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第7話:露天風呂
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出張帰り、疲れを癒すために、一泊だけ山の温泉に寄った。
木造の小さな宿で、廊下を歩くと板がみしりと鳴った。
その音がやけに、人の気配を遠ざけているように思えた。
夕食の前に、露天風呂に入った。
誰もいない湯の面に、月がひとつ、揺れていた。
ほどなくして、戸が開く音がした。
白い湯気の向こうから、老人がゆっくりと入ってきた。
軽く会釈を交わし、湯の音だけがしばらく続いた。
「……私の、悩みを聞いてくれますか」
突然、しわがれた声が湯気の奥からした。
「いや、たいしたことじゃないんです。ただ、誰かに聞いてもらいたくて」
私は少し笑って、「ええ、どうぞ」とだけ答えた。
けれど、老人の話は途切れ途切れで、長く、
正直、疲れた身体には少し重たかった。
だから、途中で「大丈夫ですよ、きっと」と軽く言って、
湯の縁に背を預けた。
老人は何も言わず、ただ、長い間、湯の中でじっとしていた。
やがて立ち上がり、
「聞いてくれてありがとう。のちほど、また」と言ってあがっていった。
湯気の向こうで、老人の背中がゆらりと揺れ、やがて消えた。
のちほど? 夕食のときにでも、また話しかけてくるつもりなのだろうか。
私もほどなくして風呂を出た。
脱衣所で服を着ようとして、気づいた。
――部屋の鍵が、ない。
籠の中を何度も探したが、見つからない。
嫌な胸騒ぎを覚えながら、廊下を急いだ。
部屋の前に立つと、鍵が差さったままになっていた。
開けると、窓がわずかに開いていて、
夜気が畳を冷やしていた。
その中央で、梁のあたりに何かが揺れていた。
濡れた足。
白いタオル。
湯の匂い。
息が止まった。
布団の上に、まっすぐに伸びた老人の影が、静かに揺れていた。
耳の奥で、あの声が繰り返された。
――「のちほど、また」
木造の小さな宿で、廊下を歩くと板がみしりと鳴った。
その音がやけに、人の気配を遠ざけているように思えた。
夕食の前に、露天風呂に入った。
誰もいない湯の面に、月がひとつ、揺れていた。
ほどなくして、戸が開く音がした。
白い湯気の向こうから、老人がゆっくりと入ってきた。
軽く会釈を交わし、湯の音だけがしばらく続いた。
「……私の、悩みを聞いてくれますか」
突然、しわがれた声が湯気の奥からした。
「いや、たいしたことじゃないんです。ただ、誰かに聞いてもらいたくて」
私は少し笑って、「ええ、どうぞ」とだけ答えた。
けれど、老人の話は途切れ途切れで、長く、
正直、疲れた身体には少し重たかった。
だから、途中で「大丈夫ですよ、きっと」と軽く言って、
湯の縁に背を預けた。
老人は何も言わず、ただ、長い間、湯の中でじっとしていた。
やがて立ち上がり、
「聞いてくれてありがとう。のちほど、また」と言ってあがっていった。
湯気の向こうで、老人の背中がゆらりと揺れ、やがて消えた。
のちほど? 夕食のときにでも、また話しかけてくるつもりなのだろうか。
私もほどなくして風呂を出た。
脱衣所で服を着ようとして、気づいた。
――部屋の鍵が、ない。
籠の中を何度も探したが、見つからない。
嫌な胸騒ぎを覚えながら、廊下を急いだ。
部屋の前に立つと、鍵が差さったままになっていた。
開けると、窓がわずかに開いていて、
夜気が畳を冷やしていた。
その中央で、梁のあたりに何かが揺れていた。
濡れた足。
白いタオル。
湯の匂い。
息が止まった。
布団の上に、まっすぐに伸びた老人の影が、静かに揺れていた。
耳の奥で、あの声が繰り返された。
――「のちほど、また」
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