過霊なる日常

風吹しゅう

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猫地蔵編

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 温泉まんじゅうを一口食べると、口の中に広がる餡の甘さが私の疲れを一瞬にして持ち去ってくれたような気がした。しかし、その瞬間、突然首を少し締め付けられる感覚に思わずむせてしまった。

「わぁお、大丈夫零ちゃん?」

「は、はい、すみません」

 間違いない、ユダが嫉妬して私の首をしめたに違いない、私はお茶を流し込みひとまず呼吸を落ち着けた

 せっかく本当に美味しい温泉まんじゅうを味わっているっていうのに、後で絶対首を締め返してやる、っていうか温泉まんじゅう買ってやらんからな。

「もー、零ちゃんって見かけによらず食いしん坊なのかな?あんまり焦って食べちゃダメよ」

「あ、あまりの美味しさにちょっと興奮しちゃって」

「へへへ、そうでしょ、ここの温泉まんじゅう美味しいでしょ?」

「はい・・・・・・ふぅ」

 そうして、私とアミさんは適当に話をしながらたつやでの時間を過ごした。

 そうしてのんびりとした時間を過ごした後、ふと、私の脳裏にはマリアの存在がぼんやりと思い浮かんできた。その顔はどこか不機嫌であり、そろそろ帰ったほうが良いかもしれないと思わせてきた。

 そう思い、その後、少しだけアミさんと談笑をした後、ひとまず温泉饅頭をいくつか購入した後に店を後にした。

 まだ初日だし、最終日にでも夕ちゃんのためにおみやげを買いに再び来よう、そう思いアミさんと共に店を出た後、私は直ぐに旅館に戻ることを伝え、その場で別れた。

 それにしても良い人だった。

 あんなにも気さくで美人な人なんて早々いない、私もああいう風に大人な雰囲気で人と話せたりする人間になりたいと思っていると、ユダが私に話しかけてきた。

「おい」

「何さ?」

「なにって、うち温泉まんじゅう食べたかったんやで」

「知ってる、だから買ってきたじゃん」

「ほんまか」

 そう言って私は袋に入っている饅頭のうち一つをユダに見せた。
 しかし、紙で包装されているため、食べることが出来ないユダは四方から饅頭を眺め、何も出来ないと悟ると、私の目をそのまん丸な目でじっと見つめてきた。

「何?」

「饅頭が食べたい、紙とってくれな食べられへん」

「なんで?」

「何でって普通、紙とらな」

「でも、私の知ってるヘビは何でも丸呑みするイメージだけど?」

「そ、それは、うちはヘビでもそこいらのヘビとは違うんや」

「別に紙を取らなくても丸呑み出来るでしょ?」

「零、なんでいじわるすんのや」

「だって、さっき首絞めたじゃん」

「あれは、あまりに美味そうやったからつい力が入ってしもて」

 ユダは首をたらん、と下げて申し訳無さそうにした。

「絶対うそ、私だけ食べてる事を妬んだんでしょ」

「く、首絞めたことはうちが悪かった、謝るから食わしてくれー」

 本当はもう少しいじめていたかったけど、さすがにこれ以上いじめてまた厄介なことに鳴ったら困るので、とりあえず包装紙を剥いてユダの口元に持って行くと、器用にかぶりついて、饅頭を味わっていた。

 ユダは三口ほどであっという間に饅頭を食べ終わり、少し落ち着いた所で私達は招喜旅館に戻る事にした。

 旅館に戻り、自室へと向かう途中、年配のカップルと若いカップルにすれ違った。年配の方は女性がどうにも年が若すぎたことから不倫のような感じで、若いカップルは腕を組みながらラブラブで歩いていた。

 なんだ、カップルがよく来る場所なのだろうか、それとも人があまり来ないから、今すれ違った人たちは有名人だったりして・・・・・・そんな事を考えていると、前方から仲居の格好をした可愛らしい小学生くらいの女の子が二人歩いてきた。

「「いらっしゃいませ」」

 姉妹のように声を揃えた二人に私は思わず頬が緩んで軽く会釈した。

 幼いのに随分しっかりとした挨拶ができる子どもたち、誰かさんにこの落ち着きを教えてあげたいものだ。しかし、よくよく考えると、どうして彼女たちのような小さな女の子たちが仲居の格好をしているのだろう。

 そう思い直ぐに振り返るとそこにはもう誰もいなかった。

 そんな疑問を感じながら部屋にもどると、中ではマリアと仲居さんがとても楽しそうに会話していた。そして私に気づいたマリアが手を振り、仲居さんは静かに頭を下げた。

「零さん、聞いて下さいっ」

「何?」

「やっぱりいるんですよ恐怖のネコが」

 またその話、せっかく温泉街の雰囲気を楽しんで、良い気持ちになっていた所をマリアにぶち壊されようとは。

「まだ、見てもいないのにいるとか信じないほうがいいよ」

「でもでも、ここの仲居さんが見たっていうんですよ」

 私は直ぐに仲居さんの方に目をやると、年齢は30歳位の少し小柄な可愛らしい仲居さんが控えめな笑顔でこちらを見ていた。

「ね、見たんですよね、仲居さん」

「いえ、私が見たのではなくここで働いていた仲居が見たそうなんです」

 マリアのハイテンションに仲居さんは困惑すること無く落ち着いて対応している。よくあれだけ冷静でいられるものだ、やっぱり客商売なんかをやっているとああいう種類の人間の扱いにもなれるということなのだろうか?

「えぇ」

 そう言うと仲居さんは私の分のお茶を入れてくれた後、マリアに促されるまま、恐怖の猫というものについて話し始めたが、それがなんとも言えず微妙な話であり、少し萎えてしまった。

 その話というのも、この旅館にあるネコ地蔵が、夜中になると動き出すという、言わば理科室の人体模型的な話であり、仲居さんの話しが終わると、マリアは「きゃー」と声を上げて手をブンブンしながら興奮していた。

 というか、マリアはさっきもこの話を聞いたんじゃないのだろうか?

「それで、そのネコ地蔵を見たっていう人はどうなったんですか?」

 半信半疑ではあるが一応気になるので質問してみると、仲居さんどこか真剣な様子を見せていた。それはまるでこの話が真実であるかのような、そんな表情だった。

「実はネコ地蔵を見た後、気絶したらしくて、でもその事があったからか、彼女はすぐにこの旅館やめちゃったの」

「もし、その出来事がもし本当ならこの旅館を辞めたくなるのも当然ですね」

「それに、その仲居の子だけじゃなくて、お客様からもそう言う目撃例があると苦情が来てまして、その頃からめっきり客足が減ってしまって、今じゃ忙しいのは庭師の八さんぐらいでしょうね」

 そりゃ、庭は客足関係なく手入れが必要だろうけど・・・・・・なんだか、それはそれでこの旅館がなんだか不憫に思えてきた。

「今じゃこの猫地蔵は「招かず猫」だなんて呼ばれて悪い噂ばかり、旅館の経営もギリギリで家族内で頑張って切り盛りする始末なんですよ」

 招かず猫、確かに招き手が折れてるからそう呼ばれるのが妥当なのかもしれないけど、それにしても、この旅館でその招かず猫とやらの目撃証言があるってことは私達が見る確率も低くないわけだ。

 まぁ要するに、マリアのテンションが更に上がっていきそうなのは勘弁してもらいたいという事だ。

「あと、こんな話もあって」

 どうやらこの話にはまだ続きがあるらしい。私は半ば呆れながら窓際の席へと向かい、外を眺めながら聞き耳を立てることにした。

「あるお客様は、夜中にそのネコ地蔵に追い掛け回されたって言うらしいんです」

「追い掛け回された?」

 さすがにおかしな話に驚いた私はつい仲居さんに向かって聞き返し、その様子を見たマリアは私の顔をニンマリと笑ってみてきた。

「えぇ、なんでもネコ地蔵が笑いながらそのお客様のことを追い回したみたいなんです」

 追い回すってという言葉は怪談ではありきたりなワードだが、定番になるほどに追いかけられるという行為は恐怖を掻き立てられるものだ。

 それに、夜中に旅館内を歩きまわらなければ良いだけの話だし、少ないわけじゃないはず、もしそんなものを見てしまったなら、私はきっとまた現実離れした世界に飛び込まなくてはならない。

 だとすれば対策はただ一つ、今夜は絶対部屋から一歩も出ないのが正解である。という結論を出したところで、ウキウキワクワクした様子のマリアが私に話しかけてきた。

「と、言うわけで零さんっ」

 いつの間にか私の隣までやってきていて肩に手を乗せている。

「何?」

「今晩、楽しみですね」

 来るだろうと思っていたけど、それにしてもこの笑顔は一体何なんだ、そんなに恐怖のネコに出会いたいのだろうか?
 しかし、そんなマリアの誘いをはねのけて、私は完全に聴覚をシャットアウトした。だが、マリアはしつこく、そしてベタベタと私の身体に抱きつきながらネコ地蔵の探索に誘おうとしてきた。

 しつこいマリア、そんな彼女を振り払おうとする様子を仲居さんは実に楽しげに見ていて、あと一人マリアを抑制できるような友達がほしいと贅沢な悩みを考えていた。

 そんなこんなで時刻は17時を迎えており、食事前にひとっ風呂を浴びたいと私が言うと、マリアは簡単に付いて来てくれた。

 そして今は二人のんびりと温泉に入りゆっくりとしている。

 この湯は猫の湯と言って乳白色の湯が特徴的で美容に良いとされる女性には大人気な温泉だそうだ。

 そんな温泉に浸かっていれば、もうすぐ「夜付き合ってくださいね、絶対ですよ、絶対」とか言ってマリアが言い寄って来るのだろうと思っていたけど、彼女は意外と温泉を楽しんでいるようで、色っぽい声を上げながら湯に使っていた。

 女同士とは言え、とても女性らしい体つきをしたマリアに見とれながら温泉に浸っていると、そんな私の視線に気づいたマリアが急に近寄ってきた。

「なんだか、こうして零さんと温泉に入ってると気持ちが良いですね」

「そう、どの辺が?」

「ど、どど、どのへんがって急に下ネタですか?」

 そう言って大げさにリアクションを取るマリアは水面を大きく波立たせ私にみずをぶっかけてきた・・・・・・なんだこいつは。

「あのさ、誰がそんなこと言った?」

 私がそう睨みつけるとマリアは口を尖らせながら「わ、分かってますよそんなこと」と言いたげに静かに私の元へと戻ってきた。

「それにしても零さんは濡れると更に魅力的になりますねぇ」

「は?」

「水も滴るいい女ですかぁ?」

 そう言ってマリアは私に肩を寄せてきて妙に興奮しながら「うふふふ」とずいぶんと楽しそうにしていた。

「そういや、夕ちゃんも一緒に来れたら良かったなぁ」

 そうだ、夕ちゃんと一緒に温泉に入れたら、それはそれは楽しかっただろうになぁ。

「あぁ、そうですねー、夕ちゃんも来れれば良かったですけど、何だかどうしても外せない用事があったみたいなので仕方ないですよね」

 あぁ、夕ちゃんは今頃何をしてるんだろうか?

 私は今訳の分からない招かず猫の真相を確かめようととする変人と一緒に温泉に入っています、どうかこの旅行が無事何事も無く終わりますように。

 そんな、儚い思いを願いながら、この旅行の醍醐味である温泉を存分に楽しんだ。
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