66 / 68
忘れたい愛ほど、深い愛 第二話
scene1 二日目の調査開始、中村家にて
しおりを挟む
調査二日目。宿で豪華な朝食を頂いてから、調査に出た。今日の調査は、昨日行けなかった二件目から五件目の調査だ。だがその前に、中村家を訪問することにした。一件目の調査の一環として、被害者の自宅を調べるのと、被害者の関係者として紫織に話を聞きに行きたい。僕らは、菜々穂さんに宿に残ってもらって二件目から五件目までの情報を集めてもらい、僕とははるねちゃんで中村家に行くことになった。
中村家は〈いろはレジデンタルエリア〉にあり、さらに事件現場付近にあって、三階建てで青い屋根の家だ。
インターホンを押すと、女性が出迎えた。紫織だ。僕らを招き入れ、居間に通した。リビング兼ダイニングが一体化した部屋だ。ベージュのソファに薄型テレビ、木製のダイニングテーブルにはバラの挿さった花瓶が置いてある。何の変哲もない部屋だ。
紫織は三人分の飲み物をテーブルに置いてそこに僕らを座らせた。
「旦那さんを亡くして辛いだろうけど、話してくれないかな。旦那さんが亡くなったときのこと」
「……ええ。解決のためだもの、頑張るわ」
「まず、事件が起こった九時四十六分頃、どこで何をしてた?」
「家で洗濯物を干してたわ」
「それを証明できる?」
「いいえ。その時間は、もちろん旦那もいなかったし、娘は寝てたから」
手帳に書かれる『中村紫織、事件発生時刻のアリバイなし』の文字。早くも犯人候補――――だとは思いたくない。
「君は旦那さん――――中村汰月さんの遺体は見た?」
「……見た。お隣さんの悲鳴が聞こえて、急いで外に出たの。そしたら、あの人が……」
「その、お隣さんが第一発見者?」
「ええ。私が駆けつけたときには何人かが集まってて、そのお隣さんが腰を抜かしてた。私も怖かった……」
「娘さんはどうしていたんですか?」
隣に座っているはるねちゃんが聞いた。
「分からないわ。起きたのかもしれないけど、それを気にしている余裕はなかったわ」
『娘の行動、不明』と書く。
「ちなみに九時頃は何してた?」
「九時?」
「その時刻、住宅街の防犯カメラに男の人が映っていたんだ」
「九時……その時間は娘と遊んでたわ。ミニカー遊び。娘に聞けば分かると思う」
ミニカー……、女の子にしては珍しい。
「娘さん、車とか好きなんだ」
「変わってるでしょ。おままごととかぬいぐるみとかよりも、車とか電車とかの方が好きみたいなの。あとヒーローとかも好き。男の子みたいでしょ」
「別にいいと思うよ。女の子が男の子みたいなものが好きだなんて、面白いじゃん」
「あら、そう? そう言われたのは初めてよ」
紫織は嬉しそうに席を立った。
台所で何かを用意してこちらに戻ってきた。お菓子だ。それも、はるねちゃんが好きなクッキーだ。
「これね、美味しいのよ。私のよく行くスーパーのお菓子なんだけど、娘の大好物なの。一緒に買い物に行くと、絶対ねだられちゃうの」
「ねだるのも分かります。これ、めっちゃ美味しいですもの!」
はるねちゃんはもう手を出していた。
「あら、嬉しいわ。えっと名前は……」
「はるねです! 逢坂はるねです!」
「はるねちゃんね。これ、好きなだけ食べていいわよ。創真の世話をしてくれてるお礼よ」
「ありがとうございます!」
その会話、なんとなく僕が世話のかかるやつだと言っているような気がする。
しかし、今はそんなことをしている暇はない。
「遠慮せずに食べていいのよ、創真」
「ああ、どうも」
と言って、一口だけ食べた。好きな味だが――――うん。
僕は開きっぱなしだった手帳を閉じた。腕時計は午前十時前を指している。
「そろそろ行こう、はるねちゃん」
「もう行くの? まだクッキー二十枚くらいしか食べてないわよ」
「それだけ食べれば十分だよ。ほら準備して」
まだ皿に手を伸ばそうとしているはるねちゃんをなんとか準備させた。はるねちゃんは準備を終わらせると「ごちそうさまでした」と言って部屋を出た。
部屋には僕と紫織だけになった。
「……行っちゃうの?」
「僕たちにはやらなきゃいけないことが、まだたくさんあるんだ」
「そっか、私のためなんだものね」
「そうだよ。もう行くよ」
鞄を背負い、閉まりかけたドアに手を掛けた。
「――――行かないで」
背中をぎゅっと抱かれた。温もりがじんわりと伝わってくる。
「行かないでよ、創真。久しぶりに会ったんだよ。もうちょっとだけ、一緒にいてよ」
「やめて、僕は仕事中だよ」
「ずっと好きだった。このままずっと、ここにいて」
「――――――――――――」
僕の時間が、一瞬止まった。答えは五年前に出ているはずなのに。
「――――も、もう行くよ」
なんとか引き剥がして、ドアを開けた。玄関ではるねちゃんが靴を履いて待っていた。
僕も靴を履くと、さよならも言わずに中村家を出た。
中村家は〈いろはレジデンタルエリア〉にあり、さらに事件現場付近にあって、三階建てで青い屋根の家だ。
インターホンを押すと、女性が出迎えた。紫織だ。僕らを招き入れ、居間に通した。リビング兼ダイニングが一体化した部屋だ。ベージュのソファに薄型テレビ、木製のダイニングテーブルにはバラの挿さった花瓶が置いてある。何の変哲もない部屋だ。
紫織は三人分の飲み物をテーブルに置いてそこに僕らを座らせた。
「旦那さんを亡くして辛いだろうけど、話してくれないかな。旦那さんが亡くなったときのこと」
「……ええ。解決のためだもの、頑張るわ」
「まず、事件が起こった九時四十六分頃、どこで何をしてた?」
「家で洗濯物を干してたわ」
「それを証明できる?」
「いいえ。その時間は、もちろん旦那もいなかったし、娘は寝てたから」
手帳に書かれる『中村紫織、事件発生時刻のアリバイなし』の文字。早くも犯人候補――――だとは思いたくない。
「君は旦那さん――――中村汰月さんの遺体は見た?」
「……見た。お隣さんの悲鳴が聞こえて、急いで外に出たの。そしたら、あの人が……」
「その、お隣さんが第一発見者?」
「ええ。私が駆けつけたときには何人かが集まってて、そのお隣さんが腰を抜かしてた。私も怖かった……」
「娘さんはどうしていたんですか?」
隣に座っているはるねちゃんが聞いた。
「分からないわ。起きたのかもしれないけど、それを気にしている余裕はなかったわ」
『娘の行動、不明』と書く。
「ちなみに九時頃は何してた?」
「九時?」
「その時刻、住宅街の防犯カメラに男の人が映っていたんだ」
「九時……その時間は娘と遊んでたわ。ミニカー遊び。娘に聞けば分かると思う」
ミニカー……、女の子にしては珍しい。
「娘さん、車とか好きなんだ」
「変わってるでしょ。おままごととかぬいぐるみとかよりも、車とか電車とかの方が好きみたいなの。あとヒーローとかも好き。男の子みたいでしょ」
「別にいいと思うよ。女の子が男の子みたいなものが好きだなんて、面白いじゃん」
「あら、そう? そう言われたのは初めてよ」
紫織は嬉しそうに席を立った。
台所で何かを用意してこちらに戻ってきた。お菓子だ。それも、はるねちゃんが好きなクッキーだ。
「これね、美味しいのよ。私のよく行くスーパーのお菓子なんだけど、娘の大好物なの。一緒に買い物に行くと、絶対ねだられちゃうの」
「ねだるのも分かります。これ、めっちゃ美味しいですもの!」
はるねちゃんはもう手を出していた。
「あら、嬉しいわ。えっと名前は……」
「はるねです! 逢坂はるねです!」
「はるねちゃんね。これ、好きなだけ食べていいわよ。創真の世話をしてくれてるお礼よ」
「ありがとうございます!」
その会話、なんとなく僕が世話のかかるやつだと言っているような気がする。
しかし、今はそんなことをしている暇はない。
「遠慮せずに食べていいのよ、創真」
「ああ、どうも」
と言って、一口だけ食べた。好きな味だが――――うん。
僕は開きっぱなしだった手帳を閉じた。腕時計は午前十時前を指している。
「そろそろ行こう、はるねちゃん」
「もう行くの? まだクッキー二十枚くらいしか食べてないわよ」
「それだけ食べれば十分だよ。ほら準備して」
まだ皿に手を伸ばそうとしているはるねちゃんをなんとか準備させた。はるねちゃんは準備を終わらせると「ごちそうさまでした」と言って部屋を出た。
部屋には僕と紫織だけになった。
「……行っちゃうの?」
「僕たちにはやらなきゃいけないことが、まだたくさんあるんだ」
「そっか、私のためなんだものね」
「そうだよ。もう行くよ」
鞄を背負い、閉まりかけたドアに手を掛けた。
「――――行かないで」
背中をぎゅっと抱かれた。温もりがじんわりと伝わってくる。
「行かないでよ、創真。久しぶりに会ったんだよ。もうちょっとだけ、一緒にいてよ」
「やめて、僕は仕事中だよ」
「ずっと好きだった。このままずっと、ここにいて」
「――――――――――――」
僕の時間が、一瞬止まった。答えは五年前に出ているはずなのに。
「――――も、もう行くよ」
なんとか引き剥がして、ドアを開けた。玄関ではるねちゃんが靴を履いて待っていた。
僕も靴を履くと、さよならも言わずに中村家を出た。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった
海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····?
友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
そう言うと思ってた
mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。
※いつものように視点がバラバラします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる