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第3章
【手紙】未来の私へ
しおりを挟むエリザベート・エドモンド様
拝啓
風薫るさわやかな季節となりました。
過ごしやすい気候は薬草作りにも適した季節だなどと未だに思ってしまうこともあり、長年の習慣というのは抜けないものなのだなと思う今日この頃です。
貴方様がこの手紙を読んでいる季節がいつなのか、私には知るよしもありませんが健やかにお過ごしのことと存じます。
さて、今日は結婚式前日ということで貴方様、未来の私に向けて手紙を書こうと筆を取ることに致しました。
この国の風習として婚姻前に未来の自分へと手紙を送ることもあるのだと耳にしましたので。
ですが、このように自分へ畏まって言葉を綴るというのは思ったよりも肩が凝るものでして、お読み苦しいところもあるかと思いますが寛大な心でお許し下さい。
未来の自分へ向けて………といいましても、何をいえばいいのでしょうか。
そう悩んだ末、ここは一つ今の私に起こったことを書き綴っていくことに致しました。
まず、悪魔との戦いが終わってからもう二年の時が経ちました。
この二年間、国にとっても私にとっても怒濤の日々でしたが、順を追って書いていこうと思います。
あの日、悪魔が消滅した時、確かに一度ウィリアム様はお亡くなりになりました。
心臓に剣を突き刺して埋め込まれた悪魔の核を破壊し、同時に心臓を止めることで魔力供給を断つ思惑だったそうです。
ウィリアム様の狙い通り、消滅寸前だった悪魔は魔力を失い完全に消滅しました。
それによって、彼も命を失ってしまったのですが。
ここで私の力について。
私はこの国に伝わる特別な魔力を持つ“奇跡の乙女”という存在なんだそうです。
なんとも恐れ多いのですが、そんな力を持っています。
その力は悪魔を封印した勇者である初代国王と共に旅をし、その後王妃となった聖女の石と力を継いだものだと考えられています。
悪魔の憎悪の力に対抗するための敬愛の力として。
そして、誰かを深く思うことがその力をより強くするのです。
話は戻りますが、あの日、悪魔によってウィリアム様が殺められてしまった時、私はその乙女の力を無意識にも使っていたようです。
さらに、声を出したことで言霊に乗せられた魔力はウィリアム様へと真っ直ぐに伝えられました。
そんな数々の本当に“奇跡”が重なって、ウィリアム様は息を吹き返したのでした。
その後、私は思いの丈を伝えたのですが、そのことをここに書くのは些か恥ずかしいので割愛致します。
悪魔との戦いが終わってからすぐ、私達は無事を確認し合いました。
コンドラッドとエルザは十分に敵を引きつけた後、難なく脱出し傷一つ作ることなく帰れたようで安心しました。
そして、何といってもキースとジェラールはあの神話級の魔物、バイセファリゴンを倒してしまっていました。
傷だらけで骨にひびが入ってしまったところもあったと後に聞いたのですが、とにかく生きて再び会えたことにほっとしました。
そして、無事だったのがあと二人。
クラレンス様とレイラです。
それもまた、“奇跡の乙女”の力によるものでした。
ですがそれは、私の力ではなくレイラの力によって。
私の姉である彼女も“奇跡の乙女”です。
彼女がクラレンス様を想った乙女の力により、二人は守られたのでした。
それから、悪魔が消滅したことで一番の変化があったのはキース。
悪魔の呪いで胸に埋め込まれていた種は剥がれ落ち、そこから張り巡っていた蔦は跡形もなく消え去りました。
それにより、彼の身体の時間は進み始め、もう近年中の死の危険はなくなりました。
そのことに、ヒースは涙を浮かべて喜んでいましたが、キースは照れ隠しなのかいつもの調子で、無効化魔法が使えなくなるなあ、なんて言っていたのをよく覚えています。
何はともあれ、本当に良かったです。
私達は悪魔がこの世界を支配してしまうかもしれないという大きな危機を阻止することはできました。
ですが、大きな問題は片付いたとはいえ、まだまだ問題は山積みでした。
その中の最も大きなこととして、国を誰が統治するのかという問題。
悪魔の魔法が解けた国民達は混乱に陥りました。
誰を信じて良いのか分からなくなるのは当然のことでした。
そんな時、名乗りを上げたのはクラレンス様でした。
自分が一身に国民の負の感情を受けると。
