王国冒険者の生活(修正版)

雪月透

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リベルテの話から『神の玩具』が考えていた以上に国の偉い人達から棄権しされていることを知ったタカヒロは、これまで以上に周囲に気をつけようと決めていた。

マイは癒しの力を失い、代わりに薬師としての知識を学び、新しい自分の生活を獲得して活動している。
マイが薬師としてやっている内容は、他の薬師たちと大差はまったくない。
他の薬師たちと差が無ければ、マイがこれから先、必要以上に目立つと言うことは無いないはずだし、知識にしても、マイが市場に影響を出しそうな物を作り出そうとか、政治に関わりそうなことを口にする雰囲気は全く無かった。
ちゃんと覚えてないからだけかもしれないけれど、マイについては今から『神の玩具』として、国から目をつけられそうなことはナイト判断できるのだ。

しかし、タカヒロ自身については、マイと同じようには言えなかった。
おそらく『神』からだろう、与えられていた魔法の力は失ったものの、自らの手で魔法を使えるようになっている。
魔法についてはこの世界どこであっても究明中らしいが、他の人より強い力を揮ってしまえば、それは非常に目立つこととなる。
その力の差が他の人よりあればあるだけ『神の玩具』の力とみなされる可能性はあるのだ。
それに、タカヒロは以前に、テオシポンプを鍛治師に作らせようと動いたことがあった。
資金面などの問題で実際に物を作ったことはなかったが、人々の生活に大きく関わり、大きな影響を与えてしまいそうな物だっただけに、国が深く調べていたら目をつけられていたとしても不思議ではなかったのだ。

「あれから何かやろうとしたことは無かったし、大丈夫だよね? ……そんな暇もお金も無かっただけだけど。魔法についてはやりすぎないようにってところだけど、どれくらいでやりすぎになるのか、基準が無さすぎててわからないのが問題だよなぁ」
考え事を整理するように、小さく呟きながら通路を歩く。
今日も今日とて、少し気の詰まる城での仕事である。
魔法の研究と他の魔法使いへの指導と言うのがタカヒロの仕事となっているが、そのどちらもが面倒くさい。
研究にしても、他者への教え方にしても、どう手をつけたら良いか定かになっているものは無いから手探りだし、そんな状況であってもなかなか良い報酬を出されているだけに、成果を求められてしまう。
そして何より、城の中で何かをするにも、他の人に教えると言うのでも、貴族社会の中であるため、礼儀作法だとか身分差と言うのが非常に面倒くさいのだ。
タカヒロは時折、前の冒険者の生活がマシだったようにに思えてしまう程だった。

ふと人気を感じて目線を前に向けると、前から人が歩いてきていた。
タカヒロはサッと壁際に寄ってしゃがむ。前から歩いてきているのが貴族だったからである。
爵位を示す物があれば分かりやすいのだが、そんな目立つ物は無いため、名前や顔で相手の爵位を覚えていなければならない。
魔法研究所に所属する魔法使いは当然ながら貴族では無いため、貴族と見れば控えなければいけないのは面倒くさい。
ただ、城勤めにおいて、庭師だとか付き人だとかでなければ、相手は全て身分が上と考えていれば良いのは、ある意味楽とも言えた。

タカヒロは頭を下げて、じっと床に目を落としてながら、相手が通り過ぎるのを待つ。
魔法研究所の者に何かを言ってくる人は少ない。
魔法がどう言うものかわかっていないために、褒めるのも貶すのも、どう言ったものか分かっていないことがあるのだと思っている。
それ以外に、魔法は強力であり、便利であることから、下手に敵対しようとする者が出ないだけかもしれない。
魔法研究所勤めで良かったかも、と数少なく思えるものの一つであった。

貴族から何かを言われることも無く、相手は黙って通り過ぎていく。
目の前を通ってから過ぎてすぐに立つことは礼儀に反するし、襲い掛かってくるためとも取られかねないため、数回呼吸をしてからタカヒロは立ち上がる。
「ふぅ~……。昔より分かりやすいし、何かを言われる仕事じゃないのは楽なんだけど、こういうのは面倒だなぁ……」
立ち上がって歩き始めるとまた向こうから貴族だろう人たちが歩いてきているのが目に入り、思わずため息が漏れそうになるのを押さえ込んで、壁際でしゃがみこむ。
早く行って欲しいと思うのだが、貴族は火急の用件でもない限りは歩みが速くない。
敢えてゆっくり目に歩くことで、大物さ、大身さを出すらしい。
タカヒロは内心、馬鹿じゃないかと思っている。もちろん、思うだけで口に出したりすることは絶対にない。

