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25-2話 姫野美姫 「リップクリーム」
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四人で帰っていると、耳に遠藤ももちゃんの声が入った。彼女の遠隔通話スキルだ。
『ヒメ、今いい?』
「いいよ」
『ハビスゲアルさんと定期通信した』
誘拐犯ハビスゲアル。わたしたちを召喚した者だけど、言ったら誘拐だ。
その誘拐犯と仲良くなってしまったキング。こっちの気分は複雑なんだけど、プリンスまで気にしてないようだし。
むしゃくしゃするから、いつか、あの頭をスリッパで叩いてみよう。スリッパ、異世界にないけどね。
ハビスゲアルとは数日に一度、ももちゃんに連絡してもらうようにしていた。
「ハビスゲアルさん、何って?」
『今日、またウルパ村の近くに食料置いておくってさ』
「オッケー。わたしが確認しに行くわ」
前回もらった食料は、そろそろ底をつくはずだ。備蓄庫を確認しておきたい。
「ももちゃん、菩提樹クッキー、まだない? わたしは自分のを全部食べちゃってて」
『あー、あたしも食べた。持ってそうな人に聞いておくね』
「うん、ありがと」
通話が切れた。
「遠藤なんて?」
キングが聞いてきた。
「ハビスゲアルさんが、ウルパ村のほうに食料持ってきてくれるって」
「ハビじい、やるな!」
やるな、っていうか本当に助かる。
ウルパ村のほうに、免疫所を作った。その噂は拡がり森の民がわんさか来る。そしてそれと同時に、病にかかった人も治療を求めてくる。
村の離れに療養所を作り、三日に一度は友松あやちゃんと、花森千香ちゃんが治療のために出向いた。
こっちの里とウルパ村とで、備蓄の食料は湯水の如く減る。
以前なら、わたしたちのいる隠れ里は作物が豊富にできるので、たまに街に売っていた。今ではそれもできない。
盗賊から奪った財宝は残っているが、使いたくない。わたし的に、あれは「非常時用」なのだ。
お金と言えば……
「ハビスゲアルさんは、ぽんぽん食料くれるけど金持ちなのかな?」
「ハビじい、どうだろな。金持ちそうには見えないよな。思った通り変わりもんだしな」
「思った通り?」
キングの言葉がわからなかったので、聞き返す。
「ほら、最初に入ってきた時、聖職者の格好してるクセに聖職者のオーラがなかった。じゃあ、権力者か?っていうと、金目の物も身につけてないしな」
「最初? それって、召喚された時?」
「ああ。石造りの部屋でスキルもらった時」
そんな最初! やっぱりキングって人と違う。あの時に相手を見る余裕なんてない。
「わたし、逃げることしか頭になかった。すごいな……」
うしろで「くくっ」と、あやちゃんが笑った。
「あそこで逃げようって思うヒメもたいがいよ。うちなんかもう、ギャー!で終わり」
うん。まあ、それは仕方ない。わたしも「ギャー!」に近いし。
「ミナミちゃんは?」
「あたしは、どうだったかなー。なんで姫路城に着ちゃったんだろって、おどろいてた!」
姫路城? 頭の中にハテナが浮かんだ。キングとあやちゃんも同じ顔だ。
「……それは置いといて、姫野、ウルパ村に行くなら、おれが警護で行くわ。今日は何もないから」
「うん。じゃあヨロ」
「ういっす」
うん? うしろの二人が見合った気がしたけど、気のせい?
