王国冒険者の生活(修正版)

雪月透

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資料の読み漁りながらの徹夜明けで、タカヒロは目をしぱしぱとさせながら、やっと家路に着いた。
「……ただいま~」
親しき仲にも礼儀あり。
声に力は無くなっているが、帰ってきた挨拶を口にする。
そのまま誰に憚るでも無く、部屋に戻って寝ようと考えていたのだが、その動きはすぐさまにとめられた。
「タカヒロさん、お帰りなさい」
リベルテがタカヒロの声を聞きつけて、出迎えに来てくれたのだ。
「お疲れのようですけど、……ちょっとすみません。着替えられたら、リビングに来てください」
徹夜明けで疲れているのが分かるタカヒロの姿に、リベルテは申し訳無さそうにしながらも、リビングにくるようにと口にする。
リベルテはこの家の家主であり、好意によってまた住まわせてもらっているわけだし、そのリベルテたちの力になろうとしてここに着たのだから、タカヒロには断りようが無かった。

「……わかりました」
帰ってきた安堵感に増してくる睡魔に負けないように、タカヒロは軽く頭を振ったり、歯をかみ締めたりしながら、ゆっくりと階段を上る。
部屋のドアを開けたら視界に入ってくるベッドに惹かれつつ、急いで着替えをすませる。
うだうだしても後を引くだけである。
こういう時は、早くに終わらせてゆっくり休む方が良いのだ。
「うっし!」
手で顔を軽く叩いて、意識をはっきりさせるように気合を入れてから、階下へ向かう。

「おかえり~」
リビングに入ると、寝起きなのか、マイが少し眠そうな声をかけてくる。
「今起きたのかい? こっちは徹夜明けなんで、今すぐにでも寝たいんだけどねぇ……」
若干の妬みが入ってしまうのは、人間の欲求の一つだから仕方が無い。
ついつい恨みがましくマイを見てしまうタカヒロに、目の前にそっと飲み物が差し出される。
飲み物からは、ふわっとメーラのような甘い香りが漂っていた。
「お疲れの所にごめんなさいね。これはカモミーユの薬草茶です。マイさんが用意してくれたんですよ」
タカヒロが、そんな気遣いしてくれたの!? と口にはしないが、そんな思いが篭っているのが分かる目をマイに向ける。
マイは、用意した私を褒めなさい、と言わんばかりの表情になっていた。

「白湯ばかりじゃ、味気ないでしょ? 薬師になった特権だよねぇ。自分で栽培して、乾燥させてたの」
マイの自慢を聞き流しながら、タカヒロは薬草茶に息を吹きかけて冷ましつつ、口に含む。
メーラのような香りが鼻を抜け、優しい味わいに気分が落ち着いてくる。
「これ、リラックス効果があって、寝る前に飲むと安眠できるらしいよ」
その言葉に、タカヒロは反射的にマイの頭をはたいてしまう。
「いった~っ!!」
「なんか用があるからって言われたから起きてるのに、眠りに誘うようなものを用意するんじゃない!」
全力つっこみをいれたことで眠気が吹き飛んだが、これを狙っていたのなら大したものである。

「……で、なんでしょうかね? 割と速やかに寝たいのですが」
タカヒロとてそんなに力を入れて叩いたわけではないので、ちょっと涙目に睨んでくるマイを放置して、リベルテに向き合う。
するとリベルテは困ったように頬に手をあて、マイに視線を向けた。
「用があるのは、マイさんなんですよ」
「ん」
もはや聞きなおすのも面倒になり、タカヒロは顎でマイを促す。
「なんか腹立つ~。後で覚えてなさい! で、タカヒロ君、お城で働くようになったでしょ? エルダーフラワーって手に入ったりしないかな?」
いきなり言われた内容が要領を得ず、タカヒロは首をひねる。
城勤めと花が結びつかなかったのだ。

