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愛するのにも一苦労 第1話
scene4 被害者その一、中谷マサルの部屋
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現場となった『桜が丘アパート』は駅から延びる商店街を抜けたところにある古めのアパートである。二階建てで、エレベーターやエスカレーターはなし。被害者の片方、中谷さんが暮らしていた。
中谷さんの部屋は二階の二〇四号室。1LDKのその部屋はそれなりに片づけられていた。
リビング兼ダイニングになっていた。脚の短いテーブルが一つ、椅子はない。被害者が倒れていたことを示すテープはテーブルを挟んで対称になるように貼られている。テレビもあって、テレビ台にはリモコンが置いてある。収納ケースなども壁に沿って綺麗に置かれていた。とても整頓されている。
「押収されてしまったけど、中谷マサルはうどんを、村田ヒロムはそばを食べていた」
「互いのアレルギー物質を食べていたの?」
はるねちゃんが言う。変わったことをやる人もいたものだ。
「それってやっぱり事故なんじゃないの?」
「事故にしては不自然だって、さっき話しただろ。調べてくれよ」
僕はさらにじっくりと部屋を見て回った。収納ケースの上には小さな観葉植物がいくつかある。じょうろもあって、その中には水が入っていた。きっと毎日水やりをしていたのだろう。棚の中には本が並んでいた。赤川次郎や西村京太郎のシリーズが並んでいる。ミステリ好きらしい。
収納ケースを端から開けてみた。中はきちんと整理されていて、衣類、大学で使う資料や筆記用具、日用品というふうに分類されていた。
さらに部屋を観察する。テレビ台の上には、鍵が置いてあった。
「夏治、この鍵ってこの部屋のものなの?」
「違うな。でもどこかで見たな。そうだ、村田ヒロムの自宅の合鍵だ」
「鍵が置いてあるなんて、仲良かったのかな」
と、はるねちゃん。夏治が続ける。
「被害者の通っていた大学の学生によると、二人は大学内でも有名なくらい仲良しで、週に二、三回は互いの家に泊まっていた。村田の自宅にはここの鍵があった。二人は互いの家の合鍵を持っていたということだな。昨晩も村田はここに泊まりに来た。村田が中谷と部屋に入っていくのを、ここの大家が目撃している」
二人のうちのどちらかが殺人を犯し、そのあと自殺した、という可能性もある。が、そうなれば死亡原因であるアレルギーによるショック死というのが引っかかる。『無理やり相手にアレルギー物質を食べさせて殺し、そのあと自分も同じ方法で死ぬ』という手も考えられるが、回りくどい。この部屋には衣類もあるし、はさみだってある。絞殺でも刺殺でも、やろうと思えばできる。もっとも、事故だと言われているのだから、殺人の可能性は低いだろうが。
次にキッチンを調べた。キッチンは壁に向かって作られていて、目立つ汚れなどは見られなかった。引き出しを一つずつ開けて中を見てみるが、やはりここも整理整頓されていた。冷蔵庫の中には封を切っていない肉や魚、使いかけの野菜などが入っていた。中谷さんは自炊をしていたようだ。水切りかごの中には菜箸とお鍋とざるが入っていた。そばとうどんはこれで茹でられたとみていいだろう。
「ねえねえ、創真。レシートがあったわ。日付は昨日よ」
はるねちゃんが一枚に紙切れを持って来た。いつの間にか、ゴミ箱を調べていたようだ。
「勝手に動かないでよ。一応順番に調べているんだから」
「退屈なんだもの。それに探偵見習いなんだから、実習も大切でしょ」
確かにその通りだが、僕は実習を認めた覚えはない。説教はあとでとことんやるとして、今は調査だ。
はるねちゃんに見せられたレシートを見ると、事務所の近くにあるスーパーマーケットのものだった。買ったものは「そば」と「うどん」と「めんつゆ」。購入時刻は午後四時三十一分。夕飯の買い出しにはちょうどいい時間だ。しかし、レシートにはその三品目の名前しかない。買い出しにしては少なすぎる。
「変よね」
はるねちゃんも同じことを思ったらしく、そう呟いた。
冷蔵庫の中には薬味の長ネギと使いかけのめんつゆがあった。めんつゆは少ししか使っていない。これが昨日購入したもので間違いないだろう。レシートの品名とめんつゆのラベルの品名が同じだし、間違いなさそうだ。
しかし、この家にはそばも小麦もない。自分のみならず、よく泊まりに来る友人のアレルギーにも気を遣っていたらしい。
「あった、あった! そばとうどんの袋よ!」
はるねちゃんはゴミ箱から二種類の袋を出した。さっき見たレシートに書かれていた商品名と同じ名前が記されている、そばとうどんの袋だ。昨日購入したものに違いない。
これで、二人がそばとうどんを食べたことは確実だ。警察の捜査で中谷さんがうどん、村田さんがそばを食べたことも分かっている。二人は互いのアレルギーのものを買ってきて、中谷さんの家で食べた。そして、何らかの形で互いの体内に取り込んでしまい、死亡した。
アレルギー物質を徹底的に排除した家で、アレルギーによって死亡者が出た――なんとも不可解な出来事だ。
その後も現場の調査を行ったが、目ぼしい情報は得られなかった。
中谷さんの部屋は二階の二〇四号室。1LDKのその部屋はそれなりに片づけられていた。
リビング兼ダイニングになっていた。脚の短いテーブルが一つ、椅子はない。被害者が倒れていたことを示すテープはテーブルを挟んで対称になるように貼られている。テレビもあって、テレビ台にはリモコンが置いてある。収納ケースなども壁に沿って綺麗に置かれていた。とても整頓されている。
「押収されてしまったけど、中谷マサルはうどんを、村田ヒロムはそばを食べていた」
「互いのアレルギー物質を食べていたの?」
はるねちゃんが言う。変わったことをやる人もいたものだ。
「それってやっぱり事故なんじゃないの?」
「事故にしては不自然だって、さっき話しただろ。調べてくれよ」
僕はさらにじっくりと部屋を見て回った。収納ケースの上には小さな観葉植物がいくつかある。じょうろもあって、その中には水が入っていた。きっと毎日水やりをしていたのだろう。棚の中には本が並んでいた。赤川次郎や西村京太郎のシリーズが並んでいる。ミステリ好きらしい。
収納ケースを端から開けてみた。中はきちんと整理されていて、衣類、大学で使う資料や筆記用具、日用品というふうに分類されていた。
さらに部屋を観察する。テレビ台の上には、鍵が置いてあった。
「夏治、この鍵ってこの部屋のものなの?」
「違うな。でもどこかで見たな。そうだ、村田ヒロムの自宅の合鍵だ」
「鍵が置いてあるなんて、仲良かったのかな」
と、はるねちゃん。夏治が続ける。
「被害者の通っていた大学の学生によると、二人は大学内でも有名なくらい仲良しで、週に二、三回は互いの家に泊まっていた。村田の自宅にはここの鍵があった。二人は互いの家の合鍵を持っていたということだな。昨晩も村田はここに泊まりに来た。村田が中谷と部屋に入っていくのを、ここの大家が目撃している」
二人のうちのどちらかが殺人を犯し、そのあと自殺した、という可能性もある。が、そうなれば死亡原因であるアレルギーによるショック死というのが引っかかる。『無理やり相手にアレルギー物質を食べさせて殺し、そのあと自分も同じ方法で死ぬ』という手も考えられるが、回りくどい。この部屋には衣類もあるし、はさみだってある。絞殺でも刺殺でも、やろうと思えばできる。もっとも、事故だと言われているのだから、殺人の可能性は低いだろうが。
次にキッチンを調べた。キッチンは壁に向かって作られていて、目立つ汚れなどは見られなかった。引き出しを一つずつ開けて中を見てみるが、やはりここも整理整頓されていた。冷蔵庫の中には封を切っていない肉や魚、使いかけの野菜などが入っていた。中谷さんは自炊をしていたようだ。水切りかごの中には菜箸とお鍋とざるが入っていた。そばとうどんはこれで茹でられたとみていいだろう。
「ねえねえ、創真。レシートがあったわ。日付は昨日よ」
はるねちゃんが一枚に紙切れを持って来た。いつの間にか、ゴミ箱を調べていたようだ。
「勝手に動かないでよ。一応順番に調べているんだから」
「退屈なんだもの。それに探偵見習いなんだから、実習も大切でしょ」
確かにその通りだが、僕は実習を認めた覚えはない。説教はあとでとことんやるとして、今は調査だ。
はるねちゃんに見せられたレシートを見ると、事務所の近くにあるスーパーマーケットのものだった。買ったものは「そば」と「うどん」と「めんつゆ」。購入時刻は午後四時三十一分。夕飯の買い出しにはちょうどいい時間だ。しかし、レシートにはその三品目の名前しかない。買い出しにしては少なすぎる。
「変よね」
はるねちゃんも同じことを思ったらしく、そう呟いた。
冷蔵庫の中には薬味の長ネギと使いかけのめんつゆがあった。めんつゆは少ししか使っていない。これが昨日購入したもので間違いないだろう。レシートの品名とめんつゆのラベルの品名が同じだし、間違いなさそうだ。
しかし、この家にはそばも小麦もない。自分のみならず、よく泊まりに来る友人のアレルギーにも気を遣っていたらしい。
「あった、あった! そばとうどんの袋よ!」
はるねちゃんはゴミ箱から二種類の袋を出した。さっき見たレシートに書かれていた商品名と同じ名前が記されている、そばとうどんの袋だ。昨日購入したものに違いない。
これで、二人がそばとうどんを食べたことは確実だ。警察の捜査で中谷さんがうどん、村田さんがそばを食べたことも分かっている。二人は互いのアレルギーのものを買ってきて、中谷さんの家で食べた。そして、何らかの形で互いの体内に取り込んでしまい、死亡した。
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