王国冒険者の生活(修正版)

雪月透

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家でまんじりとタカヒロが戻ってくるのをマイは待っていた。
しかし、夜が明けても、タカヒロは帰ってこなかった。

「マイさん!? 一日中ここで起きてたんですか?」
朝食の準備に起きてきたリベルテが、目を充血させて険しい目になっているマイを見て、驚きの声を上げる。
「……帰ってこなかった。もうこれは……おしおきコースだよね?」
これまでも睡眠時間を削って、レッドの体に残る毒を中和するための研究を続けているが、これは自分がやる気を持って、明確な目標があって起き続けているので問題はないのだが、ただじっと待ち続けるのに起きているのでは、同じ睡眠時間を削ると言う行動であっても、感覚が違いすぎる。
マイは、城へ向かうことになったタカヒロを心配して、自分の作業を止めてまで待っていたのだが、連絡の一つも無く帰ってこないなど、マイが静かな怒りを持つのもわかろうものだ。

「マイさん……。少し食べたらす、横になってください。少し顔赤いですよ? もう寒くなってきてるんですから。……私も起きるのが辛くなってきてますし……。あ、ごはんできるまで暖炉の側で温まっててくださいよ」
リベルテは暖炉に火を熾し、急いで朝ごはんの準備を始めていく。
リベルテの言葉に、ちょっとふらっとするのを感じて、黙って暖炉の側に寄って、体に少しずつ広がっていく熱を受けていく。
引きこまれるように、マイはじっと暖炉の火を見続け、どうしてか、暖炉の火がとても優しく思えていた。

温まるようにとの考えもあるが、朝もスープがメインであり、馴染みのあるシチューのようであった。
マイはスープ皿を近くに引き寄せて見ると、スープにはパンが初めから入っており、どちらかと言うとパン粥に近いものだった。
より柔らかく優しい味となっていたが、マイとしては、自分に馴染みのあるお粥の方が良かったなぁと思ってしまう。
ただ、マイの今の体調を考えて作ってくれたご飯に文句など言えるはずも無く、ゆっくりと口に運び続ける。

普段のマイからすると遅い食事速度に、リベルテが心配そうな目を向ける。
「やっぱり、食が進んでないですね。この時期に体調を崩すと大変ですよ? それでなくとも、マイさんには私たちの薬師として、頼りにしてるんですから」
レッドの容体を改善できるかは、レッドたちからすればマイに掛かっている。
そのことを自覚したマイは、自分自身の体調管理に反省するしかない。
「……食べたら寝てきます。タカヒロ君が戻ってきたら、捕まえておいてください」
まだ温かさを保っているパン粥シチューを、もぐもぐと流し込むように食べて、マイは自室へと戻っていった。
「……マイさんもタカヒロさんも、大丈夫かしら?」
マイとタカヒロのことも心配になるが、今のリベルテにはもっと心配な相手がいて、二人のことにそこまで手を割けなかった。
一人きりの食卓では、リベルテの呟きに答えてくれる人は誰も居なかった。

リベルテは自分の分をゆっくりと食べて終えてから、レッドの分を部屋に運ぶ。
レッドの食事には手助けが必要なのだ。
しっかりと自分の分は食べてからでなければ、自分が食べる時間が無くなってしまいかねないのだ。
「レッド。ご飯ですよ」
「……あぁ、すまない。ずっと世話をかけっぱなしだな……」
リベルテは努めて明るそうな声で部屋に入るのだが、レッドは心底、申し訳無さそうな顔になる。
あの騒乱からそれなりに日が経っているのだが、満足に動けるようにならない日々に、レッドは少しずつ前向きさを失いつつあるようで、そんなレッドを見るのがリベルテには辛い。
レッドとて諦めてはいないのだろうけれど、日が経つにつれて、どんどんと不安が強くなってしまうのもわかるのだ。