「え~っと、マイさん? それでは、少し言葉が足りないでは?」
「そう? え~っとね、レッドさんの解毒にエルダーフラワーが必要なの。でも、時期が春先じゃないと手に入らないんだよ。薬師ギルドで持ってる分も、偉い人用の分しかないらしくてね。だから、お城の人と交渉出来ないかな~って」
入って間もない人間に、城勤めの、しかも偉い人用の薬草を交渉してこい、とはあまりにも酷で、無茶な依頼である。
「……普通に考えたら、無理だってわかるでしょ?」
入手したい理由はわかるが、それでも出来ることと出来ないことが世の中に満ちている。
残念ながら無理な話と終わらせて、タカヒロは部屋に戻って、そのままベッドに倒れこむ。
薬草茶の効能なのか、眠さがただ凄まじかっただけのか、タカヒロはすぐさま意識を失うように眠りについた。
そのため、リビングを出る前に、じっと考え込んでいたリベルテには気づかなかった。

さすがに丸一日寝るなんていうことは無く、夕食時にタカヒロは起こされた。
タカヒロも食事を抜いてまで寝続ける気は無い。
食事を取ってから、また寝る方が良いのだ。
それに、マッチで火を熾すのは多少楽ではあるが、燃やす物が必要である。
そのため、バラバラに食事を取ったり、後で作り直すなんて簡単には出来なく、やろうともしない。
食事を抜いてしまうと、そのまま翌朝まで待たないと食べられる物が無いことになってしまうのである。

「あ~……、なんかまだ寝たりない」
タカヒロは肩を動かしたり、軽く頭を振ったりしてみるが、睡眠時間が足りなかったのかすっきりしない。
あの話し合いの後、マイはエルダーフラワーの代わりに出来る物を探し続けたのだろう。
マイは、帰ってきたばかりのタカヒロのようになっていた。
「皆さん、本当にお疲れですね。……ありがたいですけど、無理しないでくださいね」
レッドの力になろうと頑張ってくれている二人を嬉しく思うが、無理をしている様子を見てしまえば、逆に心苦しくなってしまうものだ。
リベルテの表情に気づいた二人は、慌てて取り繕う。
「いやいやいや。城で働くことは自分で選んだことですし、そこはレッドさんの助けにはなってないですから……。なんかすみません。リベルテさんの力になってなくて……」
「私も薬師になることを選んだのは自分ですから! 調合してるのも、楽しんでやってますし。全然、気にしなくて大丈夫ですよ」
タカヒロとマイは、まだまだ元気であり、無理はしていないことをアピールして見せるが、先ほどまでの疲れきって眠そうな姿を見せていた後であれば、信じてもらえるものではないだろう。
それがわかってか、タカヒロとマイは、少し気まずそうに食事の手を進める。
折角のスープなのに、いつもほどに味わえなかった。

「あ~っと、そうだ。マイ。とりあえず、明日。上の人に、それとなく話だけはしてみるよ」
「え? 何?」
「いや、エルダーなんとかってやつ」
「本当!? お願いね! 期待しないで待ってるから」
「……うん。そうだね……」
沈黙が気まずくて、思いつきで話を振ったのだが、無理と流し終わっていたためか、マイの頭からすっぽりと抜けられていた上に、期待してないと言い切られ、タカヒロはまた口を噤むしかなくなる。
カツッ、カツッとスプーンがお皿に当たる小さな音しか響かない時間が続く。
タカヒロは、早く食べ終わらせることに意識を集中させる。
このままの雰囲気で食事を続けるのが、辛かった。
タカヒロが食事を終えて顔を上げると、先に終えていたらしいリベルテが、タカヒロのことを真っ直ぐに見つめていた。

「……な、なんですか?」
あまりの真剣さに、タカヒロは少し緊張した面持ちでリベルテに問いかける。
「城の方と話をされるとのことですが、こちらを城の方に渡してみてください。もしかしたら、お話が出来るかもしれません」
リベルテはそう言って、タカヒロに手紙を一つ差し出した。
手にとって裏返したりしてみるが、誰宛かなど一切書いていなく、封蝋が施されているだけだった。
「なんの記号だろ?」
こういうものは押されたシンボルが意味を持っている。
だが、リベルテはタカヒロの質問に対して何も答えず、タカヒロが受け取ったのを見て、レッドの食事を運びに行ってしまった。
「リベルテさんがくれたんだから、きっと意味があるよ。これで手に入るかも知れないね」
マイはリベルテが意味の無いことをしないだろうと思い、手に入るかもと上機嫌になる。
マイに釣られてタカヒロも先が拓けるかもとホッとするが、今までリベルテたちが話そうともしなかった部分に当たることなんだろうと考えると、手紙の封蝋から目が離せなかった。