ゆっくりと歩いていく貴族たちは、壁際に控えるタカヒロを気にすることもなく、仕事の話を憚ることなく平気で口にしていた。
「またあの女が、物を作るよう言ってきたらしいぞ。大人しくしていれば、可愛げがあるんだがな」
「全くだ。所詮、たまたま当たった予言が大きな事件と似ていただけに過ぎないはずだ。それなのに宰相閣下は養子にするなど……耄碌されてしまったようだ」
低く嫌らしい声で笑う貴族たちに、タカヒロは眉を顰めてしまい、しゃがみこむ姿勢で良かったと心底思ってしまった。

「前に指名した宰相が騒動の一旦を担っていたらしい。それが事実ならば、そのころから耄碌されていたと言うことだ。今度の宰相も何をしでかしてくれるやら、だな」
「相手があの女と言う時点でやらかしているようなものだろうよ。すでに今度の騎士団長に執心している、と言う話だからな」
「今度は身内で騒動が起こされるのか? 平和なはずのオルグラントは、いつからこんなに物騒になったんだ?」
タカヒロは城に勤めているのだから、貴族たちの話の内容がまったく分からない内容ではない。
タカヒロは貴族たちが平然と話をしていた内容に、冷や汗が流れる思いだった。
内容の危うさとそんな内容の話を平然と、タカヒロが居るにも関わらずに口にすることに。

「……大丈夫かな?」
思わず漏れた言葉は、誰に対してのものだったのか、タカヒロにもわかっていなかった。
何れにせよ思うことは、やはり城のように貴族だとか身分を力として揮う所は面倒だと言うことだった。

どんよりとした気持ちのまま、魔法研究所の所属になってから与えられている一室にたどり着く。
部屋に入るなり、ため息を漏らしてしまうのはタカヒロの日課になっていた。
面倒な城の中で唯一、落ち着ける自分に与えられた場所だからである。
と言ってもタカヒロだけの部屋ではなく、魔法研究所の一室であり、上司となるカーマインも居る部屋になる。
「……相変わらずだな。いい加減、慣れたらどうだ? こちらがやることをやっていれば文句などそう言われん」
タカヒロの毎度のため息に、毎度の言葉を返すカーマイン。
嫌なものであるが、タカヒロが戻ってきた挨拶みたいなものとなっている。

「……慣れませんよ。身分差があるので、何されるかわからないんですから。逆らったらこっちだけやられますしね」
タカヒロが自分の席に座ってぐだ~っと机につっぷす。
このまま寝てしまいたい欲求に駆られてしまうが、そんなことでまた長い時間残ることになるくらいなら、早くあの家に帰りたいと思った。
タカヒロが帰る場所は、もうあの家になっているのだ。

「今日はいつも以上だな。面白いことでもあったのか?」
資料を探しながらカーマインがタカヒロに質問する。
カーマインはながら作業が多い。
タカヒロを勧誘した日も、自身の魔法を試すついでで、あまり気は乗らなかったが命令だったため、醜悪なモンスターの調査にあたりながら、だったのである。
タカヒロに会ったのは本当に偶然で、仕事のついでだった、とこれまた本人の口から聞いていた。

城勤めになってからは、仕事内容以外にも態度だとか言葉遣いだとか、なんでも相談してきた上司であるが、先ほど聞いた貴族たちの話を口にするのは、自分もあの貴族と同類になってしまうように思えて、タカヒロは口に出せないでいた。
タカヒロが黙り込んでいると、苛立っているような、少し乱雑に資料を扱い始める音が聞こえ始める。

カーマインは、ためになるかは別として聞けば教えてくれるし、こちらを気に掛けてくれているようで、先ほどのように声を掛けたりしてくれる。
気を遣ってくれているのがわかりありがたいのだが、カーマインが声を掛けてくれたら、なんにせよ返事しないと苛立ち始めると言う、これまた面倒な性格をしていた。
気を遣って声を掛けたのに無視される、と言うのはイラッとしてしまうのも分かるので、タカヒロはカーマインの性格に文句を言うつもりも無かった。

