悪役令嬢エリザベート物語

kirara

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エリザベート嬢はあきらめない

緊急魔法発動

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 ここはドリミア学園の魔法学教室。
 私達は魔法学のガーゼル先生の講義を受けている。

 この世界の貴族は生まれた時から魔力を持っていて、その魔力は人それぞれ違う。

 草木をサワサワと揺らす程度の力もあれば、石をコロリと転がすだけの力もある。

 そんな小さな魔力でも構わない。生活魔法を使うには、そのような僅かな魔力で充分なのである。

 そしてこの学園の魔法学教室は、各個人の能力にあった魔法を見極めるための場所でもあった。

 自分に適した生活魔法。それを見つけて磨いていく。能力以上なことはしなくてもいいのだ。生徒たちにとっては、自分の魔力の上限を知ることが出来る、貴重な授業なのである。

 ガーゼル先生は生徒一人一人に、手の平を広げたくらいの長さの枝を配った。

「まずは、まっすぐ前に利き手を伸ばして下さい。手のひらの真下に先ほどの枝を置いて下さい。そして心を落ち着かせるのです」

「ここまでは大丈夫ですか?」

「では、続けますよ。心が落ち着いたら声を出して『枝よ、私の手に!』と唱えて下さい」

「枝よ、私の手に!」
「枝よ、私の手に!」
「枝よ、私の手に!」

 一瞬浮いて下に落ちる枝
 ピクリとも動かない枝
 少し転がって止まる枝

 生徒たちは目を輝かせながら、魔法を唱えている。少しでも枝が動いた生徒は大喜びで、クラスメイトと抱き合っている。

「枝よ、私の手に!」

 エリザが唱えると、下にあった枝はまるで風に乗った紙のようにフワリと浮いて、構えた手の中に落ち着いた。

「まあ!エリザベート・ノイズ。貴方なら出来ると思っていましたよ。」

「アンソニー・フランク、貴方も流石です。」

 先生は指示通りに出来た私ともう1人の男子生徒を誉めたあと、クラス全体を見渡した。

「他の皆さんも枝に思いは届きましたか?焦りは禁物です。魔力は人それぞれです。ゆっくりと・ゆったりと・ですよ。」

「枝よ、私の手に!」
「枝よ、私の手に!」

 他のクラスメイト達も魔法のコツを覚えてきた。私達のあと、数名の生徒が枝を手にする事に成功していた。

「クラス全員の枝が動いた事を確認しました。ここに居る皆さん全員に、魔力がある事がこれで証明されました。

 今日、枝を手に出来なくても大丈夫ですよ。人それぞれなんです。必ず出来るようになります。焦りは禁物ですよ。」

 緊張しながらもワクワクした、魔法学の授業が終わろうとしていた。ガーゼル先生が少し教室を離れて、何かを取りに行ったその時だった。

 教室の中に沢山ある枝の中の1本が、猛スピードでエリザ目掛けて飛んで来たのだ。 

 危ない!

 枝はエリザ目掛けて飛んで来たように見えた。けれど実際には、危険だったのは近くにいた男子生徒だった。

 エリザは彼のすぐ近くにいた。

 間に合わない!

 咄嗟に緊急魔法を使って自分の手にある枝を、飛んでくる枝に向けて飛ばした。

 パーン!

 枝と枝は彼の手前でぶつかり、誰も人の居ない方向へ飛んでいった。
 魔法学教室は一瞬シーンと静まったあと、生徒達のどよめきへと変わった。

「危なかったわね、アンソニー・フランク。大丈夫?」

 エリザはついさっき知ったばかりの彼の名前を口にした。

「貴方のおかげで助かった。ありがとう。」

「誰だ!彼に向けてこの枝を飛ばしたのは!」

 いつも彼と一緒にいる男子生徒が、飛んで来た枝を持って大声で叫んだ。

 飛んで来た枝は、教壇に置いてあった予備の数本の中の1本だった。

 しばらくして教室に戻って来た先生は、事情を聞いて真っ青になった。

「アンソニー、貴方に怪我がなくて良かったわ。エリザベート、彼を助けてくれたそうね。よくやったわ。ありがとう」

 もし当たって大怪我でもしていたら、大変な事になっていただろう。おそらく彼は他国の王族だろうから。先生やクラスメイトは心配そうに私たちを見ている。

 けれど、エリザは先生やクラスメイトを見ずに、教壇近くのドアの方を見ていた。

『元気の補充が必要マーク』と名付けたあの黒いモヤモヤが、ドアの前に立っている女生徒を覆っていた。 

 彼女はまるで血の通っていない人形のように、無表情でその場にたたずんでいた。

 クラスメイト達は、アンソニー・フランクめがけて飛んできた枝を、一瞬で弾き飛ばしたエリザの魔力に驚いていて、ドア近くの女生徒を全く見ていない。誰も彼女の様子に気が付いていないのだ。

