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5.帰ってきた場所

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目覚めるとそこは見覚えのある場所だった。
ここは……聖堂だわ。
ひんやりとした懐かしい空気、そして匂い。
辺りには誰もいないが、尖塔にある鐘が鳴り響いていた。
頭の中に響いていた音色と同じ、ということはやはり私が聖女ということなのだろうか。

隣を見ると、ぐったりと横たわる杏奈の姿。
怪我をしていないかすぐに確認すると、外傷は見当たらず気を失っているだけのようだ。
ほっと胸を撫で下ろすと、近くには先ほどの衝撃で落ちたのだろうか、彼女の眼鏡が割れていた。
私は咄嗟にその眼鏡を拾うと、割れたレンズを取り除き掛けてみる。
さらに表情を隠すように髪を前へと垂らすと、おもむろに俯いた。
見た目はエリザベスによく似ている。
ここが私の消えた日から18年後だと仮定すると……知っている人間がいるはずだわ。

容姿を隠し杏奈が気付くのを待っていると、ギギギッと音と共に聖堂の扉が開く。
おもむろに顔を向けると、予想に反し、そこにはよく知る顔が並んでいた。
最後に見た姿と変わっていないクリストファーとリチャード。
明らかに18年は経過していない。
驚きのあまり口を半開きのままで見つめていると、後ろから知った顔の神父に、メイドや執事、騎士団がやってくる。

「本当に鐘がなるとは……。あー、ようこそ聖女様。ってなんだ、ふっ、二人!?」

驚くクリスと視線が絡むと、私は慌てて杏奈の体を揺さぶる。
早く起こさないと……でも待って、彼女はここの言葉が話せるのかしら……。
確か聖女様はこちらの言葉を最初から話せると書いていたはず。
だけどそれはこの世界の言葉を理解したわけではなく、通訳されて聞こえるのだとか。

でもそれはこの世界の言葉を知らないからよね。
私はどちらの言葉も理解しているわ、その場合どうなるのかしら?

『こんばんは』

日本語を意識しながら話してみると、彼らは困った様子で首を傾げていた。
その反応にどうやら言葉は通じていないようだ。

「あれ……里咲さん?あの私は……ここはどこですか?それにその姿……私の眼鏡が……」

彼女は頭を押さえながら体を起こすと、おもむろに顔を上げた。
杏奈の言葉は私の耳に日本語としてはっきりと聞こえる。
もしかして……聖女ではないから通訳されないのかしら……。
そんな不安がよぎるが、今更どうすることも出来ない。

ゆっくりとこちらへ近づいてくる彼らへ顔を向けると、杏奈は驚いた様子で目を見開き固まった。

「怯えなくても大丈夫だ。危害は加えない」

王子は優し気な笑みを見せると、慎重に距離を詰めてくる。

「誰、なに……ッッ、怯えなくてもいいと言われても……。里咲さんこれって……ッッ」

杏奈は怯え不安げな表情を浮かべると、私は安心させるように笑み返す。
よかったわ、彼らの言葉を理解しているという事は、きちんと翻訳されているのね。
私は怯える彼女の背をさすると、そっと耳元へ顔を寄せ日本語で話しかけた。

『突然で驚いているでしょうけれど、時間がないから単刀直入に話すわね。最近漫画や小説ではやりの異世界転移にあなたを巻き込んだの。あなたには私の変わりに、この世界で聖女になってもらえないかしら。ここへ来る前に音が鳴ったか、と問いかけられたら[鐘の音]と答えてくれるだけでいいわ。聖女になれば盛大なもてなしをしてくれるだろうし、一度捨てた人生ここでやり直せばいい。私の事は一切話さないでね』

そうニッコリと笑みを浮かべると、彼女は放心状態になった。

「異世界……そんな漫画みたいなこと、嘘よ、えっ、えぇぇ!?現実なの……?」

「話しているところすまないが、少しいいか?」

その声に彼女は顔を上げると、クリスがゆっくりと腰を下ろす。
フワッと香るよく知る匂いが鼻孔を擽り、懐かしさに胸が熱くなった。

「異世界から二人の聖女が召喚されたという話は聞いたことがない。だから君たちのどちらかが本物の聖女だと考えよう。ここへ来るときに何か聞こえたかな?」

彼女は戸惑いながら私へ視線を向けると、その姿にコクリと深く頷いてみせる。

「……あの……鐘の音が……」

「君は?」

クリスはこちらへ顔を向けると、青い瞳に私の姿が映し出される。
私はばれないようにそっと俯くと、日本語で話した。

『久しぶりね、全然変わってなくて驚いたわ。こっちは私が消えてあまり時間がたってないのかしら?』

「こっちの女は言葉がわからないな。なら聖女はこちらの女か」

これで聖女になる道はなくなった。
でも私はどうなるのかしら、今まで聖女が二人やってきたいう記録はないはず。
だけど野放しにも出来ないわよね……。
私達から離れコソコソ何かを話し始めると、杏奈はメイドに連れられ、私は騎士に連れられ聖堂を出て行ったのだった。
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