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夜ご飯
しおりを挟むまずは疾風が待ち望んでいた手羽先を使った料理を作る。
手羽先とごぼうレンコンを使った醤油ベースの煮物だ。
次はたくさん採れた大根の葉を使って、大根の葉と塩こぶ炒めを作り。
イワシを使った大根と厚揚げの煮物も作った。
そして豚汁。
塩分が気になる献立ではあるが、そこは愛枝花があることを仕込んでいるので問題はなかった。
肉も野菜も魚も均等に食べられる献立。
それが理想的とはいえ、まさかそれを一人分ではなく大量に作り。
それが全て消費される日が来ようとは、誰が想像できただろうか。
山のように盛りつけた料理を前にして、これらもまた5分と経たずに消えて無くなるのかと。
愛枝花は遠い目をして自嘲するように笑った。
「夕餉だぞー」
料理をしている間に、とうに風呂から上がっているであろう疾風をまたも呼びつける。
すると足音が聞こえることもなく、障子を勢いよく開け中に入ってきた。
「どんだけ御馳走作る気だよ!?美味そう!しかも山盛り!!」
「なぜ足音がしなかったんだ」
「跳んできた!」
「………そうか」
身体能力の無駄遣い、などとは思わないことにする。すでに愛枝花は自分が食べるだけの量を皿に取り分けているので。大皿に盛られている料理は全て疾風が食べる分とあらかじめ伝えておく。茶碗に米を盛りつけ、用意が整ったところで。二人は手を合わせる。
「「いただきます」」
ゆっくりと、一口一口を味わって食べる愛枝花は所作もとても美しい。
箸の持ち方からおかずを口に入れるところまで、優雅で洗練された動きだ。
そして意外なことに、疾風も速さを除けば食べ方は綺麗だった。
食べこぼしはしていないし、口の回りも汚れていない。
なにより心底嬉しそうに食べているのを何度も見れば、静かに凪いでいた心が温かみを持ってくる。
また作ってやりたいと、思ってしまっている愛枝花がいた。
「美味かった!ごちそうさんっ」
「お粗末さまだな。…では、片付けがすんだら私も風呂に入るとしよう」
「片付けは俺も手伝うな」
「助かる。湯が冷めぬうちに洗い物を片付けたいからな」
あらかじめ鍋などは片付けているので、食器さえ洗ってしまえばすぐに終わる。
それが済めば愛枝花も風呂に入るのだが…。
一日の終わりに、一番面倒なことが待っているのだ。
「はぁ…冬の湯浴みは温まって気持ちがよいが、湯殿上がりの髪ほど厄介なことはないな…」
腰より長く豊かな黒髪は、艶と輝きが惜しみなく表れている素晴らしい髪であると誰もが褒め称えることだろう。
しかし、綺麗に水分をふき取り乾かして。
そのあとで特製の椿油を塗るまでが一仕事なのだ。
以前はそんなことをしなくても、瞬時に髪は乾き途切れることなく艶やかさが保たれていたが。
今はこうして、丁寧に手入れをしなければすぐに傷んでしまう。
電気がくれば、ドライヤーですぐに髪を乾かすことも出来ると聞いたので。
その時は、髪に負担をかけない物を買おうと愛枝花は少し楽しみにしていたりする。
それはともかく、今は水分をふき取ることが先決だ。
今夜もやたら冷えるので、火鉢を二つに増やしたが(すきま風がひどいので一酸化炭素中毒の危険性は無い)。
それでも底冷えする寒さを完全に遮断出来るはずがないので、髪や体が凍らないうちにさっさと済ませなければならなかった。
火鉢の側で髪の水分をふき取り、乾かしていく。そしてあらかたふき取ることが出来たら、椿油を塗り込む。
ちなみに、同じ椿油から作った皮膚用のクリームを顔や手足に塗っているので乾燥の心配はない。
慣れたとはいえ、こんなこともまめにしなければならないのだから。
神とはいえ、人間の気持ちを深く理解する愛枝花だった。
しかし、もう少しの辛抱だ。
我慢に我慢を重ねてきたが、それもあと少しで終わる。
神の身からすれば、ほんの一瞬の時が過ぎればもう苦汁を舐める日々は過ごさなくてすむ。
長い年月、何も出来なかった自身に何度絶望したことか。
「神の身で、奇跡のような出来事を体験する日が来ようとは…」
わずかばかり残されていたと思われる、自身の幸運に感謝し。
その幸運が呼び寄せていであろう狼に、……まぁ一応は感謝しないでもない。
そう思う愛枝花なのだった。
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