王国冒険者の生活(修正版)

雪月透

文字の大きさ
118 / 214

118

しおりを挟む
王都は陽の暑さを覚える日が多くなってきていた。
時は確かに進み、夏へと向かっていることを実感させる。
「おいっ! ボアがそっち行ったぞ!!」
レッドの注意を促す大きな声が響く。
「いやっ。無理! 無理ですって!!」
へっぴり腰で剣を構えているソータ少年に、クレイジーボアがその勢いを落とすことなく向かっていく。
レッドは『神の玩具』の印象であるタカヒロたちと、ソータ少年が違いすぎることを今更ながらに実感し、舌打ちをしてしまう。

「避けろ!!」
ボアに立ち向かえないソータ少年は、レッドの声に弾かれるように、剣を持っていない手の側に跳ぶ。
受身を取るでもなく、起き上がって体勢を立て直す動きも無しない。ただ横に飛び退っただけの動き。
勢い良く跳びすぎて身体を打ったらしく、痛さに悶えていた。
ボアはそのまま走り去ってしまい、レッドはため息をつくしかない。
「……はぁ~。おまえ、冒険者でのし上がるとか言ってなかったか?」
レッドはソータ少年を呆れた顔で見てしまう。
リベルテの家でしばらく預かってみることにした日に、ちょっとしたお祝いとして飲み食いさせたのだが、ソータ少年がいつの間にかお酒を飲んでいたようで、先ほどレッドが言ったようなことを意気揚々と言い出してたのだ。
ちなみにお酒は飲ませるつもりは全くなかった。
いつもの酒場で新しく作ったと言うお酒を手に入れたので、リベルテと二人でゆっくりと飲むつもりだったのだ。
新しいお酒というのはメーラを使った果実酒で、飲みやすくて美味しい! とリベルテが絶賛し、今後、お金に余裕がある時に買うお酒に決まったほどである。
果実水に近い味だったことがあり、ソータ少年が間違って飲んでしまったのだ。
未成年はお酒を飲んではいけません!!

「……なりたくて冒険者になったわけじゃ、ないんですけど……」
そんなレッドから顔を背け、ぼそりと言葉をこぼすソータ少年。
王都で暮らしていくにも身分証は大事な物であり、この世界に来て、他につけそうな職もなく、生活していくために他には選択肢が無くて、冒険者ギルドで登録したにすぎなかった。
ソータ少年としては、こんな苦労する生活などしたくないのである。
ソータ少年の呟きが聞こえていたレッドは、またこぼしそうになるため息をなんとか堪え、代わりに空を見上げる。
いくらか分かったつもりでいたが、『神の玩具』と言われる人について、まったくわからなくなっていた。

マイやタカヒロは、最初から剣を持つことに戸惑いは持っていなかった。
討伐の依頼も受けていたし、剣を振るっていたことは少ないが、討伐の依頼をこなしてきている。
ハーバランドのあの男は悠々と剣を振るい、モンスターを倒すことに躊躇いなど欠片も無かった。
そんな彼らを見てそういう人たちなのだと思っていたのだが、ソータ少年は違っていたのだ。
ソータ少年は、剣こそ興味津々に見て、手に持って構えたりしたが、しばらくすると満足したかのように剣を手に持とうとすらしなくなる。
モンスターと対峙すればまた変わるかと、力を見せるかと思って依頼を受けて連れて来たのだが、モンスターを前にして、剣を振るうことも出来なかったのである。
『神の玩具』は戦うことに慣れている、いや、躊躇わない者たちだと思っていたのが崩れたのだ。

ソータ少年だけが違っているのかもしれないが、これまでの者たちが別なのかもしれない。
レッドがこれまでの『神の玩具』だろうと思った者たちは、自身の力を奮う事に躊躇いもしなかった。
だからこそ、好戦的な面があり、放っておくと、その力で何をし始めるかわからない恐怖があった。
しかし、ソータ少年は口では好戦的であるが、実際の行動がまったく伴いそうに無い。
人であるのだから、決して全員が同じ考えや行動を取ることはないが、『神の玩具』と言う明らかなこの世界の異質に対して、どう接していくのが良いのか指針が必要だった。
積み上げてきたつもりの情報があまりにもソータ少年に該当しなく、それが拍子抜けでもあり、逆に怖くもあり、これからどうしたらいいのかわからなくさせていた。

「……強くなくても、ある程度、自分を守れる強さを持ってないと厳しいぞ? 冒険者は依頼を受けて稼ぐものだからな。依頼の争奪に負けたら、残っているものをこなさないと稼ぎが無いことになる」
ある程度の住み分けと言うべきか、受け分けは冒険者たちの中に暗黙裡に出来ている。
出来てはいるが、その日に貼り出される依頼の数はまちまちである。
多い日であれば、全ての冒険者が何かしらの依頼票を取れるが、少ない日であれば、手持ちや周囲の人の懐事情を察した上での早い者勝ちとなる。
慌てて取っても自分じゃこなせない、難しい依頼内容だったと言う場合だって起きえるのだ。
稀に、内容を確かめず、飛びつくように依頼票を取って、途方に暮れる冒険者の姿もあったりする……。