「良くなったらこれまでの分、お返してもらいますからね。……それに、こうやってレッドの世話をするのも、悪くはないですから」
少しばかりの本音を入れつつ、レッドの気持ちを少しでも軽くさせようと努めて明るく言えば、レッドはなんとも言えない表情をしつつも、小さく笑ってくれる。
「あぁ、世話になった分、働くさ」
早く良くなって欲しいと強く思っているが、それでも少しだけ、この時間が続いて欲しい、とも思ってしまうのは、リベルテは誰にも言うわけにはいかない思いだった。
「……そんなことを考えなくても、一緒にいてくれって、言ってくれたじゃない……」
このレッドの世話をすると言う、レッドを独り占めしている時間が続くようにと考えてしまう自分に、小さく言い聞かせるリベルテであったが、それでも自身が望んでしまう小さな独占欲は、消えてくれなかった。

「あ゛あ゛~」
椅子に座ったまま、とても低い声を出しながら伸びをする。
テーブルには資料の山が積み重なっていた。
それらにちらっと目を向けながら、大きくため息を吐く。
「いくらなんでも、初日からする仕事量じゃないでしょ……」
タカヒロは魔法を使える者として、城勤めになることを選んだのだが、申し出を受諾しに行ってすぐ、仕事に放り出されていた。

魔法を使えれば何でも出来そうだと思ってしまいがちだが、そんなものでは無いようであった。
石を作り出す魔法が使えれば、地面を盛り上げたり、陥没させたり出来る人が出てくるだろう。
皆が同じように出来るようになれば、戦争において有利な地形を作り出すことが出来ることになるため、魔法は戦争において、とても重要な戦力となる。
これくらいのことは、魔法が確認されてきてから、何処の国でも研究していることだろうが、オルグラント王国においても、その研究結果の資料は膨大なものになっていたのである。
タカヒロはこれらを読み込んで、魔法がどのようなものかを理解しなければならなく、理解したら自分が出来ることを把握する必要があり、そして人に教えていけるようにならなくてはいけない。
勉強期間を長く欲しいのがタカヒロの切実な願いであるのだが、世の中、勉強するだけで成果を生まない期間に、お金を払い続けようとしてくれる所などありはしない。
膨大な資料をひたすら読み込むのは大変なことではあるのだが、それだけでは雇う側に利は生まれないのだ。
必ず、何かしらの仕事をして、成果を出して欲しいから、雇う側はお金を払ってくれるのである。

タカヒロはそう先でもない期間の間にひたすら資料に目を通して、人に教えられるようにならなくてはいけないため、家に帰る時間も惜しんで一室に篭って読み漁っていた。
この世界は前の世界とは違うのだから、何の成果も出さなければ、ある日突然、仕事を辞めさせられる可能性があり、城で働いてくると自分から言っておいて、すぐに辞めることになったなど、リベルテたちに顔向けできないという意地もあったりする。

「……いきなりこれはきつい。けど、それで、帰ります、で帰れないのがまた……。ブラックだなぁ」
幸いと言うべきか、これだけやるから当然なのか、食事などの世話はしてくれるらしく、資料を読む以外の負担は今のところ無いのは助かっていた。
その、資料を読み続けることが何よりの負担ではあるのだが……。
「心配してる……より、怒られそうだな。帰りたいけど、帰りたくなくなってきたよ……。それに、逃げるように帰るのも格好悪い気が……。あ、これはずっと試してきてるんだ。それで目に見えた成果が出てないなら、この方法は削って良いよね」
人に教えるにはまず自分が理解している必要があり、ただ口で言うより見せるものがあった方が、相手にとってわかりやすい。
何より、教える方も伝えやすくなる。
「……パソコン欲しい~。これを手書きって、軽く拷問じゃない?」
ずっと手書きで作っていかなければいけないと言うもの凄い面倒さに気づき、愚痴ってしまうが、口にしているタカヒロとて、ありえないことくらいわかっている。
わかっていて口にしなければやってられない、と言う思いもあったが、やはり思いを共有出来る人が居ないと言うのが、、一番タカヒロに堪えさせる。
「早くも挫けそう……。と言うかもう挫けてるよね」
独り言を続けながら、なんとか手を動かしていく。
一人ぶつぶつと言いながら作業を続ける光景は、数日寝ていない人たちの仕事では良く見られる光景である。