とりあえず、わたしたちは里に帰り、遅い朝食を取ることにした。
朝食を取って家に帰ると、下から呼ぶ声がする。
窓からのぞくと、意外な四人だ。さきほどの門馬みな実、友松あや。それにセレイナと黒宮和夏ちゃん。
「ヒメ、上がっていい?」
あやちゃんが聞いてくる。もちろん問題ない。
上がってそうそうに、ミナミちゃんが口を開いた。
「うわー、ヒメちゃんの部屋って何もない」
たしかに。いつも頭脳班の研究室にいるから、ここには寝に帰るだけだ。
「クシもないのね!」
「大丈夫。アタシが持ってきてるから。ヒメ、クシぐらい買いなさいよ」
女子から要望があれば、街からクシなどは買ってくる。ただ、自分がとなると倹約したくなるのだ。
「っていうか、なに?四人とも」
「聞いたわ。今日のデート」
わたしの両肩をセレイナがつかんだ。いや、デートってなによ? うしろで、友松あやちゃんが勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「ええっ! キングのこと? ウルパ村に行くだけよ」
「細かいことはいいの。ルミちゃんがいれば良かったんだけど、忙しいみたいで。でもアタシも撮影の時は自分で全部するから。大丈夫!」
ルミちゃんとは、美容師を目指す関根瑠美子ちゃん。ルミちゃんが切ったセレイナのショートカットは、今日も綺麗だ。
セレイナが小さな麻袋から霧吹きとクシを出した。
黒宮和夏ちゃんは、くるんだ布から鉄の棒を出す。半円の棒が二本。包丁のような木の取っ手がついている。
「和夏ちゃん、それって」
「そう、ヘアアイロン。二本で挟むの。工作班に作ってもらった」
工作班、ちょいちょい変なもん作るわね。馬車のサイレンとか。大工の茂木くんっていうより、プラモオタクの作田くん、ゲームオタクの駒沢くんあたりか、作りそうなのは。
「黒くまくん!」
和夏ちゃんがスキル名を叫ぶと、二本の棒からファー! と温かい風が出てきた。
「はい、じゃあブラッシングするから」
セレイナがうしろに回った。
「セレイナ! 大げさだって」
「どの口が言うか! この前のアタシの復讐じゃ」
あれは、セレイナが紛らわしいでしょうよ! そう言いたくて振り返ると、和夏ちゃんに首を戻された。
「ヒメっち、動かないで!」
「あたしのスキルかけようか?」
「ミナミちゃん、わたし犬じゃないから!」
そんなこんなで、わたしの髪の主導権は人の手にわたる。
しばらく格闘していたセレイナが、ヘアアイロンを置いて両手を上げた。
「できた! アタシは外巻きが好きなんだけど、ヒメはやっぱり内ね」
「うんうん、さりげない内ハネがヒメっぽい」
そこからさらに、服の話になった。わたしのベッド下に置いてある籠から四人が漁る。
四人が選んだのは、召喚された時に履いていたスカート、こっちで買ったブラウス。そこにウルパ村の人にもらった民族柄の上着だ。
わたしの部屋には鏡がないので、自分で見えない。もうどうにでもなれ。
「よし、仕上げね」
友松あやちゃんが、立ち上がった。
「ケルファー!」
あやちゃんの掃除スキル。身体がすっきりした。
「よし、これで何があっても大丈夫!」
いや、何もないから!
黒宮和夏ちゃんが、ぎゅっと握った拳を出してくる。思わず、手で受け皿を作った。
「まだ未使用だから、使って」
「未使用?」
ころん、とわたしの手のひらに置いたのは小さなリップだった。色はピンク。
「うわ、あんた、よく持ってたわね!」
驚愕の声を上げたのはミナミちゃん。
「へへ。ポケットに入れたままコッチ来たから」
わたしは顔から血の気が引いた。この世界に一つしかないリップ。そして二度と手に入らないリップ。
「ムリムリムリ! 使えないって!」
「いいの、ヒメっちに使って欲しい」
なんだろう、ぐっと込み上げてくるものがあった。わたし、泣いちゃいそうだ。
「じゃあ、和夏ちゃん先に使って。それから、わたしがつけて行く」
「うん。絶対よ」
和夏ちゃんがリップのパッケージを取って、唇に塗った。わたしに差し出す。
わたしも唇に軽く塗った。
「みんなも、良かったら」
