魔王は魔王でも牛魔王です!

桐一葉

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悪役令嬢

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 明くる日、よく晴れた春の昼下り。
気温は暖かくなってはきたものの、水などは朝一番に使えば一気に目が覚める程の冷たさだ。

 ーーーーそんな中、なぜか照葉は全身ずぶ濡れの状態だった。
照葉の髪の毛先や着物のすそからしたたり落ちるしずくが、地面に大きな染みを作っていく。
うつ向いているので、照葉の表情はわからない。
たが目の前に対峙している同じ年頃の娘は、心底可笑おかしそうに笑っていた。


「あら、ごめんなさい?わたくしの付き人が手を滑らせてしまって」


 謝ってはいるものの、主人たる娘も照葉に水をぶっかけた付き人も反省しているようには見えない。
あと二人ほど娘に付き従っている女の付き人がいるが、いずれもコソコソと囁きあいながらクスクスと笑いあっていた。

 今までそれなりに嫌な目にあってきた照葉も、わかりやすい嫌がらせを久しぶりに受けたからか反応が遅れてしまう。
少しも動かないどころか口を開くこともしないので、すっかり怯えてしまったのだと思った娘は続けてこう言った。


「けれど、これで少しはけがれた体が綺麗になったのではなくて?どこの誰の子かもわからないいやしい孤児の分際で、調子に乗らないでちょうだい」
「まったくですねお嬢様!確かに綺麗な顔なのは認めますが、それだけが取り柄のただの孤児の女が、国一番の美女なんて真に受けていい気になりすぎですよ」
「男たちに媚を売って生きていくだけで精一杯のくせに。汚らわしい!」
「どうせお嬢様憧れのあの方も、この女に騙されているに決まっています!」


 つまりは千樹大和のせいか。


 女が複数で徒党を組んで後ろ楯が無い孤児をいたぶる理由が、男!!!
・・・・・・よくあることだ、嫉妬が心を覆い尽くした時に人はとんでもないことをやらかす。頭に血が上ってるとも言う。

 まだ女たちだけで良かったと照葉は思った。
付き人が全員男で、有無を言わさず乱暴されてしまってはそれこそ一大事。

 大丈夫、大量の水をかけられただけ。
体がかなり冷えてしまったが、それでも泥水をかけられた訳じゃない。
劇薬を顔にかけられた訳でもない。
こんなこと『本当の最悪な出来事』に比べれば、なんてことないのだ。

 だから照葉は、とびきりの微笑みを見せた。
とろけそうで、眩しさすら感じる微笑みだ。
照葉に敵意き出しの女たちは、不覚にもその笑顔に胸の高鳴りを感じた。

 だが、次の瞬間。


 花が入っていた青臭い水を、照葉は女たちに思いきりぶっかけた。

 そこからは阿鼻叫喚。
まだほのかに肌寒い春先に冷たく臭い水をかけられたのだ、無理もない。
こんな仕打ちをされたこともない女たちは、どうこうすることも出来ずただ叫びながら慌てふためいていた。


「冷たい!!臭い!!!」
「なに、え、なんかヌルヌルするわ!嫌ぁ!!」
「なんてことするのよ!?」
「あらごめんなさい。わざとじゃないんですよ?手が滑ってしまって・・・」
「「「嘘おっしゃい!!!!」」」


 青臭い水の一番の被害者は、先頭で仁王立ちしていた主人の女だ。
付き人たちに比べれば、断然多くの水を被っている。
綺麗に結い上げられた髪も、その髪に飾られた豪華な簪も化粧された顔も全てだ。

 当然、防水などされていない顔はどろどろに溶けた化粧でぐちゃぐちゃになっていた。


「お嬢様!お顔がっ、お顔がっ!!」
「はやっ、早く馬車にお入りください!!」
「本当になんてことしてくれたのよ!?」
「こうなることが予想出来るはずがないでしょう因果応報いんがおうほう自業自得じごうじとくざまあみろ」
「許さないっ・・・!!!!」


 ぐちゃぐちゃになった顔の目元に涙を浮かべながら、憎しみのこもった目で照葉を睨みつけるお嬢様。
しかしその顔は絵の具が溶けた画用紙のようになっているので、別の意味で恐ろしく見えた。


「青夜様は絶対に絶対に絶対にっ!!あなたなんかに渡さないんだからーーーーっっっ!!!!」


 そう叫ぶと、お嬢様一行を乗せた馬車は風のように去っていった。


「・・・青夜?」


 どうやら照葉は、大きな間違いをしたようだ。
なんでもかんでも大和が原因ではないという、証にもなった瞬間でもある。


(ちなみに今回は非常にまれな話だっただけで、ほとんどの場合大和関連で面倒にまきこまれることばかりだ)


 とりあえず、濡れたままでは風邪を引くので少し早いが店じまいし照葉はさっさと風呂に入ることにした。
こんな馬鹿げた理由で風邪を引いてしまっては、本当に馬鹿馬鹿しいと思ったからだ。

 そして店じまいし、風呂の準備をしながら照葉は先程の『お嬢様』が去り際に言った青夜について考えた。



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