自らも悪魔の被害者であるにも関わらず、クラレンス様は全ての責任を自分にあるとし、歴史の中の悪役として名を刻むことを覚悟されました。
そして、ウィリアム様を初代国王のように悪魔を倒した勇者として、新しい国王に即位するように仰いました。
その提案はとても悲しいものでしたが、それ以上にこの国を治める手段として最善の方法はありませんでした。
なにより、ウィリアム様にそう言ったクラレンス様の瞳には強い意志が込められており、兄としての威厳を感じさせるようなものでした。
そして、ウィリアム様はそんな兄の意志をくみ取り、国の未来を思って、国王になることを決意しました。
そこから先はさらに細かい諸問題が出てくるのですが、挙げていてはきりがなくなってしまうのでひとまずは置いておきましょう。
あの日からしばらく経って色々と落ち着いた頃、キースとヒースが旅に出ました。
ヒースは悪魔に身体を乗っ取られていた時、様々な人を不幸にしてしまったのだといいます。
またキースも、悪魔討伐のために手段を選んでいるような余裕はなく多くの人に迷惑を掛けたようです。
その人達を探しながら、償いの旅をしていくのだそうです。
ところで、悪魔の呪いによって成長の止まっていたヒースですが、彼の身体の時間も動き出し、少しずつ成長が始まりました。
今から大きくなった彼の姿が楽しみです。
悪役となったクラレンス様ですが、ウィリアム様が国王に即位する際に全ての罪を背負って処刑され、この世から姿を消しました。
その後を追い、伴侶だったレイラも自ら命を絶ったと噂されています。
………表面上は。
実際は名前を変え、魔法道具で姿を変え、王都の孤児院で暮らしています。
最初はクラレンス様は罪の意識を深く感じておられ、命を持って償う覚悟をしていたそうです。
ですが、罪を償いたいと思うなら死してではなく生きて償えという、ウィリアム様の言葉からその選択をしたのだといいます。
私はそれを選んでくれたことがとても嬉しかったです。
ジェラールは国王となったウィリアム様を支えるべく、正式に従者となりました。
ですが、彼の働きはその役職では収まらないほど多岐に渡り、私が知らないような裏での工作も行っているのだとかいないのだとか。
深く考えると恐ろしいですが、ジェラールはこの国を思ってのことしかしていないと分かっているので任せておくことにしましょう。
そういえば、最近巷ではとある本が密かに話題となっています。
その本の題名は『おわりの物語』。
昔からよく読まれていた『はじまりの物語』と掛けたようなその物語は、その通りで悪魔を封印するために作られた国から悪魔を完全に消滅するまでのお話となっています。
物語としては面白く現実にはあり得ないような内容ばかりですが、そのほとんどは実際に起こったことでした。
そう、それは私達に起こったことの記録のような物語。
エルザが実際に体験したことや私達の話を聞きながら書き上げました。
評判はなかなかのものだといいます。
ですが、出来上がった本を私も読んでみたのですが、私とウィリアム様だと思われる登場人物の描写が多すぎる気が致します。
しかも、大分誇張されていて。
エルザが頑張って書いてくれたものに文句を付けたくはないのですが、そこだけは何だか悶々とした気持ちで読んでおりました。
それでそのエルザなのですが、どうやら私の知らない間にコンドラッドと大きく距離を縮めていたようです。
コンドラッドの積極的なアプローチがあり、エルザがそれに折れたそうです。
今は王都に家を借り、二人で暮らしています。
年の差は親子ほどですが、本人達が幸せであるのなら他人が口出しすることではないと思うので、私は応援しています。
エルザの父親であるガブリエルは何と言うか分からず怖いところではありますが、そこはコンドラッドに頑張ってもらうことにしましょう。
そうでした。
ガブリエルといえば………私は正式にガブリエルの娘となりました。
王都で生まれたエリザベートは何年も前に死亡したことになっております。
きっと私の生みの親である両親は言わなければ、私が生きていることに気づくことはないと思います。
生みの親である両親にはこの世に私を生み出してくれたこと、幼少期に育ててくれたことには感謝しています。
ですが、私が王都で生まれたエリザベートとして動いてしまうと、また面倒な問題が数多く浮上してくることになってしまいます。
と、そんなこともあるのですが、なにより親を目を瞑り思い浮かべたときに出てくるのは………他でもないガブリエルでした。
