【完結】私は薬売り(男)として生きていくことにしました

雫まりも

文字の大きさ
74 / 103
第2章

72.

しおりを挟む
 


 ゴオオオ……と、凄まじい勢いの風を受けながら、私たちは飛行していた。
 ドラゴンは思っていた何倍もの早さで上空を駆け抜ける。
 ちょっと怖いけれど、空を飛ぶってこんなにも気持ちの良いことだったんだな。
 私は地上を走るのとも水上を行くのとも違う初めての感覚に感動しながら、同じ高さにある雲や地上に小さく見える街などを見て楽しんでいた。

 結局、私たちは2組に分かれてドラゴンに乗ることになった。
 私はドラゴンを扱えないからキースが手綱を握ってその後ろに座る形で。
 ウィリアム様とジェラールの方もジェラールが操縦する側でこちらと同じような形を取っていた。
 でも、私は前にいるキースに必死に掴まってドラゴンから振り落とされないようにしているだけだからそんな余裕もあるけれど、ドラゴンを操縦しているキースは大変そうだ。
 私よりも大量の風を受けながら、初めて上空飛行の操縦をしているのだから。
 大丈夫?とキースに聞きたいけれど、こんなに風が激しいと会話もままならない。
 せめて、キースの負担にならないようにとキースの身体の動きに合わせることを意識して座っていた。

「いやあ、風が気持ちいいね。空を飛ぶことがこんなに楽しいものだって知らなかったよ。ドラゴンを操縦することもね。君も機会があったらやってみるといいよ。馬に一人で乗ったことがないって言ってたけど体重移動もうまく出来てるし、きっと簡単にできると思うよ」

 “……あ、うん。そうだね”

 空の上でキースが私の方をちらりと振り返って微笑むと、そんなキースの声が私の耳にはっきりと聞こえてきた。
 キースは決して猛風を超えるような大声で話しているわけではなくて、多分魔法道具を介して私に声を伝えてるんだと思う。
 これが電話の機能なのかな。
 でも、電話はかなりの魔力を使うって言ってたけどこんな時に無闇に使っても良いものなのかな。
 私はキースの魔力を心配してこのまま会話を続けて良いのかという気持ちと返事をしなきゃという気持ちが混ざって、キースに曖昧な返事をしてしまった。

 私のそんな心の動揺は、きっとキースにはすぐに伝わってしまうんだろう。
 案の定、くすりと笑うキースの振動が私がしがみつく彼の背中から伝わってきた。

「ああ、君が心配性なこと忘れていたよ。でも、大丈夫だよ。これは電話と同じような仕組みだけど、魔力は使っていないから。前に俺が君を抱きしめさせて貰った時の事を覚えているかい?実はあれは君から魔力を少し頂いていたんだ。俺は触れているものの魔力も体内の魔力と同じようにコントロールすることが出来るから。だから、今も君の魔力に干渉して声を伝えているんだよ」

 “そうなんだ!それなら良かった。キースがまた無理をしてるんじゃないかって心配しちゃったよ”

 音としては聞こえていないはずなのに、いつもと同じ優しいキースの声が頭の中に響いた。
 キースはいつも他人のことを考えて、自分の事を蔑ろにしがちだ。
 少しくらいの無理ならすぐにしようとするから目が離せない。

「心配してくれてありがとう。でも、俺が自分で言うのもなんだけど、ここは普通怒るところだよ。何勝手に魔力を使ってるんだって。君がいい人過ぎて心配になってくるよ……」

 私が心配していたはずなのに、何故か逆に私の方がキースに心配されてしまった。
 私に出来ることがあるならなんでもやりたい。私の魔力が使えるんだったら使って貰った方が嬉しいからそんなこと思いもしなかった。
 いい人なのはキースの方なのになと思いつつも、先ほどから聞きたいことがあったのでこの機会にと話したいと、一旦そのことは置いておくことにした。

 “ねえ、キース。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、今聞いてもいいかな?”

「うん、なんだい?」

 “さっき、ウィルとジェラールの様子が少し変だったよね。もしかして僕が馬に乗れないって言ったことに驚いていたのかと思って……。今後の作戦で馬を使う様な事があったりするかな?”

「おおっと、そのことか。君が掘り返して聞いてくるとは思わなかったな。うーん、真実を言うべきか………結論から言うとね、君が馬に乗れないことは全く問題じゃないから安心して。それに君だったら馬くらいすぐにでも乗れるようになるだろうし」

 キースは私の質問に思いの外驚いたように返事をした。
 出発前は考えることを先延ばしにしていたけど、作戦にかかわるようなことだったら大変だと、やっぱり気になってしまった。
 細かいことを気にしすぎなのかもしれないけど。
 キースなら人の機微に敏感で、気がついてそうだったから尋ねてみた。
 私が一番心配していた問題はなかったようで安心したけどだったらどうして、二人があんな態度を取っていたのかと言うことで……
 私がその答えに納得していないことが分かったのだろうキースが少し言いにくそうに言葉を続けた。

「俺の口からこういうことを言うべきではないんだろうけど、まあ君が変に誤解してもこまるわけだしね。多分二人は君と一緒にドラゴンに乗りたかったんだと思うよ。誘おうとしていた。でも、その前に君が俺のことを誘ったから焦って声を上げた。そんな二人の態度が君には変に感じたんじゃないかな」

 “えっ、二人が僕を?そんなことはないと思うけど………でも、仮にそうだとして何で二人は僕と一緒にドラゴンに乗ろうと思ったんだろう?”

「さあ、なんでだろうねえ」

 キースが嘘をつく理由はないから二人が私を誘おうとしていたことは本当なんだろけど、その理由に全然見当がつかない。
 キースは面白そうにそんな風に答えて、それから先は教えてくれないみたいだ。
 せっかく聞けたというのに疑問は深まるばかりだった。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→

AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」 ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。 お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。 しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。 そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。 お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。

処理中です...