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25-1話 姫野美姫 「犬も歩けば」
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ベッドから起きて、あたりを見回す。
小さな部屋。部屋の隅にアンモナイトみたいな形の光る化石。めっちゃカワイイ。
そうだ、ここ異世界だった!
こっちに来て、もう半年は経つ。なのに、いまだに起きると「ここはどこ?」と混乱する時がある。
ちなみに「ここはどこ?」とは、たまに思うが「わたしは誰?」と思うことはない。貧乏暇なし姫野美姫。そんな「おセンチ」な暇はない。
「スプレッド・シート」
スキル名を言い、指先を空中で動かす。わたしの表計算ソフトが出てきた。
スケジュールを書いたタブをタップ。今日することを確認。
そうか、今日は里のみんな全体で、西の山の倒木を拾うのか。
倒れた木が多いと、木食い虫が大量発生して山全体が枯れることもあるらしい。
山なんて放っておくものだと思ってたら、違うようだ。倒木を処理し、たまに間伐もする。そういう手間をかけると樹々の間隔ができ、樹が大きく育つらしい。
このあたりの情報はドクではなく、元村長のおじいちゃん、グローエンさんからだ。農業の知識って書物に書かれてない事が多い。
表計算をしまおうとして、ちょっと指を止めた。
こういう運用に関することは得意だし、好きだ。細かい数字を追うのも苦じゃない。
ただ最近、里の状況は、わたしの能力を越えているんじゃないか? と考える。
キャパ=容量じゃない。アビリティ=能力のほうだ。
家がスーパーだから、在庫管理などは得意だ。それをやってたら、いつの間にか「頭脳班」と呼ばれるようになった。
キングもプリンスも、何か決める時には、わたしに相談してくれる。それはありがたいが、だんだん命に関わる状況が増えてきた。
わたしは食料や物資の運用だけして、戦略や戦術的なことは、ほかの人がやる。そのほうがいい気がする。
この姫野美姫、さすがに自分が小娘であることは知っている。ここはプリンスやヴァゼル伯爵なんかが適任だろう。
疫病の問題も解決しそうだし、今晩あたり、みんなに相談してみよう。
あらためて表計算の画面を消した。
木の上の家から下りて広場に向かう。朝の調練だ。
調練で剣は持たない。護身術を習うようにしている。わたしが剣を持つのは違うような気がするから。剣を持たなくていい状況を作るのが、わたしの役目だろう。
それに三国志の諸葛亮は剣を持たなかったという説がある。軍師は剣を持たない。いや、さっきそれを考えたんだった。わたしは軍師ではない。言うなら、マネージャーはバッドを持たない。うむ。
「今日は頭への回し蹴りにしよう」
えっ、ジャムパパ、なんつった?
ジャムパパの言葉をプレイバック。
なんでも「拳で殴る」というのは手首のねんざ、拳の骨折など、自分のほうがケガをする場合が多いらしい。だから蹴りのほうが安全だと。
そして足の力は強いので、一撃で相手を沈めることもできるのだそうだ。
ジャムパパがまず見本をしてくれる。
上半身は反対に倒しながら、足を跳ね上げる。自分の体勢は崩れるので、蹴った後は必ず逃げる動作につなげる。……難しいな。
「ハイヤー!」
うん。それっぽい掛け声をかけても変わらない。
こういうのは反復練習して、体に染み込ませるしかないってさ。やれやれだ。
朝の調練が終わるころに気づいた。キングがいない。
近くに同じ戦闘班の遠藤ももちゃんがいたので聞いてみる。
「キングは?」
「最近は、外の野山を駆け回ってるよ。なんでも、ポティアナックに蹴りをかわされたのがショックなんだって」
……野山駆け回るって。実際にしている人を初めて聞いた。
「朝ごはん近くになったら呼んでって言われてるの」
そう言って耳を押さえた。通話スキルだ。
「モシモシ! そろそろ朝ごはん……えっ?」
ももちゃんは何か意外なことを言われたようだ。
「わかった。入り口ね」
そう最後に言って通話を切った。
「ミナミちゃんと、あやちゃんに入り口まで来てほしいってさ」
門場みな実、友松あや、の二人か。なんだろう、まったく意味がわからない。
「ヒメ、お願いしていい?」
「いいよ。わたし、伝えとくわ」
「ありがと。あたしは見回りの交代があるから」
戦闘班は常に見回りの番がある。それは二十四時間ずっとなので、ほんとうに頭が下がる。
広場で槍の稽古をしていたミナミちゃんに声をかけた。次に調理場へ行き、あやちゃんを呼ぶ。三人で里の入り口に向かった。
「おう、悪いな。あれ? 姫野もかよ」
滝を出たところ、キングがすでにいた。
「なによ、わたしがいちゃ悪いの?」
「んなこと、思ってねえよ。少し遠いんだ。歩くけどいいか?」
「いいけど、何?」
「んー、まあ来てくれ」
野山を駆け回っている、というのは本当のようで、自分の庭のようにすいすい迷わず歩く。
二十分ほど歩いただろうか。茂みをかけわけていくと、向こうから唸り声が聞こえた。
「ちょっと、キング」
「ああ、大丈夫。野犬なんだけど、襲ってきたら、ぶん殴るから」
あなたが殴ったらミンチになるでしょ! とは言えない。でも朝から野犬のミンチは見たくないなぁ。
茂みをかき分けていくと、いた。
横たわったのが一匹、その前で守るように唸っているのが二匹。
「っていうか、犬じゃねえし!」
思わずつっこんだ。犬じゃない、狼だ。
いや、待てよ。全身が黒い毛なのに、頭から尻尾まで白いタテガミのような物がある。爪も牙も、狼にしては大きい。
これ狼でもねえし! 魔獣やモンスターと言われるやつじゃん。
「あの奥の倒れてるヤツ、よく見てくれ」
モヒカン狼、とでも呼ぼうか。横たわった一匹を見る。黒い毛がまだらになっていた。抜けたところに……発疹?
