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第2章
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しおりを挟む………ね……ザザッ……り………こ……る……
しばらくの間、私たちはどちらとも動かずにそのままの状態でいた。私がこのまま時が止まってしまえば良いのになんて場違いなことを考えていたのは秘密だ。
すると急に何かの音が聞こえてきた。よく聞き取れないが人の声の様な気がする。ウィルも気がついたようで警戒するように頭をあげる動きを感じた。
『……カ……リュカ、ウィル、聞こえる!?聞こえたら返事をして!!』
するとだんだんと大きくなってきた音が今度ははっきりと聞こえた。これはキースの声だ。私たちはお互いにばっと身体を離して距離を取った。こんな状況になったわけを話すのは色々と大変そうなので出来れば見られたくないと思ったからだ。まあ、単純に恥ずかしいという気持ちもあるんだけど。そして全く気配は感じられなかったがキースが近くにいるのかと思わず周囲を見渡した。
「キ、キースか!どこにいるんだ!!」
『ウィル!?良かった、無事だったんだね!リュカも一緒にいるかい?』
「ああ、俺のそばにいる。キース達も無事なのか?」
安心したようなキースの声が聞こえてきたがやはり姿は見えない。ウィルも戸惑っているようだが会話を続けていた。
『うん、3人とも。あ、ウィル。周りをそんなに見渡しても無駄だからね』
「な!?俺たちが見えているのか?やっぱり近くにいるのではないか」
『いつものウィルを見てたら何してるかなんて見なくても分かるさ。君たちがどこかへ消えてしまって連絡を取らなきゃと思ってね。そこで、俺の魔法道具で声をかけてみたってわけ』
キースが笑いを含みながらウィルをからかう。確かに、ウィルは新しいところに行くとみたことのないものに目を引かれていつもキョロキョロしているからね。
とりあえず、ワープに巻き込まれたのは私とウィルだけだったと言うことを聞いてほっとした。
そして魔法道具といわれて、先ほども触った指輪型の魔法道具に意識を向ける。わずかだが、私自身が魔法道具を使って話しているわけでもないのに魔力が使われているのが分かった。
『この前皆のその魔法道具を預かったときにある機能を追加してみたんだ。俺が友人と連絡を取るために使った手段の改良版で、遠くにいる人に声を届けることができるっていう機能をね。まるで近くにいるみたいに会話が出来るんだ』
「おお!そんなことができるなんてすごいな!……だがキース、なんで前もってそんな便利な機能を教えておかなかったんだ?驚いただろうが!」
『あー、色々忙しくてついうっかり。まあ、今こうやってちゃんと使えているんだから何の問題もないじゃないか?』
文句を言うウィルにキースはたいして気にした様子もなく適当に返す。いつものキースの調子であるが、私はもしかしたらと思った。もしかしたら、ウィルに声を伝えられなくて魔法道具を使おうとしなかった私の事を考えて、言わずにおいてくれたんじゃないかと。いつもさりげない優しさで私の事を助けてくれるキースには感謝の気持ちしかない。
『ところで、今、君たちはどこにいるのか分かるかい?早く合流しなければならないからね。周りにはどんなものがある?』
まだ階層が低いといっても共に行動する人数が少なくなるほど危険は増えてくる。ワープされたのはダンジョンのどこかではあるはずだけど、ここがどこだか全く分からなかった。
あたりを見渡してみると、ここは先ほどまで歩いていたところよりも明るく開けた空間になっていた。もしかしたら、ダンジョンに隠されている部屋の一つなのかもしれない。ダンジョンの部屋には魔物が一切生息しないから。ここにワープされたことは不幸中の幸いだった。
“ダンジョンにあるどこかの部屋だと思うんだけど……”
私はキースに返事をしつつ、とりあえずウィルと二人、この場所を特定できないかと歩き回ってみる。すると、奥に何か特徴的な物体があることに気がつき、近づいてみた。
「なにか台座みたいなものがあるぞ。上には何ものってはいないが……」
『あ!もしかしてそれって黒色の台?それで何か模様が描いてない?』
「ああ、そうだ!よく分かったな」
『じゃあ、そこは本当にダンジョンの隠し部屋みたいだね。それも僕たちが行こうとしていた当たりの部屋だよ。それじゃあ話は早いね。僕たちがそこに向かうからその部屋で合流しよう』
それから私たちはキースから魔法道具の連絡の簡単な使い方を聞いて会話を終了した。私たちのせいでキース達を少人数で移動させることになってしまったけど、はぐれた時に両方が動き回るのは危険だし効率が悪い。でも、キースもジェラールも強さに心配は無いし、エルザだってこの程度のダンジョンだったら大丈夫だろう。ここは大人しく待っていることにしようと再び腰を下ろした。
「大丈夫だとは思うが、エルザ達が心配だな」
私の隣に座ったウィルがそう呟いた。ウィルもいつも自分から行動しようとするような人だから、待っているのは苦手なのかもしれない。
“ふふ、僕も同じ事考えてた。でも、きっと大丈夫だよ。キースとジェラールは強いし、エルザだってああ見えて意外に戦えるからね”
「そうだな。まあ、俺も頭では心配ないと分かっているんだが考えずにはいられないんだ」
状況を考えてみれば危険は少ないと分かるのに心配してしまうのはその相手が大切だから。私と同じくらい皆のことを考えてくれていることに嬉しくなった。
それと同時に前から思っていた疑問を聞いてみたくなった。ウィルと二人きりの時間なんてあまりないからせっかくの機会だし聞いてみようとそう思った。
“ウィルって本当にエルザのことを大切に思ってくれているんだね。でも、エルザはウィルの申し入れを断ってばかり。それなのに、なんでウィルはそんなにも諦めずに気持ちを伝え続けられるの?”
私とは正反対のウィルの行動がとても気になった。どうしてそんな風に出来るのか知りたかった。
そんな風に何気なく聞いたことだったのに、ウィルは私の問いに一呼吸置き、どこか遠くを見つめるように私から視線を外した。そして、いつも威勢の良いウィルらしくないさみしげな声音でぽつりぽつりと話し始めた。
「……昔、とても大切に思う奴がいたんだ。そんな風に思うような人なんて生まれて初めてだった。だからと言い訳することではないが、この気持ちはいつでも言えると、どんな風でも伝わると軽く考えていた。絶対などということはあり得ないのにな」
ウィルは俯いて手を強く握りしめていた。そしてその肩は小さく震えている。
「そいつは俺がきちんと気持ちを伝える前に手が届かない場所に行ってしまった。もう、伝える事が出来なくなってしまったんだ。だから俺はその時に出来る最大の事をすることにした。後悔しないよう精一杯に。伝わるまで何度だって諦めないで」
ばっと立ち上がり上を向いたウィルの目には力強さが宿っていた。
ああ、やっぱりなんてすごいんだろう。こんな人だから惹かれたんだ。
“君みたいな人に思ってもらえるなんてエルザは幸せだろうなあ。僕も君の事応援してるから二人で幸せになってね!”
私は笑顔でウィルにそう言った。私はウィルの事が好きだと気がついたけど、これは本心からの気持ちだった。ウィルにもエルザにも幸せになって欲しい。私は清々しい気持ちでそう言った。
「あ、ああ。そうだな」
それに対してウィルはどこか歯切れ悪そうに返事をした。自分の言ったことに少し照れているのかもしれない。そんなところもウィルらしいなあ。
それと同時に部屋の外から足音が聞こえてきた。もしかしたら、もうエルザ達がたどり着いたのかもしれない。私は立ち上がり、扉へと駆け寄った。
だからその時、私はウィルがそんな返事をした本当の意味に気づくことはなかった。決して、照れという感情だけがそこに存在していたわけではなかったということを。そして、私が気づかない間に何度もウィルが私に向けていたさみしそうな表情の意味も。
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