 皆が見ているから、ここでは光魔法は使えない。けれど放っておく事は出来ないわ。

 緊急事態よ!仕方がないわ。使ってしまいましょ。エリザが動こうとした時だった。

 事態が変わった。
 サッと何かが動く気配がした。

「エリザ!大丈夫か?」

 見たこともないほど、焦った表情のお父様が、部下の人々と一緒に現れたのだ。
 突然のことだった。

「私は大丈夫です。けれど、お父様、あのドアの所にいる女生徒が闇に包まれています」

 私は他の人に聞こえないように、声を落として伝えた。

「わかった。後は任せなさい」

 お父様の指示でその女生徒は魔法騎士団の方に連れられて出て行った。

 先生とクラスメイト達は、突然の魔法騎士団の出現に驚いている。

 クラスメイト達は、アンソニー・フランクめがけて飛んできた枝を、一瞬で弾き飛ばした私の魔力に驚いていて、ドア近くの女生徒には全く気がついていなかった。

「この学園の先生とお見受け致します。私は魔法騎士団総団長のアフレイド・ノイズ。詳しい事情をお聞かせ願いたい」

 先生は驚きを隠せない。

「どうして、魔法騎士団の方々がここに?」

 確かに先程はヒヤリとするような事があった。杖が勝手に猛スピードで生徒めがけて飛んでいくなど、あってはいけないし、あるはずがない事だった。

 誰かが彼を狙った。そうとしか考えられない。あまり公にはしていないが、狙われた生徒は某国の王太子殿下なのだ。大事件にならなくて良かった。

 今から学園長と魔法騎士団に連絡を入れよう。そう考えた時に彼らが来てくれたのだ。

 そして驚くべき事に、今ここにいるのは、その魔法騎士団を束ねる偉大なる指揮者。アフレイド・ノイズ総団長だった。

「先ほど、私の娘エリザベートが緊急魔法を使いました。緊急魔法は身を守る為の魔法。幼少の頃から知っているこの魔法を、初めて娘が使いました。それで、取り急ぎ駆けつけたのです」

 私が咄嗟に緊急魔法を使ったから、お父様は来て下さったんだわ。私を助ける為に。 

 先生はあの時いらっしゃらなかったので、私から緊急魔法を使うに至った経緯を説明した。

 それを聞いたお父様はアンソニー・フランクに目をやった。

「ここは学園の中。挨拶などは略させて頂きます(殿下)、ご無事で何より」

 殿下と言う声は極小にしていて、誰にも聞かれていない。

「この令嬢のおかげで事なきを得たのだが、ドリミア王国が誇る魔法騎士団総団長のご令嬢だったとは」

「自慢の娘でございます」

 お父様がここまで丁寧に接する相手。彼はおそらく何処かの国の王族だろう。けれどここは無礼講が許されるドリミア学園。サラッと流してしまおう。

 次に現れたのはお兄様だった。
 先ほどの女生徒がいた場所に小さな旋風が起こり、銀髪の青年が現れた。
 彼は教室全体を見回し、お父様と私を見つけた。

「エリザ!大丈夫か!」

 お兄様も私が緊急魔法を使ったから、急いで来て下さったのだ。

「お前が無事ならばそれでいい。父上、ここで闇魔法が使われた痕跡があります。」

「承知している」

「僕に手伝える事はありますか?」

「いや、大丈夫だ。魔法騎士団総団長のアフレイド・ノイズの愛娘に、緊急魔法を使わせたのだ。騎士団の威信にかけても必ず首謀者を捉えてみせよう」

 お兄様はそれを聞いて頷いた。

「ガーゼル先生お元気ですか?大事件にならなくて良かったですね。

 他のクラスの諸君ももう安心だよ。魔法騎士団が事件を解決してくれるからね。

 では僕はこれで失礼します。

 エリザ、また何かあったら何時でも緊急魔法を使うんだよ。僕も父上も必ず駆けつけるから」

 さすが前生徒会長。お兄様の一言でクラスメイトの表情がパッと明るくなった。

 お兄様は私に近づいてきて、ひと言、耳元で囁いて、現れた時と同じように姿を消した。

「父上に任せておけば事件はすぐに解決するさ。久しぶりにお前の顔が見れて嬉しいよ。神様からご褒美をもらった気分だ」

 お兄様が姿を消してすぐに、騎士団のメンバーの1人が現れた。

「総団長殿、先ほどの令嬢(女生徒)は、闇の使い手に操られていました。彼女自身には枝を凶器として扱えるだけの魔力はありません。闇魔法は解いておきました」

「了解した」

「このクラスの責任者のガーゼル教授は、事件には関与しておりません。クラスメイトの皆さんの関与もありません」

「了解した」

 お父様がガーゼル先生に、アンソニーが狙われたと説明していた。

 利用された女生徒の闇魔法も解かれたようだ。彼女が罪に問われなくて良かった。

「クラスの皆も怖いめにあったね。あとの事は我々が必ず解決するから、心配はいらない。では、我々もこれで失礼しよう」

 お父様はそう言ってガーゼル先生に軽く頭を下げてから、現れた時と同じように他の騎士達と一緒に立ち去っていった。

 狙われた男子生徒、アンソニー・フランクはサウスパール王国の王太子だった。
 いつも一緒にいるのは側近のレオン・スタンフィール。

 私は入学して間もない頃に耳に入ってきた会話を思い出していた。

『せっかくこの学園に入ったというのに、王太子と違うクラスとは。ついてないなあ』

『でもこのクラスには王太子の最有力婚約者候補の令嬢がいるよ。毎朝、一緒に登校しているって噂の』

『ふ~ん、そうなんだ。どんな令嬢なんだろうね。いい子だったら僕がもらってしまおうかな』

『殿下。国際問題にだけはしないでね。後始末するのは僕なんだから』

 あれはこの2人の会話だった。あのようなふざけた会話をする時は、自国の言葉を使っているのだろう。

 アンソニー・フランク殿下と側近のレオン・スタンフィール。これも何かのご縁ですね。私はそう簡単には誘惑されませんわよ。

 彼らと目があったので、ニッコリ笑って挨拶をした。お友達にならなれそうかも。……あら?……もらってしまわれないように気をつけよう。

 そんな事を考えながら、アメリアと一緒に魔法学教室を後にしたのだった。

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