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第1章
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しおりを挟むこの状況で犯人だ、と叫ぶウィルの言葉で私はさらに混乱した。
通り魔殺人犯の捜索をしていたはずなのに次から次へと予想もしなかったようなことが巻き起こっている。
駄目だ、こういう時こそ決して焦ってはいけない。
私は状況を理解しようと周りを見渡し、剣を握り直した。
一瞬、ウィルの言葉を聞いたときに|そいつ(・・・)というのがキースのことを言っているのかと思いそうになった。
ここにいるのは私とキースと今駆け込んできたばかりのウィルだけであるから。
しかし、証拠などは何もないけれど私にはキースが犯人ではないという確信がある。
キースのことを信じると決めたから。
そのことが私に余裕を生み、ウィルが指し示している本当の犯人に気づくことが出来た。
ウィルが肩で呼吸しながらそれでも目を離さずに睨むその視線の先はキースではなく私たちの背後だということに。
そう、この場は3人ではなく普通に考えてしまえば犯人候補からは外してしまうけれど、もう1人だけいるのだ。
ウィルが入ってきた道の入り口から私とキースを挟んだ反対側の入り口の方を振り返る。
そこにはキースから魔法攻撃を受けたはずのヒースが先ほどと寸分違わぬ姿で立っていた。
「う、嘘だろ………!?」
「もう、感動の再会だっていうのに随分な歓迎だなあ。でも残念だったね、お兄ちゃん」
その姿を見たキースは大きく目を見開き驚愕し、ヒースはその様子を無邪気な笑みを浮かべて眺めていた。
ヒースのその表情を見たとき、私は子供らしい楽しげな顔とその腹の中に隠されたものがかみ合っていないかのような違和感を持った。
そして、唐突にヒースの家に行ったときの情景が浮かんできた。
傘立てに刺さった大きな傘二本と小さな傘一本。
食器棚には三揃いセットの食器たち。
そして、壁に飾られたどの写真にも………ヒースは映っていなかった。
私がずっとはめられそうではめられなかったピースがやっとはまった。
ヒースがただの小さな男の子というわけではないと確信した。
「その顔で、その声で、お前が俺のことをお兄ちゃんなんて呼ぶんじゃねえ!!」
キースはその言葉でさらに怒りを大きくし声を荒げると、再び別の筒をヒースへと向けようとした。
その動きは流れるように速く、私は反応することが出来なかった。
「―――遅い」
それなのにそのキースを上回る速さ、瞬きする間のほんの一瞬、それくらいの一秒にも満たない時間でヒースは目の前からいなくなっていた。
そして私たちの位地から随分と離れていたはずなのに、隣にいたキースのすぐ後ろから声が聞こえた。
ドサッという何かが崩れる音と一緒に。
すぐさま音のする方向に振り返ると、膝をついたキースと血の滴る小刀を手にしたヒースの姿があった。
「死ね」
そして笑みの消えた冷酷な表情でそう一言呟いたヒースが再びキースに小刀を振りかざした。
キーーーン
刃物と刃物がぶつかる音が鳴り響く。
私の手にはその衝撃の振動が伝わる。
キースへと突き刺さるはずだった小刀はその軌道の途中で停止した。
なんとか、間一髪、私はヒースの攻撃を防ぐことが出来たのだった。
しかし、この人間離れした攻撃を次も防げるかは微妙なところだ。
私の頬に汗がつたる。
すぐにでもヒースに切りつけられると思い覚悟したが、意外にもヒースが私たちから距離を取った。
「リュカ!」
その意図を読み取る前に、ウィルが私たちのもとに駆けつけた。
その後ろにはいつの間にかジェラールもついてきていた。
ヒースは2人を見てこの場を離れたのだろう。
「……剣士が3人か。少々不利な状況になったな。まあ、ここで無理をすることもあるまい。今日のところは見逃してやるか」
ヒースは小刀を構えつつも少し考えるようにそう呟くと私たちに背を向けた。
それを見たキースが血を流しながらもすがるようにヒースに手を伸ばしていた。
「ぐっ……!ま、待て……!!」
「はっ!お前ごときがこの俺様を倒せるとでも思ったか!せいぜい足掻きながら俺様の糧となって死ぬことだな!」
ヒースは今までとは豹変してまったく信じられないような雰囲気を醸し出していた。
かけられた声に振り向いたヒースは倒れるキースを嘲笑って見下し、凶悪な表情をしている。
そして、キースの制止を聞くこと無く一蹴すると今度は振り返ることなく去って行った。
……終わったの?
良かった、諦めてくれて。
今まで出会った相手の中でも勝てないと思ったことは少ない。
戦わずにすんだことにほっと安堵した。
「おい!キース無事か!!」
しかし、安心するはまだ早い。
キースがヒースに大怪我を負わされていたからだ。
ウィルの声で緩んでいた気を引き締めた。
キースに駆け寄るウィルに続き私たちも集まる。
蹲るキースの下には赤い血溜まりが出来ていて、それはたえず大きくなっていた。
その体勢も保てなくなったキースは仰向けに倒れる。
そして身体の前面、肩から腰にかけて斜めに大きく切り裂かれそこから止めどなく血が溢れているのだった。
「《ヒーリング》!!」
その状態に目を見張ったウィルはほぼ反射的に治癒魔法をかけた。
暖かい魔法が傷ついたキースを包み込む。
………しかしその魔法は弾かれたように消え、傷口からは止ることなく血が流れ続けていた。
「……何故だ!何故効かない!!《ヒーリング》!!」
再びウィルが魔法をかけるもまた消えてしまった。
大きくなる血溜まりとどんどん悪くなっていくキースの顔色に焦りが募るばかりだ。
だが、こういうときこそ冷静にならなければ。
キースを本当に助けたいのなら。
私は鞄の中から、どろっとした液体が入った小瓶を取り出した。
その様子を見たウィルがキースから離れて場所を空けた。
キースの横に座ると私は傷口がよく見えるように服を切り裂いた。
良かった、出血量は多いけど臓器までは傷ついていないみたいだ。
それを確認すると私は小瓶の蓋を開けてその傷口にかけようとした。
だが、手が震えてなかなか狙いが定まらない。
こんな時に怖がってどうするんだ。
はやくっ、はやくしないとっ……!!
そう思うのに、私の意思とは反対に震えも心臓の鼓動もどんどん速くなっていく。
目の前の人が死んでしまうかもしれないという恐怖に身体が竦む。
私なんかが本当にこの人を救えるのかなどと考えてしまう。
「………大丈夫だ、お前なら出来る。俺が付いていてやるからな」
ふいに後ろから暖かく大きな手が私の震える手を包み込んだ。
そして耳元で優しくそう囁く声が聞こえた。
すると不思議と震えが止まり、緊張で堅くなっていた身体から程良く力が抜ける感じがした。
今なら出来る気がする。
その声に押され、私は躊躇うことなく傷を覆うようにその液体をキースに垂らした。
次にすぐさまポケットからあるブローチを取り出し、その赤い花びらに念を送り指先に火を灯すと傷の上だけを熱するようになぞる。
その液体は状態変化を始め、次第に固くなっていき完全に凝固した。
それと同時に、傷をかさぶたのように覆いようやく流れ続けていた血が止まった。
ほうっと安堵の息がこぼれる。
これでキースは助かるはずだ。
張り詰めていた気が完全に抜けて、後ろへと倒れ込んだ。
しかし、私を受け止めたのは固い地面ではなく、温度のある居心地の良い場所だった。
「血が止まった……!やっぱりお前なら出来ると信じていた。良くやったな!!」
頭をがしがしと撫でながら私は上を見上げた。
そこには自分のことのように喜び、満面の笑みを浮かべたウィルがいた。
ずっと私の背中を支えてくれたのはウィルだ。
もしかしたらウィルがいなければ私は何も出来なかったかもしれない。
この人は私にどれだけ勇気と自信を与えてくれるんだろう。
でも、ウィルはそのことに私が感謝したところで何のことだと言うだけだろうな。
だから私は堅苦しいことは考えずに、目の前のキースを救えたことを心から喜んだのだった。
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