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第2章
63.
しおりを挟む翌朝、目を覚ますと横たわる身体は大分楽になっていた。
ダンジョンを出てからここに来るまで、街によることもなかったのでベッドで寝るのは久しぶりだったから、今までの疲れが一気に取れたんだろう。
やっぱり、ちゃんと寝るのと寝ないとでは疲れの取れ方が違うんだなあ。
すっかり目も冴えてしまったので、上で朝食の準備をしてくれているであろうコンドラッドの手伝いをしようと、階段を上がった。
“おはよう、コンドラッド”
「やあ、おはよう。早いね。よく眠れた?」
“うん。もうすっかり疲れも取れたよ。ちゃんとしたベッドで寝るのは久しぶりだったからかな”
私はコンドラッドの朝のあいさつのついでのような質問に何気なくそう答えた。
すると、私の返答を聞いたコンドラッドはにやりと含みのある笑みを浮かべた。
「ふふふ、そうでしょう、そうでしょう。なんたってあのベッドは僕の発明品の一つだからね。特殊な素材を使って分からない程度の魔力を込めたマットレスを使っていて、横になった人の身体の形に合わせて変化するんだ。そのおかげで、身体にかかるストレスが軽減でき、快適な眠りをサポートしてくれるんだよ。普段はあんまり疲れるようなことのない僕自身でしか試すことができなかったから、君みたいな苦労してる人に使って貰えて良かったよ。貴重なデータになるしね。あ、そうそう。その技術を応用した魔法道具がほかにもあるんだけど見てみる?それも使ってどうだったか教えてくれない!?」
“えっと………”
朝からどこにそんな元気があるんだろうと思えるくらいに早口にそう話し始めたコンドラッドに私が引きつった笑みを止めることができなかったのは仕方のないことだろう。
魔法道具を試すくらいはいいんだけど、この調子だと際限なく続いていきそうだからうかつに返事はできない。
でも、コンドラッドにはお世話になっているわけだし、どうしようか。
「おいおい、コンドラッド。リュカが困っているじゃないか。まったく、一度話し始めると止まらないところも変わっていないんだな」
「あー、その癖は直そうとは思ってるんだけど………僕は欲求には正直な性格なんだ。君たちが僕に慣れるほうが早いと思うよ」
階段から上がってきたキースが私に助け舟を出して、呆れたようにコンドラッドをたしなめた。
でもその表情はどこか懐かしそうにそう言っているようにも見える。
コンドラッドは悪びれもせずにそう返すと朝食の準備を再開した。
これくらい知識に貪欲でないと研究者は務まらないのかもしれないな。
「あ、そうだった。悪魔のことについてもう少し補足して伝えておきたいことがあるから、朝食の時にでも話すよ。もう少しで出来上がるからみんなを起こしてきて」
「ああ、わかった。俺が行ってくるからリュカはコンドラッドを手伝ってて」
階段の近くにいたキースがそのまま地下へとみんなを呼びに行った。
手伝いと言っても食器を並べるくらいで終わりそうだ。
朝食はパンと卵料理のようだ。シンプルながらも美味しそうないい匂いが広がっている。
“コンドラッドは料理もできるんだね。すごい、美味しそうだよ”
「そうかい?それは良かった。実はこのフライパンも僕が作った魔法道具なんだ。誰にでも簡単にいい火加減で調理ができるようになってるんだ。君も試してみる?」
そんなところまで魔法道具だなんて!
