35 / 103
第1章
35.従者の心(1)
しおりを挟む宿の裏に一人残された俺はその場を動くこともせずにただ呆然と立ち尽くしていた。
目的のためには手段を選んでいる暇はない。
国のためにも一刻も早く彼女を手に入れなければならない。
だから、俺はリュカを彼女から遠ざけなければならない。
そんな強迫観念に囚われていた。
『それでも俺は、誰かを傷つけるまでして手に入れた幸せなんて欲しくない!!』
その言葉を聞きはっとした。
俺はなんてことをしてしまったのだろう。
そして、嘗てある人に言われた言葉が頭に浮かぶ。
『誰かの犠牲の上にある幸せなんて本当の幸せじゃないんだよ』
俺が忠誠を誓った唯一の方、第一王子であったディオン・エドモンド様の言葉。
走り去るウィリアム様の姿がディオン様の姿と重なって見えた気がした。
***
ある日、一台の馬車が崖から転落した。
時たま起こってしまうよくある悲劇的な事故の一つだ。
しかし、その転落事故は他の事故とは違う点があった。
その馬車には次期国王と期待が高い、第一王子であるディオン・エドモンドとその愛する人が乗っていたのである。
その事実に国民は悲しみ、国中が昼夜その死を悼んだ。
だが、それでも国民はこの国の未来を悲観することはなかった。
なぜなら第二王子であるクラレンス・エドモンドも同じくらい優秀であり、民からの信頼も厚かったからだ。
そして、次期国王にクラレンスを望むムードが次第に国中に広がっていった。
「失礼いたします」
執務室の扉を開けると、陛下はうず高く書類が積まれた机には座らずにこちらに背を向け、窓の外を眺めていた。
ここ最近は国王としての仕事が立て込んでいて、机から離れているところなど見ていなかったので珍しく感じる。
「………ジェラール、お前はクラレンスのことをどう思うか?」
陛下はこちらを振り返らずに唐突にそう尋ねた。
どう、というのは何を意味するのか。
普通に考えると王位を継承することについてだろう。
「優秀な方だと。次期国王としても相応しい方だと思います」
「そうか、お前もそう言うか…………で、本心ではどう思っている?」
世間一般で言われている第二王子の評価を答えた。
俺が思っている第二王子に対しての考えをそのまま言ってしまったら不敬に当たることなど分かりきっていたので無難に返したのだが、それを見抜かれてしまっていたようだ。
陛下は振り返り、俺の目をその眼力で見入る。
適当な言葉で言い逃れは出来ないと観念した。
「………ディオン様以外にこの国の時期国王に相応しいと思った方などおりません。ですので、どなたが継承されても同じかと。ディオン様が亡くなられた今、クラレンス様が王位を継承なさるのは致し方ないことだと思っております」
俺が忠誠を誓ったのは俺を救ってくれたあの方だけだ。
他の人間など興味もない。
国中の人間が第二王子のことを評価しているが、俺にはディオン様よりも劣る存在としか見えていなかった。
ディオン様が尊敬していた国王を支えるため、そしてディオン様が望んだこの国の平和を維持するためのことしか俺は考えていない。
些か言い過ぎた気もするが、これが俺の正直な気持ちだった。
「ふっ、お前ならそう言うと思っておった。回りくどいことは一切なしに結論から言う。俺はクラレンスは次期国王には相応しくないと考えている」
「はい?」
誰もが異を唱えないと思われた第二王子の王位の継承に反対する言葉を初めて聞いた。
そしてそれも国王の口から聞くことになるとは。
俺は信じられずに思わず聞き返してしまった。
「今や国中がクラレンスが王となることを望んでいる。国民はクラレンスのことを愛している。だが、自分の婚約者さえ愛していないあいつが国民のことを愛せるはずがない。あいつは人を愛することが出来ないのだ」
能力的な面ではなく|愛する(・・・)などとそんな抽象的なことで、と冗談でも言っているのかと思うようなことを陛下は真剣な面持ちで淡々と話す。
しかし、第二王子が婚約者に愛情を持っていないという話は聞いたことがない。
よく二人きりで出掛けるなどの仲睦まじい様子の方が耳にすることが多い。
だが、それよりももっと根本的な問題がある。
「ですが、そうは言ってもどなたに王位を継承すると言うのですか?他に王と認められるような方なんていらっしゃいませんのでは?」
単純に考えて第二王子の他に王位を継げる者などいない。
下手な者を王としても国民から反感を買うだけだろう。
「ウィリアムだ」
「はい?」
「ウィリアムに王位を継承する」
先ほどから陛下が口にすることは驚くようなことばかりであったが、この言葉はさらに信じられないものだった。
「陛下、正気ですか?よりにもよって|あの(・・)ウィリアム様を次期国王にすると言われるのですか?」
そう問わずにはいられなかった。
順当に考えれば第二王子の次に王になるべきであるのは第三王子のウィリアム様であるがその可能性は最初から除外していた。
第三王子は不自然なほどに国民から嫌われ、信用もない。
国王になったところでこの国を統治するのは難しいだろうと思ったからだ。
「ふむ、ウィリアムのことをお前も噂通りに思っているのか。まあそのことは置いておくとして、ウィリアムを国王とするにはまずは王妃となる女性を探さなければならない。その役目をジェラール、お前に任せようと思う」
「それは難しいことですね。私に出来るかどうか。この国にウィリアム様と一緒になりたいと考える方は少ないながらもいらっしゃると思いますが、それは地位を求めてのことでしょう。陛下は互いが|愛する(・・・)存在となる方を探して来いとおっしゃっているのですよね?」
「そうだ。だからこそお前が必要なのだ。この国にはそのような女性はいないかもしれないが、それ以外ならどうだ?隣国にウィリアムと共に探しに行ってもらおうと考えている」
俺は第三王子が国王となることはこの国の利益にならないことだと考える。
愛情を持っていないからといってもまだ第二王子の方がましだ。
それに、ディオン様が望んだ国にするために俺にはやらなければならないことが多くある。
だから、そんな出来損ない王子の面倒などみるのは御免だったのだが………
「お前はディオンの意思を継いでいないのか?この国の平和のためには必要なことなのだ」
そう堂々と断言した国王には逆らえない。
それにあの方の名前を出されてしまったら、例え挑発だと分かっていても反応してしまう。
俺はその命を受ける以外に選択の余地がなかった。
1
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
いや、無理。 (完結)
詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
細かいことは気にせずお読みください。
もはや定番となった卒業パーティー、急に冷たくなって公の場にエスコートすらしなくなった婚約者に身に覚えのない言い掛かりをつけられ、婚約破棄を突きつけられるーーからの新しい婚約者の紹介へ移るという、公式行事の私物化も甚だしい一連の行動に、私は冷めた瞳をむけていたーー目の前の男は言い訳が終わると、
「わかってくれるだろう?ミーナ」
と手を差し伸べた。
だから私はこう答えた。
「いや、無理」
と。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様
恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。
不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、
伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。
感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、
ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。
「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」
足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。
「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」
一度凍りついた心は、二度と溶けない。
後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、
終わりのない贖罪の記録。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる