奥が焼けついた。
木の天井。
乾ききった薬草の匂い。
山を撫でる冷たい風。
ここは、前世と同じ“山の庵”。
沈懐瑾はゆっくりと身体を起こした。
手がかすかに震えていた。
(……戻ってきた。間違いない。俺は一度、死んだはずだ)
前世、師尊の白凌之が命を落とすより前に――
自分はもう、この世にいなかった。
本来なら、師尊の最期がどうなったかなど知らずに終わるはずだった。
だが――知っている。
懐瑾の脳裏には、“二つの人生”が同時に息づいていた。
一つは師尊の弟子として山で育った人生。
白凌之に拾われ、薬草を摘み、術を学び、道を歩いた十数年。
もう一つは、この世界を小説として読んだ人生。
二つの記憶が混ざり合い、頭の奥で途切れなく脈動し続けている。
混乱はしている。だが、確信はあった。
(この世界は“小説、天光録”。
主人公・ 蕭煜霖を中心に回る物語だ)
そしてその“主人公”が、師尊にどれほど歪んだ執着を抱えていたかも。
(……俺を殺したのは、あの男だ)
前世。
白凌之の弟子として一番近い位置にいた自分を、
蕭煜霖は“師尊を独占するために排除すべき障害”と判断した。
(原作でも、俺は途中で退場する役だった。
師尊と主人公が出会い、恋を深めるための“余計な存在”)
だが、俺は知っている。
――最終的に白凌之は、 蕭煜霖を庇って死ぬ。
それが小説では主人公、 蕭煜霖が覚醒する引き金であり、前世の現実だった。
(そんな未来、二度と繰り返させるか)
胸が熱くなる。
死後も消えなかった想い。
言えなかった恋情。
守れなかった悔い。
全てが、回帰した瞬間に燃え上がった。
そのとき――。
「……懐瑾(ホワイジン)?」
扉が軋み、白い衣の影が揺れた。
白凌之
――俺の師尊。
薄明かりの中に立つその姿は、前世と寸分違わない。
透き通る気配。
雪のような白髪。
風に揺れる長い袖。
静謐で、冷たく美しく、触れれば壊れそうな存在。
(師尊……)
喉が焼けるほど恋しかった。
師尊は、何も知らないだろう。
この弟子が 蕭煜霖に前世で殺されたことも。
無垢で、穏やかで、危ういほどに優しく
ただ、いつもと変わらぬ穏やかな目で見つめている。
「……師尊」
声が震えた。
白凌之は静かに歩み寄り、膝を折って目線を合わせてきた。
「どうした。悪い夢でも見たのか?」
(夢なんかじゃない……全部、現実だ)
近づくその気配に、胸が締めつけられる。
前世で守れなかった存在が、今こうして目の前にいる。
「顔色が悪い。……昨夜の薬湯が合わなかったか?」
(今度こそ、奪わせない)
沈懐瑾は強く唇を噛み、深く頭を垂れた。
「師尊……俺は……」
言葉が続かない。
胸が熱すぎて、声にならなかった。
白凌之は、沈懐瑾の肩にそっと手を置く。
驚くほど温かい体温が伝わった。
「懐瑾。お前は幼い頃に人の世で傷を負い、私が世話をした。
ずっとこの山で修行し、人と交わることなく育った。
……だが、そろそろ世に戻る時期かもしれない」
沈懐瑾の背筋が震えた。
(来た……この時だ。原作の分岐点)
前世師尊はこの愚かな弟子を下山させる途中
五大世家の若き当主、蕭煜霖に出会い執着されたのだ、、!