ソータ少年が面白く無さそうに立ち上がる。
冒険者とはどういうものか教えるレッドであったが、ソータ少年の中にはまだ彼が思い描く冒険者像があるようで、レッドが現実を見せても彼の幻想を消すことは出来ず、自身には強い力があって、自分は強い、と信じているようにも見えていた。
自分を信じることは悪いことではない。
しかし、自身の力を正しく把握していないのは、ただの思い込み、妄信でしかない。
そんなものは、この世界では徒に自分の生を短くしてしまうだけである。
「……何でこんなに、無駄に重いんですか、これ。それに……、いきなり斬りつけるとか野蛮だし、それですぐに倒せなかったら苦しめるだけですよね? 一回モンスターに当てましたけど、なんか手に残る感触が気持ち悪い……」
剣を少しだけ振って鞘にしまい、自身の手を握ったり開いたりするソータ少年。

ソータ少年の言葉は、分かるものと分からないものを含んでいた。
まず、剣が重いと文句をつけることがわからなかった。
一応、この討伐の依頼に向かうに当たって、どの剣が良いか選ばせてきたのだ。
重いのが嫌だと言うのであれば、短剣にすれば良かったのだ。
それに、もし今以上に軽い剣と言うものがあるとすれば、それは酷く材質が悪く、脆いものとなるだろう。そんな剣でモンスターに立ち向かうなど、自ら死ににいくだけである。
また、ソータ少年の動きを見る限りでは、相手の隙を突くために速く動いたり、的確に判断しながら、相手に反応して動ける力が必要な短剣など無理だとはっきり言える。
何より、今の剣以上に、相手との間合いを詰めなければいけないのだから、かなりの覚悟が必要となるのだ。
レッドだって短剣を扱えるが、狭い場所で戦闘にでもならない限りは短剣にする事は無いくらいである。

次に、野蛮と言う意味が分からなかった。
モンスターから被害を受けながら、戦うなと言うことなのか?
相手はこちらの言い分など聞いてくれる存在ではない。自分たちの生活を、命を守るためにも戦わなくてはいけない相手でもあったりするのだ。
相手が痛みに苦しむ姿を、レッドとて楽しんで見ていたい、などと思うことは無いし、そこと戦うと言うことを一緒くたにして考えてしまうことがおかしいのだ。

ただ、最後の言葉だけはわかるものがあった。
モンスター相手では、慣れたと言えてしまう部分はある。仕事であったりで、人と対峙することも多々あったから、そちらだった慣れた、と言えてしまう部分もあるかもしれない。
それでも、楽しいとはレッドも思っていない。
強くなりたいとは常々思っているが、相手の命を簡単に奪えるようになりたいわけではない。
自分が生きるため、守るもののために、考えないようにしている感覚なのだ。
「……あぁ。アイツがこれまで剣をあまり使わなかったのは、それが理由だったのかもしれないのか」
タカヒロが自身の魔法の力に頼っていたのは、自身の手に感触が残らないからだったのかもしれないと、今このときに思うことが出来た。

レッドは抜いたままだった剣を鞘にしまい、小さかった頃を思い出す。
初めて剣を手にした時は、その重さに身が引き締まる思いだったし、その剣を使いこなせるようにと訓練をしてきたが、初めてモンスターを切った時、手が震えたものだった。

鍛えてきた自分の腕を見て、ソータ少年の腕の細さを見る。
タカヒロたちも細身ではあるが、剣を振る筋力に問題は無かった。
ソータ少年は……まだ体が小さく、線も細い。
剣が重いと言うのは、剣を自由に振るだけの力が無いからかもしれないとと思えた。
一度、他の人のことに思い至ると、気づいていなかった部分が見えてきた気がしてくる。
「剣が重いなら、短剣にするか? 多少は軽くなるぞ」
レッドがそう言ってみるが、ソータ少年は首を横に振る。
「重いんだろ?」
「剣の方が格好良いじゃないですか。それに短剣ってもっと相手に近づかないといけないから……。もっとこう軽くて強い材質のものって無いんですか? こう魔法の剣とか……」

レッドはソータ少年に向けていた目に、険しさが戻っていくことに気づく。
それでも止められなかった。
短剣での戦い方を知っているのは良いし、冒険者を選んだ若い者には、剣が格好い良いから選んだと言うのが居るのでそこまでは問題なかった。
しかし、鉄より軽く強い材質や魔法の剣、などと言う言葉を突然言い出したことに、反応しないではいられない。
戦うことを野蛮だと言いながら、今以上に相手を傷つけられる、命を奪える物があると口にしたに等しいのだ。
これまでの言葉は、ただ自分が面倒であったり、苦労したくないと言うところからの言い訳でしかなかったのだ。
こちらの世界より何もかもが進んでいて、より敵を殺す道具や武器がある世界であり、ソータ少年もやはり、そういった人間であると思い直す。
「レッドさん、疲れたので帰りませんか?」
ソータ少年はすでにやる気を失っていて、王都へと歩き出して行ってしまう。
レッドはソータ少年の後ろを、注意深くついていくのだった。

