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しおりを挟むもう思い残すことはない。
オルヴァミアに言われた通り、行くべきところへ行こうと声をかけようとしたらーーーー。
「満足したなら、最後の説明をするわよ」
『説明?なんの…』
「エスタ、あなた死んでないからあの世にはまだ行けないの。あなたが行くべきところは、あなたの『止まり木』」
再びオルヴァミアが手をかざす。
すると楕円形の鏡が現れ、そこにはエスタの姿ではなく遠方の景色が映し出された。
そこは、懐かしい故郷。
エスタが住んでいた町の、売ってしまったパン屋の実家だった。
自分が売ったとはいえ、もう一度見ることが出来て嬉しいようだ。
買い手は町の不動産を扱っていた仲介業者だったが、どうやらあれから人手に渡ったらしい。
新たなパン屋の看板が掲げられていて、多くの客で賑わっていた。
買い手はどんな人だろう。
そんな疑問と好奇心が突然わいて、エスタはさらに鏡を覗きこむ。
すると、パンを焼いていたのは見知らぬ男だったが。
売り子はエスタもよくよく知っている人間だった。
『テオっ…?!』
「御名答」
エスタは驚きを隠せなかった。
テオはエスタの幼なじみで、小麦を販売している店の三男だ。
三男なので家の跡を継げない、だからずっとそのことで兄たちからいじめられていたのをエスタが慰めるといった感じだった。
最近でこそ大っぴらにいじめられることは無くなっていたが、それでも兄たちどころか父親からも冷遇されていたのは変わらず。
将来はどうするのだろうと心配していたのだ。
そのテオが、エスタの実家を買い取ってパン屋をやっている。
しかもかなり繁盛していて、明るく元気に働いていた。
それだけでエスタは喜んだ。
よく知らない人に買われるよりも、自分を心配してくれた幼なじみに買われる方がずっといい。
しかも以前より生き生きと働いていて…心の底から良かったとエスタは思う。
「ねぇ、なぜテオがあなたの実家のパン屋を買ったと思う?」
『…さぁ、どうしてかしら。それにどうやって店を買ったの?余所で働きたくても、お父さんたちがいつも邪魔してくるって言っていたのに。テオにまとまったお金が用意できる訳が…』
「あたしが用立てたんだよ」
『!?』
「あたしの本業は金貸しでね。確かな身元と担保を用意できる奴にだけ貸しているんだが……あの坊やは何も持っていなかった」
家族が身元を保証するはずがないし、価値のある物すら持っていない。
だが、テオはバカではなかった。
ジルヴァーナのことをよくよく調べあげ、彼女が最も欲している物を用意すると言ったのだ。
その為に心を殺し、身を粉にして必要な物を手に入れた。
「エスタのことや、他の被害にあった女性たちのことを調べたのは彼よ。
情報を集め詳しく調べて、まとめあげて。危険な目にもあったでしょうね…」
『どうして、そんな…』
「私からは言えないわ。だってそうでしょう?
あなたが彼からきちんと聞くべきことなんだから」
優しいテオ、お節介なテオ、……大好きなテオ。
想いが溢れて留まらず、その想いを原動力にエスタは羽を羽ばたかせる。
懐かしい故郷、大好きな幼なじみの元へ。
『私、行きます』
「彼が鍵で止まり木だからね、落ち着いたら詳しい説明を聞きなさい」
『わかったわ、ありがとう!…さよなら』
ジルヴァーナが窓を開け、そこからエスタは飛び立った。
柔らかい風を室内に呼び込み、ほんの少しの冷たさを感じて窓を閉める。
残された女たち二人は、極上のワインを開け今回のことに対して祝盃をかたむけた。
「……まさか、こうも上手くいくとは思っていなかったわ」
「まったくだよ。もう一度あんたがやって来た時には驚いたが、あの時からすでに歯車は回っていたんだろう?」
そう、オルヴァミアが“最初”に願いを叶えたのはエスタではない。
何もかもを奪われくすぶっていた、テオだ。
ずっと好きだった大事な幼なじみを、横からかっ拐った憎い男からエスタを取り戻す為に。
彼はオルヴァミアの提案に乗り、自分の記憶を渡した。
そしてテオは願ったのだ。
『エスタが必ず生きて帰りますように』と。
エスタが生きていなければ、なんの意味もない。
必要なのはエスタが生きて自分の元へ帰ってくることなのだから。
そして、エスタが帰ってきた時に迎え入れる場所が必要だと考えたテオはオルヴァミアからいい情報を聞いた。
女に悪どいことをした男の情報を、金貸しの老婆が欲していると。
もちろん、ジルヴァーナの願いを聞いたオルヴァミアが教えただけなのだが。
「あの坊や、どれだけ闇を抱えているのか底知れないよ。…でもまぁ、エスタに対する想いと女に対する優しさだけは本物のようだから力を貸してやったが…」
「まさか、自分の父親と兄たちを売るとはね」
用意された男たちのリストの中には、それこそたくさんの情報があったが。
驚いたことに、テオの肉親のことが特に細かく書かれていたのだ。
内容は、父親が妻に対する長年の暴力の末に死なせた。
兄たちも、産みの親だというのに父親に習い母親に暴力をふるっていたという。