翌日、まだ乗りなれない馬車に揺られながら、タカヒロは城の一角へと向かう。
魔法についての資料がこの一室にあり、ここが今のタカヒロの仕事場でもあるからだ。
今はこの一室に篭っているだけで済むからまだ楽であるが、今後は人に教えていかなくてはいけない。
人に教えるとなると、魔法を使える人たちが集まる魔法研究所に向かう必要があり、この一室と行き来しなくてはいけなくなる。
距離が離れているため、先を考えてしまうと、タカヒロの気分を重くさせてしまう。
それだけでなく、ハヤトの一件がタカヒロの中で後を引いており、タカヒロに関係はほとんどないのだが、見学くらいはと思っても足が向かないこともあって、この一室から研究所への距離について、見ない振りをしていた。

部屋に入ると、すでにカーマインが居て、資料を漁っていた。
「カーマインさん、おはようございます。ちょっといいですか?」
カーマインはタカヒロに顔を向けることなく、手だけ振る。
それは聞くだけは聞くという素振りだと言うことを、初日で体験済みであったため、タカヒロは話を続ける。
「エルダーフラワーって城にありますかね? 可能であれば、いくらか欲しいのですが」
「……そんな薬草、魔法とは何も関係が無いではないか? お前はそれが魔法の研究に使うとでも言うのか? そうでなければ、私は知らん」
カーマインはわざわざ顔を上げて、タカヒロに胡乱げな目を向けて、話をばっさりと切る。
元々、魔法についての研究だけしたい、と言っていた人物だけに、魔法と関係が無い話の頼みであれば、こんなものだろうと予想はしていた。
なので、タカヒロが関係は無いと首を横に振ると、カーマインは興味をなくしたように資料に向き直る。

タカヒロが城の中で声を掛けられそうな相手は、このカーマインだけである。
そのため、タカヒロは縋る思いでリベルテから渡された手紙をカーマインに渡そうとする。
「……あ~。そうだ。すみません。もう一つあるんです。これを城の方に渡すように言われたんですけど、どなたに渡せばよいか、わかりますか?」
何度も中断されることで、カーマインはイラつき始めているようではあったが、自分が勧誘してきた相手からの頼みであるため、ひったくるようにタカヒロから手紙奪う。
タカヒロの面倒はカーマインが見るしかない上に、タカヒロが万が一問題を起こしてしまうと、城に勧誘したカーマインの時間がさらに煩わされると言うも考えた行動であった。

「……なんだこれは? 宛名が無いではないか。ん? この蝋封は……。何故お前がこの手紙を持っている? まぁ、いいか。ここにいろ」
手紙をひとしきり眺めた後、スタスタと去っていくカーマインに、置いてきぼりになるタカヒロ。
ただ、カーマインが動いてくれたことに一安心し、タカヒロは仕事を始めておこうと、見ておくべき資料を探し始めるのだった。

タカヒロが資料を一冊読み終わった頃に、カーマインが戻ってきた。
思いのほか時間が掛かったことに、不安になってきていたタカヒロは、颯爽と戻ってきたカーマインの側に寄る。
「あの……。大丈夫でした? 結構時間が掛かったようでしたが」
「これ以上の面倒ごとは持ち込むな」
手に持っていた瓶をタカヒロに押し付け、カーマインは途中だった資料探しの続きに戻る。
「え? これ、何ですか?」
「おまえが欲しがっていたものだ」
タカヒロはしげしげと手渡された瓶を眺めていると、カーマインが資料から目を離さずに口にする。
瓶にはとろみのある液体が入っていた。
エルダーフラワーなのだから花か、薬として使うなら乾燥させて煎じた状態のものだと思っていただけに、タカヒロは液体が渡されるとは考えていなかったのだ。
「コーディアルだ。エルダーフラワーは春から初夏あたりの花だ。そのままであるわけがあるまい」
「……はぁ、まぁ……。エルダーフラワーが使われてるものなんですねぇ。ありがとうございます」
自分から話を振って、それに該当するものが手に入ったのだから、それで十分である。
早く帰ってマイに手渡したくなるが、つい先ほど仕事を始めたばかりである。
タカヒロにとって、家に帰るまでの長い長い時間が始まった。
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