「あ~、すみません。内容が内容のため、口にして良いのか判断に悩んでしまって……」
「それはこちらが判断する。まずは言ってみろ」
机に突っ伏したまま、顔だけカーマインの方を向いて、先ほどの貴族たちのことをカーマインに話す。
宰相への不満が上っていること。
そんな話を平然と通路でされていること。
さすがにアンリが何かを作ろうとしているだとか、老宰相様が耄碌してるとか、そう言ったことは口にしない。
わざわざ言うほどでもないし、言うことで面倒を呼びそうだと思ったためである。
「褒められたものではないが、放っておけ。こちらがどう思ったところで何も出来んし、悩むだけ無駄だ」
カーマインはタカヒロの悩みをばっさりと切る。
たしかに、タカヒロがどう思っていようと貴族相手に何も出来はしない。
誰かに告げ口しようとしたとしても、こんな話を言える相手は居ないし、先ほどの貴族たちの名前も知りはしないし、仮に誰かに告げ口できたとしても、あの程度で処罰される話など無い。
逆に、タカヒロがあの貴族たちを貶めるために嘘を言ったとして、タカヒロが処罰される可能性が非常に高いし、仮にあの貴族たちが何らかの処罰を受けたとしても、タカヒロが彼らの恨みを買われるだけで何も良いことはないのだ。
カーマインの言葉は、タカヒロたちの立場を現すのに、あまりにもわかりやすすぎるものだった。

「それと、老宰相閣下への中傷も理解はできる。これまでオルグラント王国を支えてこられてきたが、ここしばらくの問題には良い手が打てていない。……まぁ、あのお年まで酷使している現状が間違っているのだがな。それと老宰相閣下は、そのような中傷を受けていることはご存知だ。だからこそ、早めに退きたいのだろう。本当はすでに退いていたはずなのだからな」
後を継いだ前宰相が問題を起こし、手の足りなくなった城に、老宰相は呼び戻されて働かされているのである。
本来であれば、退いた後に関わらせることなどある方がおかしいのだから、それだけ現状が良くないと言うことだ。

タカヒロは、このオルグラントの専守に努める方針は悪いものではないと思っている。
しかし、あまりにも内に引きこもって平和に過ごしてきた国では、あのような騒乱が起きた際に、対処する力が不足してしまっているのである。
平和ボケと言うやつかもしれない、とタカヒロは考えている。
長い平和に、緊急事態への備えが、心構えが無くなってしまっていたのだ。
それに今の王都の問題はそれだけではない。
前国王が退いた際に、年嵩が上の者達も一斉に身を退いたため、残っているもの、そして新しく入った者たちの経験が足りなさ過ぎてしまっているのだ。
昔ながらの国のありようであれば、それでも問題はなかったのかもしれないが、丁度おきてしまった騒乱で大きな被害になってしまった。
もしかしたらキストは、この人事の刷新の隙を狙っていたのかもしれないが、今となっては誰にも分からない。

「気にするなって言いますけど、そんなに簡単には……」
「むしろ下手に覚えて、どこかで口にする方が危ないぞ? ましてや、おまえは通いで来ているのだからな」
外に出なければ、城で知ったことを不用意に漏らす機会は少ないと言えるのだろうが、タカヒロは通いであるため、家に帰って口にしてしまいやすい。
そうなれば、城だけで秘めておきたいことが王都に広まってしまう、と言うことが十分にありえるのだ。

「え……。他にも家に帰っている人っていますよね? それに僕だけに言える話でもないですよね?」
「たしかに、それぞれの屋敷に帰って話せば、そこから広がる話と言うのもあるだろう。だがな、先ほどお前が自分で言ったとおり、身分差があるのだ。貴族たちは伝手なり、コネなりで保身を図れるかもしれないが、我々のような者たちはそんなものは無い。どうすることも出来ないぞ」
理不尽に思えるが、それが貴族であり、爵位という身分差なのである。
当然、爵位には相応の責任がつくのだが、それと平民たちへの接し方は別な話であるし、今の話において自身を守れるかどうかの大きな差であった。

タカヒロが越えられない理不尽の壁にげんなりとしていると、カーマインが思い出したように口を開く。
「そう言えば、宰相の養女は生活が変わりすぎて不平を漏らしていると聞くな。そのうちおまえが呼ばれるかもしれん」
「はい?」
「ん? あの女性とおまえは知己なのだろう? あちらからお前の名前が出ていると聞いている。すでに宰相夫人となるのだ。礼儀には気をつけてろよ」
最後に一番の衝撃を与えられたタカヒロは頭を抱える。

自分の近いところに『神の玩具』が居て、自分に少しでも関係する相手であったことを忘れていたのだ。
いや、忘れたくて意識の外に放り投げていたのに、戻ってきてしまったのだ。
今日だけは、カーマインが言ったとおりに、気にしないように忘れてしまいたいと強く思うのだった。
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