過霊なる日常

風吹しゅう

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猫地蔵編

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 そうだ、この調子てのんびりと散歩にでも繰り出そうか、なんてことを思いながらマリアを散歩に誘おうとした時、マリアは畳の上で登山用リュックの中身をぶちまけていた。

 昨日買ったであろう懐中電灯や各種資料の紙類、更にはお菓子をばらまいていた。

「え、何やってんの?」

「え、3日の間にちゃんとこの旅館の謎の出来事を暴いてみせるんですよ」

 ちょっと目を離せばこの有り様。マリアと散歩にでも行けるかと思ったけど、この調子だとつれていくのは難しそうだ。そう思い、私は一人旅館と、その周辺の散策をすることにした。

「零さん、何処行くんですか?」

「ちょっと、旅館とかその辺ぶらついてくる」

「聞き込みですか、さすが零さんですね、よろしくお願いします」

 キリッとした顔つきで私に敬礼するマリアを放っておき、早速旅館の中を散歩することにした。

 あまり客入りが宜しくないのか、この時期にもかかわらず、人とすれ違うこと無く廊下を通り抜け、ロビーの方に出ると、何やら先ほどの若旦那とひときわ目立つ着物を着た女性が口論していた。

 私は少しばかり気になり、耳を済まし会話を盗み聞きしてみることにすると、何やら客のことについてもめているようだった。

 どうやら二人は客入りが良くないことを口論していて、女将は「自分たちができる精一杯のことをお客様にするだけ」と言い放ち若旦那は「はやくあれを修復しよう」となきついている様子が見て取れた。

 こんなに静かで居心地の良い場所に客入りはダメなのか、私なら、妙に冷たい感じの寂しいホテルより、ここの方が断然良いと思う。

 それに、若旦那は女将に対して随分と偉そうな口ぶりであり、どうにも不思議な関係だ。

 しかし、よくよくその会話を聞いていると若旦那が女性の事を「母さん」と読んでおり、彼らが親子関係である事を理解した私は驚愕した・・・・・・親子で肌の色が正反対すぎるだろ、と。

 まぁ、そんな事はさておき、私はロビーを抜けて土産屋や、食堂、温泉などなど回った後、大きな庭があることに気づき、外にも足を伸ばしてみることにした。

 すると庭では脚立を使って庭の選定をしている白髪の庭師らしき人がいた。

 慣れているであろうとはいえ、こうして傍から見ると老人が脚立の上に乗っていると危なっかしく見えるのは仕方ないことなのだろうか?
 そんな気持ちでその人を見つめていると、突然に私の方を向いて頭を下げた、と、同時に脚立から落ちそうになり、私はすぐさま脚立を支えた。

「だ、だだだ、大丈夫ですか?」

「あ、あぁ、すみませんお客様、ありがとうございます」

 落ちそうになっていたはずなのに、やけに落ち着いた様子の白髪の老人、なんなんだこの人は。 

「いえ、気をつけてくださいね」

「本当に助かりました、お客様のお陰でこの庭師の八は助かりました」

「庭師の八?」

「えぇ、私、佐々木 八朗(ささき はちろう)と申しましてこの招喜旅館でもう50年以上庭師をしておるんです、気軽に、八、とでも呼んで下さい」

 ご丁寧な挨拶をしてくれた八さんはこの旅館の庭師のようだ、それにしても50年以上となると相当な職人さんじゃないだろうか?

「そうですか、今度から気をつけてくださいね」

 そう言って私は直ぐに立ち去ろうとしたが、突然後ろのほうで脚立がガタガタと音を鳴らした。私はまさか八さんが落ちたのか後ろを振り向くと、八さんが腰に手を当てながら、がに股で私に向かって歩いてきた。

「そ、どうかしましたか?」

「いやはや、お客様はかなりのべっぴんさんだ」

「そ、それはどうも」

「ここに来るのは初めてですかな?」

 顔をしわくちゃにして笑う八さんに「パグ」という犬種を思い出し、なんだか癒やされた。

「さっき着いたばかりでちょっと散歩に行こうかと思っていて」

「そうですか、でしたら先ほど助けていただいたお礼に、私がこの辺りを少し案内しますが、いかがですか?」

 なんだか、新手のナンパでも受けているかのような私は、断ることが出来ずにほぼ無理やり、八さんに寄る案内に付き合わされることになった。

 まぁ、よくわからない場所だし、旅館の関係者といたほうが良い所を教えてくれるかも知れない、そう思い八さんについていくと、何やら大きな像のようなものの前で八さんは立ち止まった。

「これが当旅館を守ってくださるヌコ地蔵様」

「・・・・・・ヌ、ヌコ地蔵?」

 目の前には私の身長ほどの大きな猫地蔵なるものが立っていた、しかし、それよりも私には気になることがあった。

 それは八さんは「ねこ」の事を「ぬこ」と読んでいたことだ。

「ヌコ、ですか?」

「えぇ、ヌコ地蔵」

「ネコじゃなくて?」

「ヌコです」

「いや、だからこれってネコですよね」

「えぇ、ヌコです」

 どうやら、これ以上話しても決着がつきそうにないらしい。それに、もしかしたらこの辺り特有の言い回しかもしれない。そう思い、そのまま聞き流すことにした。

「それで、このヌコ地蔵は旅館を作った旦那様が、この土地に多く見られるヌコをモチーフに旅館創設時の守り神として作ったと言われているのがこのヌコ地蔵様です」

「へぇ」

「どういうわけか、このヌコ地蔵様がお客様から非常に好評で、この招喜旅館は非常に繁盛してたくさんのお客様で溢れかえったこともありました、まさにヌコ地蔵様のおかげであります、ありがたやありがたやぁ」

 八さんの話はマリアから聞いていた旅館の情報とほぼ一致しており、マリアの丈夫もあながち間違っていないことが確認できた。なんとも不思議な話だが旅館としての客寄せには十分すぎる逸話だろう。

「しかし、ここ数年は突然客入りが悪く、経営も上手く言っていないというのが現実です」

「へぇ、個人的には自然が溢れて猫もたくさんいていいところだと思うんですけど、どうして急に経営がうまくいかなくなったんですか?」

 私の言葉に八さんは悲しそうに猫地蔵を見上げた。

「見ていただければわかると思うんですが猫地蔵の右腕がポッキリ折れていますでしょう」

「はい」

 目の前の猫地蔵は右腕の招き手の部分がすっぱりとなくなっており、折れたというより切り落とされたようになっていた。

「どうもこの猫地蔵様が右腕をなくしてしまってから、旅館の経営がすっかりダメなんです。」

「え、そんなに急に悪くなったんですか?」

「はい、いわばこの猫地蔵こそがこの旅館の名物なようなものでしたから、それがこうなってしまっては客足も減っていく一方になりまして」

 なるほど、そういう理由でこの旅館に客が減っていっているのか。だけど、それだけでこんな良い所に来なくなるっていうのもおかしな話に思える。

「あのぉ、これって自然に折れたんですか?」

「実は、それがよく分からんのです」

 八さんは顎に手を当てながら言った。

「分からない?」

「えぇ、手が見つからんのです。女将さんは警察に被害届を出したんですが犯人は見つかる事もなくこのままで」

 警察に連絡したけど見つからなかったパターンか、まさか幽霊の仕業とか言い出すんじゃないだろうな?

「そうですか、それは随分と罰当たりな人もいたものですね」

「全くそうですな、しかし、そういうわしも、昔は地蔵の頭をこっそり盗んで懐に入れてたりしとったんですけどな、うははははは」

 突然笑いながら妙なことを言い出す八さんに驚きつつも、どうして地蔵の頭を懐に入れておくのかが気になった。

「な、なんで地蔵の頭を懐に?」

「あぁ、なんかよくわからんのですが、昔、地蔵の頭を持ってると博打で勝てる、なんて噂があってそれでわしもと思って、ははは」

 じゃあ猫の手を持てば何が良くなるんだろう、と罰当たりな想像をしていると不意に八さんが怪しく思えてきた。

「まさか八さんが犯人じゃないでしょうね」

「ち、違います、今の話も昔の事です。それにあんなでかい手、隠し持てないでしょう」

 確かに、目の前に堂々とそびえる猫地蔵の右手を、大人一人がどうにか出来るものには思えなかった。

「それにもう、7年以上前の話になりますから・・・・・・」

「猫地蔵を修繕しようとは考えなかったんですか?」

「えぇ、それも考えたんですが旅館で女将が断固として反対をしまして」

「そうなんですか、でも・・・・・・」

 そう言いかけた時、隣に八さんの姿がいなくなっていた。私はすぐにあたりを確認すると少し離れた所で八さんがまるで招き猫のように手を拱いていた。

「ささっ、ここの他にも素敵なところはたくさんありますので行きましょう」

 不思議に思いつつもあたしは流されるまま八さんについていった。

 その後は鯉のように大きく育ったキンギョがいる大きな池や、ネコに縁があるということでマタタビが群生している庭、何が祀られているかもわからない神社などなど。

 結局、ネコ地蔵が一番マシなのではと思うような場所ばかりを案内され、少しばかり期待はずれだったが、何にせよこんなにも風情のある所に来れた事は私の中で一生の思い出になることは間違いないような気がした。

 そんなこんなで散歩も終わり、八さんと私は散歩をスタートした剪定途中の松の木の近くに戻ってきた。

 それにしても、よくよく考えれば八さんが剪定したこの植物が、この旅館の中で一番の魅力ある所かもしれない。

 だけど、そう思いながらもその思いを伝えることが出来ないもどかしさに私はもう少し人と喋ることに慣れておけばと後悔した。

「それでは、おくつろぎください、また何かあれば、なんなりとお申し付け下さい」

「はい、ありがとうございました」

 八さんは深々と頭を下げ中庭に戻っていった。
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