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王都は陽の暑さを覚える日が多くなってきていた。
時は確かに進み、夏へと向かっていることを実感させる。
「おいっ! ボアがそっち行ったぞ!!」
レッドの注意を促す大きな声が響く。
「いやっ。無理! 無理ですって!!」
へっぴり腰で剣を構えているソータ少年に、クレイジーボアがその勢いを落とすことなく向かっていく。
レッドは『神の玩具』の印象であるタカヒロたちと、ソータ少年が違いすぎることを今更ながらに実感し、舌打ちをしてしまう。
「避けろ!!」
ボアに立ち向かえないソータ少年は、レッドの声に弾かれるように、剣を持っていない手の側に跳ぶ。
受身を取るでもなく、起き上がって体勢を立て直す動きも無しない。ただ横に飛び退っただけの動き。
勢い良く跳びすぎて身体を打ったらしく、痛さに悶えていた。
ボアはそのまま走り去ってしまい、レッドはため息をつくしかない。
「……はぁ~。おまえ、冒険者でのし上がるとか言ってなかったか?」
レッドはソータ少年を呆れた顔で見てしまう。
リベルテの家でしばらく預かってみることにした日に、ちょっとしたお祝いとして飲み食いさせたのだが、ソータ少年がいつの間にかお酒を飲んでいたようで、先ほどレッドが言ったようなことを意気揚々と言い出してたのだ。
ちなみにお酒は飲ませるつもりは全くなかった。
いつもの酒場で新しく作ったと言うお酒を手に入れたので、リベルテと二人でゆっくりと飲むつもりだったのだ。
新しいお酒というのはメーラを使った果実酒で、飲みやすくて美味しい! とリベルテが絶賛し、今後、お金に余裕がある時に買うお酒に決まったほどである。
果実水に近い味だったことがあり、ソータ少年が間違って飲んでしまったのだ。
未成年はお酒を飲んではいけません!!
「……なりたくて冒険者になったわけじゃ、ないんですけど……」
そんなレッドから顔を背け、ぼそりと言葉をこぼすソータ少年。
王都で暮らしていくにも身分証は大事な物であり、この世界に来て、他につけそうな職もなく、生活していくために他には選択肢が無くて、冒険者ギルドで登録したにすぎなかった。
ソータ少年としては、こんな苦労する生活などしたくないのである。
ソータ少年の呟きが聞こえていたレッドは、またこぼしそうになるため息をなんとか堪え、代わりに空を見上げる。
いくらか分かったつもりでいたが、『神の玩具』と言われる人について、まったくわからなくなっていた。
マイやタカヒロは、最初から剣を持つことに戸惑いは持っていなかった。
討伐の依頼も受けていたし、剣を振るっていたことは少ないが、討伐の依頼をこなしてきている。
ハーバランドのあの男は悠々と剣を振るい、モンスターを倒すことに躊躇いなど欠片も無かった。
そんな彼らを見てそういう人たちなのだと思っていたのだが、ソータ少年は違っていたのだ。
ソータ少年は、剣こそ興味津々に見て、手に持って構えたりしたが、しばらくすると満足したかのように剣を手に持とうとすらしなくなる。
モンスターと対峙すればまた変わるかと、力を見せるかと思って依頼を受けて連れて来たのだが、モンスターを前にして、剣を振るうことも出来なかったのである。
『神の玩具』は戦うことに慣れている、いや、躊躇わない者たちだと思っていたのが崩れたのだ。
ソータ少年だけが違っているのかもしれないが、これまでの者たちが別なのかもしれない。
レッドがこれまでの『神の玩具』だろうと思った者たちは、自身の力を奮う事に躊躇いもしなかった。
だからこそ、好戦的な面があり、放っておくと、その力で何をし始めるかわからない恐怖があった。
しかし、ソータ少年は口では好戦的であるが、実際の行動がまったく伴いそうに無い。
人であるのだから、決して全員が同じ考えや行動を取ることはないが、『神の玩具』と言う明らかなこの世界の異質に対して、どう接していくのが良いのか指針が必要だった。
