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第二章
第13話 エルウィンの謎解き
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「お気づきになられたようで、なによりです」
めずらしく執事が微笑んだ。
「ここからは少々長い話になります」
長い話は、きらいだったが、今日だけは一秒も早く聞きたかった。
「おそらく、あなた様が知っている話は、ドイツのグリム童話だと思います」
もちろん。子供のころに何度も読んだ。
「実は、それ以外にも、イタリアではペンタメローネという民話、中国ではイエーシェンなど、世界各地にあります」
ペンタメローネ? 聞いたことはなかった。
「似たような話が、たくさんあるってこと?」
「左様です。しかしこのモデルになっているのは、一つの悲劇」
「悲劇?」
「もう一つ、ご案内したいところがございます」
執事は庭のほうへと歩きだした。わたしもあとを追う。冬の花壇に花はなく、場所によってはブルーシートでまるごと覆われていた。なにを案内するのかと思っていると、また話しはじめた。
「〇時の鐘が鳴るまでは、童話と同じです。問題はそのあと」
「かぼちゃの馬車に乗って家へ、でしょ」
「そうです。彼女は急いでいました。魔法がとけるまえに家に帰らねばと」
執事が、馬に鞭打つ仕草をした。
「その激しい勢いのまま、街の中に入り、かけ抜けようとしました」
「まさか」
執事がうなずく。
「街角の一つを曲がりきれず、馬車は横転。はい出てきたところへ運悪く、べつの馬車が」
執事が、わたしを見つめてくる。わたしは、すぐには信じられなかった。あの彼女が結ばれていない?
いつのまにか、レンガ造りの橋まで歩いていた。ふいに執事がふりかえる。
「手前の勝手な憶測ですが、ネズミですよ」
わたしは首をかしげた。
「ネズミなんぞに馬をさせるから、こうなるんです。しかも、馬が御者です。馬が馬を操る? あべこべだと思いませんか?」
そうか、馬に変身していたのは、ネズミだっけ。召使いに変身したのが、馬と犬。
「手前から言わせれば、そのあたりが魔法使いの計画ミスです」
おもわず息を吸い込んだ。魔女を上から指摘できる人、はじめてかも。
執事は引きかえすかと思いきや、橋をわたり、さらに進んでいく。庭園が終わり、森の中を小さな道が続いていた。
「ところで、昔の世界には、いつも魔女がでてくると思いませんか?」
「ヘンゼルとグレーテルとか?」
「童話以外にもです。たとえば、紀元前に書かれたオデュッセイアという、最古のギリシャ文学には、キルケーという魔女が、すでに登場しています」
わたしは目をまるくした。
「紀元前! そんな昔から」
「はい。じつに多くの魔女がいます。男では有名な魔道士マーリンがいますが、そのマーリンに魔法を教えたのは、湖の貴婦人ニミュエ、だという説もあります」
「魔法の、はじまりは女性ってこと?」
執事は、どんどん奥に進んでいく。森の緑は、いっそう深くなり、昼なのに薄暗くなってきた。まがりくねった小さな道は、ひとつの小さな石碑についた。よほど古い物だろう。苔が生え、あちこちが風化してぼろぼろだ。
「これ、何の石碑?」
顔を近づけたが、さっぱりわからなかった。刻まれた文字は、何語なのかもわからない。苔をむしり取ってみると、へんな記号も見えてきた。
「童話や伝説にでてくる魔女は、じつは同じ。ひとりなのではないか? とわたしは思っております。その名はブライア・ローズ」
眠れる森の美女だ。わたしでも知っている。
「あら、ローズは、悪い魔女に眠らされるのでは?」
「童話ではそうです。あの話の元になったのは、かけ落ちした王女の話。しかし捕まり、王女の恋人は母親によって殺されます」
「こわいわね!」
「血なまぐさい話です」
執事が顔をゆがめた。同意見らしい。
「そののち、母親への復讐に燃える王女は、魔術を研究したのではないか? というのが古い文献からの勝手な予想です」
「復讐のために魔術なの?」
「相手は王女の母親、つまり王妃ですから。呪うしか戦う手がありません」
ああ、たしかに。一国の王妃なら、大勢の兵士に守られている。
「実際に、王女は行方不明になり、王妃は原因不明の死をむかえたという、大昔の国を見つけました」
それなら執事の説は正しそうだ。
「復讐のあと、王女はどこへ行ったのかしら」
昔の話、と言えばそれまでだが、なんだか、その王女がせつない。