俺は思わず口を開く。
「師尊。……俺は、まだ山で修行を続けたいです」
師尊は目を瞬かせ、
「お前が自らそう言うとは」
と微笑んだ。
(前世で俺は弱すぎた。守れなかった。だから奪われた)
強く拳を握りしめる。
「もっと強くなりたい。……師尊を守れるほどに」
言った瞬間、自分に驚いた。
胸の奥にある感情が、隠しきれずに言葉ににじみ出たのだ。
師尊は柔らかく微笑んだ。
「守るなど必要ない。だが……お前の覚悟は確かに伝わった。
ならばもう少し、この山で修行を積むといい」
(……師尊)
( 蕭煜霖……次に会う時は、前世の俺じゃない。
お前に殺される弟子でも、師尊を奪われる傍観者でもない)
沈懐瑾は静かに、しかし確かな意志を込めて目を閉じた。
木の天井。
乾ききった薬草の匂い。
山を撫でる冷たい風。
ここは、前世と同じ“山の庵”。
沈懐瑾はゆっくりと身体を起こした。
手がかすかに震えていた。
(……戻ってきた。間違いない。俺は一度、死んだはずだ)
前世、師尊の白凌之が命を落とすより前に――
自分はもう、この世にいなかった。
本来なら、師尊の最期がどうなったかなど知らずに終わるはずだった。
だが――知っている。
懐瑾の脳裏には、“二つの人生”が同時に息づいていた。
一つは師尊の弟子として山で育った人生。
白凌之に拾われ、薬草を摘み、術を学び、道を歩いた十数年。
もう一つは、この世界を小説として読んだ人生。
二つの記憶が混ざり合い、頭の奥で途切れなく脈動し続けている。
混乱はしている。だが、確信はあった。
(この世界は“小説、天光録”。
主人公・ 蕭煜霖を中心に回る物語だ)
そしてその“主人公”が、師尊にどれほど歪んだ執着を抱えていたかも。
(……俺を殺したのは、あの男だ)
前世。
白凌之の弟子として一番近い位置にいた自分を、
蕭煜霖は“師尊を独占するために排除すべき障害”と判断した。
(原作でも、俺は途中で退場する役だった。
師尊と主人公が出会い、恋を深めるための“余計な存在”)
だが、俺は知っている。
――最終的に白凌之は、 蕭煜霖を庇って死ぬ。
それが小説では主人公、 蕭煜霖が覚醒する引き金であり、前世の現実だった。
(そんな未来、二度と繰り返させるか)
胸が熱くなる。
死後も消えなかった想い。
言えなかった恋情。
守れなかった悔い。
全てが、回帰した瞬間に燃え上がった。
そのとき――。
「……懐瑾(ホワイジン)?」
扉が軋み、白い衣の影が揺れた。
白凌之
――俺の師尊。
薄明かりの中に立つその姿は、前世と寸分違わない。
透き通る気配。
雪のような白髪。
風に揺れる長い袖。
静謐で、冷たく美しく、触れれば壊れそうな存在。
(師尊……)
喉が焼けるほど恋しかった。
師尊は、何も知らないだろう。
この弟子が 蕭煜霖に前世で殺されたことも。
無垢で、穏やかで、危ういほどに優しく
ただ、いつもと変わらぬ穏やかな目で見つめている。
「……師尊」
声が震えた。
白凌之は静かに歩み寄り、膝を折って目線を合わせてきた。
「どうした。悪い夢でも見たのか?」
(夢なんかじゃない……全部、現実だ)
近づくその気配に、胸が締めつけられる。
前世で守れなかった存在が、今こうして目の前にいる。
「顔色が悪い。……昨夜の薬湯が合わなかったか?」
(今度こそ、奪わせない)
沈懐瑾は強く唇を噛み、深く頭を垂れた。
「師尊……俺は……」
言葉が続かない。
胸が熱すぎて、声にならなかった。
白凌之は、沈懐瑾の肩にそっと手を置く。
驚くほど温かい体温が伝わった。
「懐瑾。お前は幼い頃に人の世で傷を負い、私が世話をした。
ずっとこの山で修行し、人と交わることなく育った。
……だが、そろそろ世に戻る時期かもしれない」
沈懐瑾の背筋が震えた。
(来た……この時だ。原作の分岐点)
前世師尊はこの愚かな弟子を下山させる途中
五大世家の若き当主、蕭煜霖に出会い執着されたのだ、、!
俺は思わず口を開く。
「師尊。……俺は、まだ山で修行を続けたいです」
師尊は目を瞬かせ、
「お前が自らそう言うとは」
と微笑んだ。
(前世で俺は弱すぎた。守れなかった。だから奪われた)
強く拳を握りしめる。
「もっと強くなりたい。……師尊を守れるほどに」
言った瞬間、自分に驚いた。
胸の奥にある感情が、隠しきれずに言葉ににじみ出たのだ。
師尊は柔らかく微笑んだ。
「守るなど必要ない。だが……お前の覚悟は確かに伝わった。
ならばもう少し、この山で修行を積むといい」
(……師尊)
( 蕭煜霖……次に会う時は、前世の俺じゃない。
お前に殺される弟子でも、師尊を奪われる傍観者でもない)
沈懐瑾は静かに、しかし確かな意志を込めて目を閉じた。
15
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
悪役の僕 何故か愛される
いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ
王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。
悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。
そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて…
ファンタジーラブコメBL
不定期更新
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
偽物勇者は愛を乞う
きっせつ
BL
ある日。異世界から本物の勇者が召喚された。
六年間、左目を失いながらも勇者として戦い続けたニルは偽物の烙印を押され、勇者パーティから追い出されてしまう。
偽物勇者として逃げるように人里離れた森の奥の小屋で隠遁生活をし始めたニル。悲嘆に暮れる…事はなく、勇者の重圧から解放された彼は没落人生を楽しもうとして居た矢先、何故か勇者パーティとして今も戦っている筈の騎士が彼の前に現れて……。
狂わせたのは君なのに
一寸光陰
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。
完結保証
番外編あり
王様の恋
うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」
突然王に言われた一言。
王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。
ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。
※エセ王国
※エセファンタジー
※惚れ薬
※異世界トリップ表現が少しあります
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる