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第2章
62.
しおりを挟む私が生まれた国であるエクソシス王国。
現在、旅をしているラミファスの隣国である。
もう随分と長い間足を踏み入れてはいないけれどそんな状況になっていたなんて。
でも、ずっと王宮に勤めていたコンドラッドがやっと気がついたくらいだから、きっとエクソシス王国にいたとしても少しの違和感を抱くことなく生活していただろう。
王宮で働く人やそこで生活する王家の人々はすぐ近くに悪魔がいるのだからそう考えるとぞっとする。
あまりにも深刻な事態に皆が驚き声を失っていたが、コンドラッドは話を先に進めた。
「まずはもう少し、僕の身の上の話をしようか。僕はこの国の人間ではなく、隣国エクソシス王国で生まれ、王宮付きの魔法研究者として働いていた。あの国はとても平和で暖かく居心地が良かった。僕も母国として愛し、誇りに思っていたよ。でも、その平穏がだんだんと見えないところから崩れ始めていたのに僕はそれが目に見えるようになるまで気がつかなかったんだ。それが、悪魔の仕業だということにも。だけど、僕は幸いにもその闇に完全に飲まれる前に、この国に逃げて来ることが出来た。外から見ることであの国の異常さがよりはっきりと見えるようになったよ。完全復活を遂げようとしている悪魔が始めようとしていることは、この世界を支配するための手始めとしてエクソシス王国を乗っ取り闇へと陥れることみたいなんだ」
「え、ちょっとまって。じゃあ、キースもエクソシス王国の人だったってこと?エクソシス王国の魔法騎士だったっていうことよね?」
口を挟んだエルザがキースを探るような目で見た。
キースは今までそんなことを言ったことなんてなかったけど、今の話からするとそういうことになる。
そんな視線に気がついたのか、キースはうっかりしていたとでも言うように頭に手を当てた。
「あー、そう言えば皆には言ってなかったね。うん、そうだよ。俺はエクソシス王国の生まれだ。色々と説明することが多くて言った気になってたみたいだ。もう、この国に来てから大分経つからこの国に馴染んできたってこともあるしね」
そんな重要なことを今まで伝え忘れていたなんて、色んな事に支障が出るようなことだろう。
エルザはキースを呆れた目で見ていて、抗議したい気持ちもあるのだろうが、ひとまずは話を進めるために口を噤んでいるようだった。
コンドラッドもそんな様子を確認すると話を続けた。
「……それで、キースは悪魔について皆にどれくらい説明したんだ?」
「俺はヒースに悪魔が乗り移っていることくらいしか皆には説明してないよ。俺の悪魔に対する認識は経験からの憶測でしかないし、それで失敗してしまったしね。コンドラッドに全部教えてもらうつもりでここに来たんだ」
「はあ。まったく、君はなかなか人に頼ろうとしないくせに変なところで潔いくらいに他人任せなんだから。じゃあ、僕がこの12年間を使って調べたことについて説明していくよ」
コンドラッドはカップを傾け、お茶を一口すすると覚悟するように悪魔のことを話し始めた。
「悪魔のせいだと思われる状況が1番最初に確認されたのは、とある小さな村でのことだった。畑仕事をしていた男性が突然倒れ、数時間のうちに死亡した。その身体には種のような物が埋め込まれ、そこからツタが全身に伸びていたという。それが、今から15年前のこと。その後も、年に1、2度そんな奇妙な死が報告されていた。そして、今から10年前からそんな不自然死が急激に増加していった。その死に関係していたのが悪魔だ。種に取り憑かれた人々は皆、体中にツタがまとわりついていることが死因と考えられていたが、直接的な死因は魔力欠乏症によるものと全く変わらなかった。どうやら、その種によって魔力が吸い取られているようでそのことが死因になっているみたいだった。それと同時に、種を詳しく調べてみると種は周囲の魔力を消す力も備えていることが分かった。だから、魔法で取り出すことも、治療することも不可能なんだ。そして、長年調べていく中で、その種が満月の夜に埋葬された人の中から抜け出して空へと上っていくというところが目撃されていた。その方向は王都の方面だったという証言もある。だから僕は、その種が悪魔が魔力を集めるのに使っているんじゃないかと推測した。それで、悪魔というのはどういう存在なのじゃ調べてみることにしたんだ。で、そのことを一番詳しく示した本が、エクソシス王国で一番有名な冒険記だったんだけどね」
「『はじまりの物語』………」
ウィルがそう呟いた。
その言葉に思わず振り返ってしまう。
なぜ彼がその本のことを知っているのだろか。
しかし、振り返って見たウィルのその表情はどんな感情も表していないようで、そのことをなんとなく追求してはいけないような雰囲気を醸し出していた。
「そう。よく知っているね。もしかして君もエクソシス王国の出身なのかい?」
「……その本は、一度読んだことがあったんだ」
ウィルは肯定とも否定ともしないような答えをした。
そんなウィルを見てか、コンドラッドもそれ以上深くは聞こうとはせずに話を続けた。
「『はじまりの物語』は、エクソシス王国では誰もが子供のころに読み聞かせられる物語なんだ。その内容は、ある村で原因不明の不治の病が発生し、それを救うためにある青年が勇者として旅に出るところから始まる。旅の途中で、その原因がこの世界の存在ではなかった“悪魔”という存在にあるということが分かる。勇者は物語の最後でその悪魔を倒して封印し、その平和の象徴として国を作り国王となる。そんなお話なんだけど、これはもしかしたらただの作り話なんかじゃなくて、本当にあった話なんじゃないかと思うんだ。エクソシス王国建国の伝記となっているんじゃないかと」
「っていうことは、この世界にもかつては悪魔がいて、人々を苦しめていたっていうこと?それで、エクソシス王国の初代国王が、その悪魔を倒したから今の平和な世界になったってこと?」
「うん。決しておとぎ話や空想の中だけの存在なんかじゃなくて、悪魔は現実に存在していたんだ。平和ぼけした人間たちには忘れ去られてしまっていたんだけどね。当時の人々も、悪魔についてはよく理解してなかったのかもしれないな。だけど、一つだけ違うことがあるよ。『はじまりの物語』には、勇者は悪魔と戦ったけど完全に倒したとは書いていないんだ」
「………封印した」
キースがコンドラッドの言葉にはっとしたようにそうこぼす。
私も幼い頃に『はじまりの物語』を読んだことがあったが、その部分は気になっていた。
どうして倒さずに封印したのだろうかと。
「そう、そこなんだよ。脚色しそうなおとぎ話にすらそう書いてあるんだから、これは事実なんだと思う。悪魔を封印し、その封印した悪魔を甦らせないように国で管理する悪魔払いの国、すなわちエクソシストの国。それがエクソシス王国だったんだよ」
「……それでつまりは、エクソシス王国にはどこかに悪魔が封印されていて、それが何かの原因で解かれてしまったということですか?」
今まで口を挟むことなく聞いていたジェラールが静かにそう尋ねた。
一見すると突拍子もない話なのに、疑いや驚きなどといった感情を全く感じさせないような声のトーンでただ事実を確認するようにそう尋ねたジェラールに、私はその話が現実味を帯びてきたように感じた。
「そうだね。僕はそう思うよ。実際に悪魔が封印されていた場所も封印が解かれた証拠があるわけではないから僕の憶測に過ぎないんだけどね」
「……コンドラッドがそう言うならそうだとは思うけど、俺はエクソシス王国がそんなものを抱えているなんて噂ですら聞いたことがなかった」
「世の中には色々な人間がいる。悪魔を利用しようと考える輩が出てこないとも考えられない。だから、その事実を知る人間を少なくした結果なんじゃないかと思うんだ。例えば、王族のみに伝わっているだとか。でもそれも、何かの問題でうまく伝わらなくなり、忘れ去られた頃に封印が解けた。もしこのことを誰かが知っていたのだとしたら、ここまでの事態にはなっていなかったと思うから」
コンドラッドが残念そうに視線を下げた。
今、悪魔が封印から解かれて長い間野放しの状態になってしまっていたのは、この国を守ろうとした結果だったのだから皮肉なことだ。
だが、起こってしまった以上はそんなことを考えてもどうしようもないことだ。
これからどうするか、それを考えることしかできない。
ジェラールも私と同じようにそう思ったのか、コンドラッドに次々と質問をぶつけていった。
「それで、エクソシス王国の王宮の中に潜んでいるというのは?」
「それは王宮に悪魔に関する本が一冊もなかったからだ。ラミファスに来てから古書店を巡るといくつかは見つかったというのにね。これは誰かが意図的に抹消したとしか考えられない。それと僕、王宮で悪魔の研究をしているときに、結構な頻度で危ない目に遭っていたんだ。その時はおかしいなくらいにしか思っていなかったんだけど、今考えると、僕の行動に気がついた悪魔が僕のこと消そうとしていたんだと思ってね」
「ですが、何故悪魔はわざわざ王宮にいたのでしょうか?」
「はっきりとした理由は分からないけど、やっぱり情報を得やすいっていうのと、トップの人間を落とすと後が早いっていうことかな。敵は化物ではあるけど、考える頭はあるみたいだ。だてに長生きしてないね」
「そうですか……」
コンドラッドの返答を聞き、そう相づちを打ったもののジェラールは何か別のことを考え込むように、空のただ一点を見つめていた。
「とりあえず、今話せる情報はこれくらいかな。皆、こんな山道を歩いて疲れたでしょう。もう今日はしっかり休んでね」
コンドラッドも話し疲れたと言うようにのびをすると立ち上がり、私たちを家の地下へと案内した。
コンドラッドにキースが続き、その後ろにウィルとジェラールも歩いて行く。
その様子は普段と変わらないように見える。
でも、私にはコンドラッドの話を聞いているときに一つ気になったことがあった。
コンドラッドが悪魔が王宮の中に潜んでいると言った時だ。
その事実は私にとっても大変な驚きだった。
万全な警備体制のはずの王宮にそんなものが侵入していたのだから。
でも、私たちの中でも、ウィルとジェラールがとりわけ酷く動揺していた。
そのことを、私は視線の端で捕らえていた。
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