誰も見て居ないが、見ていたら異常と思えてしまう空間の中、タカヒロは自身が把握した内容の一つを、資料にまとめてあげた。
「出来た~。……って言ってもまだこの内容だけだし、他の資料に記載があったら作り直さないとだしなぁ……。はぁ……。もう手が痛い……」
タカヒロはうなだれるように背もたれに寄りかかり、天井を見上げてため息をついていると、ノックもなしにカーマインが入ってくる。
「む? まだやっていたのか」
「……あ~、どうも。すみません。まだ読みきれてなくて……」
「それはそうだろう。どれだけあると思っている? まぁ、早くに覚えて欲しい内容はあるし、人に教えられるようになって欲しくもあるからな。まぁ、頑張ってくれ。私も人に教えるより、自身の研究に没頭したいものだ」
タカヒロがまだまだ終わっていないことを謝罪すると、カーマインはそれはそうだろうと簡単に流す。
その上で、タカヒロに期待しているが、自分の都合のためであることを明言するしまつだった。
「え~……。カーマインさんが、自分の研究を進めたいからですかぁ……」
「人に教えるのは面倒だからな。何故わからないのかわからん。私が基本だと思うことも理解していなかったりするしな」
タカヒロの目が、遠いものを見るものになっていく。

人に教えると言うのは、たしかに簡単ではない。
相手がどれだけのことを理解していて、どこがわからなく、どうしてわからないのか。
相手に寄り添う気持ちを持たないと、どれだけ口にしても相手には届かないものである。
しかし、教えている内容をさらっと理解出来てしまった者では、難儀している者が何故、難儀するのかがわからない。
自分が理解出来た説明で相手が分からないとなってしまうと、それ以上はどう説明すれば伝わるのか、まったく分からなくなるのだ。
カーマインはまさにそれに該当する人間で、説明しても理解出来ない者たちに教えると言うことが、とても煩わしく、面倒だった。
「……いや、わかりますけど。わかりますけど、それじゃあ、魔法を使える人は増えないでしょうよ。どこも同じなんだね……」
どういう意味にせよ、魔法使いと言う戦力がオルグラント王国で増えていないのが、教え育てる側に問題があったことがわかって、タカヒロは頭を抱えてしまう。
鍛冶師なども、素材の配分だとか炉の熱具合について、大よその感覚を伝えれば弟子も理解していけるだろうが、叩き具合などの感覚は口では伝えられない。
力の強さは人によって違うのだから、感覚も当然違ってしまい、口だけで言っても仕方が無いのだ。
だからこそ、何度も同じ作業を続けさせるものである。
魔法についても、人によってどこまで出来るかが明確になっていないため、試させるにしてもどう判断するかが難しい。
言ってしまえば、全力でと言ってそれがちょこっとした威力で終わってしまうのか、大規模な威力になってしまうのか、本当にそれ以上出来ないのか、しないだけなのか。
自己申告による部分が大きく、自分を目安に教えても、相手の力量が自分より上なのか下なのか、本当にそうなのかがわからないのだ。
だいたい、魔法使いとして採用されると、城に勤めることが出来るという地位や名誉を得られるし、もらえる給与が高額となる。
さらに、そこから無理して訓練することもあまりなければ、人は手を抜いてしまうものだ。
楽にやって高い報酬をもらえ、生活していくことだけを考えれば、無理をする必要がないのである。

カーマインはタカヒロに人に教える仕事を投げる気であるだけに、今後をどうするかタカヒロに掛かっていることがわかり、その重さを含めて、タカヒロは寝不足で痛む頭を抑える。
「ふむ。ひとまず帰るといい。通いにするのだろ? あぁ、帰りは馬車に乗っていけ。来る時も乗って来い。迎えに行くのが面倒だし、時間の無駄だ」
自分が必要とする資料を探し始めたカーマインに一礼し、タカヒロは馬車に乗せてもらって平民区域へと帰る。
割と揺れる馬車に乗りながら、一気に変わった物事に耽って見上げた空の陽は、目に痛かった。
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