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11話 揺れの測定
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どれだけ歩いたのか、よく覚えていない。
斗泉さんに連れられて校門を出てから、ずっと無言のままだった。
静かな廊下を踏みしめるたび、足音が遠くへ吸い込まれていく。
学校の空気とは違う。
ここは“揺れ”がほとんどない。
あるいは、揺れていても、僕には届かないほど深く沈んでいる。
「着いた」
短い声に顔を上げると、白い扉がひとつあった。
無機質なのに、どこか“冷えた目”でこちらを見ているように感じる。
扉が静かに開き、僕は小さな部屋へ案内された。
四方をガラスに囲まれた、人ひとり分の空間。
息をする音さえ響きそうなほど静かだ。
「ここで立っているだけでいい。揺れを測る」
「……揺れ?」
「心配しなくていい。危害はない」
そう言われても、不安は勝手に生まれる。
10話のことが頭から離れなかった。
影山くんの影が歩き始めたこと。
僕はただ立っていただけなのに、周りが揺れたこと。
そして斗泉さんが、僕をここへ**“連れてきた”**こと。
僕は危険なんだろうか。
それとも、守られている……?
そんなことを考えているうちに、ガラス越しへ何人かの大人が集まってきた。
白衣の人もいる。
みんな、淡い光のような視線を僕に向けている。
「適性試験、開始します」
無感情な声が響いた瞬間、足元の空気がそっと動いた。
風のようで、風ではない。
カマイタチだ――と、僕は直感した。
(やめて。大丈夫だから……)
心の中でそう呼びかけると、風はわずかに弱まった。
でも完全には消えない。
足元から離れず、ただ“見張っている”気配だけが残る。
白い光が僕の体をなぞる。
眩しいわけでも、痛いわけでもない。
なのに、皮膚よりもっと深い場所――“揺れ”そのものを触られているような感覚があった。
「……数値、上昇。これ、通常域じゃ……」
「精神揺れ増幅が速い。反動は……ゼロ?」
「矛盾してる……」
ガラス越しの声がざわつく。
そのざわめきが、逆に僕の胸へ波のように返ってくる。
(どうして? 僕は、何もしてないのに)
そう思った瞬間だった。
背中に、ひやりとした冷気が触れた。
冬の朝みたいな、尖った静けさ。
振り返っても、そこには誰もいない。
ただ――白い尾が、ひとつだけ揺れた気がした。
(……また、来てくれたの?)
妖狐。
名前も知らない守護者。
危険なときに寄ってくることだけは分かる。
守っているのか、観察しているのかは、まだ分からない。
そのとき、測定装置が甲高い音を上げた。
「だめだ、制御が――」
「揺れの波形が狂っていく!」
「この子……本当に人間……?」
視線が刺さる。
不安なのに、心臓だけは静かだった。
怖い、というより――**“揺れに合わせて呼吸してしまう”**感覚の方が強い。
ガラスがかすかに軋んだとき、斗泉さんの声が響いた。
「もういい。止めろ」
その瞬間、音がぱたりと消えた。
光も収束し、背中の冷気もゆるく薄まっていく。
「晴翔、出て来い」
扉が開き、僕は外へ出た。
研究員たちの視線が、僕に触れないように逸れていく。
まるで、そこに危険なものでもあるみたいに。
斗泉さんが、ゆっくりと僕へ向き直る。
「晴翔。ひとつだけ聞かせろ」
その声は、いつもの無機質さの奥に、触れれば落ちてしまいそうな淡い揺れを含んでいた。
「……はい」
「お前、本当に――倉橋か?」
胸が強く跳ねた。
答えられない。
分からない。
僕自身、倉橋という名前の意味なんて知らない。
「僕は……僕は、ただの――」
言いかけたとき、背後の気配がふっと揺れた。
白い尾の幻が、ガラスにうっすら映った気がした。
斗泉さんの瞳がわずかに細くなる。
「……やはり、か」
意味は分からない。
でも、斗泉さんは知っているようだった。
僕が何を抱えていて、なぜ“呼ばれてしまう”のかを。
「晴翔。これから、もっと揺れる。
だが……壊れないでいられるのは、お前だけだ」
足元で風がやさしく巻いた。
カマイタチが、寄り添うように足首を撫でる。
斗泉さんはゆっくりと背を向けた。
「行くぞ。まだ測ることがある」
その背中の影は、さっきより少しだけ穏やかだった。
僕は小さく息を吸って、歩き出す。
揺れはまだ止まっていない。
だけど――この先に何があっても、進むしかない。
そう思えた。
──11話 了。
斗泉さんに連れられて校門を出てから、ずっと無言のままだった。
静かな廊下を踏みしめるたび、足音が遠くへ吸い込まれていく。
学校の空気とは違う。
ここは“揺れ”がほとんどない。
あるいは、揺れていても、僕には届かないほど深く沈んでいる。
「着いた」
短い声に顔を上げると、白い扉がひとつあった。
無機質なのに、どこか“冷えた目”でこちらを見ているように感じる。
扉が静かに開き、僕は小さな部屋へ案内された。
四方をガラスに囲まれた、人ひとり分の空間。
息をする音さえ響きそうなほど静かだ。
「ここで立っているだけでいい。揺れを測る」
「……揺れ?」
「心配しなくていい。危害はない」
そう言われても、不安は勝手に生まれる。
10話のことが頭から離れなかった。
影山くんの影が歩き始めたこと。
僕はただ立っていただけなのに、周りが揺れたこと。
そして斗泉さんが、僕をここへ**“連れてきた”**こと。
僕は危険なんだろうか。
それとも、守られている……?
