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今日もまた、タカヒロは憂鬱なまま朝を迎える。
城に行きたくないと思えてしまうことばかりで、行きたくないと口にしてみるが、行っても行かなくても憂鬱な気持ちにさせていることの内容は変わらない。
何より、自分が生活していくためには、やはり仕事をしないといけないのだ。
気が重いまま、タカヒロはマイたちに見送られながら城へと馬車で揺られていった。
もう慣れてきた馬車の揺れの中で、タカヒロは昨晩の話を思い返す。
リベルテからアンリの身が危ういと言うことを聞かされたのだが、だからと言って自分が何をしたいのか、何を出来るのかまったくわからないままで、何かを決めることも出来ないでいる。
向こうの世界で会ったことがあるくらいの相手であり、そこまで親しい間柄と言うわけでもない。
学生時代にクラスが一緒だったとか、そこで少しだけ話をしたことがあるくらいでしかなかった。
だからこそ、タカヒロは自分が動かなきゃとまでは思っていない。でも、このまま見過ごして良いのか、という思いが諦めることを選ぼうとする程に強くこみ上げてくる。
アンリはただの『神の玩具』ではなく、知っている相手と言うのが、タカヒロに簡単に決心させてくれなかったのだ。
タカヒロとマイは、これまでの間に自分たちと同じ世界からこの世界に送られてきたのだろう者たちと会ったり、目にしてきたことはあるが、協力し合うことも無ければ、互いに戦うことの方が多い。
自分たちが生きるために、同じ世界からの人だろう相手の命を奪ったことがある身なのだから、ここで今の生活を投げ捨てるような真似をしてまで助けたいのか、と言う言葉が、このまま見過ごして良いのかと言う意見に、反論するように胸に渦巻く。
自分の中で対立する二つの意見に、タカヒロは満足に寝ることも出来ず、もう残りの時間が少ないだろう状況でも、何も決められない。
タカヒロは誰かに相談したいと思いもするが、この世界のこの国で生きているレッドたちに相談しても分かってもらえる話ではないし、マイに話すには内容が内容過ぎる。
マイが別の男性のことについて自分に相談してくるストーリーを想像して、タカヒロは追いやるように頭を振る。
城に向かうまでの間でも、結局、タカヒロの憂鬱な気持ちを払い落とせるようなこと無いままだった。
タカヒロは、まだぼんやりと考えたままで、いつもの仕事部屋に入りは出来たが、仕事の手は進まない。
仕事をしなきゃと思いはするのだが、自分が知っている相手が死ぬかもしれないと言うことに、どうしても考えてしまっていた。
何時そうなってしまうのかわからないから、余計に。
そんなタカヒロの様子は、同じ仕事場にいるカーマインからすれば、邪魔でしかない。
「気が入っていないな。時に関する魔法は集中しないとどのようなことが起きるか定かではない。邪魔だ。気を入れ替えて来い。出来なければ帰れ」
カーマインにしては厳しめの言葉を向けられ、タカヒロは逃げるように城の中を散策する。
本当に帰ろうかとも思うが、帰ったらマイたちに心配をかけてしまうだけであり、部屋で同じように悩み続けるだけで何も変わらないことを、タカヒロもわかっている。
こんなことをいつまでも考えていても仕方が無いとわかっていても、ため息しか出てこなかった。
目線を窓に向けると、外は晴れ間が広がっていて、中庭の木陰辺りが気持ち良さそうに見えた。
うじうじと考え続けていることに疲れてきていたタカヒロは、その場所に引き寄せられるように足を向ける。
城の中庭など他にも人が居そうなものであるし、管理しているのだからタカヒロのような人たちを立ち入らせないようにする人なども居そうであったが、不思議と邪魔する人は現れなかった。
タカヒロはちょうど良い木の近くに腰を下ろし、木に背中を持たれ掛けて目を閉じる。
風が程よく吹き抜けていき、気持ちの良い場所だった。
タカヒロはいつまでも悩み続けていることが馬鹿らしい気持ちになってきて、ここしばらく十分な睡眠をとれていなかったことからこのまま寝てしまおうかと思い、それがとても良い事のように思えてくる。
しかし、場所が場所だけにそんなに簡単に物事を進ませてくれない。
誰かがこちらに近づいて生きているのがわかったからだ。
タカヒロは目を開けて気配のする方に目を向けると、こちらに向かってきていたのがアンリだったことに目が覚める。