積み上げてきたつもりの情報があまりにもソータ少年に該当しなく、それが拍子抜けでもあり、逆に怖くもあり、これからどうしたらいいのかわからなくさせていた。
「……強くなくても、ある程度、自分を守れる強さを持ってないと厳しいぞ? 冒険者は依頼を受けて稼ぐものだからな。依頼の争奪に負けたら、残っているものをこなさないと稼ぎが無いことになる」
ある程度の住み分けと言うべきか、受け分けは冒険者たちの中に暗黙裡に出来ている。
出来てはいるが、その日に貼り出される依頼の数はまちまちである。
多い日であれば、全ての冒険者が何かしらの依頼票を取れるが、少ない日であれば、手持ちや周囲の人の懐事情を察した上での早い者勝ちとなる。
慌てて取っても自分じゃこなせない、難しい依頼内容だったと言う場合だって起きえるのだ。
稀に、内容を確かめず、飛びつくように依頼票を取って、途方に暮れる冒険者の姿もあったりする……。
ソータ少年が面白く無さそうに立ち上がる。
冒険者とはどういうものか教えるレッドであったが、ソータ少年の中にはまだ彼が思い描く冒険者像があるようで、レッドが現実を見せても彼の幻想を消すことは出来ず、自身には強い力があって、自分は強い、と信じているようにも見えていた。
自分を信じることは悪いことではない。
しかし、自身の力を正しく把握していないのは、ただの思い込み、妄信でしかない。
そんなものは、この世界では徒に自分の生を短くしてしまうだけである。
「……何でこんなに、無駄に重いんですか、これ。それに……、いきなり斬りつけるとか野蛮だし、それですぐに倒せなかったら苦しめるだけですよね? 一回モンスターに当てましたけど、なんか手に残る感触が気持ち悪い……」
剣を少しだけ振って鞘にしまい、自身の手を握ったり開いたりするソータ少年。
ソータ少年の言葉は、分かるものと分からないものを含んでいた。
まず、剣が重いと文句をつけることがわからなかった。
一応、この討伐の依頼に向かうに当たって、どの剣が良いか選ばせてきたのだ。
重いのが嫌だと言うのであれば、短剣にすれば良かったのだ。
それに、もし今以上に軽い剣と言うものがあるとすれば、それは酷く材質が悪く、脆いものとなるだろう。そんな剣でモンスターに立ち向かうなど、自ら死ににいくだけである。
また、ソータ少年の動きを見る限りでは、相手の隙を突くために速く動いたり、的確に判断しながら、相手に反応して動ける力が必要な短剣など無理だとはっきり言える。
何より、今の剣以上に、相手との間合いを詰めなければいけないのだから、かなりの覚悟が必要となるのだ。
レッドだって短剣を扱えるが、狭い場所で戦闘にでもならない限りは短剣にする事は無いくらいである。
次に、野蛮と言う意味が分からなかった。
モンスターから被害を受けながら、戦うなと言うことなのか?
相手はこちらの言い分など聞いてくれる存在ではない。自分たちの生活を、命を守るためにも戦わなくてはいけない相手でもあったりするのだ。
相手が痛みに苦しむ姿を、レッドとて楽しんで見ていたい、などと思うことは無いし、そこと戦うと言うことを一緒くたにして考えてしまうことがおかしいのだ。
ただ、最後の言葉だけはわかるものがあった。
モンスター相手では、慣れたと言えてしまう部分はある。仕事であったりで、人と対峙することも多々あったから、そちらだった慣れた、と言えてしまう部分もあるかもしれない。
それでも、楽しいとはレッドも思っていない。
強くなりたいとは常々思っているが、相手の命を簡単に奪えるようになりたいわけではない。
自分が生きるため、守るもののために、考えないようにしている感覚なのだ。
「……あぁ。アイツがこれまで剣をあまり使わなかったのは、それが理由だったのかもしれないのか」
タカヒロが自身の魔法の力に頼っていたのは、自身の手に感触が残らないからだったのかもしれないと、今このときに思うことが出来た。