この家の中には魔法道具でない物を探すほうが難しそうだ。
***
「よし、みんな集まったね。それじゃあ、悪魔のことについて話そうか。食べながらでいいから聞いてくれる?」
食卓に全員が集まり、朝食を食べ始めたところでコンドラッドが口を開いた。
起き掛けで眠そうに目をこすっていたみんなの顔が悪魔、と聞いて変わる。
その表情を確認したコンドラッドは話を続けた。
「昨日、悪魔のことについてほとんど分かっていないと言ったんだけど、分からないなりに僕は一つの仮説を立てた。それは、みんなに行ってきてもらったダンジョンと悪魔が同じように現れたんじゃないかということだ」
ダンジョンという予想外の言葉に驚く。
そう言われても、その2つが頭の中で結びつくことはなかった。
「ダンジョンはみんなも知ってる通り、どこからともなく突然現れてその中には財宝が眠っているとされる。でも、上へと行くほど無事に帰ってくるのは難しい。その帰らぬ人となった人たちはダンジョンの中でどうなってしまうんだろうか。それは、こう考えられている。ダンジョンの養分となっていると。ダンジョンについては他にも世界中で研究している人たちがいたから考える資料に事欠かなかったよ」
「それで、悪魔と同じだというのはどういうこと何ですか?」
「ダンジョンと悪魔に共通することは、突然現れて見たこともないようなものであり、聞いたこともないようなことをするところだ。それで、ダンジョン研究の最も有力な仮説として、ダンジョンはこの世界のものではない、別の世界から転移されてきたものだというものがある。仮に魔界としようか。魔界からの転移は強力な力が必要で転移できたとしても、こちらの世界では強い制限がかかる。魔物がダンジョンの中に留まっているのもそこでしか生きられないからだ。でも、どういうわけか例の悪魔だけはダンジョンという空間の中だけに囚われずに生き延びることができるようだ。それは、自分自身で他人の魔力を奪う力があるからなのかもしれない。そのところはよく分からないんだけどね」
私も王宮の図書館でダンジョンについての本は何冊か読んだことがあった。
確かにそんなことが書いてあった。
ダンジョンはただの建造物ではなく、生き物のようであると。
「そこに目を付けた僕は、ダンジョンがこの世界へと転移されてきたのだとしたら、こちらからあちらの世界に転移させることも可能なんじゃないかということだ。で、もう何度かダンジョンを転移させることに成功したよ。もともと十分な養分である人間の魔力を蓄えたら魔界へと戻るように作られてるみたいだし、それを早めればいいだけだからそれほど難しくもなかったよ」
「も、もしかして、最近よくダンジョンが消失してるって噂があったけど、それってコンドラッドのせい………?」
何でもないようにそう言ったコンドラッドの報告に一同はぎょっとした。
ダンジョンを魔界に転移させたという事実も凄いけど、本当に転移できるのかの実験のためだけに何の躊躇いもなく実行したというところが恐ろしいところだ。
みんなの唖然とした表情を気にも止めずに、コンドラッドはマイペースに話を進めていった。
「じゃあ具体的に、悪魔とどう戦うのかの話をしようか。僕のプランはこうだ。まずは、君たちに持ってきてもらったダンジョンの石を使って悪魔をダンジョンの中に転移させる。そして、ダンジョンの中に悪魔を閉じ込めたまま魔界へとダンジョンを転移させる。それだけのこと。どう?簡単でしょ?」
「ダンジョンの石を使えば、転移魔法は簡単にできるものなの?」
いとも簡単そうにそういってのけるコンドラッドにエルザが驚いたような顔をした。
普段、魔法とはそれほど関わりがある訳ではないのでどんなものなのかはかりかねているのかもしれない。
「えーと、普通は転移魔法は高度な魔法だから魔力が高くて技術を持った人しかできないようなものなんだけど、僕が作ったこの転移装置を使えば簡単にできるんだ。転移させたいものと転移したい場所の指標となる物があれば良い。装置といっても魔方陣を出現させるだけのものなんだけどね」
「まあ、とにかくできるってことさ」
まだ分からなそうにうーんと唸っていたエルザにキースが簡単にして伝えた。
要は悪魔を倒すのではなく、この世界から追いやるという方法を取るということだった。