「キング、これってまさか」
「ああ、天然痘じゃないかな。ドクの研究所で牛や鶏もかかってた。犬のこいつらにかかっても、おかしくないだろ」
たしかに。それで掃除スキルの友松あやちゃんを呼んだのか。じゃあ、門馬みな実は?
「門馬、この二匹が邪魔なんだ。おすわりさせれるか?」
そういうことか! いやでも、狼ってイヌ属だけどモンスターでもかかるのだろうか?
ミナミちゃんがうなずいた。
「おすわり!」
かかった! 二匹のモヒカン狼はビタッ! と伏せる。
友松あやちゃんが、恐る恐る近づく。横たわった一匹に手をかざした。
「ケルファー!……ん? かかってない」
あやちゃんが眉を寄せた。そうか、何種類かのウイルスがあるんだっけ。
「ケル!……こっちじゃないな。ケル!……これでもない。ケルファー! よしかかった」
毛が抜け落ちた部分にあった発疹が消える。
「アウアウー!」
「……え?」
ミナミちゃんが犬の真似をしながら近づいていく。
元気な二匹に頭をこすりつける。そのあとに横たわった一匹に近づいた。優しくお腹を撫でる。
撫でられたモヒカン狼が、気持ち良さそうに目を細めた。しばらくそうしていると、ゆっくりと立ち上がり、よたよたしながらも歩いて去っていく。
「ミナミちゃん、よくさわれるね」
「だって、三匹もいると家を思い出しちゃう!」
「いいけど、野犬と一緒だからな。ノミとかいるんじゃね?」
「ああ、そうだった! あやちゃーん、キレイにしてー!」
「うわー! するから近づかないで!」
……ド天然。
あの黒宮和夏ちゃんが「ミナミは、ド天然」と言ってたけど、それは本当かもしれない。
小さな部屋。部屋の隅にアンモナイトみたいな形の光る化石。めっちゃカワイイ。
そうだ、ここ異世界だった!
こっちに来て、もう半年は経つ。なのに、いまだに起きると「ここはどこ?」と混乱する時がある。
ちなみに「ここはどこ?」とは、たまに思うが「わたしは誰?」と思うことはない。貧乏暇なし姫野美姫。そんな「おセンチ」な暇はない。
「スプレッド・シート」
スキル名を言い、指先を空中で動かす。わたしの表計算ソフトが出てきた。
スケジュールを書いたタブをタップ。今日することを確認。
そうか、今日は里のみんな全体で、西の山の倒木を拾うのか。
倒れた木が多いと、木食い虫が大量発生して山全体が枯れることもあるらしい。
山なんて放っておくものだと思ってたら、違うようだ。倒木を処理し、たまに間伐もする。そういう手間をかけると樹々の間隔ができ、樹が大きく育つらしい。
このあたりの情報はドクではなく、元村長のおじいちゃん、グローエンさんからだ。農業の知識って書物に書かれてない事が多い。
表計算をしまおうとして、ちょっと指を止めた。
こういう運用に関することは得意だし、好きだ。細かい数字を追うのも苦じゃない。
ただ最近、里の状況は、わたしの能力を越えているんじゃないか? と考える。
キャパ=容量じゃない。アビリティ=能力のほうだ。
家がスーパーだから、在庫管理などは得意だ。それをやってたら、いつの間にか「頭脳班」と呼ばれるようになった。
キングもプリンスも、何か決める時には、わたしに相談してくれる。それはありがたいが、だんだん命に関わる状況が増えてきた。
わたしは食料や物資の運用だけして、戦略や戦術的なことは、ほかの人がやる。そのほうがいい気がする。
この姫野美姫、さすがに自分が小娘であることは知っている。ここはプリンスやヴァゼル伯爵なんかが適任だろう。
疫病の問題も解決しそうだし、今晩あたり、みんなに相談してみよう。
あらためて表計算の画面を消した。
木の上の家から下りて広場に向かう。朝の調練だ。
調練で剣は持たない。護身術を習うようにしている。わたしが剣を持つのは違うような気がするから。剣を持たなくていい状況を作るのが、わたしの役目だろう。
それに三国志の諸葛亮は剣を持たなかったという説がある。軍師は剣を持たない。いや、さっきそれを考えたんだった。わたしは軍師ではない。言うなら、マネージャーはバッドを持たない。うむ。
「今日は頭への回し蹴りにしよう」
えっ、ジャムパパ、なんつった?