レッドは抜いたままだった剣を鞘にしまい、小さかった頃を思い出す。
初めて剣を手にした時は、その重さに身が引き締まる思いだったし、その剣を使いこなせるようにと訓練をしてきたが、初めてモンスターを切った時、手が震えたものだった。
鍛えてきた自分の腕を見て、ソータ少年の腕の細さを見る。
タカヒロたちも細身ではあるが、剣を振る筋力に問題は無かった。
ソータ少年は……まだ体が小さく、線も細い。
剣が重いと言うのは、剣を自由に振るだけの力が無いからかもしれないとと思えた。
一度、他の人のことに思い至ると、気づいていなかった部分が見えてきた気がしてくる。
「剣が重いなら、短剣にするか? 多少は軽くなるぞ」
レッドがそう言ってみるが、ソータ少年は首を横に振る。
「重いんだろ?」
「剣の方が格好良いじゃないですか。それに短剣ってもっと相手に近づかないといけないから……。もっとこう軽くて強い材質のものって無いんですか? こう魔法の剣とか……」
レッドはソータ少年に向けていた目に、険しさが戻っていくことに気づく。
それでも止められなかった。
短剣での戦い方を知っているのは良いし、冒険者を選んだ若い者には、剣が格好い良いから選んだと言うのが居るのでそこまでは問題なかった。
しかし、鉄より軽く強い材質や魔法の剣、などと言う言葉を突然言い出したことに、反応しないではいられない。
戦うことを野蛮だと言いながら、今以上に相手を傷つけられる、命を奪える物があると口にしたに等しいのだ。
これまでの言葉は、ただ自分が面倒であったり、苦労したくないと言うところからの言い訳でしかなかったのだ。
こちらの世界より何もかもが進んでいて、より敵を殺す道具や武器がある世界であり、ソータ少年もやはり、そういった人間であると思い直す。
「レッドさん、疲れたので帰りませんか?」
ソータ少年はすでにやる気を失っていて、王都へと歩き出して行ってしまう。
レッドはソータ少年の後ろを、注意深くついていくのだった。
「あ。レッド、お帰りなさい」
冒険者ギルドに顔を出すと、リベルテが待っていた。
今回の依頼はボアを追い払うことであり、ソータ少年の力の確認を含めて、レッドはソータ少年と二人で向かうことにし、リベルテには別のことを頼んでいたのだ。
ボアを追い払うことは出来ていたため、完了の報告をするレッド。
ボアの討伐ではなかったのは、元アクネシア方面でモンスターが数を減らしていて、オルグラントはアクネシアから逃げてきた人たちを受け入れたため、人が増えたという事が関係している。
まだ他の地域にいるモンスターで肉の需要は賄えそうであるが、モンスターも倒しすぎては、そのうちモンスターの肉も取れなくなってしまうことを考えての内容になっていたのだ。
「想定どおりには行かなかったが、依頼としちゃ良いもので終わったよ」
レッドが報酬を手にリベルテの側に寄る。
ソータ少年は疲れているようで、ギルド備え付けの椅子を奪うように座り、テーブルに突っ伏すようにして休んでいた。
「そうですか……。まだあの子の力がどういうものかは、わからないのですね」
マイもタカヒロも、そしてあのハーバランドの男も戦いの中でその力を見せたし、同じ『神の玩具』と思われた相手たちも、戦っている最中にその力を見せてきた。
だから、ソータ少年を連れてモンスターに対峙し、力の一端でも見られるかと警戒していたのだが、ソータ少年は戦うことすら出来ない有様で、力を見せることもしなかった。
おかげでボアを倒すことなく追い払えたとも言えるのだが、レッドたちはそれくらいの違約金なら、ソータ少年の力がわかった対価と思えば、十分元が取れると考えていたので、少し肩透かしであったのだ。
「そっちは?」
レッドがリベルテに頼んでいた結果を促す。
「ダメですね……。城側でも把握出来ていないようです。ハヤトがどこに行ったのか……。門衛は誰もその姿を見ていないそうですし、戦闘になったと言う話もありませんでしたので、王都から出ていないはずなのですが」