「ええっ! いいの?」
「うん。うちとヒメっちが使った後だけど」
「ぜんぜん平気!」
と三人は口を揃え、リップを塗った。
「この、甘い香りがいいね」
「ヒメっち、わかるー!」
五人でしばし、久しぶりの香りと感触にひたった。
四人と別れて菩提樹のところに行く。
ウルパ村までは菩提樹の道を使うからだ。
菩提樹さん、ついに潜水スキルに似た能力を持った。タクくんこと山田卓司くんの堆肥を取り込んだから。
精霊さんさえいれば、地脈の近道を使える。ただし、一緒に行けるのは二人まで。それ以上の人数で移動すると、精霊さんが見失ってしまうらしい。
「菩提樹ワープ」
と誰かは言ったんだが、ドクくんに注意された。
「空間は飛んでないから、ワープはおかしいよ」
とのこと。最終的に決まった呼び名が「菩提樹シューター」だった。
「よし行くか」
キングが来た。わたしの格好を見る。
「さすがだな。それ、ウルパ村の衣装だろ」
うん。この野暮天だと気づかないだろうな。みんな、こんなもんだよ、うちの大将は。
『ヒメ、今いい?』
「いいよ」
『ハビスゲアルさんと定期通信した』
誘拐犯ハビスゲアル。わたしたちを召喚した者だけど、言ったら誘拐だ。
その誘拐犯と仲良くなってしまったキング。こっちの気分は複雑なんだけど、プリンスまで気にしてないようだし。
むしゃくしゃするから、いつか、あの頭をスリッパで叩いてみよう。スリッパ、異世界にないけどね。
ハビスゲアルとは数日に一度、ももちゃんに連絡してもらうようにしていた。
「ハビスゲアルさん、何って?」
『今日、またウルパ村の近くに食料置いておくってさ』
「オッケー。わたしが確認しに行くわ」
前回もらった食料は、そろそろ底をつくはずだ。備蓄庫を確認しておきたい。
「ももちゃん、菩提樹クッキー、まだない? わたしは自分のを全部食べちゃってて」
『あー、あたしも食べた。持ってそうな人に聞いておくね』
「うん、ありがと」
通話が切れた。
「遠藤なんて?」
キングが聞いてきた。
「ハビスゲアルさんが、ウルパ村のほうに食料持ってきてくれるって」
「ハビじい、やるな!」
やるな、っていうか本当に助かる。
ウルパ村のほうに、免疫所を作った。その噂は拡がり森の民がわんさか来る。そしてそれと同時に、病にかかった人も治療を求めてくる。
村の離れに療養所を作り、三日に一度は友松あやちゃんと、花森千香ちゃんが治療のために出向いた。
こっちの里とウルパ村とで、備蓄の食料は湯水の如く減る。
以前なら、わたしたちのいる隠れ里は作物が豊富にできるので、たまに街に売っていた。今ではそれもできない。
盗賊から奪った財宝は残っているが、使いたくない。わたし的に、あれは「非常時用」なのだ。
お金と言えば……
「ハビスゲアルさんは、ぽんぽん食料くれるけど金持ちなのかな?」
「ハビじい、どうだろな。金持ちそうには見えないよな。思った通り変わりもんだしな」
「思った通り?」
キングの言葉がわからなかったので、聞き返す。
「ほら、最初に入ってきた時、聖職者の格好してるクセに聖職者のオーラがなかった。じゃあ、権力者か?っていうと、金目の物も身につけてないしな」
「最初? それって、召喚された時?」
「ああ。石造りの部屋でスキルもらった時」
そんな最初! やっぱりキングって人と違う。あの時に相手を見る余裕なんてない。
「わたし、逃げることしか頭になかった。すごいな……」
うしろで「くくっ」と、あやちゃんが笑った。
「あそこで逃げようって思うヒメもたいがいよ。うちなんかもう、ギャー!で終わり」
うん。まあ、それは仕方ない。わたしも「ギャー!」に近いし。
「ミナミちゃんは?」
「あたしは、どうだったかなー。なんで姫路城に着ちゃったんだろって、おどろいてた!」
姫路城? 頭の中にハテナが浮かんだ。キングとあやちゃんも同じ顔だ。
「……それは置いといて、姫野、ウルパ村に行くなら、おれが警護で行くわ。今日は何もないから」
「うん。じゃあヨロ」
「ういっす」
うん? うしろの二人が見合った気がしたけど、気のせい?
とりあえず、わたしたちは里に帰り、遅い朝食を取ることにした。
朝食を取って家に帰ると、下から呼ぶ声がする。
窓からのぞくと、意外な四人だ。さきほどの門馬みな実、友松あや。それにセレイナと黒宮和夏ちゃん。
「ヒメ、上がっていい?」
あやちゃんが聞いてくる。もちろん問題ない。
上がってそうそうに、ミナミちゃんが口を開いた。
「うわー、ヒメちゃんの部屋って何もない」
たしかに。いつも頭脳班の研究室にいるから、ここには寝に帰るだけだ。
「クシもないのね!」
「大丈夫。アタシが持ってきてるから。ヒメ、クシぐらい買いなさいよ」
女子から要望があれば、街からクシなどは買ってくる。ただ、自分がとなると倹約したくなるのだ。
「っていうか、なに?四人とも」
「聞いたわ。今日のデート」
わたしの両肩をセレイナがつかんだ。いや、デートってなによ? うしろで、友松あやちゃんが勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「ええっ! キングのこと? ウルパ村に行くだけよ」
「細かいことはいいの。ルミちゃんがいれば良かったんだけど、忙しいみたいで。でもアタシも撮影の時は自分で全部するから。大丈夫!」
ルミちゃんとは、美容師を目指す関根瑠美子ちゃん。ルミちゃんが切ったセレイナのショートカットは、今日も綺麗だ。
セレイナが小さな麻袋から霧吹きとクシを出した。
黒宮和夏ちゃんは、くるんだ布から鉄の棒を出す。半円の棒が二本。包丁のような木の取っ手がついている。
「和夏ちゃん、それって」
「そう、ヘアアイロン。二本で挟むの。工作班に作ってもらった」
工作班、ちょいちょい変なもん作るわね。馬車のサイレンとか。大工の茂木くんっていうより、プラモオタクの作田くん、ゲームオタクの駒沢くんあたりか、作りそうなのは。
「黒くまくん!」
和夏ちゃんがスキル名を叫ぶと、二本の棒からファー! と温かい風が出てきた。
「はい、じゃあブラッシングするから」
セレイナがうしろに回った。
「セレイナ! 大げさだって」
「どの口が言うか! この前のアタシの復讐じゃ」
あれは、セレイナが紛らわしいでしょうよ! そう言いたくて振り返ると、和夏ちゃんに首を戻された。
「ヒメっち、動かないで!」
「あたしのスキルかけようか?」
「ミナミちゃん、わたし犬じゃないから!」
そんなこんなで、わたしの髪の主導権は人の手にわたる。
しばらく格闘していたセレイナが、ヘアアイロンを置いて両手を上げた。
「できた! アタシは外巻きが好きなんだけど、ヒメはやっぱり内ね」
「うんうん、さりげない内ハネがヒメっぽい」
そこからさらに、服の話になった。わたしのベッド下に置いてある籠から四人が漁る。
四人が選んだのは、召喚された時に履いていたスカート、こっちで買ったブラウス。そこにウルパ村の人にもらった民族柄の上着だ。
わたしの部屋には鏡がないので、自分で見えない。もうどうにでもなれ。
「よし、仕上げね」
友松あやちゃんが、立ち上がった。
「ケルファー!」
あやちゃんの掃除スキル。身体がすっきりした。
「よし、これで何があっても大丈夫!」
いや、何もないから!
黒宮和夏ちゃんが、ぎゅっと握った拳を出してくる。思わず、手で受け皿を作った。
「まだ未使用だから、使って」
「未使用?」
ころん、とわたしの手のひらに置いたのは小さなリップだった。色はピンク。
「うわ、あんた、よく持ってたわね!」
驚愕の声を上げたのはミナミちゃん。
「へへ。ポケットに入れたままコッチ来たから」
わたしは顔から血の気が引いた。この世界に一つしかないリップ。そして二度と手に入らないリップ。
「ムリムリムリ! 使えないって!」
「いいの、ヒメっちに使って欲しい」
なんだろう、ぐっと込み上げてくるものがあった。わたし、泣いちゃいそうだ。
「じゃあ、和夏ちゃん先に使って。それから、わたしがつけて行く」
「うん。絶対よ」
和夏ちゃんがリップのパッケージを取って、唇に塗った。わたしに差し出す。
わたしも唇に軽く塗った。
「みんなも、良かったら」
「ええっ! いいの?」
「うん。うちとヒメっちが使った後だけど」
「ぜんぜん平気!」
と三人は口を揃え、リップを塗った。
「この、甘い香りがいいね」
「ヒメっち、わかるー!」
五人でしばし、久しぶりの香りと感触にひたった。
四人と別れて菩提樹のところに行く。
ウルパ村までは菩提樹の道を使うからだ。
菩提樹さん、ついに潜水スキルに似た能力を持った。タクくんこと山田卓司くんの堆肥を取り込んだから。
精霊さんさえいれば、地脈の近道を使える。ただし、一緒に行けるのは二人まで。それ以上の人数で移動すると、精霊さんが見失ってしまうらしい。
「菩提樹ワープ」
と誰かは言ったんだが、ドクくんに注意された。
「空間は飛んでないから、ワープはおかしいよ」
とのこと。最終的に決まった呼び名が「菩提樹シューター」だった。
「よし行くか」
キングが来た。わたしの格好を見る。
「さすがだな。それ、ウルパ村の衣装だろ」
うん。この野暮天だと気づかないだろうな。みんな、こんなもんだよ、うちの大将は。
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