王国冒険者の生活(修正版)

雪月透

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相変わらずの徹夜明けで、疲労と眠気に耐えながら、なんとか家路につくタカヒロ。
一度眠ってしまうと、なかなか起きられないだろう疲れっぷりである。
馬車がガタガタと揺れなければ、あっさりと眠りに落ちていたことだろう。
そのため、この馬車の大きな揺れは有りだなぁと思ってしまう部分はあるが、今回は荷物を抱えているので、大きすぎる揺れは勘弁して欲しい。
もらってきたエルダーフラワーコーディアルは瓶に入っている。
この世界の瓶は、タカヒロが知っている世界に比べるとそんなに質が良くないようで、衝撃には弱そうに感じられるのだ。
眠く注意力が散漫になってしまいそうな意識をなんとかかき集めて瓶を抱えて馬車に揺られている時間がとても長く、家に着いた時には、この世界に来て一番疲れきっていた。

「やっとついた……。なんかもう、あっちに住まわせてもらった方が楽そうだなぁ。でも、そういうわけにもいかないだろうしなぁ……」
抱えている瓶に目をやりながら、よろよろと馬車を降りて、戸を開ける。
「ただいま~……」
手早くこの瓶を渡してしまって、早く寝たいと家に入ると、マイが仁王立ちしていた。
何か悪いことをしたわけではないのだが、眠さで頭が上手く働かない状態では言葉が出てこなく、タカヒロは反応できなく立ち尽くすしかなかった。
「どうだった? もらえた? ダメだった? その抱えてる瓶って何? エルダーフラワーじゃないよね? 何? 違う物もらってきたの? ほら、早くどうなったか教えてよ!」
さすがに前回と違って睡眠時間を削っての鬼気迫るような顔ではなかったが、気が気でなかったようで、口早に問い詰めてくる。
あまりの押しの強さに、これまたタカヒロは何から言ったものかすら分からなくなってしまう。

エルダーフラワーはこの時期に手に入れるのは難しいとあちこちで聞いているだけに、エルダーフラワーの代わりにできる物がないか、マイは探し続けていた。
しかし、リベルテが持っていた伝手で、エルダーフラワーが手に入るかもしれないと考えてしまっては、代用の薬草を探すのも。マイの気は漫ろだったらしい。
タカヒロが帰ってくるのが待ちきれなく、マイはこうして待ち構えていたのだ。
マイは帰ってきたばかりのタカヒロを無理やり引っ張りながら、リビングに入ってタカヒロを椅子に座らせる。
その間、タカヒロは何かを言うことも無く、マイの雰囲気に気圧されるように小さく構えているだけだった。

「それで? どうだった?」
椅子に座っても落ち着きの無いマイは結局タカヒロに詰め寄る。
疲弊していた身体に加え、精神的にも疲れているところに、マイのこの押しである。
タカヒロはもう何でもいいから、早く寝てしまいたい誘惑に駆られていた。
そんな二人の前に、リベルテがそっと飲み物を差し出す。
タカヒロは心が疲れていたこともあって、差し出されたコップに手を伸ばす。
湯気の昇るコップに息を吹きかけながら冷まして口に含む。
スーッと鼻を抜けていく香りに、少しだけ頭も気持ちもすっきりとする。
「ミントだねぇ」
「ええ、ペパーミントです。気持ちをすっきりとさせてくれますから。今日はこちらの方が良いと思いまして」
前のカモミーユではすぐにでも寝てしまったことだろう。
ちゃんと場を読んで適した飲み物を出してくれるリベルテの気配りはありがたいものだった。

