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忘れたい愛ほど、深い愛 第二話
scene1 二日目の調査開始、中村家にて
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調査二日目。宿で豪華な朝食を頂いてから、調査に出た。今日の調査は、昨日行けなかった二件目から五件目の調査だ。だがその前に、中村家を訪問することにした。一件目の調査の一環として、被害者の自宅を調べるのと、被害者の関係者として紫織に話を聞きに行きたい。僕らは、菜々穂さんに宿に残ってもらって二件目から五件目までの情報を集めてもらい、僕とははるねちゃんで中村家に行くことになった。
中村家は〈いろはレジデンタルエリア〉にあり、さらに事件現場付近にあって、三階建てで青い屋根の家だ。
インターホンを押すと、女性が出迎えた。紫織だ。僕らを招き入れ、居間に通した。リビング兼ダイニングが一体化した部屋だ。ベージュのソファに薄型テレビ、木製のダイニングテーブルにはバラの挿さった花瓶が置いてある。何の変哲もない部屋だ。
紫織は三人分の飲み物をテーブルに置いてそこに僕らを座らせた。
「旦那さんを亡くして辛いだろうけど、話してくれないかな。旦那さんが亡くなったときのこと」
「……ええ。解決のためだもの、頑張るわ」
「まず、事件が起こった九時四十六分頃、どこで何をしてた?」
「家で洗濯物を干してたわ」
「それを証明できる?」
「いいえ。その時間は、もちろん旦那もいなかったし、娘は寝てたから」
手帳に書かれる『中村紫織、事件発生時刻のアリバイなし』の文字。早くも犯人候補――――だとは思いたくない。
「君は旦那さん――――中村汰月さんの遺体は見た?」
「……見た。お隣さんの悲鳴が聞こえて、急いで外に出たの。そしたら、あの人が……」
「その、お隣さんが第一発見者?」
「ええ。私が駆けつけたときには何人かが集まってて、そのお隣さんが腰を抜かしてた。私も怖かった……」
「娘さんはどうしていたんですか?」
隣に座っているはるねちゃんが聞いた。
「分からないわ。起きたのかもしれないけど、それを気にしている余裕はなかったわ」
『娘の行動、不明』と書く。
「ちなみに九時頃は何してた?」
「九時?」
「その時刻、住宅街の防犯カメラに男の人が映っていたんだ」
「九時……その時間は娘と遊んでたわ。ミニカー遊び。娘に聞けば分かると思う」
ミニカー……、女の子にしては珍しい。
「娘さん、車とか好きなんだ」
「変わってるでしょ。おままごととかぬいぐるみとかよりも、車とか電車とかの方が好きみたいなの。あとヒーローとかも好き。男の子みたいでしょ」
「別にいいと思うよ。女の子が男の子みたいなものが好きだなんて、面白いじゃん」
「あら、そう? そう言われたのは初めてよ」
紫織は嬉しそうに席を立った。
台所で何かを用意してこちらに戻ってきた。お菓子だ。それも、はるねちゃんが好きなクッキーだ。
「これね、美味しいのよ。私のよく行くスーパーのお菓子なんだけど、娘の大好物なの。一緒に買い物に行くと、絶対ねだられちゃうの」
「ねだるのも分かります。これ、めっちゃ美味しいですもの!」
はるねちゃんはもう手を出していた。
「あら、嬉しいわ。えっと名前は……」
「はるねです! 逢坂はるねです!」
「はるねちゃんね。これ、好きなだけ食べていいわよ。創真の世話をしてくれてるお礼よ」
「ありがとうございます!」
その会話、なんとなく僕が世話のかかるやつだと言っているような気がする。
しかし、今はそんなことをしている暇はない。
「遠慮せずに食べていいのよ、創真」
「ああ、どうも」
と言って、一口だけ食べた。好きな味だが――――うん。
僕は開きっぱなしだった手帳を閉じた。腕時計は午前十時前を指している。
「そろそろ行こう、はるねちゃん」
「もう行くの? まだクッキー二十枚くらいしか食べてないわよ」
「それだけ食べれば十分だよ。ほら準備して」
まだ皿に手を伸ばそうとしているはるねちゃんをなんとか準備させた。はるねちゃんは準備を終わらせると「ごちそうさまでした」と言って部屋を出た。
部屋には僕と紫織だけになった。
「……行っちゃうの?」
「僕たちにはやらなきゃいけないことが、まだたくさんあるんだ」
「そっか、私のためなんだものね」
「そうだよ。もう行くよ」
鞄を背負い、閉まりかけたドアに手を掛けた。
「――――行かないで」
背中をぎゅっと抱かれた。温もりがじんわりと伝わってくる。
「行かないでよ、創真。久しぶりに会ったんだよ。もうちょっとだけ、一緒にいてよ」
「やめて、僕は仕事中だよ」
「ずっと好きだった。このままずっと、ここにいて」
「――――――――――――」
僕の時間が、一瞬止まった。答えは五年前に出ているはずなのに。
「――――も、もう行くよ」
なんとか引き剥がして、ドアを開けた。玄関ではるねちゃんが靴を履いて待っていた。
僕も靴を履くと、さよならも言わずに中村家を出た。
中村家は〈いろはレジデンタルエリア〉にあり、さらに事件現場付近にあって、三階建てで青い屋根の家だ。
インターホンを押すと、女性が出迎えた。紫織だ。僕らを招き入れ、居間に通した。リビング兼ダイニングが一体化した部屋だ。ベージュのソファに薄型テレビ、木製のダイニングテーブルにはバラの挿さった花瓶が置いてある。何の変哲もない部屋だ。
紫織は三人分の飲み物をテーブルに置いてそこに僕らを座らせた。
「旦那さんを亡くして辛いだろうけど、話してくれないかな。旦那さんが亡くなったときのこと」
「……ええ。解決のためだもの、頑張るわ」
「まず、事件が起こった九時四十六分頃、どこで何をしてた?」
「家で洗濯物を干してたわ」
「それを証明できる?」
「いいえ。その時間は、もちろん旦那もいなかったし、娘は寝てたから」
手帳に書かれる『中村紫織、事件発生時刻のアリバイなし』の文字。早くも犯人候補――――だとは思いたくない。
「君は旦那さん――――中村汰月さんの遺体は見た?」
「……見た。お隣さんの悲鳴が聞こえて、急いで外に出たの。そしたら、あの人が……」
「その、お隣さんが第一発見者?」
「ええ。私が駆けつけたときには何人かが集まってて、そのお隣さんが腰を抜かしてた。私も怖かった……」
「娘さんはどうしていたんですか?」
隣に座っているはるねちゃんが聞いた。
「分からないわ。起きたのかもしれないけど、それを気にしている余裕はなかったわ」
『娘の行動、不明』と書く。
「ちなみに九時頃は何してた?」
「九時?」
「その時刻、住宅街の防犯カメラに男の人が映っていたんだ」
「九時……その時間は娘と遊んでたわ。ミニカー遊び。娘に聞けば分かると思う」
ミニカー……、女の子にしては珍しい。
「娘さん、車とか好きなんだ」
「変わってるでしょ。おままごととかぬいぐるみとかよりも、車とか電車とかの方が好きみたいなの。あとヒーローとかも好き。男の子みたいでしょ」
「別にいいと思うよ。女の子が男の子みたいなものが好きだなんて、面白いじゃん」
「あら、そう? そう言われたのは初めてよ」
紫織は嬉しそうに席を立った。
台所で何かを用意してこちらに戻ってきた。お菓子だ。それも、はるねちゃんが好きなクッキーだ。
「これね、美味しいのよ。私のよく行くスーパーのお菓子なんだけど、娘の大好物なの。一緒に買い物に行くと、絶対ねだられちゃうの」
「ねだるのも分かります。これ、めっちゃ美味しいですもの!」
はるねちゃんはもう手を出していた。
「あら、嬉しいわ。えっと名前は……」
「はるねです! 逢坂はるねです!」
「はるねちゃんね。これ、好きなだけ食べていいわよ。創真の世話をしてくれてるお礼よ」
「ありがとうございます!」
その会話、なんとなく僕が世話のかかるやつだと言っているような気がする。
しかし、今はそんなことをしている暇はない。
「遠慮せずに食べていいのよ、創真」
「ああ、どうも」
と言って、一口だけ食べた。好きな味だが――――うん。
僕は開きっぱなしだった手帳を閉じた。腕時計は午前十時前を指している。
「そろそろ行こう、はるねちゃん」
「もう行くの? まだクッキー二十枚くらいしか食べてないわよ」
「それだけ食べれば十分だよ。ほら準備して」
まだ皿に手を伸ばそうとしているはるねちゃんをなんとか準備させた。はるねちゃんは準備を終わらせると「ごちそうさまでした」と言って部屋を出た。
部屋には僕と紫織だけになった。
「……行っちゃうの?」
「僕たちにはやらなきゃいけないことが、まだたくさんあるんだ」
「そっか、私のためなんだものね」
「そうだよ。もう行くよ」
鞄を背負い、閉まりかけたドアに手を掛けた。
「――――行かないで」
背中をぎゅっと抱かれた。温もりがじんわりと伝わってくる。
「行かないでよ、創真。久しぶりに会ったんだよ。もうちょっとだけ、一緒にいてよ」
「やめて、僕は仕事中だよ」
「ずっと好きだった。このままずっと、ここにいて」
「――――――――――――」
僕の時間が、一瞬止まった。答えは五年前に出ているはずなのに。
「――――も、もう行くよ」
なんとか引き剥がして、ドアを開けた。玄関ではるねちゃんが靴を履いて待っていた。
僕も靴を履くと、さよならも言わずに中村家を出た。
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