隠世の門

海谷ノ

文字の大きさ
12 / 19

11話 揺れの測定

しおりを挟む
どれだけ歩いたのか、よく覚えていない。

斗泉さんに連れられて校門を出てから、ずっと無言のままだった。
静かな廊下を踏みしめるたび、足音が遠くへ吸い込まれていく。

学校の空気とは違う。

ここは“揺れ”がほとんどない。
あるいは、揺れていても、僕には届かないほど深く沈んでいる。

「着いた」

短い声に顔を上げると、白い扉がひとつあった。
無機質なのに、どこか“冷えた目”でこちらを見ているように感じる。

扉が静かに開き、僕は小さな部屋へ案内された。
四方をガラスに囲まれた、人ひとり分の空間。

息をする音さえ響きそうなほど静かだ。

「ここで立っているだけでいい。揺れを測る」

「……揺れ?」

「心配しなくていい。危害はない」

そう言われても、不安は勝手に生まれる。

10話のことが頭から離れなかった。
影山くんの影が歩き始めたこと。
僕はただ立っていただけなのに、周りが揺れたこと。
そして斗泉さんが、僕をここへ**“連れてきた”**こと。

僕は危険なんだろうか。
それとも、守られている……?

そんなことを考えているうちに、ガラス越しへ何人かの大人が集まってきた。
白衣の人もいる。

みんな、淡い光のような視線を僕に向けている。

「適性試験、開始します」

無感情な声が響いた瞬間、足元の空気がそっと動いた。
風のようで、風ではない。

カマイタチだ――と、僕は直感した。

(やめて。大丈夫だから……)

心の中でそう呼びかけると、風はわずかに弱まった。
でも完全には消えない。

足元から離れず、ただ“見張っている”気配だけが残る。

白い光が僕の体をなぞる。

眩しいわけでも、痛いわけでもない。
なのに、皮膚よりもっと深い場所――“揺れ”そのものを触られているような感覚があった。

「……数値、上昇。これ、通常域じゃ……」

「精神揺れ増幅が速い。反動は……ゼロ?」

「矛盾してる……」

ガラス越しの声がざわつく。
そのざわめきが、逆に僕の胸へ波のように返ってくる。

(どうして? 僕は、何もしてないのに)

そう思った瞬間だった。

背中に、ひやりとした冷気が触れた。

冬の朝みたいな、尖った静けさ。
振り返っても、そこには誰もいない。

ただ――白い尾が、ひとつだけ揺れた気がした。

(……また、来てくれたの?)

妖狐。
名前も知らない守護者。

危険なときに寄ってくることだけは分かる。
守っているのか、観察しているのかは、まだ分からない。

そのとき、測定装置が甲高い音を上げた。

「だめだ、制御が――」

「揺れの波形が狂っていく!」

「この子……本当に人間……?」

視線が刺さる。

不安なのに、心臓だけは静かだった。
怖い、というより――**“揺れに合わせて呼吸してしまう”**感覚の方が強い。

ガラスがかすかに軋んだとき、斗泉さんの声が響いた。

「もういい。止めろ」

その瞬間、音がぱたりと消えた。
光も収束し、背中の冷気もゆるく薄まっていく。

「晴翔、出て来い」

扉が開き、僕は外へ出た。
研究員たちの視線が、僕に触れないように逸れていく。

まるで、そこに危険なものでもあるみたいに。

斗泉さんが、ゆっくりと僕へ向き直る。

「晴翔。ひとつだけ聞かせろ」

その声は、いつもの無機質さの奥に、触れれば落ちてしまいそうな淡い揺れを含んでいた。

「……はい」

「お前、本当に――倉橋か?」

胸が強く跳ねた。

答えられない。
分からない。
僕自身、倉橋という名前の意味なんて知らない。

「僕は……僕は、ただの――」

言いかけたとき、背後の気配がふっと揺れた。
白い尾の幻が、ガラスにうっすら映った気がした。

斗泉さんの瞳がわずかに細くなる。

「……やはり、か」

意味は分からない。
でも、斗泉さんは知っているようだった。

僕が何を抱えていて、なぜ“呼ばれてしまう”のかを。

「晴翔。これから、もっと揺れる。
 だが……壊れないでいられるのは、お前だけだ」

足元で風がやさしく巻いた。
カマイタチが、寄り添うように足首を撫でる。

斗泉さんはゆっくりと背を向けた。

「行くぞ。まだ測ることがある」

その背中の影は、さっきより少しだけ穏やかだった。

僕は小さく息を吸って、歩き出す。

揺れはまだ止まっていない。
だけど――この先に何があっても、進むしかない。

そう思えた。

──11話 了。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!

しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。 けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。 そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。 そして王家主催の夜会で事は起こった。 第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。 そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。 しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。 全12話 ご都合主義のゆるゆる設定です。 言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。 登場人物へのざまぁはほぼ無いです。 魔法、スキルの内容については独自設定になっています。 誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。

処理中です...