「あ。レッド、お帰りなさい」
冒険者ギルドに顔を出すと、リベルテが待っていた。
今回の依頼はボアを追い払うことであり、ソータ少年の力の確認を含めて、レッドはソータ少年と二人で向かうことにし、リベルテには別のことを頼んでいたのだ。
ボアを追い払うことは出来ていたため、完了の報告をするレッド。
ボアの討伐ではなかったのは、元アクネシア方面でモンスターが数を減らしていて、オルグラントはアクネシアから逃げてきた人たちを受け入れたため、人が増えたという事が関係している。
まだ他の地域にいるモンスターで肉の需要は賄えそうであるが、モンスターも倒しすぎては、そのうちモンスターの肉も取れなくなってしまうことを考えての内容になっていたのだ。

「想定どおりには行かなかったが、依頼としちゃ良いもので終わったよ」
レッドが報酬を手にリベルテの側に寄る。
ソータ少年は疲れているようで、ギルド備え付けの椅子を奪うように座り、テーブルに突っ伏すようにして休んでいた。
「そうですか……。まだあの子の力がどういうものかは、わからないのですね」
マイもタカヒロも、そしてあのハーバランドの男も戦いの中でその力を見せたし、同じ『神の玩具』と思われた相手たちも、戦っている最中にその力を見せてきた。
だから、ソータ少年を連れてモンスターに対峙し、力の一端でも見られるかと警戒していたのだが、ソータ少年は戦うことすら出来ない有様で、力を見せることもしなかった。
おかげでボアを倒すことなく追い払えたとも言えるのだが、レッドたちはそれくらいの違約金なら、ソータ少年の力がわかった対価と思えば、十分元が取れると考えていたので、少し肩透かしであったのだ。

「そっちは?」
レッドがリベルテに頼んでいた結果を促す。
「ダメですね……。城側でも把握出来ていないようです。ハヤトがどこに行ったのか……。門衛は誰もその姿を見ていないそうですし、戦闘になったと言う話もありませんでしたので、王都から出ていないはずなのですが」
あれから日は経っているのだが、ハヤトの行方は未だに掴めていなかった。
レッドたちはすぐに捕まると思っていたのだが、ハヤトの力を甘く見ていたと言わざるをえない。
「魔道具を作れるんだったよな? 姿を隠せる道具とか、厄介な魔道具を作ったのかも知れんな」
レッドはギルドの外を睨んでしまう。
居場所が分かる相手であれば警戒のしようはあるが、居るかも知れないのに居場所が分からない、そして何をするかわからない『神の玩具』であるのだ。
危機感から焦りが募ってくるレッド。
リベルテも危機感を覚えないではないが、レッドの気を静められるような言葉は、何も打つ手が無い状況では、何の力も無く軽すぎるだけで、何も出てこなかった。
そして何より、それに輪をかける情報を得てしまっていることもあった。

「レッド……。難しいと思いますけど、落ち着いて聞いて欲しいことがあります」
リベルテの重そうな声に、レッドは不審に思うが、それほどの内容なのだと、何度か深呼吸してみる。
「……あぁ。頼む」
リベルテの目を見て言うレッドに、リベルテも一度深呼吸をする。
「……教会の聖職者の中に、頬に縦傷のある人が居たそうです」
レッドの目が大きく開くき、背中に汗が一つ流れる。
まだ汗が滲む季節には、少しだけ早いはずだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

勝手にダンジョンを創られ魔法のある生活が始まりました

久遠 れんり
ファンタジー
別の世界からの侵略を機に地球にばらまかれた魔素、元々なかった魔素の影響を受け徐々に人間は進化をする。 魔法が使えるようになった人類。 侵略者の想像を超え人類は魔改造されていく。 カクヨム公開中。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

虹色の子~大魔境で見つけた少年~

an
ファンタジー
ここではない、どこかの世界の話。 この世界は、《砡》と呼ばれる、四つの美しい宝石の力で支えられている。人々はその砡の恩恵をその身に宿して産まれてくる。たとえば、すり傷を癒す力であったり、水を凍らせたり、釜戸に火をつけたり。生活に役立つ程度の恩恵が殆どであるが、中には、恩恵が強すぎて異端となる者も少なからずいた。 世界は、砡の恩恵を強く受けた人間を保護し、力を制御する訓練をする機関を立ち上げた。 機関は、世界中を飛び回り、砡の力を扱いきれず、暴走してしまう人々を保護し、制御訓練を施すことを仕事としている。そんな彼らに、情報が入る。 大魔境に、聖砡の反応あり。 聖砡。 恩恵以上に、脅威となるであろうその力。それはすなわち、世界を支える力の根元が「もう1つある」こと。見つければ、世紀の大発見だ。機関は情報を秘密裏に手に入れるべく、大魔境に職員を向かわせた。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

処理中です...