あれから日は経っているのだが、ハヤトの行方は未だに掴めていなかった。
レッドたちはすぐに捕まると思っていたのだが、ハヤトの力を甘く見ていたと言わざるをえない。
「魔道具を作れるんだったよな? 姿を隠せる道具とか、厄介な魔道具を作ったのかも知れんな」
レッドはギルドの外を睨んでしまう。
居場所が分かる相手であれば警戒のしようはあるが、居るかも知れないのに居場所が分からない、そして何をするかわからない『神の玩具』であるのだ。
危機感から焦りが募ってくるレッド。
リベルテも危機感を覚えないではないが、レッドの気を静められるような言葉は、何も打つ手が無い状況では、何の力も無く軽すぎるだけで、何も出てこなかった。
そして何より、それに輪をかける情報を得てしまっていることもあった。
「レッド……。難しいと思いますけど、落ち着いて聞いて欲しいことがあります」
リベルテの重そうな声に、レッドは不審に思うが、それほどの内容なのだと、何度か深呼吸してみる。
「……あぁ。頼む」
リベルテの目を見て言うレッドに、リベルテも一度深呼吸をする。
「……教会の聖職者の中に、頬に縦傷のある人が居たそうです」
レッドの目が大きく開くき、背中に汗が一つ流れる。
まだ汗が滲む季節には、少しだけ早いはずだった。
時は確かに進み、夏へと向かっていることを実感させる。
「おいっ! ボアがそっち行ったぞ!!」
レッドの注意を促す大きな声が響く。
「いやっ。無理! 無理ですって!!」
へっぴり腰で剣を構えているソータ少年に、クレイジーボアがその勢いを落とすことなく向かっていく。
レッドは『神の玩具』の印象であるタカヒロたちと、ソータ少年が違いすぎることを今更ながらに実感し、舌打ちをしてしまう。
「避けろ!!」
ボアに立ち向かえないソータ少年は、レッドの声に弾かれるように、剣を持っていない手の側に跳ぶ。
受身を取るでもなく、起き上がって体勢を立て直す動きも無しない。ただ横に飛び退っただけの動き。
勢い良く跳びすぎて身体を打ったらしく、痛さに悶えていた。
ボアはそのまま走り去ってしまい、レッドはため息をつくしかない。
「……はぁ~。おまえ、冒険者でのし上がるとか言ってなかったか?」
レッドはソータ少年を呆れた顔で見てしまう。
リベルテの家でしばらく預かってみることにした日に、ちょっとしたお祝いとして飲み食いさせたのだが、ソータ少年がいつの間にかお酒を飲んでいたようで、先ほどレッドが言ったようなことを意気揚々と言い出してたのだ。
ちなみにお酒は飲ませるつもりは全くなかった。
いつもの酒場で新しく作ったと言うお酒を手に入れたので、リベルテと二人でゆっくりと飲むつもりだったのだ。
新しいお酒というのはメーラを使った果実酒で、飲みやすくて美味しい! とリベルテが絶賛し、今後、お金に余裕がある時に買うお酒に決まったほどである。
果実水に近い味だったことがあり、ソータ少年が間違って飲んでしまったのだ。
未成年はお酒を飲んではいけません!!
「……なりたくて冒険者になったわけじゃ、ないんですけど……」
そんなレッドから顔を背け、ぼそりと言葉をこぼすソータ少年。
王都で暮らしていくにも身分証は大事な物であり、この世界に来て、他につけそうな職もなく、生活していくために他には選択肢が無くて、冒険者ギルドで登録したにすぎなかった。
ソータ少年としては、こんな苦労する生活などしたくないのである。
ソータ少年の呟きが聞こえていたレッドは、またこぼしそうになるため息をなんとか堪え、代わりに空を見上げる。
いくらか分かったつもりでいたが、『神の玩具』と言われる人について、まったくわからなくなっていた。
マイやタカヒロは、最初から剣を持つことに戸惑いは持っていなかった。
討伐の依頼も受けていたし、剣を振るっていたことは少ないが、討伐の依頼をこなしてきている。
ハーバランドのあの男は悠々と剣を振るい、モンスターを倒すことに躊躇いなど欠片も無かった。
そんな彼らを見てそういう人たちなのだと思っていたのだが、ソータ少年は違っていたのだ。
ソータ少年は、剣こそ興味津々に見て、手に持って構えたりしたが、しばらくすると満足したかのように剣を手に持とうとすらしなくなる。
モンスターと対峙すればまた変わるかと、力を見せるかと思って依頼を受けて連れて来たのだが、モンスターを前にして、剣を振るうことも出来なかったのである。
『神の玩具』は戦うことに慣れている、いや、躊躇わない者たちだと思っていたのが崩れたのだ。
ソータ少年だけが違っているのかもしれないが、これまでの者たちが別なのかもしれない。
レッドがこれまでの『神の玩具』だろうと思った者たちは、自身の力を奮う事に躊躇いもしなかった。
だからこそ、好戦的な面があり、放っておくと、その力で何をし始めるかわからない恐怖があった。
しかし、ソータ少年は口では好戦的であるが、実際の行動がまったく伴いそうに無い。
人であるのだから、決して全員が同じ考えや行動を取ることはないが、『神の玩具』と言う明らかなこの世界の異質に対して、どう接していくのが良いのか指針が必要だった。
積み上げてきたつもりの情報があまりにもソータ少年に該当しなく、それが拍子抜けでもあり、逆に怖くもあり、これからどうしたらいいのかわからなくさせていた。
「……強くなくても、ある程度、自分を守れる強さを持ってないと厳しいぞ? 冒険者は依頼を受けて稼ぐものだからな。依頼の争奪に負けたら、残っているものをこなさないと稼ぎが無いことになる」
ある程度の住み分けと言うべきか、受け分けは冒険者たちの中に暗黙裡に出来ている。
出来てはいるが、その日に貼り出される依頼の数はまちまちである。
多い日であれば、全ての冒険者が何かしらの依頼票を取れるが、少ない日であれば、手持ちや周囲の人の懐事情を察した上での早い者勝ちとなる。
慌てて取っても自分じゃこなせない、難しい依頼内容だったと言う場合だって起きえるのだ。
稀に、内容を確かめず、飛びつくように依頼票を取って、途方に暮れる冒険者の姿もあったりする……。
ソータ少年が面白く無さそうに立ち上がる。
冒険者とはどういうものか教えるレッドであったが、ソータ少年の中にはまだ彼が思い描く冒険者像があるようで、レッドが現実を見せても彼の幻想を消すことは出来ず、自身には強い力があって、自分は強い、と信じているようにも見えていた。
自分を信じることは悪いことではない。
しかし、自身の力を正しく把握していないのは、ただの思い込み、妄信でしかない。
そんなものは、この世界では徒に自分の生を短くしてしまうだけである。
「……何でこんなに、無駄に重いんですか、これ。それに……、いきなり斬りつけるとか野蛮だし、それですぐに倒せなかったら苦しめるだけですよね? 一回モンスターに当てましたけど、なんか手に残る感触が気持ち悪い……」
剣を少しだけ振って鞘にしまい、自身の手を握ったり開いたりするソータ少年。
ソータ少年の言葉は、分かるものと分からないものを含んでいた。
まず、剣が重いと文句をつけることがわからなかった。
一応、この討伐の依頼に向かうに当たって、どの剣が良いか選ばせてきたのだ。
重いのが嫌だと言うのであれば、短剣にすれば良かったのだ。
それに、もし今以上に軽い剣と言うものがあるとすれば、それは酷く材質が悪く、脆いものとなるだろう。そんな剣でモンスターに立ち向かうなど、自ら死ににいくだけである。
また、ソータ少年の動きを見る限りでは、相手の隙を突くために速く動いたり、的確に判断しながら、相手に反応して動ける力が必要な短剣など無理だとはっきり言える。
何より、今の剣以上に、相手との間合いを詰めなければいけないのだから、かなりの覚悟が必要となるのだ。
レッドだって短剣を扱えるが、狭い場所で戦闘にでもならない限りは短剣にする事は無いくらいである。
次に、野蛮と言う意味が分からなかった。
モンスターから被害を受けながら、戦うなと言うことなのか?
