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第1章
43.魔術師の秘め事
しおりを挟む目の前に広がるどす黒い赤
効かない魔法に冷たくなる身体
そして、醜く笑う弟の姿
どうしてこんなことになってしまったんだ
俺にどうしろと言うんだ
絶望の淵に立たされた俺は嘆くことしか出来なかった
***
ふっと意識が浮上する感覚がした。
ゆっくりと目を開けたその先には見知らぬ天井があった。
ここは何処だろうかなどと考える前にその視界に入り込む心配そうな顔が映り込んだ。
その顔を見た瞬間に、俺は虚ろだった意識がはっきりと覚醒し全てを思い出した。
ああ、俺は失敗したのか。
この子まで利用したというのに。
だが、それならば何故俺は生きているのだろうか。
あの悪魔に切り裂かれた俺の傷はどんなに優秀な治癒魔術師でも治せないのに。
疑問に思い自分の身体がどうなっているのか確かめようと身体を起こそうと頭を持ち上げる。
「あ、駄目よ!まだ動いちゃ。完全に傷が塞がってるわけじゃないんだから。そうよね、リュカ」
しかし、上体を持ち上げる前に後ろからエルザに止められた。
そしてエルザは俺の視界に最初に映り込んだ人物、リュカに向けてそう尋ねた。
リュカはエルザの言葉にすぐには反応せず、様子をうかがうように真剣な表情で俺の顔から胸部、腹部にかけてを観察した。
そして全てを見終わったようでほうっと息を吐くと、文字を綴った。
「そうなのね!良かったわ。キース、傷の具合は大分よさそうよ。塞がり始めてるみたいだしってリュカが。でも、まだ動くまでは回復してないんだからおとなしくしててね」
エルザがその紙を読み、俺への配慮からか口で説明してくれた。
正直、傷の痛みがあり文字を読むことは辛いので助かった。
「……ここは?」
声を出してみると思いの外スムーズに出すことが出来た。
もっと俺の身体は衰弱しているものと思っていたから拍子抜けだ。
とりあえず、自分が置かれている状況を確認することにした。
「私たちがこの街に来てからずっと泊まらせてもらってる宿よ。夜中に怪我人を抱えて帰って来たって言うのに快く受け入れて、毛布とか色々貸してもらったりもしたのよ。感謝しないとね」
俺みたいな怪しい奴を運んでそれでも泊まらせてくれたなんて人のいい主人だ。
なるべくなら面倒ごとを避けたいのが普通の反応であると思うが。
「どうやって俺の傷を塞いだの?治癒魔法は効かなかったと思うんだけど」
そして、一番俺が気になっていることの本題を切り出した。
俺には魔法が効かない。
一般家庭の母親ですら治せるちょっとした切り傷まで、自然治癒に任せるしかないのだ。
あの傷だったら自然に塞がることは期待できないし、ましてや俺に魔法が効くようになったことも考えられない。
あの状況に至ったとき俺は死を覚悟した。
この身体になったときからあらゆる対策方法を考えてきたが俺はそれを見つけることが出来ておらず、外傷による致命傷は死を意味していた。
それなのにどうやったというんだ?
「キース、あなた自分に魔法が効かないこと知ってたのね。ええと、それは………」
魔法が効かないという事実を人に教えたことはほとんどない。
それに、魔法が効かないという現象が存在することを知っている人も少ないだろう。
エルザは俺の言葉に少し驚きながらも、質問に答えようとリュカに視線を移した。
俺の言葉を聞いたリュカはその時から紙に何かを書き綴っていたから。
「『シアノアクリっていう植物を知ってる?それを原料とした薬を使ったんだ。粘性が強い成分が入っていてすり潰すとどろっとした液体になるんだけど、それに熱を加えると粘着性がとても強くなるんだ。この街で初めて手に入れたばかりだからまだ試作品の段階だったんだけどね。それに殺菌作用も抜群なんだけど、薬と言うよりは医療用品に近いかな』……ってつい薬の説明するときの癖で腹話術で話しちゃってたわ」
エルザがその紙を隠し見ながらほとんど口を動かさずに声を変えて言う。
その技術は実際見てみると一度聞いただけでは気がつかないほど高度なものだが俺は別の事実に驚愕していた。
そんな裏技があったとは。
言ってしまえばその方法は………
「それって、のりで接着したってことじゃないか!!」
治癒魔法で組織を再生することも出来ない。
自然治癒を待っていたら出血多量に陥ってしまう。
だからって単純にくっつけようと考えるなんて。
でも、最善の方法なのかもしれない。
現に俺は助かっている訳なんだし。
意外過ぎるそんな簡単な方法に俺は思わず笑っていた。
「くくっ、君ってやっぱり最高だね」
そっと自分の胸に手を当ててみると、なるほど、まるで大きなかさぶたが出来ているように傷が開いていた部分が固まっていた。
リュカは自分でも前衛的な方法だとは分かっていたようで、少し複雑そうな顔をしていた。
「今、キースの声が聞こえた気が……キース!目が覚めたのか!」
急に部屋の外が騒がしくなりそんな声が聞こえてきたと思うと勢いよく扉が開き、ウィルが中に入ってきた。
そして笑う俺を見るなり、嬉しそうに声をかけた。
ウィルも俺のことを心配してくれていたのか。
ちょっと一緒に旅をしたことがあるだけの俺をここまで面倒見てくれるなんて、皆お人好しすぎだ。
俺は君たちを利用したっていうのに。
「………説明して下さい」
ふいに、抑揚のない感情の読めない声が部屋に響いた。
それは音もなくウィルに続いて部屋に入ってきていたジェラールのものだった。
「ちょっと、キースは怪我人なのよ。それにキースが被害者なんだからそんな言い方って!」
「ジェラール、もう少し時間を置いてからでもいいだろう。偶然起こったことに俺たちが居合わせてしまっただけなのだし」
エルザとウィルが俺のことを擁護する。
しかし、ジェラールはそれでも態度を変えることなく続けた。
「偶然なわけあるはずがないですよ。この方はあの夜、あの少年と対峙することを知っていたように見えました。それなのにわざわざ2手に分かれて戦力を分散させるような危険なことをした。あなたのせいでこの方たちに被害が及ぶかもしれなかったんですよ!!」
「ジェラール!落ち着いて………」
「いいんだ。全部、話すよ………」
今にも掴みかかって来そうなほどの勢いのジェラールを3人が止めるが、俺はその手を制止した。
そこまでして守って貰う価値なんて俺にはない。
そう言ってくれたジェラールを俺は有り難くすら思っていた。
俺には巻き込んでしまった君たちに、利用しようとした君に話す義務があるのだから。
「俺の怪我を治してくれたってことは俺に魔法が効かないことも知ってるし、|見た(・・)ってことだよね」
「ああ、|見た(・・)」
ウィルが答え、他の皆も頷く。
全員俺のコートに隠していたこの身体、全身に植物の蔓が巻き付き埋め込まれたようなこの奇怪な身体を|見た(・・)のだ。
「じゃあ、まずは俺のこの身体のことを説明するよ。こんな身体になった訳を」
目を瞑り、息を大きく吸って吐き出す。
そして俺は語り出した。
思い出したくもない絶望的なあの悪魔が現れたときのことを。
全ての始まりとなったあの日のことを。
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