「最近、私もこれが好きでして。マイさんが薬草を下さるので、助かります」
「ただのお湯だけだと味気ないですからね~。こうしてリベルテさんとお茶するの、大好きだし」
お互い笑顔で香りを楽しみつつハーブティーを飲むマイたちであったが、タカヒロは若干、眉をしかめる。
気持ちをすっきりとさせる効能のあるハーブティーを好むと言うのは、それだけ溜め込んでいるものがあるからではないか、と思ったのだ。
それを口にしてくれれば、タカヒロだって親身になって聞くつもりはある。
だけど、言ってくれない相手に、こちらから穿り返そうと効いてしまえば、さらに頑なにさせてしまうこともあり得る。
それなりに頼りにはされているし、仲良くさせてもらっていると思っているけれど、大丈夫かと聞かれて大丈夫じゃないと返す人は、そう多くないし、居ても軽いジョークのように言うものである。
だからタカヒロは、どこまで効き目があるのかはわからないけれど、ハーブティーで落ち着けるならそれでいいのだ、と自分を納得させながらコップを空にするだけだった。

皆が一息ついたところで、タカヒロは用件を早く済ませてしまおうと動き出す。
少しだけ意識がすっきりしているが、体が睡眠を欲していることには変わり無いのだ。
近くに降ろしていた瓶をマイに差し出す。
「これ、城からもらってきたやつ。エルダーフラワーのコーディアルだって」
「エルダーフラワーだったんだ!?」
マイが瓶を手にとって、食い入るように眺める。
「コーディアルってことは……、シロップにしてるんだね。ただ乾燥させたものより使い道が広がるからかな? 効き目は変わらないと思うし……。うん! タカヒロ君、ありがとう!」
マイがタカヒロの手を両手で掴んで、ぶんぶんと振る。
力と勢いが入り過ぎていて、若干、腕が痛かった。

「あ~、リベルテさんからもらった手紙を出したら、しばらく経って、上の人がこれを持ってきてくれたんだよねぇ。だから、お礼を言うなら、リベルテさんでしょ」
「そうだね! タカヒロ君の力でもらえたわけじゃなかったね!」
タカヒロの手をぽいっと投げるようにして離して、マイはリベルテに抱きつきにいく。
たしかに、リベルテの手紙があったからもらえたのだが、自分が城勤めになったからこそ、城に居る人に頼めたのだ。
まったく貢献していないように言われては、タカヒロだって面白くはない。
それでも、カーマインの言葉から自分だけだったら、何も手に入らなかったことを思い起こせば、不平を言うことも出来なかった。

「タカヒロさんがお城で働くようになったからですよ。タカヒロさん、ありがとうございました」
ちょっと不満を持ってしまっていたタカヒロに気づいてか、リベルテはタカヒロに礼を述べる。
タカヒロはリベルテの気配りに感心してしまうものであったが、ずっと一緒にやってきたレッドの現状に一番心を痛めているはずの人に、余計な気を遣わせてしまったことに、自分が情けなく感じていた。
「……それじゃあ、すいませんが、僕は寝ます」
リベルテに気にしないで欲しいと首を振って応えてから、タカヒロは自室へ戻る。
材料が揃ったのなら、後はマイが薬を調合するだけである。
レッドが元気になってくれれば、きっとまたこれまでと同じ雰囲気に戻れるはずだと、タカヒロはベッドに倒れこむ。
知らずにタカヒロもリベルテたちに気を揉んでいたため、先の展望に安堵して、ゆっくりと意識を閉じていった。

「これで材料は手に入ったから、早速、調合してきますね!」
マイはそう言うや、すぐに自室へと走って戻ってしまう。
あまりの速さに、特に言葉を掛ける暇も無く、一人リビングに残されたリベルテはそっと息を吐いた。
そして、城の方角を向いて、頭を下げる。
エルダーフラワーは、万能薬として重宝されている代物である。
それが瓶いっぱいに入っていたのだ。
マイたちはその価値を知らなかったのか、手に入ったことだけに喜んでいたが、リベルテは表情に出さないように気を遣っていた。
伝えなかったのは、それで手を付けることに躊躇ってしまわれては、折角の好意を無駄にしかねないと考えたためである。
リベルテの手紙を読んで、これだけ手配してくれたとあれば、あの人が骨を折ってくれた事が窺い知れる。
「……お忙しいのに、ありがとうございます」
相手の忙しさを思えば、感謝の言葉しか浮かんでこない。
ただ、城ではリベルテが思い浮かべた人だけでなく、もう一人が手配させたことであれだけの量が手に入ったことを、リベルテたちは知らない。