そんなことを考えているうちに、ガラス越しへ何人かの大人が集まってきた。
白衣の人もいる。
みんな、淡い光のような視線を僕に向けている。
「適性試験、開始します」
無感情な声が響いた瞬間、足元の空気がそっと動いた。
風のようで、風ではない。
カマイタチだ――と、僕は直感した。
(やめて。大丈夫だから……)
心の中でそう呼びかけると、風はわずかに弱まった。
でも完全には消えない。
足元から離れず、ただ“見張っている”気配だけが残る。
白い光が僕の体をなぞる。
眩しいわけでも、痛いわけでもない。
なのに、皮膚よりもっと深い場所――“揺れ”そのものを触られているような感覚があった。
「……数値、上昇。これ、通常域じゃ……」
「精神揺れ増幅が速い。反動は……ゼロ?」
「矛盾してる……」
ガラス越しの声がざわつく。
そのざわめきが、逆に僕の胸へ波のように返ってくる。
(どうして? 僕は、何もしてないのに)
そう思った瞬間だった。
背中に、ひやりとした冷気が触れた。
冬の朝みたいな、尖った静けさ。
振り返っても、そこには誰もいない。
ただ――白い尾が、ひとつだけ揺れた気がした。
(……また、来てくれたの?)
妖狐。
名前も知らない守護者。
危険なときに寄ってくることだけは分かる。
守っているのか、観察しているのかは、まだ分からない。
そのとき、測定装置が甲高い音を上げた。
「だめだ、制御が――」
「揺れの波形が狂っていく!」
「この子……本当に人間……?」
視線が刺さる。
不安なのに、心臓だけは静かだった。
怖い、というより――**“揺れに合わせて呼吸してしまう”**感覚の方が強い。
ガラスがかすかに軋んだとき、斗泉さんの声が響いた。
「もういい。止めろ」
その瞬間、音がぱたりと消えた。
光も収束し、背中の冷気もゆるく薄まっていく。
「晴翔、出て来い」
扉が開き、僕は外へ出た。
研究員たちの視線が、僕に触れないように逸れていく。
まるで、そこに危険なものでもあるみたいに。
斗泉さんが、ゆっくりと僕へ向き直る。
「晴翔。ひとつだけ聞かせろ」
その声は、いつもの無機質さの奥に、触れれば落ちてしまいそうな淡い揺れを含んでいた。
「……はい」
「お前、本当に――倉橋か?」
胸が強く跳ねた。
答えられない。
分からない。
僕自身、倉橋という名前の意味なんて知らない。
「僕は……僕は、ただの――」
言いかけたとき、背後の気配がふっと揺れた。
白い尾の幻が、ガラスにうっすら映った気がした。
斗泉さんの瞳がわずかに細くなる。
「……やはり、か」
意味は分からない。
でも、斗泉さんは知っているようだった。
僕が何を抱えていて、なぜ“呼ばれてしまう”のかを。
「晴翔。これから、もっと揺れる。
だが……壊れないでいられるのは、お前だけだ」
足元で風がやさしく巻いた。
カマイタチが、寄り添うように足首を撫でる。
斗泉さんはゆっくりと背を向けた。
「行くぞ。まだ測ることがある」
その背中の影は、さっきより少しだけ穏やかだった。
僕は小さく息を吸って、歩き出す。
揺れはまだ止まっていない。
だけど――この先に何があっても、進むしかない。
そう思えた。
──11話 了。
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