愛情探偵の報告書

雪月 瑠璃

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行き過ぎた愛は嫉妬を生む 第1話

scene8 情報屋、猫田狼夜の情報

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 『喫茶ヤエ』は桜が丘で一番美味いコーヒーを出す店として有名な、レトロな喫茶店である。しかし、僕は仕事以外で行ったことがない。プライベートでコーヒーを嗜むことがないからだ。
 仕事以外、ということは仕事ではよく行くのだが、もちろんコーヒーを飲みに行くのではない。猫田狼夜という情報屋に会うためだ。彼の自宅や経歴は全く知らない。猫田狼夜という名前も、本名か分からない。職業柄、本性を知られるのはまずいということなのか、用があるときは連絡をして『ヤエ』で会うことになっている。なんだか不思議な人物だ。
 僕は昨日のうちに彼にコンタクトをとり、会う約束をした。店の入り口から一番遠い席に、店には不相応な黄色いキャップが座っていた。彼が猫田狼夜である。僕はその席に歩み寄って、「やあ、狼夜」と声をかけて、座った。
「キャットって呼んでほしいって言ってるじゃないっすか」
 狼夜はにやにやと笑いながら言った。
「君は猫じゃなくて、牙がない狼だろう」
「ひどいなあ、まるで弱いって言ってるみたいじゃないっすか」
 そこでウェイターが来たから、会話は途切れた。僕は紅茶を二つ注文して、狼夜に向き直った。
「やっぱり、紅茶なんすね」
「コーヒーは苦手なんだよ」
「おこちゃまな味覚なんすね、大人なのに」
「うるさいなあ。別にいいだろう」
 紅茶に口を付けて、少し飲んだ。液体を口の中で転がすたびに深く優しい香りが鼻を抜ける。ここにミルクとシュガーを入れることで、甘さとマイルドさが加わり、味と香りが深まる。
コーヒーもいいが、紅茶も最高だ。
「で、旦那。なんで逢坂家のメイドがいるんすか? 探偵辞めてお手伝いさんにでもなったんすか?」
「協力者だよ。今回の依頼人が逢坂家のご令嬢でね、その子から借りたメイドさんだ」
「逢坂家のお嬢様って高校生くらいっすよね、宿題のお手伝いでも頼まれたんすか?」
「お嬢様は宿題を他人に任せるような不真面目なお方ではありません。お嬢様をけなすことは、九条様のお友達でも許すことはできません」 
 大川さんが突然立ち上がって、言った。僕を主としていてもちゃんのことは大切に思っているらしい。
「すみませんね、メイドさん。冗談なんで、許して下さいよ。食事でも奢るんで」
「申し訳ございませんが、私にはお仕事があるので、ご遠慮させていただきます」
 狼夜は「そうっすか……」と言って、満杯のコーヒーをちびちびと飲んだ。
「話を戻すけど、そのご令嬢からの依頼が人探しなんだ。この人、見たことないか?」僕はテーブルに桐原さんの写真を置いた。
「もしかして、失踪したとか?」
「よく分かったね」
「この事件、知らないんすか?」狼夜はスマートフォンの画面をこっちに見せた。どうやらニュースの記事らしい。見出しに『桜が丘連続失踪事件 てがかり未だ見つからず』と出ている。
「ニュース見てないんすか? テレビでめっちゃやってるっすよ」
「最近、忙しくて」
「ここ一か月で六人の人が謎の失踪をしている。全員に共通するのは、失踪直前の様子からいいなくなる理由がないってことと、この町でいなくなったということ。警察も調べているんすけど、手がかりなし」
「誘拐事件にしては、なんだか大きいっていうか、ミステリアスっていうか……」
 上手くは言えないが、変な感じがする。誘拐事件にしては犯人からの要求があってもよさそうだが、このニュースを見る限りそれはなさそうだ。絶対になにかある。
「そ、これはだだの誘拐事件じゃない。むしろ誘拐事件ですらない。麻薬事件だ」
「麻薬?」
「マーメイド・ユートピア――旦那なら聞いたことあるっすよね」
 聞いたことがあるどころか、十年前に嫌になるほど聞いた。その名前は僕に忌まわしき記憶を呼び起こさせた。目頭が熱くなる感覚、痛み、血の匂い、腐った匂い、死体の山――頭に浮かんだだけでも目を閉じたくなる。
「……でも、あれはずっと昔に」
「全滅させたって? 確かに全滅したっすよ。けど、手を出した人間がもう一度作れば、また使われる。失踪事件が始まった頃とマーメイド・ユートピアが出回り始めた時期が見事に被っている。ヤバイ事件が同時に二つも起こるなんて、何かあると考えるしかねえっすよね」
 彼はテーブルの上に一枚の名刺を置いた。『Ber Bule Rose』と書かれている。店の名前らしい。
「今夜、ここで売買が行われる」
「確かな情報なのか?」
「六・七割っすね」
「残りの三・三割は?」
「例外がありうるってことっす。売人はその店で週に一度、商売をやっていて、毎回同じ曜日、同じ時間、同じ席でやるんすけど、今週は別の日に来てたって情報が入っているんす。そいつが言うは、店に入ってすぐ出て行ったらしいんすけど」
「だから、来ないかもしれないのか。来るとしたら、何時ごろ?」
「二十三時に、首に人魚の入れ墨を入れてるやつっす」
 入れ墨か、危険な匂いがプンプンする。
「ありがとう。とりあえず行ってみることにするよ」
「気を付けて下さいよ、こういう連中は他に何持ってるか分からないっすから」
「全力で警戒するよ。じゃあ、代金はこれで」
 情報提供代として一万円札を四枚、テーブルに置いて立ち上がった。情報屋にはその情報に見合ったお金を払わなければいけないのである。いつもは千円札を何枚か払っているが、今回は危険度が高いから値段も高めだ。
 狼夜はそれを受け取るとニヤリと笑った。
「またごひいきに、探偵の旦那」
 ひいきにしたいが、四万円も払うのはこれきりだと願いたいものだ。
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