「……なんであなたが居るのよ?」
開口一番に、アンリからはっきりと不機嫌さを含んでいる言葉を向けられる。
これだけ気持ちのよう場所なのだから、お気に入りの場所としている人が当然いるだろうことに、タカヒロは納得する。
今となってはアンリはタカヒロより上の地位にいるので、タカヒロは謝罪を口にしようとするのだが、それより先にまたアンリが口を開いた。
「ここでアルディス王に会えるイベントのはずなのよ!? 邪魔だから、どっか行きなさいよ!」
以前にアンリが口にした言葉から、何かのゲームか物語のように考えているだろうことをタカヒロは考えていたが、目の前でそれらしい言葉をはっきりと口にされれば、固まるしかなかった。
アンリは今もなお、そのゲームか物語のストーリーに沿うように動いているつもりらしく、それが思うとおりに動いていないことに苛立ちを見せているようでもあったのだ。
騎士団長と宰相の間を行き来して、それだけでなく王にまで近づこうとしてい現実を見れていないアンリに、タカヒロはふつふつと怒りのようなものが込み上げてくる。
「ここはゲームじゃない! いつまでそんなバカみたいな考えでいるんだ!」
タカヒロは思っていた以上に尖った声になっていたことに、自分でも驚いてしまうほどだった。
「なんであんたなんかに、そんなこと言われなきゃいけないのよ!? ここは私の世界よ! 私がこの国を王妃になるの、邪魔なんてさせないわ!! 私は幸せになるの!」
アンリの言葉は、まったく今を、そして周りを見ていない者の言葉だった。
人であるのだから、どこかそういうことはあるとは言え、自分のことだけしか考えていなく、この世界で生きている人たちのことなど何も考えていない。
アンリの言動からすれば、決められて通りにしか動けないデータだとかそんなもののようにしか見ていないのがわかるほどたっだ。
そこに気付いて、タカヒロは込み上げてきていたはずの怒りが消えていく。
あまりにも、この世界の人たちのことを考えていない、考えようともしない、タカヒロたちとまったく違う世界に、アンリは生きていることがわかってしまったのだ。
そしてそれが、レッドたちが警戒していた、この世界の人たちにとっての『神の玩具』と言う存在なのだと。
タカヒロはアンリと関わることにもう意味は無いことを実感し、この場から離れるために立ち上がる。
立ち上がってもう一度アンリに顔を向けた時、タカヒロにはアンリの目が怯えているように見え、最後にと今の状況を伝えることにした。
「今の君はこの国にとって混乱を起こそうとしているようにしか見られてないよ。遠くないうちに君は……殺されてしまうと思う。もうそう言った話が動いているらしいから、嘘なんかじゃない。……ファルケン伯も君の力になる気は無いから助けてくれない。ここにきて、君は他の人にとってどう見られているのか、考えたこともなかったんじゃないか?」
タカヒロはアンリに、逃げろ、とは言えなかった。
タカヒロたち他の世界から来た者たちにとって、逃げられる場所が何処にあるかなんてまったくわからないからだ。
そして何より、ここは城の中で誰が何処で聞いているかわからないと言うこともあった。
だから、タカヒロはアンリに正しく伝わらないとしても、今のおかれている状況だけは伝えておくことにしたのだ。
タカヒロが真顔で告げる言葉に、アンリはやっと、そして初めて自分の状況を考えたらしく、顔色を悪くしていた。
それでどうなるのか分からないし、これ以上何も出来ることが無いタカヒロは、その場を振り向くことも無く離れていく。
「……僕たちは運が良かったんだな」
タカヒロは似たような考え方を持つマイに出会えたことで、そしてこの世界のことについてちゃんと教えてくれるレッドたちに出会えた。
だから、この世界に来て持たされた力に溺れることは無かったし、知識とかひけらかして利益を貪ろうとする事も無かった。
それはこの世界で生きている人たちの中に入り、この世界で生きていくことを選んだと言うことに他ならない。
タカヒロがそれを選べたのも、マイと共に居ることを決めたからである。
今更、マイと離れて、今の生活を捨てて、ただ知っているに過ぎない人がやらかしたことに目を瞑って、アンリと共に逃げるなんて選択肢はタカヒロにあるわけが無かったのだ。