「ここに。手前どもはローズの墓、と呼んでおります」
これが? ぎょっとして、苔をむしっていた手を引っこめた。執事は石碑に近づき、上に乗っていた枯れ葉を手ではらった。
「エルウィン様が、この地で看取ったそうです」
「彼が! ほんと、いったい何年生きてるの」
執事が眼鏡をはずし、ポケットからハンカチを出して拭いた。
「三十六年です」
眼鏡を拭きながら、執事が言う。意味がわからなかった。
「エルウィン様は、魔女ローズから眠りの呪いをかけられております。起きていた年月だけを合わせると三十六年になります」
それはひどい。魔女は何のうらみがあって、と口にする前に執事が説明をつづけた。
「ガラスの靴の彼女に話をもどしましょう。死んだ彼女の魂は、どこかをさまよい、いずれ生まれ変わると魔女ローズは言いました」
わたしが、うさん臭そうな顔をしたのを見て、執事は眼鏡をかけなおした。
「彼女が死んだ瞬間を思いだして下さい」
「馬車にひかれて?」
「そう、彼女はローズの魔法が、かかった状態で死んでいるのです。魂が守られていても不思議ではない気がします」
なるほど、言われてみれば。
「しかし生まれ変わる時は、わからないそうで。なんともいい加減な予言です」
たしかに、いい加減だ。わからなければ待ちようがない。
「若き王子は、ローズにたのみました。その時まで眠らせてくれと」
そういうことね! 話が見えてきた。
「愛の強さに胸を打たれたローズは、王子に眠りの呪文をかけます」
「待って。生まれ変わる時は、わからないんでしょ。何年眠るの?」
執事が、まさにそこです、と言うように、うなずいた。
「魔女ローズは、自分の死の間際、王子に最後の魔法をかけました」
わたしは、ごくりとつばを飲んだ。
「一年間生き、その後、百年眠る呪いです」
「百年! 不死の魔法とかじゃなくて?」
「それができれば、魔法使いも死なないでしょう」
ああそうか、それもそうか!
「もしくは、眠る魔法が得意なのかもしれません。なにせ、眠れる森の美女ですから」
それで三十六歳! おどろいた。何百年も生きているのに、わたしと、それほど変わらないなんて。
「証拠にパスポートでも見せましょうか?」
「パ、パスポートあるの?」
「城の人間によって、つねに架空の戸籍は作りつづけています。エルウィン様が起きた年齢に合うように」
なんて壮大な詐欺! でも悪意のない詐欺か。まったく、おどろくことばかりだ。それと同時に、胸がしめつけられた。
「彼、何回、目覚めているの?」
「さて、記録をひもときませんと、はっきりとは。私はエルウィン様と相まみえることが叶いましたが、私の父はタイミングが合いませんでした」
それをタイミングと言うには、あまりにスケールが長すぎる。ただ、わかったこともある。彼が「二度とない」と、どこかで言ったが、あれは大げさではなかった。次の目覚めは百年後で、すべては変わってしまうのだから。
彼の生き方を思うと気が遠くなった。あまりに切ない。赤くなりはじめた空にむかって、わたしは大きく息を吐いた。
めずらしく執事が微笑んだ。
「ここからは少々長い話になります」
長い話は、きらいだったが、今日だけは一秒も早く聞きたかった。
「おそらく、あなた様が知っている話は、ドイツのグリム童話だと思います」
もちろん。子供のころに何度も読んだ。
「実は、それ以外にも、イタリアではペンタメローネという民話、中国ではイエーシェンなど、世界各地にあります」
ペンタメローネ? 聞いたことはなかった。
「似たような話が、たくさんあるってこと?」
「左様です。しかしこのモデルになっているのは、一つの悲劇」
「悲劇?」
「もう一つ、ご案内したいところがございます」
執事は庭のほうへと歩きだした。わたしもあとを追う。冬の花壇に花はなく、場所によってはブルーシートでまるごと覆われていた。なにを案内するのかと思っていると、また話しはじめた。
「〇時の鐘が鳴るまでは、童話と同じです。問題はそのあと」
「かぼちゃの馬車に乗って家へ、でしょ」
「そうです。彼女は急いでいました。魔法がとけるまえに家に帰らねばと」
執事が、馬に鞭打つ仕草をした。
「その激しい勢いのまま、街の中に入り、かけ抜けようとしました」
「まさか」
執事がうなずく。
「街角の一つを曲がりきれず、馬車は横転。はい出てきたところへ運悪く、べつの馬車が」
執事が、わたしを見つめてくる。わたしは、すぐには信じられなかった。あの彼女が結ばれていない?
いつのまにか、レンガ造りの橋まで歩いていた。ふいに執事がふりかえる。
「手前の勝手な憶測ですが、ネズミですよ」
わたしは首をかしげた。
「ネズミなんぞに馬をさせるから、こうなるんです。しかも、馬が御者です。馬が馬を操る? あべこべだと思いませんか?」
そうか、馬に変身していたのは、ネズミだっけ。召使いに変身したのが、馬と犬。
「手前から言わせれば、そのあたりが魔法使いの計画ミスです」
おもわず息を吸い込んだ。魔女を上から指摘できる人、はじめてかも。
執事は引きかえすかと思いきや、橋をわたり、さらに進んでいく。庭園が終わり、森の中を小さな道が続いていた。
「ところで、昔の世界には、いつも魔女がでてくると思いませんか?」
「ヘンゼルとグレーテルとか?」
「童話以外にもです。たとえば、紀元前に書かれたオデュッセイアという、最古のギリシャ文学には、キルケーという魔女が、すでに登場しています」
わたしは目をまるくした。
「紀元前! そんな昔から」
「はい。じつに多くの魔女がいます。男では有名な魔道士マーリンがいますが、そのマーリンに魔法を教えたのは、湖の貴婦人ニミュエ、だという説もあります」
「魔法の、はじまりは女性ってこと?」
執事は、どんどん奥に進んでいく。森の緑は、いっそう深くなり、昼なのに薄暗くなってきた。まがりくねった小さな道は、ひとつの小さな石碑についた。よほど古い物だろう。苔が生え、あちこちが風化してぼろぼろだ。
「これ、何の石碑?」
顔を近づけたが、さっぱりわからなかった。刻まれた文字は、何語なのかもわからない。苔をむしり取ってみると、へんな記号も見えてきた。
「童話や伝説にでてくる魔女は、じつは同じ。ひとりなのではないか? とわたしは思っております。その名はブライア・ローズ」
眠れる森の美女だ。わたしでも知っている。
「あら、ローズは、悪い魔女に眠らされるのでは?」
「童話ではそうです。あの話の元になったのは、かけ落ちした王女の話。しかし捕まり、王女の恋人は母親によって殺されます」
「こわいわね!」
「血なまぐさい話です」
執事が顔をゆがめた。同意見らしい。
「そののち、母親への復讐に燃える王女は、魔術を研究したのではないか? というのが古い文献からの勝手な予想です」
「復讐のために魔術なの?」
「相手は王女の母親、つまり王妃ですから。呪うしか戦う手がありません」
ああ、たしかに。一国の王妃なら、大勢の兵士に守られている。
「実際に、王女は行方不明になり、王妃は原因不明の死をむかえたという、大昔の国を見つけました」
それなら執事の説は正しそうだ。
「復讐のあと、王女はどこへ行ったのかしら」
昔の話、と言えばそれまでだが、なんだか、その王女がせつない。
「ここに。手前どもはローズの墓、と呼んでおります」
これが? ぎょっとして、苔をむしっていた手を引っこめた。執事は石碑に近づき、上に乗っていた枯れ葉を手ではらった。
「エルウィン様が、この地で看取ったそうです」
「彼が! ほんと、いったい何年生きてるの」
執事が眼鏡をはずし、ポケットからハンカチを出して拭いた。
「三十六年です」
眼鏡を拭きながら、執事が言う。意味がわからなかった。
「エルウィン様は、魔女ローズから眠りの呪いをかけられております。起きていた年月だけを合わせると三十六年になります」
それはひどい。魔女は何のうらみがあって、と口にする前に執事が説明をつづけた。
「ガラスの靴の彼女に話をもどしましょう。死んだ彼女の魂は、どこかをさまよい、いずれ生まれ変わると魔女ローズは言いました」
わたしが、うさん臭そうな顔をしたのを見て、執事は眼鏡をかけなおした。
「彼女が死んだ瞬間を思いだして下さい」
「馬車にひかれて?」
「そう、彼女はローズの魔法が、かかった状態で死んでいるのです。魂が守られていても不思議ではない気がします」
なるほど、言われてみれば。
「しかし生まれ変わる時は、わからないそうで。なんともいい加減な予言です」
たしかに、いい加減だ。わからなければ待ちようがない。
「若き王子は、ローズにたのみました。その時まで眠らせてくれと」
そういうことね! 話が見えてきた。
「愛の強さに胸を打たれたローズは、王子に眠りの呪文をかけます」
「待って。生まれ変わる時は、わからないんでしょ。何年眠るの?」
執事が、まさにそこです、と言うように、うなずいた。
「魔女ローズは、自分の死の間際、王子に最後の魔法をかけました」
わたしは、ごくりとつばを飲んだ。
「一年間生き、その後、百年眠る呪いです」
「百年! 不死の魔法とかじゃなくて?」
「それができれば、魔法使いも死なないでしょう」
ああそうか、それもそうか!
「もしくは、眠る魔法が得意なのかもしれません。なにせ、眠れる森の美女ですから」
それで三十六歳! おどろいた。何百年も生きているのに、わたしと、それほど変わらないなんて。
「証拠にパスポートでも見せましょうか?」
「パ、パスポートあるの?」
「城の人間によって、つねに架空の戸籍は作りつづけています。エルウィン様が起きた年齢に合うように」
なんて壮大な詐欺! でも悪意のない詐欺か。まったく、おどろくことばかりだ。それと同時に、胸がしめつけられた。
「彼、何回、目覚めているの?」
「さて、記録をひもときませんと、はっきりとは。私はエルウィン様と相まみえることが叶いましたが、私の父はタイミングが合いませんでした」
それをタイミングと言うには、あまりにスケールが長すぎる。ただ、わかったこともある。彼が「二度とない」と、どこかで言ったが、あれは大げさではなかった。次の目覚めは百年後で、すべては変わってしまうのだから。
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