夕方になって、多少の寒さで目を覚ましたタカヒロが、身を震わせながらリビングへ降りてくる。
リビングに近づくにつれ、またテンションの高い声が聞こえてきた。
リビングに入ると、マイがまたもリベルテに抱きつきながら、一人ずっと話していた。
笑顔でマイにされるままにされているリベルテの姿が、本当に大人の女性の姿に見える。
「なにやってんの?」
寝起きであったこともあり、タカヒロはマイを反目で睨みつつ、暖炉の側に寄る。
ただ、マイのテンションは高くて、タカヒロの目つきにも動じなかった。
「タカヒロ君! 出来たんだよ! すごいでしょ! 私、すごいでしょ!?」
短い言葉で叫び続けるマイをスルーして、チラッと目をリベルテに向けると、リベルテはマイに困ったような目をしつつも、その顔に喜びを溢れさせていた。
その顔を見てやっと寝起きの頭が動き始めて、理解する。
「……あぁ。レッドさんの薬が出来たんだ?」
「そう! さっきから言ってるじゃない! ほら、褒めて、褒めて」
「あー、すごいな。天才だな」
元々そのためにここに戻ってきたのだから、薬が出来たと言うのは喜ばしいことである。
本当なら、みんなで手を取り合って、喜びを分かち合っても良いくらいである。
だけど、なんとなく今のマイを素直に褒めたく思えなくて、タカヒロは心の篭らない賛辞を送ってしまう。
当然、そんな言葉は相手にも伝わってしまうもので、マイがタカヒロに絡んでくる。
「ちょっと! それ酷くない? やり直し! やり直しをよーきゅーするー!!」
「はいはい、どうどう。それより、出来たなら早くレッドさんに飲ませてきたら?」
暴れる動物なんかを大人しくさせるように、両手を向けて牽制しつつ、タカヒロは、ここで騒いでいるより早くすることをしてくるようにと誘導する。

「むぅ~。そうだけどぉ……。後で覚えてなさいよ」
タカヒロにむくれつつ、リベルテを伴ってマイがレッドの部屋へと向かっていく。
タカヒロもついて行こうかと考えたが、ぞろぞろと皆で向かうのもおかしい気がして、一人リビングで待つことにする。
体を温めるように、暖炉の近くに寄って、パチパチと爆ぜる暖炉の火をじっと眺めていた。
何も考えず、揺れ動く火を見続けていると、なぜだか心が安らぐのだ。
タカヒロの最近の時間の潰し方であった。

タカヒロにとってそんなに時間が経たないうちに、マイとリベルテが戻ってくる。
「早いね。どうだった?」
特に感動した様子も無く、ササッと戻ってきた二人に話しを振ってみただけなのだが、マイから冷めた目を向けられる。
「薬を飲んでもらってきただけだよ? 薬を飲んですぐ効果が現れるって、それってどんなの? 怖くない?」
言われて見れば、すぐに効果が発揮されるのは魔法だけである。
薬でも同様に効果が現れるのであれば、今も怪我をしたままの人など居ない事になる。
「そうだね……。早く良くなると良いね」
マイとリベルテがゆっくりと頷く。
ひとまず、レッドの毒はこれでなんとかなったのだろうことは素直に喜ばしい。
けれど、これまで寝たきりな日々だったのだ。
これからがまた、レッドにとって大変な日々になることを、マイもタカヒロも気づいていなかった。
この世界は、二人が知る世界ほどに恵まれても、整ってもいないことを。

季節は冬になり、リビングに飾られていた雪前花がその蕾を膨らませ始めていた。
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