明日の結婚式にはガブリエルも出席してくれるといいます。
明日こそ、ガブリエルのことを“お父さん”と呼ぶことが出来たらな、と思います。
そして、今までの感謝の気持ちを伝えたいです。
ここまで私の現状を記録もかねて書いてきましたが、本当に色々なことがありました。
ここには書き切れないことも数え切れないほどにあります。
楽しいことも嬉しいこともありましたが、苦しいことや辛いこともありました。
でも、それは全て乗り越えることができました。
決して楽なことばかりではありませんでしたが、乗り越えられない気は少しもしませんでした。
それはあの人が、ウィリアム様がいてくれたから。
あの日、私はウィリアム様に自分の声で好きだと伝える事ができました。
ウィリアム様の告白の返事をきちんとすることができました。
ウィリアム様が王位に就いた後、正式に私はウィリアム様の婚約者となりました。
でも、国王となったウィリアム様は多忙を極め、なかなか婚姻を結ぶには至りませんでした。
私はそれは仕方のないことだと思いゆっくりと考えていたのですが、ウィリアム様は申し訳ないと私に何度も謝られました。
私が出来るところはウィリアム様のお手伝いをしているのですが、それを見てもすまなそうになさっていました。
どうしてだろうとそのことをエルザに相談すると、ウィリアム様は私に愛想を尽かされるのではないかと不安に思っているのだと言いました。
そんなこと絶対にあり得ませんのに。
エルザに言わせると、ウィリアム様はヘタレだそうなので、私からもちゃんと行動するように言われました。
具体的にはそう………私がウィリアム様に思っている気持ちを態度で表してあげてということでした。
それは私にとっては何とも難解なことだと頭を悩ましているのですが。
私がウィリアム様の婚約者になって王宮に暮らすようになるなど生活は大分変わったのですが、私に対するウィリアム様の態度も変わりました。
ウィリアム様は私に向けて以前よりも気持ちを伝えて下さるようになりました。
意見交換はより親密な関係を築くために大切なことだと私も思います。
ですが、私に向けて……その………愛、を囁いて下さるのは嬉しいのですがちょっと恥ずかしいです。
ウィリアム様は後悔しないように伝えられる時に伝えるということが座右の銘なのだそうですが、私の心臓が持ちそうにありません。
それでも………私も少しだけ、三回に一回くらいはウィリアム様に受け取った気持ちと同じくらいの気持ちを彼に伝えるようにしています。
いつも顔は火が出そうなほど熱くなり、恥ずかしさで身悶えそうになるのですが。
そんな風に穏やかな日々を過ごしていたところ、先日、ウィリアム様から正式に結婚の申し込みをして頂きました。
それはあの図書館で。
ウィリアム様は私達の出会いの場所でもあるあの図書館を、幸せな思い出の場所に上書きしようという意味も込めて選んでくれました。
その時の彼の姿は目に焼き付き、彼の声は耳に残り、一生忘れることはないと思います。
そして、明日。
ついに私達は結婚致します。
彼に想いを抱いてから、長い年月が経ちました。
このような至上の結末が訪れるなんて想像もしておりませんでした。
ここまでいろいろと述べてきましたが、総括すると、私は今とても幸せです。
生まれてきて良かったと、彼に出会えて良かったと、そう思っています。
未来の私もきっと、幸せなのでしょうね。
私は明日、国王であるウィリアム様と婚姻を結びます。
それは、私が王妃になるということでもあります。
私がそのような重大な役目を果たせるのか不安に思わない気持ちがないと言ったら嘘になります。
私のような者が本当にウィリアム様と結婚して良いのか、ウィリアム様を支えていけるのか、迷う日もあります。
それでも、私の中には決して揺らぐことのない一つの想いがあります。
それは、私がウィリアム様を好きだということ。
その想いがあれば、そしてウィリアム様がいれば私は何だって乗り越えていける気がします。
明るい未来を築いていけると確信できます。
だから、最後に、ここに私の覚悟といいますか、想いを書き記しておこうと思います。
未来の私である貴方様に、宣言しようと思います。
例えこの先、どんなことがあっても、永久に
私はウィリアム様と共に生きていくことにしました。
敬具
エリザベート
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