ちなみに十年前のことである。
それだけでは飽きたらず、商売女や付き合っていた普通の家の女性たちにもかなり乱暴なことをしたようで。
金や脅迫で黙らせていたらしい。
身近にいたからこそ、詳しく調べあげられることが出来て良かったと。
テオは人畜無害そうな顔をしながら、心の歪みを滲ませて笑っていた。
唯一自分に優しくしてくれた、悪魔のような父親たちから守ってくれた母。
そんな人を、痛めつけて追いつめてボロクズのように死なせたことが許せない。
テオはそう言っていた。
「だけど、クズとクズは引かれ合うのかしらね。まさか、デューク・エリントンにエスタのことを教えたのがテオの兄たちだなんて」
用意された男たちのリストの中には、それこそたくさんの情報があったが。
驚いたことに、テオの肉親のことが特に細かく書かれていたのだ。
内容は、父親が妻に対する長年の暴力の末に死なせた。
兄たちも、産みの親だというのに父親に習い母親に暴力をふるっていたという。
ちなみに十年前のことである。
それだけでは飽きたらず、商売女や付き合っていた普通の家の女性たちにもかなり乱暴なことをしたようで。
金や脅迫で黙らせていたらしい。
身近にいたからこそ、詳しく調べあげられることが出来て良かったと。
テオは人畜無害そうな顔をしながら、心の歪みを滲ませて笑っていた。
悪魔のような父親たちから守ってくれた、唯一自分に優しくしてくれた母。
そんな人を、痛めつけて追いつめてボロクズのように死なせたことが許せない。
テオはそう言っていた。
「だけど、クズとクズは引かれ合うのかしらね。まさか、デューク・エリントンにエスタのことを教えたのがテオの兄たちだなんて」
夜、酒を飲みながら笑って話しているのを聞いたそうだ。
兄たちとデュークは古馴染みで、久しぶりに再会し酒を飲みがてらエスタのことを聞いたらしい。
騙しやすく金が手に入れやすい女はいないか、ならパン屋のエスタはどうか。
だが頭の堅い親が健在だ、ならいなくなってもらえばいい。
まるで道ばたの石ころをなんの感情も含ませず川に捨てるように、人を騙し殺す計画を立て実行に移し上手くいったと笑って話していた。
エスタの両親すら、事故に見せかけて非情にも殺されたのだ。
テオの母親を殺し、エスタの両親をも殺し、エスタを騙し地獄の底へたたき落とした。
許せない、許せるはずがない。
しかし、こんな外道な奴らの為に直接手を汚すことはしたくなかった。
テオは必ず帰ってくるであろうエスタと幸せに暮らすのだから。
だからこそ、できる限りの情報を集めまとめあげて。
代わりに鉄槌を下してくれるジルヴァーナに、全てを託した。
その願い通り、父親と兄たちは捕まりデュークと同じように惨い責め苦を与えられている。
そして、跡を継ぐ者がいなくなった実家の小麦店はテオの信頼厚い者に譲渡され。
良質な小麦を安価でパン屋に卸してもらっていた。
「安心よねぇ?あれだけ有言実行する男なら、どんなことがあってもあなたの孫娘を守ってくれる」
「…傷物の娘でも、喜んで迎え入れるなんて言う男が……まさかまだいるなんて思わなかったよ」
「え?」
きょとんとした顔でジルヴァーナを見たオルヴァミアに、やはり同じような顔で見た。
なぜそんな顔をするのかわからなかったジルヴァーナは、どうしたと質問するが。
知らなかったのかと逆に言われた。
「エスタはまだ清い体よ?記憶を見たから間違いないわ」
「はぁ!?」
「デューク・エリントンも、貴族のジジイもエスタに手を出せなかったのよ。暴力はふるわれたけど、肝心のところは汚されてないの」
「バカなっ…死にかけるほど痛めつけられて、そんなはずが!」
「エスタは鉄の処女よ」
オルヴァミアが言った言葉に、ジルヴァーナはその場に脱力した。
『鉄の処女』
それは、通常の男のモノでは決して貫けない最終防衛。
体格がよくたくましく、体力自慢の男ならいざ知らず。
優男や年寄りなんかでは、相手が出来るはずもなかった。
「鉄女のジルヴァーナの孫娘が、まさか鉄の処女だなんて面白いわ」
「…そのおかげで、なんの憂いもなくあの坊やの元へ行けるだろうね」
「どちらにしても、テオは気にしないでしょうけど」
どれだけ醜くなっていようと、人に顔向け出来ないほどの傷物になろうとも。
エスタという女が自分を好きでいてくれるだけで、どんな状態でも受け入れるだろう。
「あ、ほら見てみてよ」
「…最高のハッピーエンドの図じゃないか」
もう一度二人が鏡を見ると、そこには鳥の姿から人の姿に戻ったエスタがテオに抱きついている様子が見えた。
とめどなく涙を流し、絞り出すように好き、好きと告げる。
それに応えるように、僕も好きだと惜しみなくエスタに言葉を捧げていた。
これからはただ、幸福に満ちた人生を送ることだけを考えて二人は生きていくだろう。
過去にあった忌まわしい出来事を忘れ、幸せな未来のことを思って。
「最高に幸福な日々が約束された二人に」
「最愛の友人との再会に」
「「乾杯」」
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