4 / 6
3
しおりを挟む「うむ。今日は天気が良いから室内にいるなどばかばかしいと思ってな。お前がこんなところにずっといるから知らないと思って妾がわざわざ教えに来てやったのだ。ほら、早く外へ遊びに行くぞ!」
ジルベールに迎えられた女王陛下は笑顔で答えた。
満面の笑みでジルベールの手を取り引っ張ろうとする姿は活発な子供のほほえましいそれであった。
しかし、そんな様子にジルベールは絆されることなく笑みを浮かべながらもその場を動こうとはしなかった。
「おい、どうした?妾の誘いを断るというのか?」
「恐れ多くも女王陛下、私には仕事がございますので陛下にお供することは出来ません。せっかくの有り難いお誘いをお断りして申し訳ありませんが、他の方とお遊びになっていただけないでしょうか?」
「妾はお前と遊びたいのだ!仕事など他の奴にやらせておけばいいだろう!」
「それがそうもいかないのです」
ジルベールは流れるような動作で女王陛下の手を振り払い、机の上に積み上げられた書類の山へと向かった。
その動作があまりにも自然でスムーズ過ぎて、女王陛下は振り払われたことに気がついていないようだった。
そして、一束の紙を取り出すと女王陛下の前へと戻ってきた。
「これが今、私が行っている仕事の一つです。国境にかかる橋の通行の取り決めについての文書なのですが、これには国の権力者のサイン、すなわち王か宰相のサインが必要なのです。他にもこれと同じような私が行わなければならない仕事が山ほどあるためここを離れられないのですよ」
「そんなもの、ただ名前を書くだけだろう?後でやれば良いではないか」
「いえ、きちんと確認し改善すべきことがあればそれを提示したうえでサインしなければなりません。例えば、この橋は国境に架かっているため他国と自国の人々が行き来していますがそれだけでなく農作物や製造物を運ぶためにも使っています。それに対する通行料は通常よりも安価に設定しています。陛下はガトーショコラがお好きでしたよね?」
「うむ。あれほど美味なものはないと思っている」
「そのガトーショコラの材料となる作物も我が国では栽培できず、他国からの輸入に頼っています。もし、通行料をあげてしまったらもう我が国に運び込むのは諦めてしまうかもしてません。そうなってしまえば、ガトーショコラを召し上がることが出来なくなってしまうかもしれないのです」
「それは嫌だ!……それならばしかたないな」
女王陛下は慌てたように声をあげる。そして、ジルベールを外に連れ出すことを諦めたようだった。
こんな2人のやり取りはいつもの事だ。
女王陛下がはずれた行動をしたり、わがままを言ったりするとジルベールが説き伏せる……というよりも怯えさせ、女王陛下が考えを改めるというのが一連の流れだ。
これで女王陛下が仕事を邪魔するようなことがなくなるだろうと、自分に万が一でも火の粉がかからないようにとひっそりと執務室で仕事をしていた補佐官達はほっと息を吐いた。
しかし、少し寂しげに肩を落としながら執務室をさろうとした女王陛下は俯きがちだった顔をばっと上げて落胆した表情から一転して、何かを思いついたようにぱっと顔を明るくした。
「そうだ!だったら妾がそれを手伝ってやろう。サインをするのは王でも良いのだろう?そうすれば半分の時間で済むのだから妾と遊ぶ時間も出来るであろう!」
「なんと有り難いお申し出でしょう。とても助かります。では……これをお願いします」
本来であれば王が行うべき仕事も宰相であるジルベールが代わりにしているため、彼の業務は多忙を極めていた。
王が自身の仕事をするならばその負担は軽くなる。
しかし、何の学もない言ってしまえば立場だけの子供である女王陛下にその仕事が出来るはずなどなかった。
それでも、ジルベールは直接女王陛下にそうは言わずに一冊の本を手渡した。
「なんだこれは?仕事の書類ではないではないか。算術の問題集だと?」
「はい。美味しい料理を作るためにはまず下ごしらえが大切です。それをしないことには調理すら出来ません。そのことと同じで仕事をする際にもまずは下準備が必要なのです。ですので、女王陛下にはまず、算術の知識をつけていただきたく問題集を自室で解き終えて来て欲しいのです。ですが、陛下にそのようなご面倒をおかけになるのはとても心苦しい事なので無理にとは申しませんが」
「良いだろう。すぐに終わらせてきてやるから待っていろ!」
そう言って女王陛下は分厚い問題集を抱えて意気揚々と執務室を後にした。
実は女王陛下は算術や歴史、地学などその他諸々の王に必要不可欠な教育をほとんど受けていない。
今よりも幼い頃に教育を受けることを拒否し、周囲の人間が無理強いすることをしなかったからだ。
そのため、ジルベールが女王陛下に渡した300ページ以上ある問題集をすぐに終えることはないだろう。
それどころか最後まで終わらせることさえ出来るかどうか。
しかし、プライドだけは高い女王陛下であるので自分でやると言った手前、終わらせられなかったら仕事を手伝う、もとい邪魔するなどとは言いに来なくなるだろう。
にこやかに女王陛下をあしらうジルベールに補佐官達はそんな思惑を感じ取り、考えるとかなり手厳しい対応に戦慄を覚えたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
将来の嫁ぎ先は確保済みです……が?!
翠月 瑠々奈
恋愛
ある日階段から落ちて、とある物語を思い出した。
侯爵令息と男爵令嬢の秘密の恋…みたいな。
そしてここが、その話を基にした世界に酷似していることに気づく。
私は主人公の婚約者。話の流れからすれば破棄されることになる。
この歳で婚約破棄なんてされたら、名に傷が付く。
それでは次の結婚は望めない。
その前に、同じ前世の記憶がある男性との婚姻話を水面下で進めましょうか。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
蝋燭
悠十
恋愛
教会の鐘が鳴る。
それは、祝福の鐘だ。
今日、世界を救った勇者と、この国の姫が結婚したのだ。
カレンは幸せそうな二人を見て、悲し気に目を伏せた。
彼女は勇者の恋人だった。
あの日、勇者が記憶を失うまでは……
【完結】悪役令嬢は何故か婚約破棄されない
miniko
恋愛
平凡な女子高生が乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった。
断罪されて平民に落ちても困らない様に、しっかり手に職つけたり、自立の準備を進める。
家族の為を思うと、出来れば円満に婚約解消をしたいと考え、王子に度々提案するが、王子の反応は思っていたのと違って・・・。
いつの間にやら、王子と悪役令嬢の仲は深まっているみたい。
「僕の心は君だけの物だ」
あれ? どうしてこうなった!?
※物語が本格的に動き出すのは、乙女ゲーム開始後です。
※ご都合主義の展開があるかもです。
※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。
【完結】逃がすわけがないよね?
春風由実
恋愛
寝室の窓から逃げようとして捕まったシャーロット。
それは二人の結婚式の夜のことだった。
何故新妻であるシャーロットは窓から逃げようとしたのか。
理由を聞いたルーカスは決断する。
「もうあの家、いらないよね?」
※完結まで作成済み。短いです。
※ちょこっとホラー?いいえ恋愛話です。
※カクヨムにも掲載。
姉の引き立て役の私は
ぴぴみ
恋愛
アリアには完璧な姉がいる。姉は美人で頭も良くてみんなに好かれてる。
「どうしたら、お姉様のようになれるの?」
「ならなくていいのよ。あなたは、そのままでいいの」
姉は優しい。でもあるとき気づいて─
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる