愛情探偵の報告書

雪月 瑠璃

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忘れたい愛ほど、深い愛 第一話

scene final 初日の調査終了、宿にて。

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 聞き込みを終えると、すでに日が半分ほど沈んでいた。ちょうど一件目の事件の調査が終わったところだったから、ここらで宿にチェックインすることにした。
 泊まる宿は旅館『千鳥』。楓が丘でも有名な高級旅館で、夏休みや冬休みはすぐに予約が埋まってしまうらしい。菜々穂さんは三か月前から予約をしたらしい。美しい和風な外観は夕焼けに映えて、見とれてしまう。
 中に入ると、オレンジ色の光に照らされたフロントと綺麗な着物姿の若女将が出迎えた。
「ようこそいらっしゃいました、七瀬様、九条様」
 九条様? 僕は予約をした覚えはない。
「菜々穂さん、予約の変更とかしましたか?」
「してない」
 じゃあ、何故僕を知っている?
 女将は顔を上げた。こちらを見てにやりと笑った。
「――――はるねちゃん!」
「やっほー、創真! 学校が終わってすぐ来たの! あれ、菜々穂さんもいるじゃない!」
「今回は関わるなって言ったはずだ。何で来た?」
「あたし、創真の弟子なのよ。師匠の仕事についていくのは当然」
「学校はどうするのさ」
「もちろん、行かないわよ。実戦の方が大切だもの」
 呆れた弟子だ。どうやって指導していけばいいのだろうか。
 まあ、僕の教育方針とは異なるが、帰れと言って帰る感じではない。
「ねえ、いいでしょ。部屋も用意させたし」
「ちょっと……勝手なことするなよ。ここ、高級旅館なんだろう。僕、そんなに払えないって」
「ご心配には及びません。はるねお嬢様が手配なさいました」
 口を挟んできたのは、隣にやってきた着物のお姉さんだった。
「当旅館は逢坂財閥が経営しておりまして、お嬢様のお兄様、逢坂冬輔とうすけ様が館長を務めていらっしゃいます」
「そうだったんですか」
「もっとも、今は逢坂財閥の会合に出席されておりますので、ここにはいらっしゃいません。――――お部屋へご案内いたします」
 女将さんは僕らの先頭に立ち、歩き始めた。
 
 エレベータで最上階まで上って、木で造られた横開きの扉には『鳳凰』と書かれた札が掛かっている。
「お部屋に到着いたしました。こちらは当旅館の最上級のお部屋となっております」
「最上級……スイートルームってこと!」
「はい、こちらのお部屋のお風呂は露天風呂となっておりまして、今の季節ですと紅葉が堪能していただけます。お食事は午後七時にお部屋の方に運ばれていただきます。お布団はお部屋の襖の中にございます。お申し付けいただければ、我々が責任を持ってご用意させていただきます。よろしいでしょうか」
「は、はい。ありがとうございます」
「では、このお部屋の鍵でございます。ごゆっくりとお過ごし下さいませ」
 女将さんは美しいお辞儀をして、去って行った。
 まさか、こんな一流旅館のスイートルームに泊まることだできるなんて、夢にも思わなかった。興奮して心臓がバクバクしている。
「すごいでしょ。これが財閥の娘の力よ。ぼーっとしてないで、入って入って!」
 はるねちゃんに背中を押されて部屋に入った。
 とにかく広かった。三人で泊まるには広すぎる部屋だ。
「ふわぁー、なんか疲れた!」
 はるねちゃんは自分の家であるかのように、ごろんと横たわった。
「二人とも、さっさとごろごろしなさいよ。調査で疲れてるんでしょ」
「その前に聞きたいんだけど、はるねちゃん」
「何よ」
「なんで僕たちの居場所が分かったの? 楓が丘って言っても広いのに」
「探偵のくせに気付いてないの? 鞄の小さいポケット、見てみなさいよ」
 言われて見てみると、小さな黒い物体が入っていた。大きさの割にはちょっと重めだ。
「発信機。前に菜々穂さんから頂戴したやつで、すっごい性能がいいの。まあ、重さが欠点だけど、性能テストはできたみたいね」
「菜々穂さん、はるねちゃんにこんなもの渡しちゃダメですよ!」
「あげてないって! そういえば、新しい発信機の試作品が一つなくなっていたような……」
 不法侵入して窃盗までしていたとは。こいつ、本当に探偵になりたいのか、疑問に思えてきた。
「ちゃんと返せ。これは菜々穂さんの大切な開発品なんだから」
「言われなくても、ちゃんと返すわよ」
 はるねちゃんはぷいっと横を向いた。
「あー、もう疲れた。一番風呂入ってくる。覗かないでよ」
「覗かないよ」
 はるねちゃんはバスタオルと着替えを抱えてバスルームに入った。やっぱりまだ女の子だ。傷つけるわけにはいかない。
「――――あの、菜々穂さん。一つ頼まれてほしいんですが」
「何?」
「はるねちゃんが寝たら、事務所に連れて帰ってほしい」
「……気持ち変わってなかったんだ」
「頼まれてくれますか?」
「いやだ」
「どうして?」
「これを見て」
 菜々穂さんは携帯電話を取り出して、メールの受信トレイを開いた。『逢坂はるね』からのメールがたくさん入っていた。
「今日一日で来たあの子からのメール。いつ私のアドレス知ったのか知らないけど、授業が終わるたびにメールが届いてた―――――これが何を示すか、探偵の創くんなら分かるよね」
 携帯電話を受け取って、はるねちゃんから来たメールを全部見た。『今どこ?』とか『何してるの?』とか、そういう質問が必ず書かれていて、『創真に無茶させないで』という文章で締めくくられている。
「はるねちゃん、こんなにも僕のことを……」
「彼女はずっと創くんのことを心配してたんだよ。創くんが彼女を心配していたように」
 『死なれたら困る』という午前中の言葉が頭の中で反芻した。はるねちゃんも同じ思いだった。僕に『死なれたら困る』のだ。
 僕は決心した。
「はるねちゃんを追い返さないよ。せっかくこっちまで来たんだから、調査に参加してもらうよ。彼女は僕の弟子だからね」
 こうして、逢坂はるねが調査メンバーに正式加入した。
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