愛情探偵の報告書

雪月 瑠璃

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行き過ぎた愛は嫉妬を生む 第1話

scene2 依頼人、逢坂はるねの依頼

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 「OPEN」の札をかけて一時間半が経過した。依頼は来ない。テレビにもドーナツにも飽きて、事務所の整理整頓をしたが、それも終わって暇な時間を過ごしていた。
 このまま依頼が来なかったら、買い物に出かけよう。最近は忙しすぎてスーパーに行けていなかったから、冷蔵庫が空だ。早速準備をした。
 ――と、そのとき。勢いよく扉が開いた。
「ここの探偵はどこにいるのかしら」
 高飛車な言葉は事務所内に響いた。
    現れたのはパーティードレスに身を包んだ十六、七歳の少女と、その召使いらしき燕尾服の男性だった。見るからにお金持ちだ。
「探偵は僕だけですけど……」
 ちょうど床に置いた鞄を取ろうとしていたから、腰を曲げていた状態での返事になってしまった。失礼だと思ったが、急な出来事だったから驚いて体勢を戻せなかった。
 少女は僕を見下ろすような感じで「名前は?」と聞いてきた。その姿勢に思わず「九条創真と申しますが」と敬語で返してしまうと、「では創真、こっちに来なさい」と命令された。呼び捨てなのは気に障るが、言葉の通り近づいた。
「あの……、ご用件は?」
「仕事の依頼に来たのよ。それ以外ないでしょ。いくらでも払うから受けなさい」
 なんだ、こいつは。頭に来るほど偉そうな態度をとっているが、依頼人のようだ。しかし、随分と変わった依頼の仕方だ。いくらでも払うから、なんて言われたことがない。
「いいですけど、お名前は?」
 僕は内容を聞く前に名前を聞いた。お金をいくら払ってくれても、正体不明の人物から引き受けるわけにはいかない。犯罪まがいの仕事は全面ノーグットなのだ。
 少女は僕の質問に答えるように、顔写真が貼ってある紙切れを見せた。学生証のようだ。
逢坂おうさかはるね。私立八重坂高等学校、第一学年。
    逢坂・・・・・・?
「逢坂はるねさんですね。今、依頼書を持ってきますから、ソファに掛けてお待ち下さい」
 僕はふっと頭に浮かんだ何かを考えなが、二人をソファで待たせて、依頼書をデスクから引っ張り出して戻った。
「では、最初に依頼書を記入して下さい。名前、住所、連絡先、依頼内容の欄を書いて下されば結構ですので」
 依頼書は依頼人に絶対に書いてもらう大切な書類である。依頼証明書であると同時に仕事の記録としても残るから、これだけは絶対に書いてもらうことになっている。
少女――はるねさんはそれを受け取ると、燕尾服の男に渡した。
「えっと、依頼人はそちらの彼なんですか?」
「いいえ。依頼人はあたしよ。彼は執事の菊野広明きくのひろあきよ」
「そうですか」
 依頼書を召使い、もとい執事に書かせた。
 菊野と呼ばれた執事は、さっさと書いて僕に渡した。綺麗な字で、依頼内容の欄には事細かにいろいろ書かれている。読んでみると、どうやら依頼は人探しらしい。
「読んでの通り、依頼は人探しよ。受けないなんて言わせないわよ。なんて言ったって、逢坂財閥総帥の娘からの依頼なんですもの。しかも、あたし直々の依頼なんだから受けないなんてありえないわ。報酬は後払いにするけど、完遂したあかつきには好きだけ好きなものをあげるわ。どうかしら、悪くない条件だと思うけど」
 少女の姿が嘘のような、エリート営業ウーマンを思わせる口調に圧倒された。
 そこでようやく『逢坂』という名前を思い出した。今朝のニュースだ。海外進出を発表したという財閥だ。その総帥の娘だと言うのならば――彼女は正真正銘のお嬢様だ。
 話に戻るが、条件の内容は、確かに悪くない。好きなだけお金がもらえるなんて願ってもないことだ。受けないわけにはいかない。
「もちろん、受けさせていただきますよ。早速、お探しの人がどんな人かを教えていただけますか?」
「ええ、そうね。あたしが探してほしいのは、あたしの執事なの」
「執事って、後ろの彼じゃないんですか?」
「菊野は代理よ。あたしが探してほしいのは常任の執事なの。名前は桐原きりはら透吾とうご、年齢は三十歳、身長は百七十一センチ、体型はやせ形よ。逢坂家の屋敷に住み込んで働いていたわ。これが顔写真よ」
 見せてきたのは、はるねさんと燕尾服で眼鏡の男が写っている写真だった。
「この眼鏡の人が桐原よ」
 お堅い顔をしているというのが第一印象だった。鋭い双眸そうぼうに、上品な佇まいは近づきにくい雰囲気がする。
「いなくなったのはいつ頃ですか?」
「一週間前よ。学校から帰ってきたら、屋敷のどこにもいなかったの」
「出掛けていたのでは?」
「もちろん最初はそう思ったわ。でも、連絡がなかったの。携帯の電源が切られていたみたい。普段はそんなこと絶対にしないわ」
「絶対、ですか」
「執事っていうのは、あるじのために働いているんだもの。許可もなく主から離れるなんてしちゃいけないの。だから連絡を絶つなんてありえないわ。それに、桐原は優秀で真面目よ、絶対にありえない。これが証拠よ。『桐原』で登録してあるわ」
 そう言って突きつけてきたのは、スマートフォンだった。画面はメールの受信トレイだ。確かに一週間前の日付のメールには桐原という名前はない。
「メールだけですか?」
「電話もするわよ。ほら、電話の履歴もあるわ」
 通話履歴の画面にも桐原さんの名前はない。
「確かに、連絡はなかったようですね。では、他の可能性としてあげられるのは……、家出とかですかね」
「それもないわ。その日の朝、『帰ったらケーキを買いに行きましょう』って珍しく向こうから約束してきたの。あたしは四時半には帰るって言って家を出たもの」
 家出をするなら、そんなことを約束するなんておかしな話だ。家出の可能性は限りなくゼロに近いといってもいいだろう。そして考えられる最大の可能性は――何かよからぬ事態に巻き込まれている、という可能性だ。
「この一週間で変わったことは?」
「桐原がいない以外は、特にないわ。学校もいつも通り、屋敷も変わらずよ」
 桐原、どこで何やってるのよ――と、はるねさんは呟いてうつむいた。その姿は家族をおもうただの女の子だった。
「頼まれたからには、しっかりやりますよ。見つけ出してみせます」
「頼んだわよ」
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