この世界で生きている人たちを蔑ろになんてして良い訳が無く、そしてこの世界の在り様を覆すような行動は、ただの傲慢にしか過ぎない。
タカヒロは最後に横目でアンリの姿を見ると、彼女は何かを考えるような仕草の後、中庭から立ち去っていった。
その背中を見送りながら、無理だろうと思っていても、都合の良い話なんて無いととわかっていても、自分が知っている人たちが不幸な目に遭って欲しくないと、タカヒロは身勝手でも願わずには居られなかった。
そして心の中でそう願いながら、自らはもうアンリに関わろうと思っていないし、助けるつもりも無いことに自嘲が込み上げてくる。
「本当に身勝手だな」
他の誰かに聞かせるでもない言葉は、誰にも聞かれないまま消えていく。
タカヒロは幾分か晴れた気持ちになりながら、仕事場へと戻った。
「……なんだ、来たのか?」
「はい。すみませんでした。仕事、やります」
カーマインから少し呆れたような声を掛けられ、タカヒロは頭を下げて仕事の手を動かし始める。
カーマインはそれっきり何も言ってこなく、集めた文献から魔法の構想を進めているようだった。
タカヒロはカーマインの構想を覗き見て、異なる組み立て方にすることを決める。
何もわかって無いことの研究なのだから、同じことをしても意味は無く、いろいろな角度から行わないといけないのだ。
やる気を見せるタカヒロであったが、根底にあるのは、時に関する魔法なんて出来ない、もしくは存在しないと言う結果を出したいと考えていた。
時に関する魔法が存在し、また出来るようになってしまったら、その時点でアンリの命が奪われる後押しになってしまいそうだからである。
彼女に頼らなくても未来が分かるようになるのだから、今時点で厄介さしか示していない彼女の存在など不要にしかならないのだ。
そして何より、未来を知って、その未来をなぞる様に動くのは今を生きていると言えるのか。
先ほどのアンリの言葉から、そんな疑問をタカヒロも持つようになり、レッドたちのように泥臭くとも仲間と一緒に笑って今を生きたいと言う思いが、仕事の手を動かしていく。
今日も精一杯にやれることをして、疲れたと言いながらあの家に帰りたいと、タカヒロは今から仕事を終えた後のことを思わずにはいられなかった。
城に行きたくないと思えてしまうことばかりで、行きたくないと口にしてみるが、行っても行かなくても憂鬱な気持ちにさせていることの内容は変わらない。
何より、自分が生活していくためには、やはり仕事をしないといけないのだ。
気が重いまま、タカヒロはマイたちに見送られながら城へと馬車で揺られていった。
もう慣れてきた馬車の揺れの中で、タカヒロは昨晩の話を思い返す。
リベルテからアンリの身が危ういと言うことを聞かされたのだが、だからと言って自分が何をしたいのか、何を出来るのかまったくわからないままで、何かを決めることも出来ないでいる。
向こうの世界で会ったことがあるくらいの相手であり、そこまで親しい間柄と言うわけでもない。
学生時代にクラスが一緒だったとか、そこで少しだけ話をしたことがあるくらいでしかなかった。
だからこそ、タカヒロは自分が動かなきゃとまでは思っていない。でも、このまま見過ごして良いのか、という思いが諦めることを選ぼうとする程に強くこみ上げてくる。
アンリはただの『神の玩具』ではなく、知っている相手と言うのが、タカヒロに簡単に決心させてくれなかったのだ。
タカヒロとマイは、これまでの間に自分たちと同じ世界からこの世界に送られてきたのだろう者たちと会ったり、目にしてきたことはあるが、協力し合うことも無ければ、互いに戦うことの方が多い。
自分たちが生きるために、同じ世界からの人だろう相手の命を奪ったことがある身なのだから、ここで今の生活を投げ捨てるような真似をしてまで助けたいのか、と言う言葉が、このまま見過ごして良いのかと言う意見に、反論するように胸に渦巻く。
自分の中で対立する二つの意見に、タカヒロは満足に寝ることも出来ず、もう残りの時間が少ないだろう状況でも、何も決められない。
タカヒロは誰かに相談したいと思いもするが、この世界のこの国で生きているレッドたちに相談しても分かってもらえる話ではないし、マイに話すには内容が内容過ぎる。
マイが別の男性のことについて自分に相談してくるストーリーを想像して、タカヒロは追いやるように頭を振る。
城に向かうまでの間でも、結局、タカヒロの憂鬱な気持ちを払い落とせるようなこと無いままだった。
タカヒロは、まだぼんやりと考えたままで、いつもの仕事部屋に入りは出来たが、仕事の手は進まない。
仕事をしなきゃと思いはするのだが、自分が知っている相手が死ぬかもしれないと言うことに、どうしても考えてしまっていた。
何時そうなってしまうのかわからないから、余計に。
そんなタカヒロの様子は、同じ仕事場にいるカーマインからすれば、邪魔でしかない。
「気が入っていないな。時に関する魔法は集中しないとどのようなことが起きるか定かではない。邪魔だ。気を入れ替えて来い。出来なければ帰れ」
カーマインにしては厳しめの言葉を向けられ、タカヒロは逃げるように城の中を散策する。
本当に帰ろうかとも思うが、帰ったらマイたちに心配をかけてしまうだけであり、部屋で同じように悩み続けるだけで何も変わらないことを、タカヒロもわかっている。
こんなことをいつまでも考えていても仕方が無いとわかっていても、ため息しか出てこなかった。
目線を窓に向けると、外は晴れ間が広がっていて、中庭の木陰辺りが気持ち良さそうに見えた。
うじうじと考え続けていることに疲れてきていたタカヒロは、その場所に引き寄せられるように足を向ける。
城の中庭など他にも人が居そうなものであるし、管理しているのだからタカヒロのような人たちを立ち入らせないようにする人なども居そうであったが、不思議と邪魔する人は現れなかった。
タカヒロはちょうど良い木の近くに腰を下ろし、木に背中を持たれ掛けて目を閉じる。
風が程よく吹き抜けていき、気持ちの良い場所だった。
タカヒロはいつまでも悩み続けていることが馬鹿らしい気持ちになってきて、ここしばらく十分な睡眠をとれていなかったことからこのまま寝てしまおうかと思い、それがとても良い事のように思えてくる。
しかし、場所が場所だけにそんなに簡単に物事を進ませてくれない。
誰かがこちらに近づいて生きているのがわかったからだ。
タカヒロは目を開けて気配のする方に目を向けると、こちらに向かってきていたのがアンリだったことに目が覚める。
「……なんであなたが居るのよ?」
開口一番に、アンリからはっきりと不機嫌さを含んでいる言葉を向けられる。
これだけ気持ちのよう場所なのだから、お気に入りの場所としている人が当然いるだろうことに、タカヒロは納得する。
今となってはアンリはタカヒロより上の地位にいるので、タカヒロは謝罪を口にしようとするのだが、それより先にまたアンリが口を開いた。
「ここでアルディス王に会えるイベントのはずなのよ!? 邪魔だから、どっか行きなさいよ!」
以前にアンリが口にした言葉から、何かのゲームか物語のように考えているだろうことをタカヒロは考えていたが、目の前でそれらしい言葉をはっきりと口にされれば、固まるしかなかった。
アンリは今もなお、そのゲームか物語のストーリーに沿うように動いているつもりらしく、それが思うとおりに動いていないことに苛立ちを見せているようでもあったのだ。
騎士団長と宰相の間を行き来して、それだけでなく王にまで近づこうとしてい現実を見れていないアンリに、タカヒロはふつふつと怒りのようなものが込み上げてくる。
「ここはゲームじゃない! いつまでそんなバカみたいな考えでいるんだ!」
タカヒロは思っていた以上に尖った声になっていたことに、自分でも驚いてしまうほどだった。
「なんであんたなんかに、そんなこと言われなきゃいけないのよ!? ここは私の世界よ! 私がこの国を王妃になるの、邪魔なんてさせないわ!! 私は幸せになるの!」
アンリの言葉は、まったく今を、そして周りを見ていない者の言葉だった。
人であるのだから、どこかそういうことはあるとは言え、自分のことだけしか考えていなく、この世界で生きている人たちのことなど何も考えていない。
アンリの言動からすれば、決められて通りにしか動けないデータだとかそんなもののようにしか見ていないのがわかるほどたっだ。
そこに気付いて、タカヒロは込み上げてきていたはずの怒りが消えていく。
あまりにも、この世界の人たちのことを考えていない、考えようともしない、タカヒロたちとまったく違う世界に、アンリは生きていることがわかってしまったのだ。
そしてそれが、レッドたちが警戒していた、この世界の人たちにとっての『神の玩具』と言う存在なのだと。
