【完結】恐れ多くも女王陛下

雫まりも

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「うむ。今日は天気が良いから室内にいるなどばかばかしいと思ってな。お前がこんなところにずっといるから知らないと思って妾がわざわざ教えに来てやったのだ。ほら、早く外へ遊びに行くぞ!」

 ジルベールに迎えられた女王陛下は笑顔で答えた。
 満面の笑みでジルベールの手を取り引っ張ろうとする姿は活発な子供のほほえましいそれであった。
 しかし、そんな様子にジルベールは絆されることなく笑みを浮かべながらもその場を動こうとはしなかった。

「おい、どうした?妾の誘いを断るというのか?」

「恐れ多くも女王陛下、私には仕事がございますので陛下にお供することは出来ません。せっかくの有り難いお誘いをお断りして申し訳ありませんが、他の方とお遊びになっていただけないでしょうか?」

「妾はお前と遊びたいのだ!仕事など他の奴にやらせておけばいいだろう!」

「それがそうもいかないのです」

 ジルベールは流れるような動作で女王陛下の手を振り払い、机の上に積み上げられた書類の山へと向かった。
 その動作があまりにも自然でスムーズ過ぎて、女王陛下は振り払われたことに気がついていないようだった。
 そして、一束の紙を取り出すと女王陛下の前へと戻ってきた。

「これが今、私が行っている仕事の一つです。国境にかかる橋の通行の取り決めについての文書なのですが、これには国の権力者のサイン、すなわち王か宰相のサインが必要なのです。他にもこれと同じような私が行わなければならない仕事が山ほどあるためここを離れられないのですよ」

「そんなもの、ただ名前を書くだけだろう?後でやれば良いではないか」

「いえ、きちんと確認し改善すべきことがあればそれを提示したうえでサインしなければなりません。例えば、この橋は国境に架かっているため他国と自国の人々が行き来していますがそれだけでなく農作物や製造物を運ぶためにも使っています。それに対する通行料は通常よりも安価に設定しています。陛下はガトーショコラがお好きでしたよね?」

「うむ。あれほど美味なものはないと思っている」

「そのガトーショコラの材料となる作物も我が国では栽培できず、他国からの輸入に頼っています。もし、通行料をあげてしまったらもう我が国に運び込むのは諦めてしまうかもしてません。そうなってしまえば、ガトーショコラを召し上がることが出来なくなってしまうかもしれないのです」

「それは嫌だ!……それならばしかたないな」

 女王陛下は慌てたように声をあげる。そして、ジルベールを外に連れ出すことを諦めたようだった。

 こんな2人のやり取りはいつもの事だ。
 女王陛下がはずれた行動をしたり、わがままを言ったりするとジルベールが説き伏せる……というよりも怯えさせ、女王陛下が考えを改めるというのが一連の流れだ。
 これで女王陛下が仕事を邪魔するようなことがなくなるだろうと、自分に万が一でも火の粉がかからないようにとひっそりと執務室で仕事をしていた補佐官達はほっと息を吐いた。
 しかし、少し寂しげに肩を落としながら執務室をさろうとした女王陛下は俯きがちだった顔をばっと上げて落胆した表情から一転して、何かを思いついたようにぱっと顔を明るくした。

「そうだ!だったら妾がそれを手伝ってやろう。サインをするのは王でも良いのだろう?そうすれば半分の時間で済むのだから妾と遊ぶ時間も出来るであろう!」

「なんと有り難いお申し出でしょう。とても助かります。では……これをお願いします」

 本来であれば王が行うべき仕事も宰相であるジルベールが代わりにしているため、彼の業務は多忙を極めていた。
 王が自身の仕事をするならばその負担は軽くなる。
 しかし、何の学もない言ってしまえば立場だけの子供である女王陛下にその仕事が出来るはずなどなかった。
 それでも、ジルベールは直接女王陛下にそうは言わずに一冊の本を手渡した。

「なんだこれは?仕事の書類ではないではないか。算術の問題集だと?」

「はい。美味しい料理を作るためにはまず下ごしらえが大切です。それをしないことには調理すら出来ません。そのことと同じで仕事をする際にもまずは下準備が必要なのです。ですので、女王陛下にはまず、算術の知識をつけていただきたく問題集を自室で解き終えて来て欲しいのです。ですが、陛下にそのようなご面倒をおかけになるのはとても心苦しい事なので無理にとは申しませんが」

「良いだろう。すぐに終わらせてきてやるから待っていろ!」

 そう言って女王陛下は分厚い問題集を抱えて意気揚々と執務室を後にした。
 実は女王陛下は算術や歴史、地学などその他諸々の王に必要不可欠な教育をほとんど受けていない。
 今よりも幼い頃に教育を受けることを拒否し、周囲の人間が無理強いすることをしなかったからだ。
 そのため、ジルベールが女王陛下に渡した300ページ以上ある問題集をすぐに終えることはないだろう。
 それどころか最後まで終わらせることさえ出来るかどうか。
 しかし、プライドだけは高い女王陛下であるので自分でやると言った手前、終わらせられなかったら仕事を手伝う、もとい邪魔するなどとは言いに来なくなるだろう。

 にこやかに女王陛下をあしらうジルベールに補佐官達はそんな思惑を感じ取り、考えるとかなり手厳しい対応に戦慄を覚えたのだった。
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