相手はこちらの言い分など聞いてくれる存在ではない。自分たちの生活を、命を守るためにも戦わなくてはいけない相手でもあったりするのだ。
相手が痛みに苦しむ姿を、レッドとて楽しんで見ていたい、などと思うことは無いし、そこと戦うと言うことを一緒くたにして考えてしまうことがおかしいのだ。
ただ、最後の言葉だけはわかるものがあった。
モンスター相手では、慣れたと言えてしまう部分はある。仕事であったりで、人と対峙することも多々あったから、そちらだった慣れた、と言えてしまう部分もあるかもしれない。
それでも、楽しいとはレッドも思っていない。
強くなりたいとは常々思っているが、相手の命を簡単に奪えるようになりたいわけではない。
自分が生きるため、守るもののために、考えないようにしている感覚なのだ。
「……あぁ。アイツがこれまで剣をあまり使わなかったのは、それが理由だったのかもしれないのか」
タカヒロが自身の魔法の力に頼っていたのは、自身の手に感触が残らないからだったのかもしれないと、今このときに思うことが出来た。
レッドは抜いたままだった剣を鞘にしまい、小さかった頃を思い出す。
初めて剣を手にした時は、その重さに身が引き締まる思いだったし、その剣を使いこなせるようにと訓練をしてきたが、初めてモンスターを切った時、手が震えたものだった。
鍛えてきた自分の腕を見て、ソータ少年の腕の細さを見る。
タカヒロたちも細身ではあるが、剣を振る筋力に問題は無かった。
ソータ少年は……まだ体が小さく、線も細い。
剣が重いと言うのは、剣を自由に振るだけの力が無いからかもしれないとと思えた。
一度、他の人のことに思い至ると、気づいていなかった部分が見えてきた気がしてくる。
「剣が重いなら、短剣にするか? 多少は軽くなるぞ」
レッドがそう言ってみるが、ソータ少年は首を横に振る。
「重いんだろ?」
「剣の方が格好良いじゃないですか。それに短剣ってもっと相手に近づかないといけないから……。もっとこう軽くて強い材質のものって無いんですか? こう魔法の剣とか……」
レッドはソータ少年に向けていた目に、険しさが戻っていくことに気づく。
それでも止められなかった。
短剣での戦い方を知っているのは良いし、冒険者を選んだ若い者には、剣が格好い良いから選んだと言うのが居るのでそこまでは問題なかった。
しかし、鉄より軽く強い材質や魔法の剣、などと言う言葉を突然言い出したことに、反応しないではいられない。
戦うことを野蛮だと言いながら、今以上に相手を傷つけられる、命を奪える物があると口にしたに等しいのだ。
これまでの言葉は、ただ自分が面倒であったり、苦労したくないと言うところからの言い訳でしかなかったのだ。
こちらの世界より何もかもが進んでいて、より敵を殺す道具や武器がある世界であり、ソータ少年もやはり、そういった人間であると思い直す。
「レッドさん、疲れたので帰りませんか?」
ソータ少年はすでにやる気を失っていて、王都へと歩き出して行ってしまう。
レッドはソータ少年の後ろを、注意深くついていくのだった。
「あ。レッド、お帰りなさい」
冒険者ギルドに顔を出すと、リベルテが待っていた。
今回の依頼はボアを追い払うことであり、ソータ少年の力の確認を含めて、レッドはソータ少年と二人で向かうことにし、リベルテには別のことを頼んでいたのだ。
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「想定どおりには行かなかったが、依頼としちゃ良いもので終わったよ」
レッドが報酬を手にリベルテの側に寄る。
ソータ少年は疲れているようで、ギルド備え付けの椅子を奪うように座り、テーブルに突っ伏すようにして休んでいた。
「そうですか……。まだあの子の力がどういうものかは、わからないのですね」
マイもタカヒロも、そしてあのハーバランドの男も戦いの中でその力を見せたし、同じ『神の玩具』と思われた相手たちも、戦っている最中にその力を見せてきた。
だから、ソータ少年を連れてモンスターに対峙し、力の一端でも見られるかと警戒していたのだが、ソータ少年は戦うことすら出来ない有様で、力を見せることもしなかった。
おかげでボアを倒すことなく追い払えたとも言えるのだが、レッドたちはそれくらいの違約金なら、ソータ少年の力がわかった対価と思えば、十分元が取れると考えていたので、少し肩透かしであったのだ。
「そっちは?」
レッドがリベルテに頼んでいた結果を促す。
「ダメですね……。城側でも把握出来ていないようです。ハヤトがどこに行ったのか……。門衛は誰もその姿を見ていないそうですし、戦闘になったと言う話もありませんでしたので、王都から出ていないはずなのですが」
あれから日は経っているのだが、ハヤトの行方は未だに掴めていなかった。
レッドたちはすぐに捕まると思っていたのだが、ハヤトの力を甘く見ていたと言わざるをえない。
「魔道具を作れるんだったよな? 姿を隠せる道具とか、厄介な魔道具を作ったのかも知れんな」
レッドはギルドの外を睨んでしまう。
居場所が分かる相手であれば警戒のしようはあるが、居るかも知れないのに居場所が分からない、そして何をするかわからない『神の玩具』であるのだ。
危機感から焦りが募ってくるレッド。
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そして何より、それに輪をかける情報を得てしまっていることもあった。
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リベルテの重そうな声に、レッドは不審に思うが、それほどの内容なのだと、何度か深呼吸してみる。
「……あぁ。頼む」
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さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。
全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。
ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。
これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。
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