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ある少女の独白
しおりを挟むある少女の人生
普通の家族ってなんだろう?
両親が揃ってて、毎日三食きちんとバランスよく食べて、休みの日には一緒にお出かけしたりすること?
だけどめったに帰ってこない父親に怒鳴ってばかりの母親、三食どころかお腹すいたって言えばお母さんに怒られ家の外に用も無いのに出かければまた怒鳴られる。
金を稼げもしないやつがまともに食べられると思うな、遊びに行くなんて贅沢なことを誰がさせるものかって冷たい目で睨まれながら怒鳴られた。
ならどうやったらお金を稼げるの?って聞いたら、あたしに恥をかかせる気!?って今度は頬を思いきり殴られる。
その時に出た鼻血は、しばらく止まらなかった。
ロールパンを1日一回一つだけ貰う毎日を送ってたら、栄養失調で倒れた。
水でお腹を満たそうと、公園に着いた瞬間のことだった。
救急車を呼ばれ病院に搬送されて、そこで児童虐待と認められれば良かったのに。
子供が好き嫌いが激しくてまともにご飯を食べないから、栄養失調になったんだと母親が説明したのを信じられたらしい。
母親は外面がいいから、一回目ということで厳重注意だけで済まされた。
それからは、栄養のことはともかく最低限の食事は与えられるようになる。
適当に皿に盛られた冷たいご飯を、母親の暴言を聞きながら食べた。
「穀つぶしに食べさせないといけないなんて」「金だけがかかる」「無駄」「こんなことなら産むんじゃなかった」
誰も産んでほしいなんて言ってない。
こんなに苦しい毎日を繰り返すばかりなら、それこそ産まれてこなければよかった。
小学校に入ってからは給食があって、そこで初めて温かな食事というものを食べた。
美味しい物のはずなのに、粗末な服を着て薄汚れた見た目をしていたあたしは早々にイジメの対象になったせいもあって。
先生がいないのを見計らい、食事に虫を入れられることが増えた。
それでも貴重な食料だったので、虫を避けて食べたらさらにイジメはひどくなった。
虫が入ったご飯を食べた気持ち悪いやつと、陰口をたたかれながら。
せめて身なりを整えられれば、汚れていない服を着られたならこの状況も違ったのかもしれない。
だけどあの母親が、お金がかかるお風呂を使わせてくれるはずもなく。
トイレすら使用することを嫌がったのだから、いつも近所の公園で済ましていた。
クラスの子に『臭い』とか『汚い』とか言われるのはしょっちゅうで。
先生も心配して家に来たりしたみたいだけど、親は居留守使って対応しなかった。
だけど体面を気にしてか、3日に一度は服を洗濯させてくれるようになる。
お風呂はお湯こそ使わせてくれなかったけど、ほんの少しの時間内に安物の石鹸を使って全身を洗っていいことになったから以前よりはだいぶマシになった。
そのせいか先生は家に来ることはなくなったけど。
あたしがこんな毎日を送るのは、父親の稼ぎが悪いから。
貧乏の常套句を母親は口癖のように、あたしにではなく自分自身に呟いていたのを毎日のように聞いていた。
だからずっと、ほとんど顔を見ないけどたまに見かける父親が嫌いだった。
だけど父親だと思ってた男は、実は母親の恋人であたしとは赤の他人だということを知った。
中学に入ってすぐに、母親がいないのを見計らってその男に寝込みを襲われたからだ。
幸いと言ったらなんだけど、なんとか逃げきって公園で夜を明かして朝になったら家に帰った。
その時の季節が冬じゃなくてほんとによかった。
母親の恋人に襲われて逃げて、あげくの果てに凍死なんて笑えない。
それから何度も男に襲われそうになったけど、その度に逃げたり重い荷物で扉をふさいだりしてた。
だけどそんなことがいつまでも続くはずがない。
だから、あたしは家を出る決心をした。
これ以上は逃げられそうにないし、公園で夜を明かすのもすでに限界だったからだ。
母親とその恋人がいない隙を狙って、家の中を家探しする。
いつも母親が口に出して言っていた『父親』のことを知る為に。
