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やってきた、深窓のご令嬢?

恋をすること

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『恋』とは、一体何なのかしら?





どうしてわたくしは、その人にだけこの心臓が大きく揺さぶられ高鳴るのか。



遠目からですらその存在を感じた瞬間、全身が普段よりも早く脈打ち顔が一気に熱くなる。


その金の瞳からーーーーーー目が離せない。



これまで、どんな時でも冷静に気持ちを鎮め淑女としてあるべき姿の為に厳しく律してきた自分が、たった1人の存在をこの目に止めただけでこんなにもうろたえる自分がいることを、この人に出会うまでわたくしは何も知らなかった。



「大丈夫か?」

「え、えぇ。危ないところを、ありがとうございます。わたくしは大丈夫ですわ」


ラファエル王子を探しに王宮を急ぎ足で駆けてきたわたくしは、足を踏み外して転びそうになったところをある男性に助けられた。

それが、今わたくしの目の前にいるこの方、騎士院で副団長を務める『グレイ=コンソラータ』様。


彼の大きな手が、わたくしの体を支える為に触れている。


たったそれだけことで、その温もりを感じるだけでわたくしの心はどうしようもなく乱れて仕方がない。



「それならばいいが、君はうちの団長を知らないか?城にいると聞いたんだが」

「い、いえ・・・・先ほどまでは王妃様のお部屋でご一緒していたのですが部屋を出ていかれてしまい、申し訳ありませんが今いる居場所は存じあげませんわ」

「そうか」



それならば失礼する、と頭を下げてその人はわたくしの側から静かに離れていった。

彼の背中が小さくなって見えなくなるまで、わたくしの目が縫いとめられたかのようにそこから動かせない。





どうしてこんなにも、わたくしは彼にだけ全身全霊で意識を傾けてしまうのか。

たった一瞬の逢瀬だというのに、なぜこんなにもわたくしの心は最上の喜びに溢れてしまうのかしら。



『恋』とは、なぜこんなにもーーーーーー。










「ラファエル様!」

「!?」


ようやくラファエル王子を見つけた時、彼は泣いていた。



そのすぐ側にいたジークフリート様に、先ほどグレイ様が探していたことを伝える。

ジークフリート様は『分かりました』という了承とともに、深々と頭を下げエリザベスへのお礼の意を言葉を伝えると、近くにいた兵士に言伝を頼んでそのままその場で控えている。

そんな彼にエリザベスからも頭を下げ、ラファエル王子がいるという部屋の奥へと進んだ。




ここは、先ほどまで一緒にいた彼の部屋。

その奥のベットではなく、彼の服が収めてあるクローゼットの中で彼は静かに泣いていた。

ここは幼い頃、エリザベス自身もメイド達から隠れてこっそりと泣く為にと選んだ場所でもあった。


「ラファエル様!」

「あ・・・・・え、エリザベート様?ぼ、僕はあなたになんてことを!」



彼は怯えていた。

エリザベスが先ほどの行為で不快な思いをしたのではないかと。


そんな彼を、エリザベスはそっとその腕でしっかりと抱きしめる。

彼の姿がなぜか幼い頃の自分に重なり、思わずそうせずにはいられなかった。


「どうかこれ以上、ご自分を責めて泣かないでくださいラファエル王子。わたくしはあなたに慕われている知って、とても嬉しかった!」

「!?」


純粋でどこまでも心の美しいラファエル王子が、こんな自分をまっすぐに想い慕ってくれるなんて。


でも、それはきっと、彼の身近にいたのがたまたまわたくしだったから。


彼の世界は、少し前に大きく開かれたばかり。


これから大人に向かってさらに磨かれながら成長し、周囲の人間の誰もが振り返らずにはいられないそんな素敵な殿方になっていく中で、外面・内面から光り輝く彼に目線だけではなく心も奪われる女性はきっと後を絶たないだろう。

その時にはきっと、わたくしのことなど彼の中では良き思い出の1つに過ぎない特別ではないものになってしまうに違いない。

ならばそれまでの間だけでも、そんな彼を磨く砥石の1つとなれたならわたくしはそれだけで十分過ぎるほど嬉しい。


「え、エリザベート様!」

「はい?」


その細身の体を抱きしめていたエリザベスの腕がゆっくり解かれ、ラファエル王子のまっすぐな瞳がわたくしの目を撃ち抜く。


「ぼ、僕・・・・今は子どもで力もないし頼りないけど、すぐに立派な大人になります!だから、まだ今の僕だけを見て決めないでください!」

「ラファエル様?」



涙を流しながら、彼は熱い眼差しでわたくしの心を縛る。


「大人になるまで、あなたを慕っていることをどうか許して下さい!!」

「!?」



それは、わたくしの心のようだった。

あの方の目にわたくしはまだ映らない。


それは、わたくしがあの方にとって子どもだからというだけではなく、ただあの方には想う方がいることも大きいのだけれど。

それでも今のわたくしではなく、これからもっと素敵な女性になっていくわたくしこそを見て欲しいと願う。


今はただ、それまであなたを想うことを許して欲しいと。



「許すも何も。ラファエル様のお気持ちは、あなた様自身のものですわ」

「・・・・・エリザベート様!」

「!?」



ニッコリと微笑みを浮かべたわたくしを、涙を拭ったラファエル王子が先ほどまで遠慮がちにエリザベスの身体に添えるだけだった手で、今度は自分から強く抱きしめる。


「ありがとうございます!ぼく、あなたが好きです!大好きです!今も、これからもずっとあなたが好きだから。だから、あなたに認めてもらえるような大人の男性に絶対なります!!」


「・・・・・・ッ」



先ほどまで涙に濡れていたラファエル王子が、眩しいほどの爽やかな笑顔をわたくしに向けた。


その時ーーーーー同時に窓から太陽の光が彼を照らし、その姿が一瞬だけ今よりもずっと大人びた彼を映し出す。



ドクンッ!!



その姿を見た時、エリザベスの全身が心臓になってしまったかのように大きく跳ね上がった。


まるで、あの方を前にした時と同じかそれ以上に。






「失礼します。ラファエル王子、ベンジャミン殿が王子に会いたいと謁見室にて待っているとのことです」

「ベンジャミン先生が!?分かりました、すぐに行きます!エリザベート様、御前を失礼します!」


「・・・・・・・は、はい」


急きょ、兵士から耳打ちされたジークフリートがラファエル王子へと言づけ、それを聞いた王子が急いでエリザベスに声をかけてから慌ただしくその場を離れていく。

ジークフリートもエリザベスへと深々と頭を下げてから、ラファエル王子の後ろを早足で追いかけていった。



「・・・・・・・・・」



そんな『彼』の後姿から、目が離せない。


そっと触れた自身の顔は熱く、心臓はずっと早鐘をうっている。




おかしいですわ。



わたくしがこんな風に心を乱されるのは、あの方だけでしたのに。


なぜこんなにも、わたくしは『彼』の笑顔が頭から離れないのでしょう?









「あ、エリザベス!やっと見つけた!!」


そんなわたくしを、遠くから走ってきたクロエが近くに駆け寄ってきてこの体を抱きしめる。


「エリザベス、どうしたの?何かあった?」

「・・・・・・・え?」

「いや変とかじゃなくて、なんだかすごく可愛い顔してるよ?」

「!?」



クローディアの目に映る今のエリザベスは、真っ赤な表情で恥ずかしさに顔を歪めながらもいつもの凛とした大人びた表情がどこにもない、まだまだピュアであどけない普通の少女の姿だった。



誰かお願い、わたくしに教えてちょうだい。


『恋』とはいったい、何なのかしら?




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