タカヒロはアンリと関わることにもう意味は無いことを実感し、この場から離れるために立ち上がる。
立ち上がってもう一度アンリに顔を向けた時、タカヒロにはアンリの目が怯えているように見え、最後にと今の状況を伝えることにした。
「今の君はこの国にとって混乱を起こそうとしているようにしか見られてないよ。遠くないうちに君は……殺されてしまうと思う。もうそう言った話が動いているらしいから、嘘なんかじゃない。……ファルケン伯も君の力になる気は無いから助けてくれない。ここにきて、君は他の人にとってどう見られているのか、考えたこともなかったんじゃないか?」
タカヒロはアンリに、逃げろ、とは言えなかった。
タカヒロたち他の世界から来た者たちにとって、逃げられる場所が何処にあるかなんてまったくわからないからだ。
そして何より、ここは城の中で誰が何処で聞いているかわからないと言うこともあった。
だから、タカヒロはアンリに正しく伝わらないとしても、今のおかれている状況だけは伝えておくことにしたのだ。
タカヒロが真顔で告げる言葉に、アンリはやっと、そして初めて自分の状況を考えたらしく、顔色を悪くしていた。
それでどうなるのか分からないし、これ以上何も出来ることが無いタカヒロは、その場を振り向くことも無く離れていく。
「……僕たちは運が良かったんだな」
タカヒロは似たような考え方を持つマイに出会えたことで、そしてこの世界のことについてちゃんと教えてくれるレッドたちに出会えた。
だから、この世界に来て持たされた力に溺れることは無かったし、知識とかひけらかして利益を貪ろうとする事も無かった。
それはこの世界で生きている人たちの中に入り、この世界で生きていくことを選んだと言うことに他ならない。
タカヒロがそれを選べたのも、マイと共に居ることを決めたからである。
今更、マイと離れて、今の生活を捨てて、ただ知っているに過ぎない人がやらかしたことに目を瞑って、アンリと共に逃げるなんて選択肢はタカヒロにあるわけが無かったのだ。
この世界で生きている人たちを蔑ろになんてして良い訳が無く、そしてこの世界の在り様を覆すような行動は、ただの傲慢にしか過ぎない。
タカヒロは最後に横目でアンリの姿を見ると、彼女は何かを考えるような仕草の後、中庭から立ち去っていった。
その背中を見送りながら、無理だろうと思っていても、都合の良い話なんて無いととわかっていても、自分が知っている人たちが不幸な目に遭って欲しくないと、タカヒロは身勝手でも願わずには居られなかった。
そして心の中でそう願いながら、自らはもうアンリに関わろうと思っていないし、助けるつもりも無いことに自嘲が込み上げてくる。
「本当に身勝手だな」
他の誰かに聞かせるでもない言葉は、誰にも聞かれないまま消えていく。
タカヒロは幾分か晴れた気持ちになりながら、仕事場へと戻った。
「……なんだ、来たのか?」
「はい。すみませんでした。仕事、やります」
カーマインから少し呆れたような声を掛けられ、タカヒロは頭を下げて仕事の手を動かし始める。
カーマインはそれっきり何も言ってこなく、集めた文献から魔法の構想を進めているようだった。
タカヒロはカーマインの構想を覗き見て、異なる組み立て方にすることを決める。
何もわかって無いことの研究なのだから、同じことをしても意味は無く、いろいろな角度から行わないといけないのだ。
やる気を見せるタカヒロであったが、根底にあるのは、時に関する魔法なんて出来ない、もしくは存在しないと言う結果を出したいと考えていた。
時に関する魔法が存在し、また出来るようになってしまったら、その時点でアンリの命が奪われる後押しになってしまいそうだからである。
彼女に頼らなくても未来が分かるようになるのだから、今時点で厄介さしか示していない彼女の存在など不要にしかならないのだ。
そして何より、未来を知って、その未来をなぞる様に動くのは今を生きていると言えるのか。
先ほどのアンリの言葉から、そんな疑問をタカヒロも持つようになり、レッドたちのように泥臭くとも仲間と一緒に笑って今を生きたいと言う思いが、仕事の手を動かしていく。
今日も精一杯にやれることをして、疲れたと言いながらあの家に帰りたいと、タカヒロは今から仕事を終えた後のことを思わずにはいられなかった。
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