この方法なら虚を付ければうまくいく可能性が高いので、少人数でも悪魔に太刀打ちできそうだ。
「でも、問題はどうやって悪魔にそこまで近づけば良いのかって話で………」
ここまで自信満々に説明していたコンドラッドはそこで言葉を詰まらせた。
戦いの戦略というところは得意ではないのかもしれない。
他のみんなも考えてはいるがなかなか良い案が浮かばない。
「まあ、なるべく早いことにはこしたことはないけど、今すぐにって訳ではないからね。みんな、考えておいてよ」
朝食はとっくに食べ終わり、日も高くなり始めてきたのでひとまずこの話は保留となった。
でも、こういった具体的なことを考えることで、悪魔との対決が現実味を帯びてきた。
戦いの日は近いのかもしれない。
***
私は大きな桶を背負って一人、山道を歩いていた。
といっても、コンドラッドの家からそう離れてはいないところだ。
家に泊めてもらっている身であるで、何か手伝うことはないかと尋ねたところ山のわき水を汲んできて欲しいとお願いされたのであった。
普段は魔法で水を出していたというけど、本当だったらおいしさが全然違うから飲み水は自然の水を使いたいのだという。
魔法に優れた人は魔法や魔法道具で何でもできるけれども、やっぱり天然のものには敵わないんだなあ。
そんなことを考えながら歩いていると、脇道に人の気配を感じた。
この山自体にコンドラッドが望む人しか入れないような魔法をかけているというから私の知っている誰かだということは分かっている。
それほど警戒せずに近づくと、切り株に座っているウィルの姿が見えた。
“ウィル、こんなところでどうしたの?”
「………ああ、リュカか。俺はちょっと散歩をしようと思ってここにきただけだ。お前こそ何してるんだ?」
“僕はわき水を汲みに。この先にわき水が出ているところがあるんだって”
「そうなのか。にしても、随分と大きい樽を背負っているな。せいぜい飲み水に使うくらい何だからそんなに量はいらないんじゃないか?」
“うん。そうなんだけど、丁度良い容器がこれしかなかったから。満杯には入れていかないつもりだから大丈夫だよ”
確かに、私は自分の背中を全部覆ってしまうくらいの樽を背負っている。
これを満杯にしたらさすがに持てそうにない。
「俺も一緒について行ってもいいか?山から水が出ているところを見てみたい」
“うん、それはいいんだけど、水を溜めるのに結構時間がかかると思うけど大丈夫?”
「ああ、問題ない」
短くそう返事をすると、ウィルは切り株から立ち上がり、私の後に続いた。
ピチャン、ピチャン
と水が跳ねる音が響く。
わき出る水を津垂らせて桶に溜めているが、それとは別に流れる水が周囲の植物とで綺麗な澄んだ音を奏でていた。
心が休まるようなそんな自然の音楽に耳を傾けていると、ふと隣に座るウィルの表情が目に入った。
眉間にしわを寄せて怒っているというよりは苦悶しているような、辛そうな顔をしていた。
昨日の夜、一瞬垣間見せたあの表情に何か関係しているのだろうか。
“………ウィル、何か悩み事でもあるの?僕に何か手伝えることがあったら、言って欲しいな”
そして、そんな彼を無視できずにそう声をかけてしまっていた。
いつもだったら、他人に必要以上に踏み込まず、自分なんかが声をかけても何もできないからと見てみないふりをしていたかもしれない。
でも、思わずそう口にしていた。
彼は、彼のことは、私自身で助けたいと思ってしまっていたから。
「は?悩み事か?………そうか、俺はそんなにひどい顔をしていたのか。確かに、悩んでいることがないと言ったら嘘になるな。だが、これは俺自身が解決しなければいけない問題なんだ」
ウィルは私にそう言われて、顔に手を当てながら苦笑した。
そして、私の目を見ながらはっきりとそう言った。
私に出来ることはない、とそのようなことを言われたのに、私は全く居心地悪くは感じなかった。
聞かなければ良かったなんて後悔しないのは、ウィルのそのまっすぐな瞳があるからだ。
いつか、そのことを話してくれる日が来るまで、待っていよう。
と、そう思えた。
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