そして見つけた、あたしの本当の父親の手がかり。
母親が酔っ払った時に言った名前と同じ名が書かれた手紙だ。
それに親しい人なんてまったくいない母親が持っている唯一の手紙なのだから、きっとこの書かれている名前の人が父親で間違いない。
ちゃんと住所も書いてあって、これなら電車で行くことができる。
最低限の荷物をまとめて、近所のお店で手伝った時にもらって貯めておいたお金を持って。
親に見つからないように、確実に丸1日家を留守にする土曜日の早朝。
あたしは電車に飛び乗った。
会ったことがない父親だけど、あんな母親よりはマシだと思いたかった。
一緒に暮らせなくても、せめて施設に入れるように手続きしてもらえるように頼むつもりだ。
もし新しい家庭を作っているなら、それを壊したりなんてしない。
あたしは自分の最低限の幸せな毎日を送りたいだけ。
汚されたくない、壊されたくない。
だからこそ、唯一頼れるかもしれない父親に会いに行った。
だけど、人生はとことんあたしに厳しく優しくないみたい。
何時間も電車に揺られ、ようやく父親がいるはずの家にたどり着いたらーーーーーーそこは空き家になっていた。
立ちつくしていたあたしを心配して、声をかけてくれた通りすがりのおばあちゃんが色々教えてくれた。
この家に住んでいた住人は妻が浮気して子供を連れて男と駆け落ちした。
夫は浮気されたこともだけど、子供を連れていかれたショックで病気になって死んでしまったらしい。
さらに聞いた話によれば、妻は子供をエサに養育費を請求する為に子供を連れていったようだと聞かされて。
あたしはろくでもない女から産み落とされ、父親はそんな女の魔の手にかかって死んでしまった。
その事実が頭の中いっぱいになって、他に何も考えられなくて。
気づけば、死ぬしかないなと思った。
他に頼れる人もいないし、警察に行っても虐待の証拠なんてないから絶対あの女のところに帰される。
そうすればもう、あたしは終わりだ。
未成年どころか、子供のあたしをどうこうしようとした男にオモチャにされて。
未来に希望を持てずに、最後は自殺して終わるんだ。
「…あたしの人生って、なんだったの……?」
誰も答えない。それもそうだ。
あたしはあれから空き家から離れて、しばらく歩いて道なりに進んでいった。
あのままあそこにいたら、住宅地だったし不審がられるって無意識に思って。
気づいたら、真新しい鳥居と石段がある場所でうずくまってた。
「…どうしたらいいの……?」
もう少しで春になるけど、夕方から夜にかけては極寒だ。
どこかに泊まるお金なんて無いし、だけど野宿なんてしたら風邪引くのはわかりきってる。
このままここで死ぬのかなぁ…。
「死にたく、なかったなぁ…」
「まだ生きているように見えるが、お前は死んでいるのか?」
「……?」
声が聞こえたから顔を上げてみると、目の前に小さな女の子が立ってた。
小さな子には今どき珍しい着物姿で、だけど綺麗な黒髪がよく映える日本人形みたいな女の子。
あたしのお迎えは、可愛い女の子で良かったな、なんて思ってたら思わず笑ってしまった。
「笑いながら泣くとは器用な子だな。面白いのか楽しいのか、悲しいのか辛いのか。その表情からは読み取れぬ」
「…わ…わか、わがんっ……わがんないよぉぉぉ!!!!」
もう、頭の中も心の中もぐちゃぐちゃだった。
母親はろくでなしで、その母親の恋人に襲われそうになって。
唯一の希望だと思ってた父親は、すでにこの世にいなかった。
頼れる親戚なんていないし、警察はあてにならない。
誰も、あたしを助けてくれない。
あたしは、このまま…幸せを知らずにひとりぼっちで死んでいく。
そんなの…そんなのは……!!
「ざびじい!!な゛んっ、な゛んで!あ゛だじ、びどりぼっぢな゛の゛っ……!!!??」
この寂しさを埋めてくれる人はいない。
誰も側にいてくれない、あたしを愛してはくれない。
ひとりぼっちのまま、生きていくのも死んでいくのも堪えられない。
わからないわからないわからない。
一体、どうしたらいいの?