ジャムパパの言葉をプレイバック。
なんでも「拳で殴る」というのは手首のねんざ、拳の骨折など、自分のほうがケガをする場合が多いらしい。だから蹴りのほうが安全だと。
そして足の力は強いので、一撃で相手を沈めることもできるのだそうだ。
ジャムパパがまず見本をしてくれる。
上半身は反対に倒しながら、足を跳ね上げる。自分の体勢は崩れるので、蹴った後は必ず逃げる動作につなげる。……難しいな。
「ハイヤー!」
うん。それっぽい掛け声をかけても変わらない。
こういうのは反復練習して、体に染み込ませるしかないってさ。やれやれだ。
朝の調練が終わるころに気づいた。キングがいない。
近くに同じ戦闘班の遠藤ももちゃんがいたので聞いてみる。
「キングは?」
「最近は、外の野山を駆け回ってるよ。なんでも、ポティアナックに蹴りをかわされたのがショックなんだって」
……野山駆け回るって。実際にしている人を初めて聞いた。
「朝ごはん近くになったら呼んでって言われてるの」
そう言って耳を押さえた。通話スキルだ。
「モシモシ! そろそろ朝ごはん……えっ?」
ももちゃんは何か意外なことを言われたようだ。
「わかった。入り口ね」
そう最後に言って通話を切った。
「ミナミちゃんと、あやちゃんに入り口まで来てほしいってさ」
門場みな実、友松あや、の二人か。なんだろう、まったく意味がわからない。
「ヒメ、お願いしていい?」
「いいよ。わたし、伝えとくわ」
「ありがと。あたしは見回りの交代があるから」
戦闘班は常に見回りの番がある。それは二十四時間ずっとなので、ほんとうに頭が下がる。
広場で槍の稽古をしていたミナミちゃんに声をかけた。次に調理場へ行き、あやちゃんを呼ぶ。三人で里の入り口に向かった。
「おう、悪いな。あれ? 姫野もかよ」
滝を出たところ、キングがすでにいた。
「なによ、わたしがいちゃ悪いの?」
「んなこと、思ってねえよ。少し遠いんだ。歩くけどいいか?」
「いいけど、何?」
「んー、まあ来てくれ」
野山を駆け回っている、というのは本当のようで、自分の庭のようにすいすい迷わず歩く。
二十分ほど歩いただろうか。茂みをかけわけていくと、向こうから唸り声が聞こえた。
「ちょっと、キング」
「ああ、大丈夫。野犬なんだけど、襲ってきたら、ぶん殴るから」
あなたが殴ったらミンチになるでしょ! とは言えない。でも朝から野犬のミンチは見たくないなぁ。
茂みをかき分けていくと、いた。
横たわったのが一匹、その前で守るように唸っているのが二匹。
「っていうか、犬じゃねえし!」
思わずつっこんだ。犬じゃない、狼だ。
いや、待てよ。全身が黒い毛なのに、頭から尻尾まで白いタテガミのような物がある。爪も牙も、狼にしては大きい。
これ狼でもねえし! 魔獣やモンスターと言われるやつじゃん。
「あの奥の倒れてるヤツ、よく見てくれ」
モヒカン狼、とでも呼ぼうか。横たわった一匹を見る。黒い毛がまだらになっていた。抜けたところに……発疹?
「キング、これってまさか」
「ああ、天然痘じゃないかな。ドクの研究所で牛や鶏もかかってた。犬のこいつらにかかっても、おかしくないだろ」
たしかに。それで掃除スキルの友松あやちゃんを呼んだのか。じゃあ、門馬みな実は?
「門馬、この二匹が邪魔なんだ。おすわりさせれるか?」
そういうことか! いやでも、狼ってイヌ属だけどモンスターでもかかるのだろうか?
ミナミちゃんがうなずいた。
「おすわり!」
かかった! 二匹のモヒカン狼はビタッ! と伏せる。
友松あやちゃんが、恐る恐る近づく。横たわった一匹に手をかざした。
「ケルファー!……ん? かかってない」
あやちゃんが眉を寄せた。そうか、何種類かのウイルスがあるんだっけ。
「ケル!……こっちじゃないな。ケル!……これでもない。ケルファー! よしかかった」
毛が抜け落ちた部分にあった発疹が消える。
「アウアウー!」
「……え?」
ミナミちゃんが犬の真似をしながら近づいていく。
元気な二匹に頭をこすりつける。そのあとに横たわった一匹に近づいた。優しくお腹を撫でる。
撫でられたモヒカン狼が、気持ち良さそうに目を細めた。しばらくそうしていると、ゆっくりと立ち上がり、よたよたしながらも歩いて去っていく。
「ミナミちゃん、よくさわれるね」
「だって、三匹もいると家を思い出しちゃう!」
「いいけど、野犬と一緒だからな。ノミとかいるんじゃね?」
「ああ、そうだった! あやちゃーん、キレイにしてー!」
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