「…困った時の神頼み、はもう試したのか?」
「え…?」
「ひどい顔になってしまったな。これで顔を拭くといい」
女の子は手からさげていた編み籠のカバンから、タオルを出して渡してくれた。
自分で言うのもなんだけど、涙と鼻水が出すぎてハンカチじゃ足りなかったと思うから。
タオルを渡してくれて助かった。
使うのは気が引けたけど、女の子が「それはお前にあげたものだから、好きにするといい」って言ってくれたから遠慮なく使わせてもらう。
思いきり泣いて、タオルで顔を綺麗にしたからかすごくスッキリした。
「えと、ありがとう」
「これくらいどうということはない。…見たところ、まだ未成年のようだな。家に帰らずともよいのか?」
「……帰れる家なんて、ないんだよ」
あたしはポツポツと、女の子に何があったのかを話した。
こんな小さな子に話しても意味なんてないのに、誰かに聞いてほしくて…。
タオルをくれた優しい女の子に、どうしてだかすがってしまいたい気持ちでいっぱいになって。
ありのままを、全て話した。
女の子はあたしの話を聞いても眉一つ動かさないで表情すら変わらないから、あたしの人生って実は対したことないんじゃ?って思ったけど。
まだ小さい子だから、話の内容が理解できないのかもって思い直して。
女の子の様子を伺ってたんだけど…。
「先ほども言ったが最後の頼みの綱は試したか?」
「最後の…?」
「困った時の神頼みだ。ちょうどよいところに、この石段を上りきった先に新しく再建された神社がある。…そなたの新しい人生を切りひらく為に、神頼みしてはどうか?」
「……神様、あたしの願いを聞いてくれるかな?」
「願いにもよるし、本人の真剣さにもよるだろう。だがさすがに、ここまで思い詰めている子供を切り捨てる神ではないと私は思うぞ」
「そう、かな」
「さぁさぁ、早くせねば夜になって寒いぞ?行動するなら早く!急げっ!」
「は、はい!!」
女の子に急かされて、あたしは石段をかけ登りはじめた。
走る必要なんてなかったんだけど、早くとか急げとか言われてその気になっちゃったみたい。
早く行けば、急いで行けば、この石段を上りきれば、何かが変わる。
そんな期待を胸にふくらませて、あたしは息が苦しいのも構わずに石段を上った。
あたしが石段を上りきった時には、もう立っていられないくらいフラフラになって喉も痛かったけど。
綺麗な神社が目に入った途端、疲れはどこかに吹き飛んだ。
「『雪ノ花神社』…?」
神社の名前が刻まれた石の柱を見ながら、あたしは参拝所に足を進めた。
参拝の仕方は、学校の課外授業で教えてもらったからわかる。
こんな時だからこそ、きちんと参拝しないと…なんの意味も無くなるから。
鳥居の前で一礼したし、石段の道の端を走ってきたからとりあえずよし。
次は手水舎で手を洗って口をすすぐ。
参拝するところまでやって来た。
そこで軽くおじぎして、お賽銭は…もう小銭しか残ってないからそれを全部お賽銭箱に入れる。
そして鈴を鳴らす。二礼二拍手一礼。
「神様…私は春野弥生と申します。どうか自分の力で幸せな人生を歩めるようにしてください!!『かむながらたまちはえませ《結果はすべて神様にお任せいたします》』」
参拝の作法を教えてくれた先生は、身内に神職関係者がいるから詳しい作法を知ってて。
最後の呪文みたいな言葉も、こうすれば神様は人の言葉を聞きやすくなるって教えてくれた。
崖っぷちで、もう他に方法を知らない。
だから神様、お願いします!あたしに幸いな道を示してください!!
『聞き届けた』
「?!」
『そなたの願いは誠に殊勝である。よって、幸いな道を示してやろう』
参拝した場所の奥から、なんでかさっきの女の子が出てきた。
え、だってさっき石段の下にいたよね?あたしを見送ってたよね?なんであたしより先に神社に来てるの!?
「そなた、身寄りはろくでなしの母親だけと言っていたな?」
「う、うん。あなたみたいな子供にあらためて言われるとなんかあれだけど」
「警察には頼れぬし、施設にも入れぬとも言っていた」
「そうだよ。あれでも一応母親だから、警察に行っても家に帰されるだけ」
「衣食住に困っている、だが家には帰りたくない。その上未成年だから、働けるところもあるはずがない。そうだな?」
「そうだよ!八方塞がりなのっ」
「その八方塞がりを解決させる良い方法があるぞ?」
女の子はあたしに提案してきた。
この神社は再建されたばかりで、認知度は0に近いらしい。
車も通れるようになったから、これから徐々に人は集まってくるだろうけどそれでは心もとないので。
あたしに、毎日この雪ノ花神社にお参りすれば衣食住だけじゃなくて学費も保証してくれると言った。
金で信仰を買うの?って正直に聞いちゃったら、持ちつ持たれつだって返ってきた。
女の子こと神様である愛枝花ちゃんは、あたしの願いを叶える代わりに信仰心を得ることの何が悪いなんて言うから。
悪くないってすぐに答えた。
「お前が一人立ちできるその日まで、私が援助する。だが、お前は命尽きるその日まで私を信仰し続けろ。それが条件だ」
「えと、やむにやまれない事情で神社にお参りに来れない場合はどうすればいいの?」
「私の名を声に出しながら祈ればいい」
「え、それだけでいいの?ならわざわざ神社でお参りする必要なくない?」
「神は自らの社に鎮座しているものだ。願いを叶えてもらいたい者が訪れるのは当然のことだろう、横着をするな」
「すみません…」
愛枝花ちゃんに怒られました。
まぁ確かに、横着はダメだよね。
お願い叶えてもらう訳だし。
しかも、ちゃんとお参りするだけで衣食住に学費も援助とか!あたしの人生終わったって思ったけど、まだまだ捨てたもんじゃないね。
「では、桃園弥生」
「はい!」
「駄犬が一匹いる我が家ではあるが、新築の一軒家だ。不快に思うようなことは駄犬を除けばないだろう。これから、よろしく頼む」
「っ……こちらこそ!よろしくお願いします!!」
小さな神様、あたしのことを見つけてくれて…ありがとうございます!
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